――――誰かが、忘れた
オレは、どことも分から湖畔を眺めていた。
後ろの白い壁を背に、もたれかかって座って、見ている。
夜の帳は落ちきって、湖畔は月の白さがなかったなら真っ黒な穴があると勘違いしてしまいそうな程、黒い。むしろ、月が闇に穴を穿っているのかもしれない。
何故、そこにいるのか、と聞かれると難しいけど。
たぶん、王にさせられる事実から、逃げようとして一日でここまできたのだ。
無責任に、戦火を増やす王に、だ。
―――民の疲弊していく顔など知らぬとばかりに戦争を進める、いや進むしかない。
自分の、国の首を絞め続けるだけの王になれと言われ、喜んで頷くヤツなどいまい。
まあ、結局。自分の国を捨てるわけにもいかず、この湖で、朝を待って返ろうと思った。
あの時は、オレも若かった。王という立場があっても、何がしたいか、いやどうしていくべきなのか―――そんな、目的、あるいは夢、を持ったことがなかった。
なにぶん、うちは小さい小国な上、蛮族が引っ切りなしに責めてくる。物心がついたときから戦火知らない日はなかった。
意味も分からずむしゃくしゃして、今日ここに、水分補給がてらにきた。王城ではさぞ五月蠅く騒いでいるに違いない。
ぱちぱち、と燃えるたき火に枯れ木をたく。
無心にそうしてると―――ふいに、音が聞こえた。
――――て。
頭上から、聞こえてくるので見上れば――石窓、壁に四角い穴をあけてあり、そこから聞こえているようだ。月明かりを差し込ますだけのもの、と言ったところだろうか。
耳をより、澄ます。
音の種別、反響、部屋の大きさ、装いまで特定する。
うちの兵士には必須技術。
―――助けて。
大理石で作られたのかしっとりとした印象のする壁と柱。白い柱の間に穴が掘られ、そこにかがり火が灯っているようだ。おそらく荘厳で清廉な模様となっているに違いない。この建物の持ち主はなかなかの趣味をしているらしい。
聞こえてきた声は、恐らく齢は十に近づいたばかりのような、少女の声だ。
「…………だれか、いるのか?」
そう聞けば―――
「―――――だれ?」
少女特有の高くてしっとりとした声が聞こえてきた。
―――――是より先は、見るに能わず。
―――――その日、少女は姿の見えぬ誰かに恋をして、その誰かは民を護る騎士という星を目指す。
―――物語の始まり、でしかないのだから。
***
ざ、ざ、ざ。
雨でぬかるんでいた地面は、既に固まっている。
荒れ狂うように地面から這い出ていた泥人形も崩れ、今はその面影を残すのみ。
自分の視線の奥、迷宮の構造としてはちょうど真ん中の開けた場所に彼女らはいた。
月明かりが差し込み、照らし出している。
彼女―――すなわち、キャスターはうすくほほえみかけ、ヒビノはキャスターに膝枕されて眠っている。
お互い血で汚れているものの、雰囲気は優しげだった。
「………貴方の方が辛いくせに。――――本当に、ばか、なんですね。貴方は願い通りに動けて、私は願い通りに……。最高の終りだったのに。酷い人………」
慈愛、の表情とは今のキャスターの表情をいうのだろう。
この前や、さきほどの獰猛とも妖艶ともとれる表情とは真反対だ。
そんな彼女が見つめる当の本人は、眠りから覚め、ぱちぱちと目を瞬かせながら自分の状況を確認して―――ぽつり、と一言。
「えっと、誰?」
―――――場が凍った。
キャスターの暖かさを伴ったほほえみは一転して、冷気を帯び始めこめかみには青筋が浮き出た。
……流石に、その発言はいかがなものだろうか。
デリカシーのなさがピカイチ。
「うむ、ないな。それはない。余りにも、こやつを想っていたキャスターには、酷すぎるぞ」
右に同じ。
じーっと、ヒビノが彼女を見続けているとやっと合点がいったらしく。
「ああ! キャスターか………驚かさないでくれよ。 あんな顔、いつもしないのにどう言うこったって、いやぁ、余りにもイメージから乖離―――――いたたったたたっっ!! なせ、頬をつねふっ!」
わからないのか、ヒビノ!
「それ、雷電!」
確かに、固有結界の前後では全く彼女の浮かべている表情は、天と地がひっくり返ったがごとく違う! しかし、それでも自分のマスターに一瞬でも忘れられるとか結構きついんだぞ! 好意を抱いている人に言われればなおさらだ!
「いひゃいいひゃーーーーわたしひゃ、調子のりしゅた!申し訳ないとおもっておりふぁす!」
「―――フン」
「いってぇ………。別に、ひねることないじゃないか」
「貴方が、変なことを言うからです」
「………変なこといったの、オレ?」
本当にわからないようで、自分に説明を目で訴えてきた。
“どういうことだ! 説明しろ、岸波!”とか言っていそうな目だ。目は口ほどにも物を言うという諺をそのまま体現している。
「というか、動かんのですが……!」
と、まるで浜に打ち上げられた死んだ魚のようなヒビノ。ぬぬぬ、と全身に力を入れようとしているが体は動かない。
おお、此処で死んでしまうとは情けない。
「……私を倒すために自分のリソース使い切ったでしょう? むしろ形が残っている方がおかしいのですが」
「生命リソースの補填が効かぬ状況でよくもそんなムチャをしたものだ。というか、何故そんな状況になっているのだ」
確かに、それは聞いて起きたい。
随分と前……それもキャスターの迷宮に侵入したときからずっと調子が悪そうだった。少なくともあの時からずっとリソースを失い続け、補填される事がない、ということだ。
「―――――リソースは、キャスターに奪われ続けている。どうやら契約したときからずっとな。キャスターに自分の血液を分け続けたってわけだ。俺は、大方キャスターに企みありで抜かれてるもんだと思ったがね?」
「それは違います。私も、その事実に気づいたのは契約して三日した後です。私が何をしようとしていたかは判りますが………今となっては意味をなくしましたけど」
意味をなくした?
「はい。そう行動したのは、私に巣くっていた狂気――いわば、ボーティガーンの妄執がそうさせたのだと。精々、この身を使って自分をここに産み落とす気だったのでしょう。杜撰な計画です。気づかれたら令呪で殺されるとは、鐚一文思っていなかったのでしょうね」
ボーティガーンと言えば、アーサー王物語では卑王として伝わっている。アーサー王に討伐された、と。
「ですが、ボーティガーンの企みもアッサリと砕けました。―――契約の際、マスターののど元に噛みついて血を啜った瞬間に、狂気がズタズタに裂かれ、祓われました。不浄を祓う血筋故でしょう。一度狂気が解けたなら、後は制御するだけ―――」
「はぁ!? お前、もう狂気ないの!?」
驚きの声をヒビノが挙げた。
驚きたいのはこっちなのに。血で不浄を祓うってどういうことなのか。さっぱりである。
しかし、彼は、既に彼女の狂気がないことに驚いているらしい。
……まさか、彼女の狂気を祓う目的で―――彼女を衛士に売ったのだろうか。
「はい。完全に、狂気は制御しています。……無駄な、徒労でしたね。ヒビノ?」
「――――あー、マジか。…………今、俺の名前呼ばなかった?」
「いえ、言ってません」
なるほど。彼が言っていた、“彼女を救う”という目的は、既に図らずとも成し遂げられていたらしい。
「もとより、私はブリテンの原初の呪力を受け継いでいます。ボーティガーン程度の妄執・意志力程度でそうやすやすと体は渡せません。勝手が出来たのは、そのタイミングが悪かっただけです」
「なんと………ああ、なんと……!」
すごくショックを受けている……。
「
くすくすと笑って彼女は言う。喜悦が混じった表情だった。
彼の持ち込んだ礼装には『剪る』という概念が込められているらしい。
それを彼女に使えば、そのまま解決だった、ということか。
「どうして、そういうことは先に言わないんだ!」
「言う前に裏切られたんですよ~? 誰かさんのせいで」
「がはっ」
………つまり、ヒビノが暴走して突っ走って自爆したというわけか。
「ぬ? では、その男の心臓は何処に行ったのだ?」
「ああ、それ? キャスターの…………おい。俺の送った簪ドコにやった?」
簪? 心臓と何の関係が?
そう言えば、二層まではしていた記憶があるが―――今はしていない。確か、赤い花をあしらっていたような?
「俺、心臓で簪作ったんだよ、錬金術で。いざ、と言うときの逆転のためにな」
「ああ、そういう。――――それなら、素材にしましたよ?」
「…………俺、文字通り命懸けて作ったんじゃが」
「大切に素材にしました………なにか問題でも?」
「イイエ、ナニモ」
ヒビノは“真っ白に燃え尽きたぜ”と言うかのごとく、死んだ魚の目をしながら虚空をにらんでそういった。
キャスターの悪魔のような笑みには自分とて戦慄した。
……他人を決定的に信じられない彼にとって、それこそ誓いのような、彼にできる最大限の信頼の証だったと思うのだが……人の夢と書いてなんて読むのだったか。
「余りの不憫さ故、問うが………一体、なんの素材につかったのだ?」
「―――秘密です」
蠱惑的な笑みで彼女はそういうのだった。
しかし、余裕の態度がとれるのはそこまでだ!
ヒビノ! 君の仇は自分が取ってみせる!
「―――頼んだ、岸波。女に赤っ恥をかかせる勇者よ……!」
合ってるけど違う!
不可抗力だ!
――――とかく。
彼女のSGに関わってきそうなのは、この層に入ってからの彼らのやり取りが鍵になっている。
二層での豹変した彼女は、単に死に急ぐ彼を諫め蹴飛ばしたのだと思う。
やはり、今の状況から鑑みても……その推測があっていることを証明していると思う。
彼と彼女のやりとりを思い出してみる。
『…………なんの、まねですか』
『まさか、私と戦う、とでもいうつもり? ――――正気?』
『お前に、正気がどうとか言われたくない』
『―――気持ちよかったか?』
『うるさいッ!』
………思い出してなんだが、彼らの関係倒錯しすぎでは?
いや、このやり取りには続きがある――――。
『……ずっと、お前は、オレとそうなりたかったんだ。破綻した、でも、いとおしさを感じる―――そんな関係に』
――――どくん。
その言葉を思い返した瞬間に、心臓が強く跳ね上がるような感覚。
つまりは、五停心観が反応した。
これが、キャスターのSGに直結するはずだ。
彼女が、ヒビノとなりたかったかった関係。
彼女が、彼にもとめたもの。
――――取り敢えず、彼女に掛ける言葉は。
》 ヒビノとどうなりたかったんだ?
まずは、彼女に問いかけなくてはならない。
本当は、彼女は彼とどう言う関係になりたかったのだろう。
倒錯した、不道徳で背徳の悦びを生む関係。
はたして、彼女はそれだけをもとめたのか。
―――大切な人を失う故の快楽だけが欲しかったのか。
どうか、否定して欲しい。
あんなに、彼のことを思っていたキャスターが、どうして自分の大切な人を捨てることに悦びを見せたのか。
「…………わ、わたしはサーヴァント、です。それ以上も、それ以下もあるわけがない。合って良いはずがない。この人は、人間、で、―――ああ、何で、そんなことを私は」
強く、動揺して、キャスターの顔色は土気色に変化していく。
しかし、彼女の意志に反するように頬は上気しはじめ――端からみても、劣情覚えているように見える。
息は、荒く、獣のようになっていく。
瞳は、何に怯えているのか震えている。
彼女が、口にしなくとも―――その体たらく。
》殺したかった? それとも……
「―――違う! ……やめなさい! お願い………その、先は」
彼女は、頬を上気させながら、やめろ、と懇願する。
やめて欲しいのにシテ欲しい。倒錯した本能が垣間見えた。
それこそが、彼女の隠しようもない願望の現れ。
彼女の願望はすでに見えている。
》キャスターは、ヒビノに殺されたかったんだ!
―――――ドクン。ドクン。ドクン。
鼓動が、自分の推測の正しさを裏付けする。
「―――いえ、いいえ! 私は、殺したかった、奪いたかっただけです! それ以外の事なんて――――願ってなんかいません!!」
にしては、かなりの反発を示してくる。
いつもの冷静な彼女の姿はそこにはない。本当に関係無いなら、ここまで声を荒げるはずがない!
「……それは……的外れだから! そう、的外れ! 全くの間違い!」
なら―――。
》どうして、殺される直前で――――笑ったりしたんだ!
「なっ――――!」
自分達は、ヒビノが展開した固有結界の中で何があったかは分からないが、その前もその後も見ている。
ヒビノが、彼女に馬乗りになって心臓を突き刺そうとする直前―――彼女は、扇情的な笑みを浮かべ、振り下ろされる刃を今か今かと待ち受けていた。
どんな心情であれ、彼女が殺される直前に笑みを浮かべていた。それは、隠しようのない事実である。
殺したくて、殺されたい。
その倒錯した願望の名こそ、今回のSGだ。
どくん。どくん。ドクン。ドクン。
その言葉を頭に思い浮かべてからずっと、この五停心観の反応が強くなっていく。
》―――『破滅願望』。
あるいは、破綻衝動ともいえるそれ。
その言葉を明確に口にした瞬間に、彼女の胸の中心から赤い―――SGの輝きが漏れ始める。
「ぐぅぅぅぅ………! またっ………これっ」
キャスターからSGが抜き出されこちらの手の中に飛んできた。
特に、キャスターの場合は言動から考えると自己破滅願望が強いと考えられる。
それこそがキャスターの心の奥底に潜んでいた闇だ。
―――究極の自己否定にして、サドヒズムとマゾヒズムが同居した“死の欲動”である。
「はぁ、はぁ、はぁ。………また、とられました。まあ、この馬鹿マスターに注意を向けすぎた時点で―――この結末は決まっていたようなものですが……」
「……そこで、俺をにらむなキャスター」
「にらんで、ません」
「えぇ……」
明らかににらんで――――いやにらんでないです。なのでこっちにその眼力を向けないでほしい。
悪いのはヒビノだ。
「それは違うぞ!」
うるさい。
「酷いッ!」
と、さっきから大げさに言っている彼だが、やはり体は少しも動かせないらしい。
「……ふぅ。抜かれてしまっては、仕方ありません。……崩された経絡も治って、腕の感覚も戻ってきましたし。ここはささっと退却を―――、と、行きたいところですが」
「む? なんだその意味深な目線は」
「――――貴方は、どうしますか?」
「…………?」
キャスターの問いかけに、ヒビノは意味がよく分からないという顔で返していた。彼の事を考えれば―――答えなど決まっているのだが。
「………貴方の目的は、大きくずれた、とは言え達成されています。これ以上、私に付き合うことは―――」
「当然、付き合うに決まってんだろ。まあ、死にかけだがな。オレの魔力はいまやみそっかす……て、どしたキャスター?」
「………その、貴方の魔力って……心臓が戻れば回復するんですか?」
「あ? ああ。心臓さえもどれば魔力回路も安定して出力だせるし、お前にとってはマイナスにしかならないが固有結界も使えるように……あの、キャスターさん? 目が怖いんですが?」
「―――ふーん。そうですか。……ふーん」
何やら、キャスターは考え込んでいる。じろー、とヒビノの体をなめ回すようにみて、頷いている。
直感だが、今彼女はよからぬことを考えている気がする……!
そんな予感をヒビノも感じたようで。というか、ナニカに感づいたようだ。
「……アレ? ひょっとして、これ……ルートミスった? まさかのアンバールートに突入しちゃった?」
「ふ、ふふふふ。ふふふふふふ」
すごく、恐ろしい笑みだ……具体的に言うと、赤い悪魔てきな。いや、今のキャスターの格好てきには青い悪魔とでも言うべきなのか。
そして、花も恥じらう笑みをして―――キャスターは、ひょいっとヒビノを担ぎあげた。
「ええ! ええ! それこそが、最高の手段! 至高の合理的な回答! ふふふっ」
「きゃ、キャスター、お前、一体何を―――!」
「愉しい愉しい、実験の時間ですよ♡」
「――――いやだァァァ! ナニカされるゥゥゥっ!! 助けて、岸波ィィ!」
いやだ、と言いたいところだが。
キャスターが何をしようとしているかは聞いておいた方がいいかもしれない。
「マスターを使って何をしようとしているか……ですか? この人は、私の願いより自分の願いを優先しやがりました。……どうしたって、私を殺してはくれなさそうです。なので―――もう一つの願いを、叶えて貰います」
「えっ、おまそれ――――ぐえっっ」
そういう彼女は、それこそ、年頃の少女のような悪戯っぽい笑みでそう言うのだった。
――――ガンバレ、ヒビノ。口から泡噴いていたけど。
***
SG3【破滅願望(死の欲動)】
キャスターが抱えている闇そのもの。
アンビバレンス―――在る対象に対して、相反する感情を同時に持ったり、相反する態度を同時に示すこと。あるいは、両面価値とも言われるものをキャスターは得ている。
アンビバレンスを簡単に言えば、愛情と憎悪を同時に持つことや、あるいは尊敬と軽蔑の感情を同時にもつことだ。
かつて火々乃晃平が戦ったセイバー・モードレッドのアーサー王への尊敬と憎悪の同居などが例として挙げられる。
キャスターの場合、『愛する者の死を願う』という、殺害願望にして自殺願望が膨れあがったものだ。
彼女はさらに質が悪い。
「死の欲動」とは「死にたい気持ちに駆られる」というものである。
それは、自身への攻撃性―――つまりは自傷行動をさせる。その自傷行為に、彼女は快楽を覚えたのだ。腕をナイフでさくと、痛いけどキモチイイ、と言った風に。
少々、度が過ぎているが、愛する者を失えば失うほどより強い快楽を享受できたのだ。それこそ、一人一人、愛した人間を摘み取っていく行為はえげつない快楽を約束しただろう。
一見、倒錯したようにみえるものの、実は良くある事例でもある。攻撃性がかなり尖っているだけで。
―――彼女は、完璧主義者である。
完璧主義者とは、完璧な人間が主義とすることはなく。完璧を主義とするということは、完璧になろうとする試みである。品を知り、恥を知っている。
つまりは、自らが完璧と考える知覚状態に達していないと、罪悪感、恥、怒り、不安が引きおこされる。彼女は、完璧ではないのであれば、他人からの称賛や愛を失うと信じているのである。
彼女が失敗を嫌い、恥を嫌う理由はそこにある。
彼女は、日頃から強い心的ストレスを感じており、そのストレス発散のための自傷行為、というわけだ。
故に大切な人、と規定したヒビノと殺し合うことに興奮していたのだ。
また大切な人を失うという恐怖。その喪失感から得る快楽・絶頂。
だが、勘違いしないでほしい。
その行為はあくまで悲鳴の代りに現れたものでしかない。
再三言ってきたが―――彼女は、恥を知らぬ女ではない。
その浅ましさ、おぞましさ、醜悪さを正しく認識しているのだ。抗えぬ快楽による醜態―――それこそ仕方ないと、余人は謳うだろうが彼女はそれを恥じた。
だが、自分にはなにも出来ず、だらだらと快楽にながされて抗えない罪を重ね続けていく。
そんな自分を許せなかったからこそ――――自死を望んだのである。
例え、それが快楽に歪んで汚される願いに堕ちてしまうとしても。
―――彼女に救いはない。
どれだけ贖罪のために自己を崩壊させようが―――それを快楽で汚してしまう。
そして、どうすることもできずに穢れを重ねていくことになる。
自己に関する全てが崩壊しても……彼女は自分を罰せる誰か探し歩いて行く。悪質な螺旋の連鎖そのものだ。デススパイラルそのもの。煽情さあふれるタナトスの花。
―――彼女は、生きていることが罪なのだ。
彼女の根底にあった願いは―――そんな自分を赦さないでほしい、というもの。
………もし、そんな彼女を救うことが出来る人間がいるならば――――彼女を赦さぬと言い続ける誰かだけだろう。
火「ちなみに、死の欲動の出典元は、フロイト先生の説から引用した。あとは察せ」
ラ「フロイト学的に言うと、心の成長は男性器の―――」
火「そこまでにしておけよ、ライダー」