ロキ・ファミリアに父親がいるのは間違っているだろうか 作:ユキシア
「秋夜………」
変化した秋夜にリヴェリアは狼狽えた。
いつも笑みを浮かべて自分をからかってくる秋夜はそこにはいない。
まるで人が変わったかのように大量のモンスターに突貫して次々と切り裂いていく。
刀を振るってモンスターを斬って刀身と自身を血で染めていく。
振り下ろされる爪で切り裂かれ、血を流し、傷を負いながらも秋夜はモンスターを斬り捨てていく。
大量のモンスター相手に一歩も引かずにむしろ前進してモンスターを鏖殺していく秋夜の姿にフィン達は動くことができなかった。
鬼気迫る秋夜の姿に全身を恐怖で震わせる。
いつもと異なる秋夜の姿にフィン達は動揺をしていた。
頭では助けなくてはと考えるも体がそれを拒絶している。
邪魔をすれば斬る。
本能がそう告げている。
「……
以前に読んだことのある極東の本で出てきた怪物。
人々に恐れられ、力と恐怖で人間を支配する
今の秋夜の姿を見てフィンはその
仲間を怪物と思ってしまった自分に怒りを覚えたフィン。
汚れた顔を右腕で拭う。
「君は……いったいなんなんだ……?」
秋夜は自分の過去を話したことは一度たりともない。
だけど、この姿を見てしまった以上聞かなければいけない。
だからここで死なせるわけにはいかない。
助けようと顔を上げた瞬間、その光景に目を奪われる。
そこは赤だ。
モンスターの血で全て塗り替えられた真っ赤な世界。
その中心に立つのは自身と刀も血で染まった秋夜の姿がいた。
「………っ!」
血のように赤い瞳と目が合うその瞳は一切の感情が込められておらず、その手に持つ刀をフィン達に向けて突貫してきた。
「「っ!?」」
武器を構えるフィンとガレス。
だが、秋夜は二人の横を通り過ぎてリヴェリアより後ろにいるダスダ達に斬りかかる。
「ああああああああああああああああっっ!!」
「やめ、やめてくれ!!」
「殺さないで………!!」
ダスダの手下達をモンスターの血で染まった刀で切り裂いていく。
胴を切り裂き、首を斬り飛ばす秋夜。
その姿はまさに狂気に呑まれた修羅。
その刀はまるで人の生き血を啜る妖刀。
ただ己の糧にするかのように人を殺していく。
最後の一人となったダスダにまでその妖刀は振り下ろされる。
「おいおい、なんつーガキだ……っ!」
咄嗟に大剣で防ぐダスダの頬に冷や汗が流れる。
先日酒場の時とはまるで別人。そんな秋夜の目を見てダスダは納得した。
「てめえ……今まで何人殺した?」
問いかけるが秋夜は何も答えない。
「俺も人を殺したことがあるからてめえの目を見たらわかるぜ。お前、いったい何十人の人を殺してきた?十人や二十人じゃねえだろう?とんだ怪物がいたもんだ」
大剣で刀を弾いて距離を取るダスダは秋夜を指す。
「何の感情も込められてねえ、斬ることしか考えてねえ奴しかその目は持たない。なんだ?人を斬るのに飽きてモンスターでも殺しにオラリオにやってきたのか?」
「………」
無言で答える秋夜は再びダスダに突貫する。
そんな秋夜にダスダは笑った。
「だが残念だったな!いくら人を殺しても所詮はLv.2!Lv.3の俺の敵じゃねえよ!!」
ダスダの言葉は正しい。
Lv.が一つ違うだけでも大きな差がある。
大剣で突貫してくる秋夜を迎撃するが、その攻撃を秋夜は全て受け流した。
「っ!?」
受け流されるとは思ってもみなかったダスダの顔は驚愕に包まれるが接近する秋夜には関係ない。
大剣を持つダスダの右腕を斬り落とした。
「ぐあああああああああああああああああああああああああっっ!!」
斬られた右腕を抑えるダスダに秋夜は容赦も躊躇いもなくダスダを斬る。
左肩から右横腹まで赤色の一線が走る。
「Lv.差があろうとなかろうと関係ない。俺は斬るだけだ」
多くの冒険者は恩恵に寄りかかり過ぎている。
【ステイタス】に振り回される者が多い一例がダスダのような冒険者だ。
それに対して秋夜は違う。
全てを捨てて全てを斬り捨てて磨き上げてきた剣術とダスダの実力とでは雲泥の差がある。
膝をつくダスダに秋夜は刀を振り上げるとダスダは秋夜に手を伸ばして命乞いをする。
「た、頼む!助けてくれ!俺はもう戦えねぇ!!だから――」
命乞いをするダスダを秋夜は迷いも躊躇いも恩情も与えずに斬り捨てた。
ゴトリと地面に落ちるのはダスダだった者の首。
首断面から血が噴水のように噴出する血を秋夜は頭から浴びてその身を再び赤に染める。
「「「………」」」
その光景をただ黙って見ていたフィン達。
どうするべきかと思考を働かせている途中で秋夜は倒れた。
「秋夜!?」
血塗れとなった秋夜に駆け付けるフィン達は秋夜の状態を見ると酷いの一言だ。
左腕はなく、体にはモンスターに受けた傷を負い、今も生きているのが不思議なぐらいなほどだった。
「リヴェリア!ここで彼の応急処置だ!それが終わり次第すぐに地上に戻る!!」
「わかった!」
「応急処置が終わり次第ガレスが秋夜を運んであげてくれ!周囲の警戒は僕が受け持つ!」
「おう!」
二人に的確な指示を飛ばして四人は地上へ帰還した。
「そんなことがあったんかいな………」
「リヴェリアはどないしたん?」
「付ききっりで秋夜の看病に当たってくれている。責任を感じているみたいだからね………」
冷たい態度を取り、秋夜の言葉に耳を傾けずに依頼を受けたせいで左腕を無くした秋夜。
秋夜の言葉を聞いて無理に19階層に行かなければと何度も後悔をしている。
しかし、それはフィンやガレスも同じだった。
酒場でダスダ達に馬鹿にされて少しでも力をつけようとした結果が大切な仲間の左腕を失った結果になった。
申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
「ロキ。教えてはくれないか?彼は何者なんだ?」
主神であるロキにフィンはその問いを投げるとロキは腕を組んで考える。
「………そやな、そろそろフィン達にも知ってもらったほうがええかもしれへんな」
決心をつけるとフィン達を連れて秋夜の部屋に訪れる。
「……ロキ」
「そや、ロキたんやで?」
調子よくいつも通りに声をかけるロキだが、リヴェリアの表情は変わることない。
自責の念に縛られているリヴェリア達にロキは近くにある椅子を持って秋夜の近くに腰を下ろす。
「秋夜はな、幼い頃にモンスターに家族を殺されたんや」
ロキは秋夜の経緯をフィン達に話した。
幼い頃にモンスターに家族を殺された秋夜はそのモンスターに復讐を誓い、一心不乱に剣術を磨き続けてきた。
何日も、何ヶ月も、何年も長い月日の時間を全ては剣術を磨くことだけに当ててきた秋夜は長い年月をかけてようやく家族の敵を取ることができた。
だが、そこで秋夜に残されていたのは孤独と血に染まった刀と手。
それしか残っていなかった秋夜は絶望し、修羅道へ走った。
モンスターを殺して、人を殺して何の理由も目的もなくただ剣術を磨き続けてきた。
弱者も強者も関係なくその刀で斬り捨ててきた秋夜の姿はまさに修羅そのもの。
磨き上げていく剣術に対して削られていく心。
壊れかけていく人としての想い。
斬ることしかできない。そんな秋夜の前に
修羅に成り果てた秋夜を受け入れ、人としての温もりを思い出させてくれた
だが、秋夜の後ろには今まで自分が斬り捨ててきた人達がある。
心が正常になったからわかる自分が犯した業。
背くことができない罪。
多くの人に恨みを買ってしまった秋夜は極東の地を離れることを
そんな秋夜に
―――これからは誰かを守る為に刀を握りなさい。
誓いを立てるように告げられたその言葉を胸にしまい、秋夜は迷宮都市オラリオへとやってきた。
「そんで秋夜はうちと会ったわけや」
秋夜本人から聞いた本人の経緯を聞いてフィン達は以前に秋夜がオラリオに来た理由がわかった。
失ったものとは家族。
もし、自分が許されてもいいのなら家族を作りたい。
家族を作る為に秋夜はオラリオにやってきた。
だけど、歩んだ修羅の業はスキルとなってその背に刻まれた。
斬った数に比例して強さを得るそのスキルを秋夜は使うつもりはなかったが、仲間を守る為に秋夜は今一度修羅となって人とモンスターを斬り捨てた。
「酒場で秋夜が刀を抜かんかったのはその女神様との約束があったからか……」
「それだけやないで?秋夜はフィン達を守ったんや」
「何?」
「一時の感情に流されず秋夜は最低限の被害で事を済ませたんや。酒を浴びられようが、殴られようが、馬鹿にされようが秋夜は手を出さんかった。自分らにそれが出来るか?できひんやろう?」
ロキの言葉に三人共無言で答える。
事実秋夜がいなければ暴れていただろうと自身でさえその答えが出てくる。
「秋夜はやってのけた。そないなことを気にも止めずに約束を守り、仲間を守り、誇りを守ったんや」
器の違いや、と告げるロキにフィン達は何も言えなかった。
事実その通りだからだ。
そして自分達が不甲斐無い性で今回は秋夜の左腕を失わせてしまった。
情けない。その一言が脳裏を過ぎる。
「………ん」
「秋夜!!」
「……………リヴェ?」
目を覚ました秋夜の顔を覗き込むように近づけるリヴェリアの無事な姿を見て秋夜は安堵した。
「よかった、無事で………」
目を覚まして最初に出た言葉が仲間の安否。
フィンもガレスも特に怪我が見当たらないことに安堵する秋夜にリヴェリアは沈痛な表情で言った。
「………どうして、どうしてお前は私を助けた……ッ!私は、勝手にお前を見損ない、冷たくした。それなのにどうしてお前は………ッ」
守ってくれたことに気付きもせずに勝手に失望して冷たい態度を取ってしまったリヴェリアを身を挺して守り、左腕を無くした秋夜。
自分のせいでこんな痛々しい姿にさせてしまったことに責任を感じるリヴェリアの頭に秋夜は手を置いた。
「仲間を助けるのに理由なんているか?それに腕一本でリヴェを守れた。安いものだ」
「………馬鹿者」
安いわけがない。
左腕が使えないということは秋夜が得意とする抜刀術はもう使えないということ。
もう音越えの抜刀術の真価は二度と発揮しない。
それでも秋夜に後悔はない。
「そこからはあやつは抜刀術を捨てて片腕で刀を握って戦ってきたんじゃ」
それが後に【隻腕の剣帝】と呼ばれるようになった。
「………お父様にそんな過去が」
今では想像もつかない父親の過去を聞いたルフェルは何とも言えない。
そこから片腕だけでどれだけの努力を重ねてきたのか想像もできない。
自分の辛さを何も言わず一人で抱え、いつも笑っている父親にこれからどんな顔をすればいいのかわからなくなった。
そんなルフェルの頭をガレスは乱暴に撫でた。
「そんな顔をせんでもええわい。今のあやつは望むべき家族を手にして幸せのはずじゃ。お主はいつも通りにしておればいい」
皺を寄せてガレスはにっ、と笑った。
髭の中に埋もれたその笑みは、好々爺のように愉快げで、優しかった。
「お父様って強いんですね……」
「ああ、あやつは儂等の誰よりも強い」
フィンもリヴェリアもそれを認めている。
この【ファミリア】で最強を決めるとしたら秋夜だと誰もが答える。
父親の知らない一面を知れたルフェルの表情に笑みが出てくる。
「さて、儂はもう行くぞ」
「はい、ありがとうございました」
立ち上がって離れていくガレスに礼を告げるルフェルは館の中に戻る。
「お、愛娘発見」
「お父様」
いつものように笑って歩み寄ってくる父親。
「ガレスとの訓練は終わったのか?」
「はい。お父様負け劣らずの剣技だと褒めてくれました」
「ほほう、流石は俺とリヴェの娘だ。まぁ、褒められて当たり前だけどな」
自分の事のように自慢げに話す秋夜に苦笑を浮かべるルフェル。
変わらない。例え過去に何があろうと今はこうして笑っていられる。
「だけど、魔導士のお前はそこまで剣技を極めなくてもいい。その辺はアイズ達が十分に助けてくれる。お前は魔法でアイズ達を助ければいい」
あくまで本職を忘れるな、と告げる秋夜にルフェルは頷く。
今こうして笑っているのが自分が知っている父親だ。
でも、これからはもう少しは優しくしようと考えるルフェル。
「ルフェル、もうすぐ
「いいですけど、お母様は誘わないのですか?」
「うむ、イチャつきながらデートしようと誘ったけど断られた」
何故だろうといわんばかりに首を傾げる秋夜に呆れるように息を吐く。
愛しているのだろうが、もう少しは落ち着いて欲しいと切に願う。
「……私が付き合ってあげますから少しはお母様を労わってあげてください」
昔から苦労していたのだろうなとルフェルは母親に心から同情した。