其処は、あまりにも暗くどうしようもない世界であった
ウルトラメガロポリス、そう呼ばれた光の無い世界。そこで唯一光を放つタワーの、その中腹に、その間は存在した。タワー上層、エレベーターで上がった先には何もなく、少しずつ降りていった所で見つけた、光の無い広間。唯一光を放つタワーに存在するには、あまりにも異質な其処に、アズマ達は足を踏み入れた
「……仮面すら効かないか」
この世界に生きる者達も、まあ肌は青いが人間みたいなものであると、出会った彼は言っていた。彼らだって生きていくために機械人のようなスーツを着て、仮面を被って生きていくのだと。そうでなければ死んでしまうのだと。ならばと空気を浄化し暗視機能もある予備の仮面を借り、回りが確かに見えることを確認して突入したのだが……
今、アズマの目には仮面を通してすら何も見えなかった
仮面を外し、ならばと桃色水晶を取り出す
淡い輝きが、暗闇を照らした
「……何だ、これ……」
『(……酷い、ですわね……)』
其処に居たのは、一匹のポケモンであった
漆黒の体をした、水晶のようなポケモン。腕は二の腕以降のみが肥大化しており、爪は鋭い。だが、足や腕を繋ぐ部分などはそれに比べて木の枝のようにあまりにも細くアンバランス。その全身には古い裂傷が白い傷痕として無数に残り、更には真っ黒い鎖で四肢を繋がれその体は動けぬよう四方に伸ばされた状態で磔にされている。動けるわけが無い
『シ……シ……シカリ……』
声がする、アズマをこの世界に導いたらしい声が
「……君が、おれを呼んだのか」
ポケモンは応えない。答える力が、恐らくは無いのだ。動くことなど出来ず、古傷を癒すことも出来ず。どれほどの時間、此処に閉じ込められていたのだろう。何故、このポケモンを閉じ込めたのだろう。アズマには想像も付かなかった
けれども、それでも分かることはある。このポケモンを助けなければということ
ゴージャスボールから、ヒトツキを出す。アズマに出来ることなどそれはもうたかが知れているから。鎖から解き放つならば、刀剣は必要だろうという判断。多少はふらつきながらも、しっかりとヒトツキは浮かび上がる。何とか回復はしたらしい
「ギル、斬ってくれ。……出来るか?」
静かに、ヒトツキは
「ああ、有り難う」
言いながら、捕らわれたポケモンに近付く。水晶の明かりのみが頼りであり、やはりというか、暗視は効かない。それでも、一歩一歩アズマはそのポケモンに近付き、古傷を撫でた
本当に古い裂傷だ。何時ついたのか想像もつかない程に古いもの。最早ポケモンの傷を治す事に特化した商品であるはずの回復の薬ですら効くかどうか怪しい
まあ、だからといって使わないという選択肢など有るわけもなく。バックパックから使うことなんて無いだろうなとは思いつつもしもの為に家から持ち出した五本の回復の薬を取りだし、一本目の蓋を取る。軽く振って、傷痕に吹き付けてみる
……霧状の薬を吹き付けてみても、変わりはない。古傷は古傷のまま、治る気配は欠片もない
「伝説のポケモンにつけられた傷すら治るって宣伝文句だったんだけどな……」
片腕だけで自分の身長ほどもある捕らわれたポケモンを見上げ、アズマはぼやいた
カンっと軽い音と共に、ヒトツキが鎖に弾かれる。あまりの固さに、鎖はヒトツキでも簡単には斬れないようだ
「……ギル、吸うか?」
左手で薬を持ったまま、肩を上げて右腕を差し出す。けれども、反応はない
ヒトツキは諦めずに、鎖へと向かって自身を振るっては弾かれ続けている
「苦しいなら暫く戻れよ」
息苦しさはさらに強くなっている。正直な話辛い。だが、だからといってこんな所で囚われているポケモンを見捨てる訳にもいかない
ひょっとして、とヒールボールを投げる。ボールに入れてしまえば、何とかなるのではないか。介抱出来るのではないかという魂胆だったが、紅の雷が鎖に走り、投げたボールは粉々に砕かれた。捕獲は出来ないようだ
休みながらも、ひたすらに薬を使い、黒いポケモンを何とか出来ないかと行動を続ける
途中で回復したモノズの力も借り、何とか少しずつであるが鎖を傷付けていく
何時間経ったのか、或いは全然経っていないのか、時間の感覚は麻痺してきた
休みの合間、ヒトツキ達をボールに戻して休憩させながら、ふと気になって調べる
黒いポケモンの事だ。アズマの記憶には無いが、ひょっとしたらという思いがある。ルナアーラらしきポケモンがタワーから飛び立つのを見た。ならば、このポケモンもアローラ地方に伝わる伝説に何か記されていはしなかったか?という話
そしてもう一つ、思ったのだ
一年近く前から音信不通になった父。それは、アズマ自身と同じく、この世界に来てしまったからではないのか、と
けれども、照らしたホロキャスターは、何も応じなかった。電波自体が飛んでいない
考えてみればやっぱり当たり前の事
それでも、と何度かの休憩を挟んで漸く両の腕を繋ぐ鎖を切断する。幾度もの剣撃と、モノズの炎の牙によって、漸く。伝説のポケモン級の力が無い今のアズマ達には、それでも限界まで力を尽くしての話
「あぐっ!」
倒れ込んで来た巨体を避けきれず、軽く当たる
とはいえ、巨体にしては妙に軽く、アズマの体は押し潰されるまでいかない。まるで、風船のような、中身の無い感じ。本当に生きているのか、割と怪しい
「大丈夫か?」
この世界のポケモンに人間の言葉が分かるか微妙だが、話し掛けてみる。反応はない
「姫、言葉は分かるか?」
『(聞き取れませんわ)』
ポケモン同士ならばと思えど、ディアンシーも首を振った
「お前……これが欲しかったのか?」
下から抜け出して、胸元に一度仕舞った桃色の水晶を右手に持つ
『シカ……リ』
倒れ込んだまま、弱々しく黒いポケモンは手を伸ばし……
「あがっ!」
『シ……シ……シカ……リ』
鮮血が飛沫く
漆黒の腕の水晶の爪が、アズマの手に突き刺さっていた