『ドゲ、ザン!』
頭を大きく振り抜いて、片手を前に突き出し武将のようなポケモンが大見得を切る
「ドドゲザン、そんな暇はありません」
鋼の一撃、アイアンヘッド。フェアリータイプの力を身に纏ったからこそ強烈に響く一撃に大きく吹き飛ばされたミロカロスは、湖の中ほどに墜落した
結晶はボロボロに砕け、テラスタル化は解け……けれど、ふらふらと頭を揺らしながら水竜は此方を見据えた
「しぶとい奴です」
かつん、と杖が石の地面を叩く音がする。コードが近付いてくる音だ
……ドドゲザンなんて強いポケモンを持ってるなら最初から協力して欲しかった。と思いつつ、アズマは目の前の頭刃の武将を見る
『ドドド』
アズマを見て、何かを訴える眼をしたものの、そのポケモンはすぐにミロカロスに向き直る
「止めを」
『(ま、待つのですわ!)』
が、構えるドドゲザンの前に、アズマのバッグから小さな影が降り立った
「姫、相手は水技使いだから危ないよ」
『(だ、大丈夫ですわ……み、み、みず……くらい……)』
「……ギル、抱えてあげて」
やはり岩タイプゆえか湖の畔で少し震えるディアンシーの体を布で挟み、ニダンギルが持ち上げた
『みろろろろろ!』
『(わたくしに任せるのですわ。少し落ち着いた今なら、お話くらいやってみせます!
あのNには敵わずとも、姫の威厳と交渉を甘くみては困りますわよ)』
と、威勢の良いテレパシーは送りつつも、小さな宝石の姫はアズマへと手を伸ばした
「そうだね、これ」
アズマが投げるのはオボンの缶詰。傷を癒すものの一つでも無ければ話し合いの場にも着きにくいだろう
意図を汲んでニダンギルが華麗に己の刀身で蓋をくり抜き、弾いてアズマへと飛ばす
テラスタル化が解けたミロカロスはしかし、暫くそれを静かに見守っていた
「……後は不意討ちですか」
「……コードさん。幾ら何でも物騒すぎませんか?」
プラズマ団ってこういう人達だっけ?とアズマは首を傾げる
ここ暫くのプラズマ団なんてポケモン想いの人間ばかり。ここまで好戦的な人は珍しいのだが……
「この火傷は!」
「すみません」
アズマは反射的に謝ってしまう。人間誰しもトラウマというものは有り得る。彼は恐らく、熱湯辺りがトラウマなのだろう。自分を焼いたから、その熱湯使いのポケモンに向けて敵意を強く持ってしまう……理解は出来る
「……コードさん、貴方は何故此処に」
「そんなことすら分からないとは。てらす池の結晶を取りに来たのですよ」
ぼむっと、見覚えの無いボールから飛び出してくるのは、四足歩行の竜。外見はどことなくモトトカゲに似ているだろうか。しかし、全身が光沢ある鋼の甲殻に覆われ、瞳はまるで液晶画面のようなイメージですらある。まるでポリゴン族のような、電子で機械的なポケモンであった
「傷付いたこいつの為にね」
『アギャス!』
アズマのバッグにその顔を無遠慮に近付けながら、機竜のポケモンが吠えた
「アズマさん、このポケモンっこさ、分かる?」
「いや、おれだって全ポケモンほ知らないよ」
と、聞いてくるスグリに首を降る。何となく、割と最近読んだ資料に出てきたポケモンと似ているような気はする。が、ジガルデについて、そしてネクロズマについて、様々に父の資料を思い返したから逆にどれだったか思い出せない
それにだ、描かれていた想像図とは大分違うような……となれば、もうアズマに答えは出せない
「成程、そうでしたか
姫!聞いたー?」
『(大事な己のポケモンの為と、ミロカロスに伝えておきますわよー!)』
ぱたぱたと掴まれた身体で小さな手を振るディアンシーに頷き、暫く待てば落ち着いたのだろうミロカロスは一旦湖に潜り、菱形の尾びれで何かをアズマへと弾くと湖底に姿を消した
「お疲れ、有り難うな姫」
『(ふふん。わたくし、これでもダイヤモンド鉱国の姫ですのよ?)』
よしよし、と自慢げに胸を張るポケモンを抱えて何時ものようにバッグへ。取り出したりんご飴を渡しておくのも忘れない
そして掌の中を見る。途中で戦闘を止めたからか、手元にはしっかりとした大きさの結晶が残っている
大体ネックレスでもメインに出来るくらい。それが二つに、それの半分以下の細かい欠片が3つ
この3つは加工の際に使いやすそうだし、仮面に使おう。一つは黒水晶のポケモンの為に持ち出すとして、最後は……
「コードさん、これを」
掌に結晶を載せ、アズマは逆の手に残りの結晶を握って差し出す
『アギャガァス!』
それを受け取った瞬間包帯の老人横に立っていた機竜の爪が閃いた
「っ、痛っ!」
肩口に硬く冷たい爪を当てられ、バッグに頭を突っ込まれる。まるでアンテナのような角が布地を擦り、押さえ付ける圧力に負けて結晶を取り落とす
「ちょっ!」
「ミライドン、無駄な戦いは無用」
カン!という杖の音が響き、ミライドンと呼ばれたポケモンは後ろ足でアズマの足を蹴って宙返りしながら飛び下がった
「っ、コードさん、何故」
「怪我してから気性が荒く」
『ミラギャアス!』
そう叫ぶ竜の口には、何かが咥えられていた
一瞬身構え、今にもポケモンが勝手に飛び出てきそうなボールを握るアズマだが、直後に背中のバッグ内部でもぞもぞ動く気配にディアンシーを襲ってはいないか、と息を吐いた
『(ど、ドロボーですわ!)』
「あ、ナンジャモさんお手製のサンドイッチ!」
咥えられていたのは、サンドイッチの箱であった
山で調査するから明日の朝作ろうと材料を商店で買いそろえておいたのだが、朝起きたら早起きのナンジャモが先に作っていた。カラシマヨネーズとマスタードがアズマ式レシピの3倍くらい使われているピリリと後引く旨辛さが特徴で、パルデア地方全域でコラボ商品『ナンジャモサンド』が発売中!の宣伝を見たことがあるくらいには有名
「はあ、お腹空いてて、気性難ならあげます」
「ならば貰いますよ少年」
「辛いことがあって、何かにぶつけたい気持ちは分かりますから
ミライドン、でもやり過ぎたら、帰れる場所も無くなるよ。コードさんも気を付けてやってください」
『ミクルルル!』
「甘ちゃんトレーナーに言われるとは心外です
では、ワタクシは失礼。目的は果たし、此処に居てはまた危険なポケモンに襲われかねませんからね」
結局、謝ることも無く、ミライドンと呼ばれたポケモンからサンドイッチと共に煌めく結晶の欠片も受け取ると、包帯のプラズマ団はその背に乗る
杖を置いた瞬間、一瞬だけ火花が散ったかと思うと、機竜はその四肢で大ジャンプ、そのままアンテナから滑空用の翼?らしきものを展開してキタカミセンターの方へと、彼等は姿を消した
「……強くて……」
「スグリ君?」
そんなコード老人の背をずっと眺めている横の少年に気が付き、アズマはその目線を遮るよう手を振る
「はっ!あ、な、何でもないべ
早く鬼さまの為に」
と、キョロキョロと周囲を見回すスグリ
が、そして取り落とした筈の場所から、ついさっきミロカロスが渡してくれた結晶は消えていた
「……ぜ、全部持ってったのかあのポケモン……」
押さえ付けた時だろう。サンドイッチをバッグから奪い取りつつ、器用に尻尾で落とした結晶を丸めて盗っていったにほぼ違いない
「流石に……」
『みろろろろろ!』
池に近付けば、再びミロカロスが湖面から首を出してくれる
しかし、だ。もう結晶を投げてくれないところを見るに、さっきくれたので勝手に踏み入れる人間にあげられる限界量。これ以上人間社会に密輸入はさせて貰えないようだ
「限界か。ミロカロスさん、すみません」
その瞬間、堪忍袋の緒が切れたとばかり、モンスターボールから巨大な紅の翼が天に降臨する
「ベル、こういう時にこの自然の……」
アズマは言い澱む。いや、この輝く結晶のある池って普通の自然と呼んではいけない気がしてくるのだが……良いだろう、多分
「この場所を護ってるリーダーみたいなポケモン相手に、君の暴力を振るったら生態系を悪戯に崩しすぎるから」
『イガレ!』
「おれの為に怒ってくれて有り難う。でも、これじゃおれも君も悪者だから。コードさんに返して貰いに行こう?」
余談:お前伝説ポケモン研究者の息子でその資料を読み漁ってたろ!何でミライドン気付かないんだよ!?とお思いの方もいらっしゃるでしょうが、アズマ君はちゃんとゲームでミライドンと呼ばれるポケモンについては知っています。
が、アズマ君が知ってるのは、最近のパルデアにテツノワダチと呼ぶべきポケモンが出現した事から与太話ではなく"もしかしたら実際しているかもしれない"とされた古い書物に書かれていたポケモン。スケッチを元にした想像復元イラストも見てはいますが、それもあくまでもバトルフォルム・コンプリートモードの姿だけです。つまり、膨らんだ喉元と尻尾と角に青白いエネルギーを纏い宙を舞う、機械で出来た東洋竜のようなポケモン、バイオレットブックに描かれた『テツノオロチ』としての知識な訳ですね。
そのブックにはライドフォルム・リミテッドモードの存在とか書かれていませんし、バトルフォルムでは後ろ足を畳んで角や尻尾が伸び胸も膨れてるのでシルエットも全く違います。だから伝説のパラドックスポケモン『テツノオロチ』は知っていてもフトゥー博士が名付けた『ミライドン』=テツノオロチだと分からないのです。
なお、今作に出てくるミライドンはサンドイッチに興味を示していますがSVのだけん枠とも虐めっことも別個体です。あの二人ではどうやっても三匹目を呼び出せなかったとされてますが別人がやれば?という事で、エリアゼロ侵入を果たしたコード氏がタイムマシンから確保した三匹目のミライドンです。
なお、サンドイッチを奪っていったのは、エリアゼロに残ってたデータでペパーがだけん枠の方に手作りサンドイッチをあげていたのを見て「伝説の割に安上がりで楽だ」と市販かつ安物のサンドイッチだけを適当に与えられてた結果です。たまには美味しいサンドイッチを食べたくて仕方なくアズマ君を襲いました。
え?タイムマシンに触れられた理由?きっと未来大好きで仕方ないフトゥー博士(ほんもの)が「ワタクシが未来のポケモンの素晴らしさを世界に(ワタクシだけが使える未来のポケモンによる人類支配で)教えてあげましょう」と騙されたんですよ。
スグリ君に求める未来は
-
クロスグリ君
-
待っててなおれだけの鬼さま……
-
ナンジャモ…エレキン越えっから…
-
鬼さま鬼さま鬼さま鬼さま鬼さま
-
覚醒