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一面の赤。
むせるほど漂う鉄の匂い。
夥しい数の死体。死臭。
頭、腕、足、胴。ばらばらになっている。いやされたのか。他ならぬ、オレの手で
目に痛いほど血流を回して前を見据え、何処かに走っていく。
―――どくん。
―――どくん。
―――どくん。
痛いほどに心臓が跳ね上がる。こめかみをカッターで何度も斬りつけられていると錯覚するほど。血管が熱い。血流が
同時に、強い喉の渇きに晒される。川が汚れていなければ、今にも飛び込んで飲むと言うのに。
―――ハァ、ハァ、ハァ。
呼吸する息も心なしか熱い。
体の熱を放出しているはずなのに、一向に熱が収まる気配がない。むしろ酷くなっているような気さえする。
ふと、地面を追おう赤い水たまりに映った顔が見えた。
目は血走っていて、とても正気には見えなかった。
しかし、体は止まらない。この程度の異常性はなんら問題ではない。
立ちふさがる
獲物は悲鳴をあげる間もなく、死んだという事さえ気づかせず、切り捨てる。
手に持った戦斧が軽い。
邪魔、邪魔、邪魔。
連続して切り捨てる。真っ赤な鮮血が顔を汚す。
目さえ汚れなければ良いとぬぐうことはしなかった。
苦笑してしまう。
―――――――まるで、獣だな。
後部隊がオレを見つけたらしく、蠅のようにざわめいた。
「―――ま、まさ」
言葉を交すより早く首を跳ね飛ばす。
幾千の兵が立ちふさがるのが見える。
邪魔だ、邪魔だ、邪魔だ、邪魔だ、邪魔だ。
――――パン。ぱん。パン。
いくつもの命を摘んでいく。
血しぶきで丘が汚れていく。近くの川はニンゲンの死体で氾濫していた。
圧殺。惨殺。焼殺。
オレが来たからには虐殺にしかならない。
――――――そんな時。奥に――金色が見えた。
それは、人だ。太陽がその人の背に輝くせいか、後光のように見え神々しい。その金糸の髪を見たせいか、喉をひりつかせる渇きが増幅された。頭の中が、殺意でいっぱいになってく。そいつの何もかもが腹だだしいとばかりに。
「貴公、そこまで堕ちたか」
言葉をかわすまでもなく。代わりに殺意をぶつける。
―――まだ、その白い首に食らいついてない方がオレには少し不思議だった。
その姿を見納めた瞬間から、心臓が痛いほど高鳴っている。
―――殺したい。
そう思ってしまう。既に体は死に体だというのに。
黄金の光が俺達の殆どを飲み込んだ。オレもそれに巻き込まれたクチだ。
―――殺せ。殺せ。ころせ。ころせ。コロセ。コロセ。
煩わしい頭痛も今ばかりは抑えられた。勝てないとわかっているからこその――冷静さかもしれない。
「―――堕ちてなどいないさ。オレは、オレのために動いただけ、だ」
金色の誰かは、剣を構えるが――――何を思ったか、また俺の前に男が立った。
「貴方が出るまでもない。私が貴方を討とう―――よ。ここが貴方の死に場所だ」
いらいらする。
殺したいのはお前じゃない。その後ろにいる――――だけだ。
「オレの、邪魔を…………するなーーーーーッ!!」
ありったけの力を足に込め、一気に懐に入る。
「―――お前が、もう少し冷静ならば」
男はそう、本気で死合えないことを残念に思うように言った。
瞬間、オレの脳髄が砕けた。ヤツの振り下ろされた剣で。
オレは最後に笑う羽目になった。
――――――――――――――ああ、なんて、無様。
残酷な運命に恨み言を言う暇もなく。オレは絶命した。
***
「マスター…?」
ふと、目が覚め、イスに座り頬杖をついて眠っている。自分との契約者を見る。
額からは汗が噴き出ていて、顔も赤く、熱っぽい。息づかいは荒く、しかしながら表情は至って変わっていない。少し、触れることに躊躇したが――額に触れれば、酷い熱さ。
電脳ウイルスにでも感染したのだろうか?
マスターを抱き起こし、自分が寝ていたベッドに寝かせる。
「……失礼します」
体の胸の中心に手を滑り込ませ、構造に異常はないか調べる。外的要因によるものかどうか判別し、原因を特定するためだ。
魔術による生体構造を解析する――――――。
「―――――え?」
構造体には異常はない――――表向きは。
問題は内側、魂、魂魄のほうだ。
完全に癒着しきっていないどころか非常に不安定な状態。一瞬一秒先には消失していてもおかしくない。
それと同時に、体の構造体も揺らぎが生じ、崩壊と再生を繰り返している。
これでは、神経という神経に熱く熱した鉄杭を刺されているような痛みが生じているはずだ。生きていることが奇蹟。いつ死んでいてもおかしくない。生き続ける方が苦痛。
体が壊れていなくても、その根幹になる
魔力だけが上等。体に根付いた神秘が濃く辛うじて生きている状態なのだ。
目が眩むような動揺に襲われる。視界がぐらつくような感覚に満たされてしまう。
だが、同時に。
―――――――――得体の知れない笑みをこぼしてしまった。
はっとして、口が歪むのを止める。
頭が、痛い。
―――――コロセ。コロセ。
今の弱ったマスターを見ると鮮明にイメージしてしまう。
そののど笛にしゃぶりついて、歯を立て血を吸って。情を交しながら、心臓をわしづかみするように胸に爪を立て。その悲鳴を耳にしながら、絶頂して心臓を取り出し口にする。
芳醇な魔力を蓄えた心臓はどれほど甘美なものか、想像にたやすい。状況も相まって格段と美味しく感じるだろう。飲み込みだけで絶頂するに違いない。
目が、彼を捉えて放さない。
――――ゴクリ、と喉がなった。
ころせ。ころせ。コロセ。
目が回るような酩酊感。最高の快楽を予感して―――――。
頭を壁に思いっきりぶつけた。
「うる、さい……っ」
がん、と言う音と共に、五月蠅い声はやんだ。荒い息を整える。
「………キャスター? どうした……って、何だこの寝汗! びっちゃびちゃで気持ち悪っ」
その音に目を覚ましたらしい。起きるとそんな事を言って、何処かへ歩いて行った。
おそらく、シャワーでも浴びに行ったのだろう。
――――ふぅ。
一回息を吐いて。
マスターはあれだけの汗をかいたのだ。
シャワーを浴びた後は、腹減ったーとか言うに違いない。
ならば、と思い立ってキッチンスペースに移動する。
食堂の話も出ていた事だし、料理でも一つつくってあげようと思った。
―――悪意に飲まれそうになった罪悪感のようなものもあったからかもしれないが。
あのマスターは気づいているのだろうか。自分の状態に。
まあ、きっと気づいているのだろうが。
なら、少し疑問が出て来る。
――あの人はどうして、こんな自分を切らないのだろう?
***
あたたた。
頭が酷く痛み、思わず片手で額を抑えた。
一回息をつけば――心臓の高鳴りも落ち着いてきた。
原因は、朝方見た夢だろう。
しかし、今となってはほとんど思い出せない。一面の赤と、夥しい数の死体。蠅と蛆。思い出せるのはそれくらいだ。
ぼやけた景色のどれもオレは見たことがない。ホントに覚えがない。
こんな夢らしいユメは久しぶりの様な気がする。いつもは―――。
そんなことを考えながら、マイルームへ入る。
―――いつもならキャスターがベッドの上に座りながらぼーっとしているのだが、見当たらない。
「――ああ、マスター。帰ってきましたか」
すると、キッチンスペースからひょこりとキャスターが顔をのぞかせた。
ひょっとして、料理でも作っていたのだろうか。にしては違和感が。
とことこと歩いてきたキャスターは、黒のすっとしたエプロンを身につけていた。
やはり違和感。
ふむ、オレはどうして違和感を覚えているのか。
まずは視線を動かす。
机の上。イスの配置。掛けられた絵。―――問題なし。
続いて、キャスター。エプロン姿ということ意外に違いはない。
であるならば、どうしてオレは違和感を得たのか。
どうぞ、と席に誘導され座らせる。
そして、目の前にコトリと器が置かれた。
当然中には具材――が―――。
―――ああ、なるほど。
中身を見て、違和感の正体がわかった。
「……キャスター。これは……なんだ?」
目の前の器の中にはぐちゃぐちゃなナニカ。
具体的に言えば、細かく砕かれたジャガイモと人参を水で煮込み――――いや、煮込んだだけの代物。
雑い。なんという雑さ。雑過ぎて、目をしばたかせるせるだけのドールになりそうだ。
湯気が出ているから温かいのは分かるのだが。
「なにかって、スープですが?」
それがなにか? とも言いたげな顔で小首傾げて見てくる。
ほう。これがスープ。素材の味しかしなさそうなこれが。まあ、確かにスープ……あれ? スープって何だっけ? 少なくともこれをスープと呼んでは美食の国日本出身というアイデンティティがあっけなく崩れてしまう。
「………………」
じーーっと彼女はオレを見つめてくる。食えってことか。食えって事か?
しかし、こう。なんというか。
いつもの退廃的な雰囲気とは打って変わって純真無垢な目で見つめられる。
その行為に作為的なものを感じたなら、全力で辞退するところだが―――ああ、しかし。
こんな純朴な童女のような目で期待されたら――。
「……い、イタダキマス」
食べない、と言う選択肢を選べるだろうか。いや選べない(反語)
こちとら時計塔―――ロンドンに一時期滞在したこともあるんじゃい!
見た目が地雷案件でも――あっちの料理よりは増しのハズッ!
震えるスプーン。武者震いか、あるいはやっぱりまずいんだろうなぁという諦め、そして実はダークマターで腹痛を引き起こすだけのモンスターなのか。
意を決して、口の中に食べ物をはこんだ。
………………………………………雑。
アレだ。まずくはない。ああ、そうだ。まずくはないのだ。
ただ、比較しようがないほど味がないだけで。無味無臭。
オレの得ていた違和感は、料理なのに肉の焼けた臭いも、香辛料の臭いすらしなかった故のものだった。
例えるなら。強いて例えるなら。
ゴムで出来た食材のレプリカを水でふやかしたものを食べている感じ。
ジャガイモのデンプンが全く機能していないのか。どれだけ咀嚼しても、なんと言うか、甘くならない。
これは、料理、なのだろうか。料理とは一体(哲学)
人参の甘みはもはやどっか行った。つーかこれ本当に人参ですか?
実はマンドラゴラ混ぜてないよな?
毒を実は仕込んであって―――――それはなさそうだ。
―――男の意地で、何とか全部食した。食事中は会話はおろか、笑顔すら耐えてしまった。
これは自分で虹色スープを処理するはめになったあの時以上のものだ。ただ、ただ味がない! むしろオレのスープと混ぜれば真っ当な味になるんじゃないかな。
キャスターはオレが完食するのをみると、ほんの少し顔をほころばせて。
「よかった……。お口に合ったようでなによりです」
いえ、口に合うもクソもなかったです。味ないです。ただの流動食ですよこれ。ちょっと懐かしい味がしますけど。
「あ、おかわりどうぞ。いっぱい作りましたから」
―――絶望した。
やっとの思いで食い尽くしたところに、さらに投入される新兵器アジナインダーZ。オレを素で苦しめようって言う天然サドの気を感じる。そうでなかったら何なのだ。
――――いいぜ。やってやろうじゃねぇか。
オレはこんな食事――味がないだけの料理に負けるわけには行かないんだーーーー!
どう自分を奮い立たせても。
勝てないものはあるんやなって。
***
突然、キャスターが料理をつくって振る舞ってくれた理由だが――オレがうなされていてかなりの汗をかいていたのを見た事が始りらしい。セラフでそれだけのバイタルの変調を起こしたのは単に栄養がとれていないだけだとキャスターは判断したらしい。
まあ、たしかに。アレは、全く味がなかったが食べてからというもの、疲れはないように感じる。
軽く成分を解析したが、栄養価の高い物質が多量に含まれていた。タンパク質、脂質、炭水化物、ビタミン、ミネラル。それらが高い濃度で含まれていた食事だったのだ。
―――超合理的な食事だった。
せめて味さえあれば。しかし、ミネラル――それもカルシウムがかなり含まれていたのだが、どうやって含ませたのだろうか。まさか、骨を削って煮込んだとかそういう………。
キャスターに聞いてみると。
「――――さあ、どうでしょうね?」
とはぐらかされてしまった。その後も何度か聞いたが、曖昧な回答ばかり。
まともに答える気はなかったようだ。
――――――ホントに毒とか入れてないよな。
少し不安になった。
こいつら生徒会はどうしたのか。