「……はぁ」
そうして、2時間ほど後。アズマはともっこプラザの近く、林檎農園の横で黄昏ていた
『ぽ?』
あまり事態を理解してなさそうなオーガポンがぽにっとした顔を浮かべている。横に立つとかなり身長差があるそのポケモンの頭を撫でながら、アズマは遠くに見えるお面職人の家を遠目に眺めた
とりあえず、サンドイッチを食べたそうなので追加で用意してコードには会いに行った。行ったのだが……既にミライドンというあのポケモンが全てのテラス結晶を体内に取り込んで力を取り戻そうと食べてしまったと言われては、吐き出して返せとも言えやしない
確かにぱっと見、てらす池で見た時よりも傷付いてなさげではあったし、力も感じた
当たり前だが全くアズマを恐れずにテラス結晶を持ち去ろうとした時点で、あのミライドンとは本来かなり強力な力を持つポケモンだ。それこそ、アズマの父のボーマンダ等にも並びかねないほどに
そんな彼?が傷付いたのは、何でもリュウラセンの塔でのゼクロム復活の余波らしい
まあ、事実は分からないのだが……色々とそれっぽい事を言われては、アズマ的にあまり疑いたくはない
何より、Nとゼクロムを知ればこそ、今も彼に想いを馳せプラズマ団を名乗る人々は信じたいのが心境だ
となれば、アズマに出来ることはサンドイッチをミライドンにあげてすごすごと引き下がることだけ。約束通りディアンシーのダイヤを貰い、職人には仮面を作って貰いはじめはしたものの……本物の輝く仮面に比べてどうにもというものしか完成しないだろう
「思い出の品の他にもと思ったけど、並べるには物足りないよな」
『(わたくし、まだまだ未熟でしたわ……)』
横で黄昏つつ、アズマがあげたきのみジュースをちびちびと舐めるのは、これが精一杯としょんぼりダイヤを差し出したディアンシーだ
「ま、だから姫はおれと共に強くなろうって思ったんだよね。立派だよ、既に」
『ぽに?』
黄昏る一人と一匹を、ある種当事ポケモンのオーガポンは不思議そうに見ていた
「いやーアズマ氏アズマ氏、此処に居たんだ」
「この辺りまでスイリョクタウンからもオモテ祭があるキタカミセンターからも離れれば、オーガポンも怯えずに着いてきてくれますから」
やってきた少女に向けてアズマは微笑む
そう、怯えずにだ。オーガポンは鬼として村人から恐れられ遠ざけられたポケモン。村近くまで行くと手で体を覆うようにして怯えて逃げてしまい、村から離れると木々の間から出てくるという感じで……村までは着いてきてくれなかった。お陰でお面職人に直接会わせ、こんな仮面が欲しいんじゃ?とか判断することは出来なかった
ということで、仮面については……スグリの裁量に任せてみた。鬼大好きなので似合う良い感じのデザインを提案してくれるとアズマは信じている
「んでんでアズマ氏、ボク、今日は配信したいなとか思うんだよね。シリーズものを告知しておいて配信はお休みってやったら怒られるし」
「あ、分かりますナンジャモさん」
「で、目の前には可愛い鬼が居るって訳で、配信で何処まで出しちゃって良いかなーって」
『ぽにお?』
首を傾げるオーガポン。その頭をもう一度撫でて、アズマはホロキャスターを起動した
そして、ナンジャモの配信機材の電波基地局機能を借りて、軽く動画サイトを開くと、ちょうど終わり際だったフリーズ村のチャンネルを開き、ホラグラムの画面を大きくした
『ぽ、ぽに?』
ジーっと星の浮かぶ眼がホログラムを見つめる
「遠くの人とお祭りを楽しめるものだよ、オーガポン」
『ぽにお!』
本当に理解しているのかは分からない。が、デカイ王冠を被った銀髪少女アバターを更に被ったバドレックス(ちなみにかなりチナに似ている)がちょっと偉そうに語る姿に飛び交うコメントを見て、緑鬼は中々楽しそうな顔をしていた
「君も、やる?」
『ぽっにおーん♪』
体を揺らすオーガポンに、なら行けるなとアズマは頷いた
「オーガポン自身が嫌がらないなら、配信に出す事そのものは構わないと思います。昨日の動画でも伝承の疑問点等は洗い出しましたし、二匹居て今居る方はそんなに怖い鬼じゃないってのも話しました」
と、アズマは遠く、山の稜線に隠れてギリギリ見えないキタカミセンターへと目線を向けた
「今からオモテ祭って時に、ともっこ三匹を貶めかねない発言はNGですけどね」
「いやー、炎上怖いもんね、ボクもソコは配慮するよ」
と、パステルカラーの少女は付近をキョロキョロ見回した
「でアズマ氏アズマ氏、ボクの野外ライブ配信、もっと広くてオーガポンが逃げない場所無いかな?」
「多分、ともっこプラザはオモテ祭の直前に行く人居ないでしょう。いやともっこ絡みの祭なのにがらんとしてるのも不思議ですけどね?
社を映すと多分鬼が不謹慎とか叩きが出るので、昨日撮影した画角にならないよう、社が映らないようにだけ気をつけて配信お願いします」
ということで、ともっこプラザまで歩く。オーガポンは素直に着いてきた。ともっこの墓というのに逃げることもなく、だ
その辺り、ともっこ三匹にはそこまで執着とか無いのだろう
「皆の者ー!何だか人が多いけどー!」
人気の無い公園で叫ぶナンジャモを横目に、オーガポンを撫でつつアズマはホロキャスターの配信画面を開く。確かに既に視聴者は151人。ついさっき突然『今から突然配信するぞー!しゅうごーっ!』とのナンジャモコメント投稿から、即座に始めたとは思えない人の来方だ
「来てくれた君達の脳ミソにぃーエレキネット!何者なんじゃ、ナンジャモです!
おはこんハロチャオー!ドンナモンジャTVの時っ間だぞー!」
『ぽに!』
何時ものようにポーズを決めるナンジャモを見て、ちょこっとオーガポンがポーズを真似した
「昨日投稿したナンジャモ探検隊は見てくれたかなー?
今日は!そう!あの探検隊を手助けしてくれたアズマ氏の協力の元!
なんとぉぉっ!」
ちらりと少女がアズマを見る
行ってあげて、とアズマはポケモンの背を押した
すると、とてとてとオーガポンは素顔のまま少女へと駆け寄った
『ぽっにおー!』
「じゃーん!キタカミの鬼、オーガポン、です!どうだ皆の者ー!伝承のポケモンだぞー、連れてきたアズマ氏とボクをもっと称えろー」
コメントの流れが目茶苦茶早い。高性能なホロキャスターで見てるアズマでも、目では追いきれない程だ
が、飛び交うコメントも大半はオーガポンへ好意的なもの
アズマ自身については……まあ、恋愛関係っぽさは無くとも女性の配信に出たら叩かれるのも当然だろうと無視できる程度のヘイト発言が飛んでくるくらいだ
が、イベルタルにだけは見せられない
「そう!今日のナンジャモ探検隊は、何と昨日の探検で判明した怖くない方の鬼!オーガポンを招いて行うぞー!
皆の者、拡散してしてー」
とナンジャモは言うが、既に視聴者は一万に届きそうだ。少額だがフリーズチャンネルからのお布施付きコメントまで飛んできているし……
「さて、ぽにっと」
と、右足だけで立って左足を膝から跳ね上げ、萌え袖の両手を胸の前でニャースポーズを決めたナンジャモが固まった
「あ、アズマ氏ー!オーガポンが乗ってくれなーい!」
「……オーガポン、お祭りをより皆に楽しんで貰うため、ちょっとおれに合わせてくれる?」
『がおー!』
機嫌良く吠えるオーガポン。バッグから不満げに地面に降りるディアンシー
そんな二匹に囲まれて、アズマはナンジャモに合わせてポーズを取った。その見よう見まねで、オーガポンも左足を跳ね上げさせ、小さな手を前に出してポーズしてくれる。下でディアンシーも対抗するように……足はないが手だけポーズした
「よーし!オッケー!そーれ!ぽにっと、ぽにっと」
手足を下げ、今度は逆方向。昨日辺りOPダンス考えよーと踊っていたナンジャモを見ていたアズマは何となく次の動きが分かるので付いていける
「ぽにぽにー!おーん!」
そのままターンして、天秤のように右手を上げ左手を下げたような大のキメポーズ!
一拍遅れて、オーガポンと……下のディアンシーも合わせてくれた
『ぽにおーん♪』
跳び跳ねて喜ぶオーガポン。が、アズマだけはそれどころではなかった
「さあ、ゲストも来てくれたので始め……って光ってる、プリズムみたいに光ってるぞアズマ氏!?」
「……あ、ポケモンと合わせて踊ったから勝手にZ技発動待機状態に……ほっとけばオーラ消えるんで、ちょっとの間無視してくれると」
「強すぎて難儀っ!?」
そんなこんなで、ナンジャモは配信を始めた
それを遠くで見る、寂しげな人影にも、それに忍び寄る恐ろしいモノにも、気が付くことなく
「にしても、スグリ氏来ないねー。来たら可愛いポケモン軍団にオオタチ貸して欲しいのにー」
「おれ、出ちゃいけない……んだ。鬼さま、おれ、鬼さまよりひとりぼっちかもしれね……」
「ええ、このままでは奪われるでしょう。あの黒水晶の腕輪の男に
あの少女も、勿論鬼さまも、なにもかも」
「……分かってた。アズマさんは特別で、おれなんて」
「諦めるのですか、少年。真実を理想で変えることもなく」
「けど、おれ……アズマさんほど強くないべ」
「ワタクシは、あなたの中にこそ強さを見た。そう、あのプラズマ団の王Nと同じ……純粋で騙されやすく都合の良い
強さを」
「おれ、に?」
「ええ。今ワタクシの手を取らなければ、あなたの才能が開花するのは遅れ、鬼さまは盗られてしまいますよ?」
「お、おれは……」
「ええ、では。まずはあの男に勝ちましょう。大丈夫です、彼はズルした不正な強さ……ワタクシの言葉に従えば、必ずや鬼さまはあなたの方を見る。それがあるべき姿。心から信じるのはそれからで良い
最初はアレの不正を、イベルタルの存在を正すのです」
「コードさん、鬼さま!おれ、けっばるから!」