ポケットモンスター &Z   作:雨在新人

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vs.?イベルタル

『イガレッカ!』

 初めて聞くようでどこか懐かしい、声がする

 

 『ウルォォード!』

 『シ…シ…シカリ!』

 何か幻聴も

 

 ゆっくりと、アズマは濁っていた眼を開く

 吹き上がる赤黒い光が地面を貫き開けた空。夜には遠いが薄暗い曇天

 その空に唯一輝く不吉な星のように。一匹の大きな翼を広げたYの字のような姿の鳥ポケモンが、それを覆っていた

 

 「い、イベル……タル」

 父の資料で読んだことがある。このカロス地方の伝説のポケモン。破壊ポケモンのイベルタル。かつてその破壊の力で大地の生命力を吸い上げて森を枯らし生き物を石に変えて荒れ狂いカロス地方全土を恐れさせたという伝承ならば、カロスで生まれた子供達ならば誰しも耳にしたことがあるだろう。悪いことしてるとイベルタルが来るよ!とは子供のしつけの定番の台詞だ

 そんな普遍的恐怖の象徴、ディアンシーが探していたゼルネアスと対をなす赤き伝説が、其所に居た

 何時しか、体は治っている。傷痕は残れども、痕と呼べるほど

 

 「イベルタル!?」

 『(ひっ!)』

 階段の上で響く驚くような声。それに合わせて、ヘルガーは地下を飛び出して行く

 父のポケモンだ、アズマ自身は対応するボールは持っていない。なので地下室に現れたワンパチはそのまま、傷だらけのニダンギルだけはボールに戻し、アズマもそれを追った

 

 『ボルトォォォォォァァァァッ!』

 『ルガァァァァァッ!』

 咆哮する二匹のポケモン達

 アブソルは既に其処に居ない。ふと見れば……

 

 「ルト、お前まで……」

 ゆらりと揺れる半透明の尻尾に、アズマは息を吐く。ルトー種族で言えばドラパルト。ガラル地方に行った父が連れ帰ったちょっと不気味だが可愛らしいドラゴンポケモンだ。その彼が、アブソルを周囲から引き離してくれていた。そして……その更に遠くでは背鰭に切れ込みの無い砂鮫が、不可思議なシンカを遂げてはいるが恐らくはゲンガーだろうポケモンに向けてその爪を振るっていた。だがその双方にトレーナーの姿は見えず、誰なのかはわからない。ドラパルトの方はルトとアズマが声をかけた瞬間、頭の子竜が振り返ってきた事からまず父のルトに間違いはないと思うのだが……

 

 「ヘルガー、『オーバーヒート』!」

 「ライボルト、『かみなり』!」

 なんて、アズマが意識を逸らしている間にもジャケットの二人はイベルタル出現という異常事態に対する落ち着きを取り戻したようで

 「伝説のポケモンだろうと、メガシンカの前では!」

 だが

 降り注ぐ雷も、吹き荒ぶ炎波も。総ては赤黒い巨鳥の口から放たれた黒いエネルギー波……『あくのはどう』の前に押し返される

 「バカな!?」

 『ルガァッ!』

 それを……アズマはただ見ていることしか出来なかった

 何かやれるわけでもない。ただ、伝説のポケモンという暴威を感じるだけ

 「おっと、暴れないように」

 と、その言葉で思い出す。囚われていたポケモンを

 彼女を助けないとという事を。けれども、無謀だと知りつつも怒りのままにけしかけてしまったことでアズマに取れる手は一つ。切り札……というかイリュージョンで何か出来ないかと出さなかったゾロア一匹のみ

 それでも、と出そうとして……止める

 

 ジャケット達は、闘志を失っては居なかった。いや、元から伝説のポケモンとはいえ驚きはしつつもそう恐れてはいないようだった。その訳は……割と簡単だ

 アズマの視界に映るのは、ディアンシーを抑えるために押し付けられている一つのボール。何処か……というかボール工場から奪ってきたのだろうマスターボール。どんなポケモンであれ確実に捕獲する究極にして至高の最低最悪なモンスターボール。本来は我を忘れて暴れまわるポケモンをどうにかして保護するためのポケモン側が自由意思で出ることが出来ない牢獄そのもののボール

 そう。あれであれば……どんなポケモンだろうと強引に捕獲できるだろう。ボールから出したときにトレーナーと認識して言葉を聞いてくれるかは怪しいが、如何に伝説のポケモンであろうともその意思を無視してボールに捕らえることは可能だ。実際、ホウエン地方ではゲンシの姿を取り戻してホウエン全土……どころではなく地理的に近いカロスの一部すらも止まない雨に巻き込んだカイオーガをマスターボールで捕獲することで鎮めているのだし

 

 きゅっと、ゾロアのボールを握り締める

 彼等は……恐らくはあのマスターボールを使用するだろう。ゼルネアスを何らかの理由で探しているのだろう彼等にとって、ある意味対となる伝説も重要な存在であるのだから。というか、元々彼等のボスから渡されていたのならば、それがあの奪われたマスターボールの本来の用途だったのかもしれない。何らかの理由で、ノンディアと名乗ったあの仮面はこの地に……アズマの一族が見守ってきた水晶の中にイベルタルが繭として眠っていることを知っていた。だから、眼前の二人を送り込み、捕らえさせようとした……ということも考えられる

 

 『レッガ!』

 そんな事を考えていると、不意にイベルタルの姿が空から消える

 『ゴーストダイブ』、だろう。ゴーストタイプのエネルギーを解き放ち、ほんの少しの間世界の隙間に入り込んでそこから突撃する技だ

 ……ならば、乗ろう。と、アズマは構え……

 

 『イガレッ!』

 影から巨大な姿が飛び出す。地面下から現れたそれは、青黄の犬を大きく打ち上げ……

 「今っ!」

 その瞬間、自分のポケモンには構わず、筋肉なジャケットはボールを投げる。狙っていたのだろうか、イベルタルが動きを止めるその時を

 「こっちには切り札があんだよ!」

 だが

 「……へ?」

 投げられたボールはその体を吸い込むことはなく破壊される。ボール同士の干渉機能。所謂人のポケモンを盗ったら泥棒という奴だ

 「『ロアッ!』」

 ぽん、と軽い音と共に影から飛び出した……ように見えたイベルタルの姿が溶け、ジャンプしたゾロアという正体を現す

 そう。それがアズマの狙い。マスターボールを使おうというならば、イベルタルではないものに投げさせてしまえという形。幾らマスターボールとはいえ、他人のポケモンを奪えないようにという安全機構はある。あくまでもポケモン側が出られない特殊仕様なだけで、他は普通のボールなのだから

 

 「ゾロアだとぉ?」

 「そういうことだ!」

 と、ちょっと待てよ?と、アズマはひとりごちる

 そもそも、マスターボールを保持していたのは眼鏡の……

 ふっ、と。イベルタルがなぜかは知らないが攻撃を行わずにゴーストダイブを終えて空に戻ってきて……

 「此方も同じく、囮でしたよ!」

 本物のマスターボールは、まだ投げられていない!他のボールをまず投げたのか!

 「させるかぁっ!」

 手段を選んでなどられない。どうしてかは分からないがイベルタルが目覚め、総てを石に変えようとはせずアズマの上空でゆっくり浮かんでいるだけの今が奇跡的な状況なのだ。それが消えれば元の絶望的状態に逆戻りは変わってなどいない。だからこそ、イベルタルの意思だ何だを置いておいても、イベルタルを捕らえさせる訳にはいかない。個人的にはちょっと話してみたいとか色々あるのだが、そんなものは二の次にして

 

 あてずっぽうの投擲。投げたのは単なるモンスターボール。飛んでいる鳥ポケモンにも当てられるようにと似た重さのゴムボールを使い何度となくドラパルトに子竜を打ち出して貰い練習させて貰ったコントロールのまま、アズマの投げたストレートは何とか投げられたマスターボールにかすめ……

 『カッ!』

 カンっと軽い音を経てて、イベルタルが下ろした嘴に跳ねられる

 そして……スイッチが押されたのだろう。赤い光と共にイベルタルの姿は空から消える。ボールに吸い込まれたのだ

 そうして巨鳥の姿が消えた空を、虚しくギリギリ当たるか当たらないかまで軌道のズレたマスターボールが横切り……

 「はい?」

 イベルタルを吸い込んで真っ直ぐ上から落ちてくるモンスターボールを受け止める

 アズマの手に握られたその瞬間、待ってましたとばかりに揺れもせずに、モンスターボール中心のボタンからカチリというロック音と共に赤い光が消えた

 「…………は?」


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