『レイホォース!』
シチューをあらかた食べ尽くし、レイスポスが嘶く
「……レイスポス」
その黒い体を見上げ、アズマはぽつりと呟く
大丈夫なのだろうか、また暴れないのか
不意を打って乗せただけのバドレックスは器用にレイスポスを乗りこなしてはいるが、その先の保障はない
だが、食べ終わったレイスポスは、器用にその長い下で顎に付いていたシチューまでも舐めとると、静かにアズマの前にたたずんでいた
『ウルォード!』
『「裁きは良い、妖精王の剣よ
ヨの元へと帰ってきてくれた。それだけで十二分なのである」』
一声鳴くも、バドレックスの言葉にそうかと興味を喪ったように、シアン色のポケモンは眼前の黒馬を睨むのを止め、体を丸めて休み始めた
「……そうだよな、お疲れ様、良く頑張ってくれたよ、シア」
目を閉じて休むその巨狼の額を撫で、アズマは呟く
1日かけてダイ木の元へと向かったとき、バドレックスと人参、更には一夜を明かす事になるためのキャンプ道具(流石に9歳のアズマにはそれを背負って1日歩き続ける体力は無く、ボーマンダは父のテントや鍋を背負っていたため頼めなかった)までも背負い、ダイ木への道で流れていた大河ではチナを濡らさぬように背を上げた器用な犬かきで二度も往復し、夜は交代で悪戯ポケモンが寄ってこないように番までもしてくれていたのだ
それ以前に、雪深い畑に行く際も、その後夜通し歩いてアズマをフリーズ村に送ってくれた時だって、特に休んでなどいない。他のポケモン達は(バドレックスを除いてだが)ボールという安全で快適な場所で体を休めることが出来るが、ボールに入らず、手持ちとなることを良しとしないまま手を貸してくれているそのポケモンには、ゆっくり休める場所は無かった。家には入らない線引きをしているポケモンの為にテントは張ったが、といっても外だ。降り積もる雪は避けられても、寒さは感じるだろう
一番疲れているのはアズマでもナンテン博士でも彼が頼りにするボーマンダでも無く、彼女のはずだ
であるにも関わらず、今の今まで疲れた様子ひとつ見せず、縁はあっても助ける義理も何もないアズマを支えてくれていたのだ
有り難うという気持ちを込めて、浅く眠るその額を撫で続ける
「ポケモンさん、お疲れですか?」
「……そうみたい。ずっと、頑張ってくれてたから」
言いつつ、アズマは持ってきた鍋を見る
其処にはもう、優しいクリーム色は無い。バドレックスに数口食べさせ、残り全ては現れたレイスポスが食べ尽くしてしまった
「シチュー、疲れたなら食べて貰おうって思ったけど、もう残ってないや」
『「祭りを思い起こさせる味であった」』
『バクロォース!』
満足とばかりに嘶くレイスポス
「いや、バドレックスの為に作ったんだし、そこは良いんだけどさ
……ちょっとくらい残ってて欲しかったなーって」
『「レイスポスが満足するほど美味しかったのである」』
「……うん、まあ、それは良かったよ」
でも、だとするとどうするかな……と思いつつ、アズマは周囲を見回す
何時もであれば、日持ちのするポロック等を持ち歩いているアズマだが、今は持っていない。お疲れ様とことあるごとにポケモン達に一粒と渡していたら、気が付けば滞在半ばにして持ってきた分を使いきってしまっていた。本来はそこまで父と駆け回る想定では無かったので足りる計算だったが、父のポケモン達と協力して豊穣の王伝説を探求するにはあまりに少なかったのだ
モーモーミルクも行商の人から買ってきた分は全部シチューにしてしまい、缶の処分等を考えてサイコソーダなんかは数本しか持ってこず、当に飲みきっている。残った缶は邪魔になるのでボーマンダの炎で溶かし、フカマルが踏み固めてアルミニウムの小さな塊にしてバッグに詰め直した
「父さん」
「オレに言うな。オレは今回はあくまでも付き添いだ
それにな、オレはお前ほど菓子を持ち歩く習慣はない」
「……そうだよね」
ごめんなさいですと聞かなくても謝ってくる友人が持ってる気はせず、だから尋ねることもせず
『フカァ!』
「フカマル、叫んでももうシチューは無いよ」
体の割に大きな口を空ける鮫竜の子供を見て、アズマは呟き
「ちょっと待て、お前何を食べてるんだ?」
その口元が赤く汚れている事に気が付く
「フカちゃん、何食べてるです?」
『フカァ!』
トレーナー(10歳になるまで自分のポケモンは持てない為名目上はチナの父のポケモンであり今はナンテン博士に預けているものとして登録されているが、実質チナのポケモンだ)に問われ、その鮫竜は小さな手を目一杯上へと上げる
見上げたアズマの腕の中に、タイミング良くヒトツキが切り落としたダイ木の実が一つ落ちてきた
「……ダイ木の実か」
「これ、食べられるです?」
「シチューには入れたけど、単体だと流石に食べられないかな……」
味見として一口だけ口に入れたとき、これ生で食べるものじゃないと思ったなと思い出しつつ、アズマはぼやく
生で美味しくなかったから忘れていた。だが、フカマルは割と美味しそうにその実を口にし、そして満足げに口回りの赤い食べ滓をトレーナーの少女のハンカチで拭われている
ならば、ポケモンにとっては美味しいのかもしれない。ポケモン用に作られたポケモンフードだって、人にはあまり美味しくないが万ポケモン受けする味付け(といっても、一番メジャーな味とはいえナンテン屋敷に居る父や執事のポケモンだけで見ても、大好物としているトリミアンや逆に見向きもしないワンパチ、母は好むが子供は嫌ってそうなガルーラなど好き嫌いはある)だったりするのだ
……一部にはポケモンフード美味しいだろ!とネットで主張している人も居るが、それは置いておこう
「……じゃあ、この実で良い……のかな」
『「ヨはあまり好まぬ」』
『ホォォォース!』
『ヴォーダッ!』
『「そこの竜とレイスポスも、生では嫌だと好みを語っているのである」』
バドレックスの言葉に、アズマは迷う
そのまま、この抱えるような大きな木の実を出して良いものか
そんなアズマ達を見守りながら、父は一人で人向けに、大きくリザードンの描かれたパッケージのカレールーを開けていた
「……父さん?」
「ああ、これは無関係だアズマ。このチャンピオンカレーは謎の木の実を入れて作る用の調合はされてないだろうからな」
「あ、うん」
お前達に任せているからオレは無関係だとばかり、その実何かあれば介入できるようにしながら、父は連れてきたポケモン(相棒ともいえるボーマンダとガラルだからと連れてきたドラパルトは当然だが、小器用なレントラーまでもボールから出している)と共に勝手にカレーを作っている
「……因みに砂糖ならあるが、使うか?」
「……お願い、父さん」
一口齧り、その味に顔をしかめながら、アズマは頷いた
『ホォォォォス!』
『「好い香りなのである」』
フカマルの取ってきてくれた他の木の実の汁(特に甘味の強いオボンの実を、力自慢のボーマンダがその尻尾で搾ってくれた)と共に、ダイ木の実を砂糖で煮込んでいると、そんな声が聞こえた
『「これならばきっと喜色満面」』
『レイホォォォス!』
「落ち着いてくれレイスポス。しっかり半分はあげるから」
戦いはしたが、蓋を開けてみれば単なる食いしん坊だこいつとなる馬のポケモンを見上げつつ、アズマは呟く
「それにしてもバドレックス
妖精王の剣って何なんだ?」
ふと、気になっていた言葉を問いかけるアズマ
「カッコいい名前です。そこのポケモンさんがそうなんですか?」
『「ガラルは1000年前、巨大な災厄に襲われたのである
ヨも、愛馬ブリザポスと共にこの地……ではなく今は遠く離れてしまったがかつての愛しき土地ガラルの為に立ち向かったのであるが……」』
『バクロォォォス!』
「ブラックナイトか」
『「奴の力はあまりにも強大で、ヨは大きな傷を負ってしまったのである
結局、そやつは人の英雄と共に立ち上がったポケモン達によって止められた」』
「……それが」
『「妖精王の剣。そして格闘王の盾。人と共に黒き災いに立ち向かったポケモン達の纏め役なのである」』
「……妖精王の、剣」
『「言っておくが、あくまでも似ておるだけである」』
「ん?そうなのか?」
『「きっと、本ポケモンではないのである」』
「そっか」
頑張ったポケモン達が喜んでくれると良いなと思いながら、アズマは鍋を混ぜ続けた