Fate/EXTRA-Lilith-   作:キクイチ

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Chapter 2ー2

 またも岸波がとことこ歩き回って奮闘する姿を推奨越しに見守る。

 

 扉の前のラニと会って話をした後、彼女のSG探しに走り回っている。

 え? 現場のバックアップだろ手伝えよ?

 それはそれ、これはこれ。(やる気が無い)

 

 岸波は突然止まって、また動き出したと思えば―――。

 

「なに? 声が出せない?」

 

 どうやら厄介な校則(ルール)をBBから押しつけれたらしい。

 

「……赤いですね、彼女」

「あ? あー、確かに。そういやぁ桜が服を再現どうたらって――なるほど。セイバーの服のことを言っていたのか。あのぴっちぴちのライダースーツみたいな服は拘束服って言ってたし」

 

 サーヴァントの衣服は彼らが生前から好んで着ていたものや、着たいと思ったもの、あるいはこんな服をを着ているだろうと世の人間が定めたものを着ている。

 

「表の聖杯戦争じゃアレを着て戦っていたわけだ」

 

 まったく覚えがないが。

 

 というか、考えてみれば俺は何なのか。またかと言うレベルで記憶を引っこ抜かれ、オマケにBB曰く暴れていたとか言ってたし。人類を救えたかどうかは判らないがどうやらリリスは救えたらしいことは憶えているのだが。

 聖杯戦争に参加する前には第一魔法なんざ使えていなかったってのに。

 なら聖杯戦争中に手にしたと思うべき何だが―――自分で考えるのがおぞましい疑問が一つある。それを確定させなくては回答を得られないだろう。

 

 その疑問とは――――俺は、本当にヒビノコウヘイなのだろうか?

 

 ――頭が痛い。

 

 

***

 

 岸波の一度目の探索は緑のアーチャーの妨害に遭いはしたものの上手く切り抜けたようだ。

 

 迷宮の奥にあったのはチェス盤だそうだが――ラニのSGにも関わっているものと見ていいだろう。

 

 それから一日、日をまたぎ岸波はレリーフ前にたたずむラニにチェス盤をもって会いに行ったのだった。

 

『チェス、好きなの?』

 

 そう岸波が問えば、ラニのアメジストの瞳がきらりと輝いたのを俺は見逃さなかった。

 

『……そうですね。好きか嫌いかで分けるのなら、好きです。知っていますか? かつてインドには世界最高峰のコンピューター・チェスがありました。私の国籍はインドではありませんが、私を作り上げた師は、かの国に愛着があったようです』

 

 数ある盤上のゲームにおいてチェスは完成されたものの一つである。

 

『ところで……そんなに暇なのでしたらゲームなどおひとついかかがでしょう。私も何となく暇です』

 

 ラニのさりげないお誘い。

 ふーん、ナルホド。少し、彼女のSGの内容が分かった気がする。

 

 思考ルーチンの競い合い、と彼女は言ったが俺には別の意味に聞こえる。

 

 岸波はその提案に頷き、体感時間を千倍に加速するプレイルームへと足を運んだ。

 

 しゅんっ、とラニと岸波の姿が消えて―――。

 

 すぐに現れた。

 はやっ。

 

『一秒で負けたーーーーー!?』

 

 すごく悔しそうだがその目は“断じて一秒で負けたのではない”と言っていた。

 

『そなた……わざわざ二度言うほど悔しかったのだな』

 

 セイバーはそんなマスターの屈辱を腫らすべく、ラニと共にプレイルームへと移動した。

 

 しゅん。

 

 またすぐに現れた。

 

『一秒で負けてますーーーーー!』

 

 桜ですらびっくりするほどだが、ここより時間が早い馬徐でのゲームだ。一秒とはいえ、多少の健闘はしたのだろう。

 

『ち、違うのだ……手を抜いただけ……余はまだちっとも本気を出していない……次は本気をだすぞ……ホントだぞ……』

 

 半泣きじゃないですか、やだー。強がっているものの疲弊した声から普通に負けたことが窺えた。

 というか、思考ルーチン勝負とか言ってるけど数学的選択でしかないのだから性能高く作られた彼女の能力はセイバーですらたやすく超えたというわけだ。

 

 

**

 

 ……その後。レオ、凜、桜、ガウェインまで戦ったものの結果は連敗。レオですらラニのキングの座を落とすにはいたらなかった。

 

 で、俺にまでチェスの参加要請が来た。

 正直参加する気は無い。レオまで倒れた以上俺が戦う意味は無い。というか、恐らく勝ち負けは――――。

 

「参加したらどうでしょう? ………まあ、マスターが勝つことなんて万に一つもないでしょうが」

 

 完全に見下しボイスでそんな煽りをキャスターがしてきた。

 

 上等だボケェェェ―――!! やってやろうじゃねぇか!(二コマ落ち)

 

**

 

 そして来たるはラニの前。

 

 魔術回路のスイッチを入れ、人格をより合理的にする。余分なものをそぎ落とし、目的を果たす為の機械に変える。

 

 ふへへへ……! 後悔してもらうぜ、キャスター! 俺に喧嘩を売ったをな!

 

 ふぅ……。落ち着くのだ、俺よ。アイツに恥をかかすには前提に俺の勝利が必要だ。それだけは完遂する。

 

 ―――感情が欠けていく。

 

 冷たく冷水の中にいて、それでいて目や頭は火を噴くように熱い。

 

 ―――体調は良好。問題は無い。

 

「次は貴方ですか? みすた・コーヘイ」

「……ああ。正直、俺がお前にゲームを挑む必要性は余り感じないが。そうも言っていられなくなった」

「――――いつもと雰囲気が違いますね。何か悪いものでも食べましたか?」

「いや、なにも? しかし、腹は減ってる」

 

 今日なにも喰ってないことを思い出した。

 

「では、これから苦汁をのむ事になりますね」

「ははは、こやつめ。―――俺が飲みたいのは勝利の美酒だけだ」

 

 転送魔術が体の周りに展開され。

 

 次の瞬間には―――白い部屋へと飛ばされた。

 

 殺風景なその空間の中心にぽつんと机と向かい合う様にイスが置かれていた。

 当然、机の上にはチェス盤。

 

「では、始めましょうか」

 

***

 

 

 しゅいん。

 

 つ、つかれた。はあ、やべぇコイツ化け物かよ。あっ、コイツアトラス院のやべーやつだったわ。

 

「――――驚きました。貴方にこんな才能があったとは。見事です、みすた・コーヘイ」

「えっ、それって」

 

 岸波が驚いてかそう呟くように言った。

 俺はゲーム中、集中し過ぎて息をするのも忘れる場面が多々あった。おそろしい。

 

 こっちの時間を確認すれば、わずか五分しかたっていない。

 

「……俺の勝ちだ。しかし、公式のルールなら俺の負けだったがね。なにせ、使用時間はラニの三倍だ。むしろ勝てたのは奇蹟と言っても過言ではない。

 流石はアトラス院のホムンクルス。尋常ではない性能。感服するに他にない。前部で三戦したが最初と次の戦いは完全な互角で引き分け。最後も辛勝といった所だ」

 

 完全な互角ってあっちのエジプト勢とも無かったぐらいだ。彼女の性能は破格そのもののようだ。

 時計塔の連中とボードゲームとカードゲームだけなら負けたことはない。なおスロット、ルーレット、ダーツからは目をそらす。

 

「はあ。すごいよ、お前は。無駄だらけないつもの俺の思考ルーチンではお前には勝てなかったろう」

「その口ぶり、まるで意図して思考能力を変えた、ということでしょうか?」

「そっちの分割思考みたいなところまでは出来ないが、三つに思考を働かせようが結局算出の早さにしか関係しない。逆に言えば、三倍思考して答えを見つけるのと変わりない。その思考速度を速める為に単純化した」

 

 いつも魔力回路を起動するときはなるべく余分な思考はカットするようにしている。

 

 ―――まあ、俺は勝利の美酒より欲しいものがあるんだがな。

 

「へい、キャスター。お前もラニと対戦したらどうだ、うん?」

「―――実は、卑怯な手を使ったのでは?」

「いいえ、それはあり得ません。あの場ではあらゆる監視が成されています。イカサマはすぐに検知され発覚します」

「って、ワケだ。俺は正々堂々戦って勝ったってわけよ」

 

 魔術は使用していないのさ!

 

 キャスターは“まあ、マスターが勝てるのなら私も勝てるでしょう”というような顔でラニと一緒にプレイルームへと消えていった。

 

 しゅん。

 

 ふ。

 俺は勝利を確信した。

 

 しゅん。

 

 再び現れたキャスターは頬を紅潮させうつむいている。

 おうおう、さっきまでの楽勝面は何処にも無く悔しげに口はしが歪んでいた。ざまぁ。

 

「ふははは、どうだったキャスター? まあ、その面を見れば分かるがな! フハハハ!」

「くっ……あ、あり得ません。私の思考ルーチンがマスターより劣っているなど……! 再戦です、ラニ!」

「まあ、それは構いませんが。あなたが勝つ可能性は殆どないと思いますが」

 

 キャスターは謎の剣幕でラニに詰め寄ってまたもやプレイルームへと足を運んだ。どうやらキャスターはかなりの負けず嫌いのようだ。

 

 ―――結果は推して知るべしである。

 

 

 六回挑戦したとだけ言っておこう。

 

***

 

 ラニのSGを暴くきっかけを作ったのは意外にもジナコだった。

 

 ラニは、チェスの公正さ、公平さを説いていた。

 

 されどそこには大きな落とし穴がある。

 

 チェスは確かに公正なゲームではある。何せ運が殆ど絡むことがなく、ただプレイヤーの精度だけが要求されるからだ。

 そう()()だけが。

 

 プレイヤーの性能に差があるからこそ、チェスは勝敗がつく。故に、コンピューターの発展にチェスは大きく貢献してきた。性能を測るのにこれほど秀逸なものはない。

 

 公平さをチェスはほとんど持ち得ない。公平さとは誰もが平等に勝ち得る可能性を保持することである。

 チェスもまた、プレイヤー自体が性能を上げることで勝つ可能性が生じるが相手との差が出来た時点で公平さは失われる。

 

『ラニさん、“チェスは最高のゲーム”って言ってたらしいですけど、チェスほど不公平なゲームはないですよ?』

 

 ジナコの言葉はそれをついていた。

 

 ラニに対して“ズルして勝ち誇るキャラ”とまで言って挑発し、自分の領域に勝負を持ち込んだ。

 

『………ジナコ=カリギリ。そこまで言うのでしたら、貴方の言う公平なゲームで勝負をしましょう。どのようなものであれ、それがテーブルゲームであるのなら、私は常に優秀だと証明します』

 

 挑発にラニは乗った。

 どう足掻いても運の要素が強く出るボードゲーム――麻雀をジナコは提案し、ラニとともにプレイルームへ移動した。

 

 

 十分ぐらいした頃に、扉の前にラニが現れた。

 

 どうやら決着がついたらしい。

 

「そんな……こんなの、認めない……認めたく、ない……!」

『ふやぁ~、疲れたッス~。200局中、167敗、33勝。運だけでも勝ちは拾えるモンッスな~』

 

 ―――運が絡んでいるとは言え、よくあのラニから33も奪えたものだ。俺の予測では10程度だと予測していたのだが。

 

 まあ、今回においては勝利の割合など関係はない。

 

 一度でもラニが負けた可能性が重要となるのだ。

 

 一度でも負けた以上()()()試行回数によって均一化される。

 

 何億と試行を繰り返せば、勝ち数と負け数は均一に近づいていく。いや、むしろ均一になるまで勝負しなくてはならない。そこまでしなくてはどちらが優れているのか分からないのだ。

 

 典型的なロジックエラー。どちらが優れているかが知りたいのに結果は試行を増やせば増やすほど均一――等しくなる。

 

 こうなってくると性能の差は関係無くなる。

 

 凜が“我慢比べ”と評したままの状態に陥る。

 

 ―――彼女のSGはもはや定まったも同然だ。

 

 ジナコにはソレがよく分かったのだろう。ああ、メシウマとあらばすぐにむさぼる平均以下と自分を定めがちな人間に多い衝動に身を任せてジナコはラニを煽り倒す。

 

『これはラニさんの無意識のよどみ。自分の性能を誇示したくて仕方がなかった、理系女子のなれの果てッスよーーーーー!』

 

 さて、このSGを一体どう名付けるのか。私、気になります!

 

 浮かび上がる体。そこに吸い寄せられるように岸波は飛び――彼女の赤く輝くSGに手を差し込み掴む。

 

 ラニの最後のSGとは―――。

 

『にゃはは、これがラニさんの最後のSG……ジナコさん命名、名付けて『最強厨』ッス!』

 

 ふ。

 

 おっと、ジナコのセンスが良すぎて笑ってしまった。

 

「それが……私の、最後の秘密。……そうですか。私にもまだ、解析できない偏執があったのですね。……いいでしょう。私に自己顕示欲があったことは認めます。ですが―――貴方達は絶対に認めません。特に岸波白野とジナコ=カリギリ。この両名は排除対照に設定しました」

 

 激おこである。少し、微笑ましいが。

 

 端的に言えば『KO☆RO☆SU☆』という事らしい。

 

 本物の感情が宿っている。良い人間と出会ったようだ。ホムンクルスにしては良い不完全さを持ち得ている。欠陥が不完全になることの難しさはよくわかる。

 

 ラニの最後の分身体が消えていった。

 

**

 

 

 ユリウスの再調査によれば、BBの部屋に該当するところは迷宮内になかった。だとすれば残ったのは迷宮の先――奥にしかない。

 

 岸波には辛い連戦になるだろうが――俺もバックアップとして参戦する。

 

 

**

 

 

 霊子階梯―――減少。

 

 理論証明(ロジックバランス)―――破綻。

 

 存在固定(レゾンルール)――拒絶確認(アウト)

 

 結論―――接続不能。

 

 まだ、■■■は気づいていない。

 

「ちっ、そういうことか――――このままでは消えるだけだぞ」

 

 ベッドからヒビノコウヘイは起き上がり、頭をがしがしかきながら足早に()()()()へ足を運ぶ。

 

「ふん。厄介なモンを持ち込みやがって……俺のくせに、肝心な所は――」

 

 ブツブツと何かと言いながら、魔術理論を書き上げていく。

 

 自分の持ちうる魔術本や文献をありったけ。表紙の殆どには――降霊術の文字が見える。

 

()()()()に明かすわけにも、いかないな。こればっかりはなあ。はぁ………」

 

 どうせ記録には残らないと分かっているからこその手段を形成する。大原則で、自分の中で決着を付けなくてはならない。

 

 あらゆる規則(ルール)をぶち抜く大原則を持って打ち破る。禁じ手を持ってでしか―――アレは打ち破れない。

 

 そうヒビノは考え、いずれ来たる時に備え理論構築――届くか分からぬ魔術式を組み上げていく。

 

「とんでもない邪悪。アレを打つには普通では勝ち得ない。だからこそ、俺はアレに対しての切り札になれる。キシナミハクノも、レオだろうと。アレには勝てない。―――俺以外は勝てる手段を持たない。―――皮肉な運命もあるものだな」

 

 彼は知った。

 

 月の裏側へと落ちていった■■■の献身のために動き出す。

 

 足掻いたならそれ相応の結果を約束しなくては気が済まない、という信念に近いそれを抱く彼が行動するのは当然だった。

 

「しかし、“翠天の流星”か。奇縁――と言えば聞こえが良いが、実際イカサマに近いぜ、俺よ。あのキャスターだから通じる手だ」

 

 彼に届けられた情報(データ)。彼の手に掛かればその■■■の目的を推し量るにはたやすい。

 

「手は尽す。しかし、そこまでいたるには――どう足掻いてもキャスターへの理解が必要になる。心の中に押し入る程度のものではない。それこそ――大偉業そのもので太刀打ちしなくてはならぬ。その覚悟はいかに? 俺の時点で必ずその選択を果たすのだろうが――見届けさせて貰おう。ムーンセルに記録されなくとも証は残せよう。

 まあ、証と呼ぶには――少々偉大に過ぎる。だが、そこまでしなくては――救えない」

 

 死力を尽せ。

 

 彼から情報(データ)が届いた時そう言葉を贈った。

 

 ■■■には時間もない。意味消失が近づいている。

 

「その女はお前の()に応えたワケではない。お前を思う由縁があったわけでもない。なにせ表での聖杯戦争のサーヴァントは彼女ではないのだから。お前を利用する為だけに契約したのだから。

 ああ、だがしかし。それでも、と吠え立てるなら―――。俺もまた応えよう」

 

 

 火々乃は何を思ってか水晶の中をのぞき込む。白く濁り他の誰かには見通せないそれ。

 

 心を映す魔道具。心の境界―――夢の狭間、合わせ鏡の奥底を視認する。

 

「俺にこだわっている時ではないぞ――■■■」

 

 

 




火「俺が悪を否定するわけがない。不快だのとは絶対に言わない。しかし――あれは俺の一面でもある」
ラ「...じゃあ、彼は」
火「文字通りの絞りかすというわけだ。さすがのムーンセルも俺の処理に困ったとみた。なにせ星の質量をもった死体なんざ解体に何年かかるか分かったモンじゃない。そのまま虚数、ゴミ箱にでも放り込んだんだろう」
ラ「ま、まさか! その体に!?」
火「残ってたんだろ。魂はこうして正しく返却されたけど―――一部戻りきっていない。その正体が彼だ。今の彼は悲惨だぞぅ――どんどん自分という我が薄れていく。どんな清らかな水も時がたてば腐る。それと同じようにな」
ラ「ある意味貴方のアルタ―エゴ。でも、そんな貴方をキャスターはどう利用する気だったのかしら?」
火「当然魂食いだろうよ。俺の魂の一部っていっても俺と完全に離れたわけじゃない。俺からは干渉できないけど」
ラ「ひょっとして、意外とピンチ?」
火「まあな」

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