邪悪を断つ。その前日。
「■■■―――!!」
ガンッ、ギンッと重い金属音が鳴り響く。
懐に飛び込む騎士―――ここは、バーサーカーとするが―――その獣の一撃はかなり重い。
セイバーは何度もいなし、切り払う。
されど、バーサーカーは攻撃だけが強いワケではない。
「――――ぬぅっ!」
「■■―――!!」
目を見張るのは―――そのスピードだ。
防がれれば、すぐさま二撃目を放つ。
避けられれば側面にから斬りつけ、いなされれば体ごと捻って、速度の乗った蹴りをはなつ。
セイバーはバーサーカーの凄まじい攻撃に防戦一方だった。
―――だが、それもここまでだ。
前の彼―――ヒビノのキャスターとの戦いで見せたような戦い方とはほど遠い。セイバーが言ったように獣の突進と変わらないのだ。
武練こそ、陰りはない。だが、余りにも稚拙な攻撃ばかりだ。引くこともしない、獣の方がもっとよく戦う。
既に百は剣を躱した。それだけ何度も斬り合えば、パターンは読めてくる。武芸を使っているだけの敵に、セイバーは負けない。
ちょっと強力な敵性プログラムと変わりない。
地面を割るような攻撃も、稲妻を纏った斬撃も。
「無粋だな。返上するぞ!」
「―――っ、■■!!」
「――――――ここまでだな、獣!! ハァッ―――!!」
―――今の彼女には、届かない。
しかし、彼の傷はすぐにふさがっていく。
傷口から漏れ出る黄金の光から察すると―――『失われるべき妖精郷』体に入れられているのだろう。
「いい加減、しつこい!!」
「■■■――■■――――!!」
倒すには―――
バーサーカーから振り下ろされる剣戟を、彼女は飛び退くようによける。
大きく退き、動きを止め、隙を見せたセイバーに、バーサーカーは大振りの一撃で止めを差そうと迫る。
―――それは、彼女の罠だと知らないで。
「天幕よ、落ちよ!
セイバーは、重心を少し下げて足に一気に力をいれ―――飛ぶようにバーサーカーの懐に入り込み、胴を斬りつける。
「■■■ッッ!!」
「しっかりなさい! 私の騎士でしょう!」
「キャスター……あやつの自意識を奪うのは、やり過ぎだったな。まるで相手にならぬ。―――心のない騎士などにしてしまった時点で、貴様の負けだ」
「………ッ!」
彼女をかばうように騎士は立ち上がり、剣を構える。
「■■■■■――――!!」
「慈悲だ。そのくすんだ騎士の在り方に免じ、その意志をこの剣で断つ!」
大きく、吠えた狂気の騎士は―――セイバーの細い首を断とうと剣を振るう。
強く踏み込んだバーサーカーは、刹那のうちにセイバーに迫るだろう。
―――だが。
そうは、問屋が卸さない。
》―――hack(16)!
「ッ―――、■■■―――!!」
自分の魔力はあまり多くはないが、それも礼装で補強できる。
礼装―――守り刀。
相手にダメージとスタンを与えるコードキャストだ。
だが、やはり彼の見た目通りに竜の血―――最強の幻想種の力が入っているのか、状態異常であるスタンは弾かれた。
衝撃そのもので、なんとか刹那であっても足を止めることは出来た。
その絶対的な隙を―――彼女は逃さない。
「―――さあ、踊って貰うぞ!」
スキル『
セイバーの戦闘スキルであり、相手に振り下ろしと切り返しを瞬時に行う剣戟。
筋力ダメージをたたき込むスキルだ。
一瞬とはいえ、動きをとめたバーサーカーに避けることはできない。
結果、吸い込まれるように―――彼の体に攻撃が集中する。
「GAAAAAAAAAAAAA――――!!」
セイバーの一撃が――敵の霊核を討った。
バーサーカーはよろけ、膝を突く。
眼光こそ、殺気を伴っているが―――体がどんなに治っても、限界だった。
体は、急造品だからか混ぜられたモノとうまく融合出来ていないのだろう。膝をつくのと同時に体のあちこちが崩れ始めた。
―――キャスターの泡沫の夢は崩れ落ちた。
だが、彼女はそれを認めない。
「あり得ない……! 私の騎士は、セイバーより圧倒的に勝っているはずッ……! こんな―――認めない……認めてたまるもんですか!!」
童女のような叫び。
彼と出会っても変わらなかった内面。ずっと、彼女は暗い牢獄のなかに居続けた―――その結末。
―――いっそ、憐れだとすら思う。
「……そんな、目を私に向けないで! ―――立ちなさい、私の騎士!」
命令形なのに、懇願に聞こえる悲痛の声。
「――――ぐぅっ……!」
マスターが倒れれば、サーヴァントも……また。
どうして、彼女はこんな結末しか選べなかったのか―――いや、選ばなかったのか。
「キャスター……。何故、このようなことをしたのだ。……余には、あの男がこのような結末を選んだようには到底思えぬ。―――貴様は、あやつの意志を真っ当に聞かずにこのような姿にしたのではないか?」
―――それが、本当だとしたら。
「………………」
彼女は、答えない。
いや、答えられない。
自己の願いのために、自分を思う人を犠牲にした。
その沈黙こそが、その証明。
「何故だ! 貴様は、あの男を好いていたではないか! 大切だと言っていたではないか! ―――なぜ、騎士になって欲しいと素直に言えなかったのだ………」
たぶん。
セイバーには、キャスターがどうしてこんなことをしたのか分かってしまったのだろう。
ヒビノのこと考えれば、死んでも自我なんて無くしそうにない。
いや、そもそも。
彼女を思うなら、化け物になる何て言う結末を選ばなかった。
だが、彼女がもし、そうなって欲しいと言えば―――きっと、彼は答えてしまうのだろう。
―――こんな結末になったのは。
「だって………拒絶されたく、なかったもの」
そう彼女は、狂気と絶望、諦観でぐちゃぐちゃにかき回したような目をして言った。
それは、彼女の中をよぎってしまった疑念。
大切な人に―――拒絶される自分。
見放され、置いて行かれる自分。
……また、一人になる孤独。
邪悪を生む、暗闇の底。
――――コースターの時に聞いた、彼女の悲鳴こそがその証明だろう。
「いやよ、嫌です、嫌なのよ! もう、大切な人が私の前から去って行くだなんて……耐えられない!」
だから、いっそのこと―――。
……それは、とても致命的な矛盾を孕んでいることに気がついているのだろうか。
気づいていないのなら―――それは、なんて、悲しいことなんだろう。
「………誰か、私を、助けてよ」
―――その絞り出すように、胸の底から吐き出すような声に、答えてくれる人はもういない。
……答えてくれる誰かを、彼女は自分の手で殺してしまったのだから。
***
黒い、暗い、海の底。
何でもあって、何にも無い、暗闇の底。
ふと、目の前に視線を向ける。
白い獣が、こちらを見ている。
白い獣が、今にもこちらを食おうと見下ろしている。
白い鱗に、黄土色の爪。
赤く蛇のような目に、大きく背から出ている翼。
―――ドラゴンだ。
きっと、自分はここで食べられてしまうのだろう。
そう思った。
***
―――それは、夢なのだろうか。
何処かで―――ユメであった人がそこにいた。
共有した固有結界を通して干渉してきたのだろう。
魔術師が、そこにいた。
「どうせだから、魔法使いって呼んで欲しかったがな……。ま、いいだろう」
自分と同じ容姿をしたソイツは言う。
「ここで、何をしている」
―――死ぬのを待っている。
自分のような、脆弱な人間では、彼女は救えなかった。
救えない、と言う事実は知っていたが……改めてこう、突きつけられると……、心が欠けそうになる。
その道行きを味わって、アンタがリリスを救ったことがスゴイ事だと思った。
―――自分では、アンタのようには行かなかった。
なんて、無様。
ロット王だって、俺には混ざっているのに肝心な時にガス欠だ。
………もういい。疲れたんだ。
どうせ、何もできないなら―――ここで。
「―――諦めるなッッ!!」
男の怒号が、あたりいっぱいに響いた。
「ふざけるなよ……何もできない? ……違う、何もしなかったんだ。 もう疲れた? ……違う、諦めれば楽になれるからだ!」
―――そりゃ、アンタならできるだろうさ。
でも、俺は―――アンタの偽物なんだから、出来る事なんてまねごとだ。
「―――ち。やたら、俺のコピーにしてはなよなよしいと思ったが、そう言うことか。むしろ俺のコピーだからか?
……まあ、いい。――それは、お前の勘違いだ」
―――!!
そう、目の前の男は言ってきた。
「なるほど……、俺とは違うと言っておきながらその実、俺との違いを認識出来ていないのか。……それでは、まだ
……記録か、記憶かの違い……というわけではなさそうだ。
「―――俺が、どうしてリリスを救おうとしたか、知っているか?」
顔を横に振る。
救った、という事実は、分かる。過程も、この体には記録してあるが―――感情が記録されていない。どんなことを思って救ったかを俺は、しらなかった。
「では、そもそもの―――俺の願いは?」
確か……人類の救い、人類史の完成は―――リリスのものだったはず。
火々乃晃平の本質的な願いは―――人になることだった。
人間の余りにも美しく尊い在り方に憧れ、その形を目指し―――視点を共有することは出来ないという真理を得てしまった。
だから、せめて―――どこにでもいる誰かを幸福にして挙げたかった。
尊いその笑顔こそ、彼の愛したものだったから。
ふと、気づく。
―――それは、リリスを救うと言うことは、その幸福にいたる偉業を、それを願った彼自身が否定していることと変わりないのではないだろうか。
「そうだ。俺は、彼の―――俺の思想の体現者を、否定した」
それは、何故だろう。狂おしいほど求めた結末を、なぜ彼は選ばなかったのだろう。
「全人類が、完全な幸福へ至る。なるほど、そいつは聞こえがいい。―――例えそれが、これまで人間の在り方を否定するものであったとしても。
―――だが、俺は思ってしまった。
一度、記憶を失って、つぎはぎだらけの俺ではあったが。そんな俺でも―――答えてくれる人がいて」
それは―――茶色の髪をした少女。
世界すら喰らわんとした、彼女の飢餓。心の底に刻まれた孤独と恐怖。それに抗った、その在り方を―――。
ライダー・チンギス=ハン。
「俺は、もう一度自分を見直すことが出来た。それも、奇しくも自分が仕掛けた罠で――――己の人間性を証明してしまった」
それは、三回戦の折。
「ステージが崩壊し、落ちていく誰かを―――俺は、思考が体を止めるより速く、助けにいた。……疑念持ち、疑心持ちの自分では……考えられない行動なんだ。
俺は、初めて―――人を信じて、虚数の海に飛び込んだんだ」
それこそが、火々乃晃平が火々乃晃平たる由縁。
「目の前で、人が死ぬのを恐れ、それに立ち向かってしまう蛮勇性を俺は持っていたんだ。彼女は、勇気なんて言ってくれたけど」
人を愛していることを彼は、その日、記憶が返却されるより早く自覚した。
「そう思うとな……アイツが、何だか哀しいことをしようとしていると思ったんだ」
―――哀しい?
彼は、人類を救うのに?
「――――アイツは、最期まで人の美しさを、尊さを知らずに救おうとしてしまった」
それが、どうしようもなく哀しいことだと、彼は言った。
「だから、俺は―――リリス
だから、彼はその結末を選んだ。いや、選べたのだ。
かのセイバーと斬り合ってまで。
勝てないと知ってもなお、譲れないと意地を張ったのだ。
それは、彼にとっての愉しみだから。
「これが、俺だ。……もう、分かるだろ。そろそろ、お前も正直になっていいころだ」
……………ここまで、くれば。
―――震える
俺も、自分と向き合わねば―――ならない。
「……真実を、告げよう。お前は――――彼女を
―――体が、崩れるような思いだった。
脳髄がばりばりと破けるような衝撃だった。
高く積み上げたものが、全て壊れて崩れ落ちた、あっけなさだった。
―――それこそが、俺の真実なのだろう。
偽物にすら、慣れなかった浅ましい―――俺の。
***
白き竜は、待っている。
目の前の男の、その決断を。
しかし、腹は空く。
体は、食い殺せと啼いている。
―――ああ、でも……まだ。
最後の、一縷の希望だけは――捨てたくないのだ。
その竜こそは、ブリテンを滅ぼす邪悪たるもの。
空から墜ちて、
ブリテンを呪う呪力となって溶け合ったモノ。
ある意味では、彼女の本心を示していると言えよう。
―――滅びの因果は、此処に在り。まだ、希望を喰らわず。
ラ「――――っ」(大切な人と言われて赤面して、転げ回っている)
火「.........」(照れて何も言えない男)
?「爆発しろ」
火・ラ「――――――!?」
***
ライダーとの出会いがfateルートなら。