とんでもない怪物が登場
――――もう、諦めた。
……自分には何もできないということを改めて思い知らされた。
全て、あの男の思い通りで、自分が生き残ったことすら計算通りなのだろう。信じた誰かは全てこの男に騙されていた。
人類史は束ねられ、リリスの中へ編纂されることになった。創世記の改竄が始まったのだ。
もはや何をしても止められない。
人を幸福にしたい。たとえ、
―――そんなものにどう抗えと言うんだ。
誰もが救われる。真っ当で幸福な人生を送れる。どこに問題がある。―――私は、完全には否定できなかった。
自分は間違ってない。そんな子供の言い訳のような叛心から、あらがいはした。
――――間違っているかなんて、分かっているのに。
私は、この聖杯戦争に参加した時点で間違いを抱え込んだのだ。意味の無い闘争で人を殺し、価値のない生存のためにまた人を殺す。その繰り返し。
何が。何が私の見つけた答えだ。そんなものは私が
―――苦悩して考えたこの答えすら、あの男の計算通りだとしたら
いや、考えるのはやめよう。もう、自分は諦めたのだから。
このまま。このまま、眠ってしまおう。
私は身体を縮めて膝を抱える。何か抱えてないと不安だった。
――――これで、いいのだ。
―――本当に?
私の小さな問いかけに重ねるように。
『―――本当にそれでいいのかい?』
何処かで聞いたことのある声だった。誰かは分からないが、それはこちらを
うるさい。自分はもう諦めたのだ。
『諦める?また妙なことを。君は、馬鹿なのか?』
いらつく。
『人間の時点で諦めなんぞ、数多にある。そもそもが欠陥品だ。機械のような正確さも、繊細さもない。のど元を通り過ぎれば忘れる犬畜生風情だ。まさか、自分は鳥のように翼を生やして飛びたいですとか言う気なのか?』
言わんとしていることは分かるが、もうほっといてほしい。自分ではあの男を止めることも叶わないのだから。
『だが、そこに納得はない。お前は諦めなど受け入れていない。大きすぎる壁に現実感を歪められ、諦めるための結論生産にいそしんでいるだけだ』
――負け犬め、とすら聞こえてきそうな程、突然、口調が厳しいものに変わった。
『―――日常に溺れる意味など無い。ときよりいるのだよ、君のような大馬鹿者は。諦めるために理由を生産して、オレは自分で気づけた分賢いぞという結論に陥るヤツ。仕方ない――という言葉を諦めにしか使え無い。文字通り能無しだ』
なぜそこまで言われなくてはならないのか。
『勝てない、勝ち得ないというのはただの事実だ。そんなものを理由にして良いのかね。人間は考える葦だ。考えるコトをやめた葦に一体なにができる?』
……考えろ。
『やれ、騙されただの。やれ、自分は間違ってただの。やたらと自虐に走っていたが。それがお前の結論でいいのかね?――――お前の一生は全て無駄だったと?』
―――それは……。
でも、私の答えはあの男の。
『誘導されたものだとして、その願いに、君の抱いた望みに何の間違いがあったのかね――?……しかし、そろそろこの問答も面倒くさくなってきたな』
オイ。勝手に始めたあげくに勝手に切り上げようとか、セイバーすらしない。完全にやってみたかっただけ、といったものが見え透いている。
『さっさと君の迷いを振り切ってしまうとしよう』
人を知ったような口をきいて、腹正しい。片手間に救ってやろうと言わんばかりの傲慢さ。
『知っているとも。では言ってしまうとしよう。―――君の願いに応えたサーヴァント、そして、君が戦い抜いた全ての戦士の命の対価に得た願いは……無価値だったのかね?』
―――それは、違う。
モードレッドは無力な自分に答えてくれた大切な相棒だ。私が乗り越えてきた人達は誰もが、強い願いや目的を持っていた。
これだけは言える。自分の一生が、願いが間違っていたとしても。私の一生に関わってくれた人に無価値な人は誰としていない。いや、無意味に、無価値にしないための私の願いだった。―――過去はどうすることもできないが、未来は変えられる。そう信じて懸けた願い。
『そうだ。間違いであったかどうかなど、対した問題ではない。命自体に価値はないが、誰かの残酷な死に様を見て“こんなことがあってはならない”と願ったならその願った人間にとっては意味になる。そしてそれを成した時にこそ初めて価値が生まれるのだ。
自分の一生などと言われ、そこに価値がある、と答えれるヤツはまずいない。さっき言ったように、人間の命自体は無価値。むしろ答えない方が正解というものだ。アレが仕掛けたのはそういうことだ』
答えさせず、答えたとしたらそれこそが間違いだと言う。勝ちの決まった、言葉遊び。
『――――お前のユメは、お前が諦めないかぎり無意味ではない。アレがなんと言おうと、君の苦悩は無意味ではなかった』
――――――。
『アレに否定されるような軽い一生ではない。そう言ってやればいい』
満足げな声。少しニヒルな笑みをしてる誰かを思い浮かべてしまった。
貴方は、どうしてそんなに私を?というか、どうして私を知っているのか?
『さてね?ま、かつて君に倒された男の戯れ言さ。―――君の幸せを、願っている』
その言葉を皮切りに、自分の意識は目覚めへと走り出した。
**
――――目が覚めた。意識が断続的に覚醒していく。
エリカが周りを軽く見渡せば、あのリリスが見える。
全ての人間を救うと
リリスは、身体に槍を突き刺してそのまま魂に取り込んでしまったのだろう。凄まじいエネルギーの塊がちょうど胸の中心に球体となっている。
尋常じゃない演算量に、それを一瞬の無駄も赦さず編纂する。だが、彼の苦悶の色はそれが原因ではないと、エリカは直感する。
魔術式の元にしたオーディンの逸話通り、耐えがたい苦痛がリリスを襲っている故か。
リリスは、首を揺らしぐるりとかえして、エリカのほうを見た。
「ははははは、どういうことだ?何故起きた。確実に心を折ったはずだ。恐怖、抑圧、犠牲!貴様が抗えるはずがない。幸せなユメに堕落してそこで終りだった」
エリカはこのとき―――全ての核心を直感した。
ああ、きっとリリスと名乗ったところまでは正しく火々乃晃平だった。だが、救済の魔術式を行使した後の彼は―――全くの別人だと確信した。
リリスとなっても、彼は人間を嫌ってはいたが同時にその価値を認めていた。だからこそ人類を救うためになりはてたと言うのに。
リリスは苛立ちを顕にして吠えている。
「お前程度が、超えれるはずがない。恐怖に怯え、唯救いを待つだけの人間だろうに」
根源から何かが伝って這い出てきたのだ。彼が根底に隠した獣性がむき出しになったのだ。
「完全に計算通りだった。全てが計画通りにすすんだ。ならば―――」
―――違う。逆だ。何もかもが逆なのだ。彼のサーヴァントも言っていたはず。彼は天邪鬼だと。
「完成しなくてはおかしい。一体何をした火々乃晃平ッ――!!」
彼は確かに全ての人類を救おうとした。そうだ。それは嘘ではない。
彼は言っていたではないか。自分は人類を救うと言う願いを叶える気はないと。まして聖杯にかけるユメでもないと。
そうだ。誰よりも人間の価値を見定めた彼が、
―――全ては言葉遊びだ。自分を騙したのだ。自分を騙して、自分に巣くった何者かに終止符を打とうとしたのだ。
今の人間を救うべき。だから、ユメの檻にとらえる。余りに不合理だ。
もし、そこに意味があったとしたら――――
「ああ、そういうことかッ!全て気づいてッ!
“俺は勝ち戦しかしかけないタイプでね。つーか、お前の目論見がばれないと本気で思ったの?” そんな、したり顔をしている男がエリカには思い浮かんだ。
火々乃晃平ではない。では、この男は何なのか。
「人類を救いたいと言うのは嘘ではない!人類史の完成をもって救いとする思想も、魔術も嘘ではないが、意図的に欠けて起動しない!この私の―――“
―――砕かれ、無かったことにされたもう一つの衛星の憎悪。全ての生き物に対する戦線布告のために彼の心象世界に巣くった
きっとこの時点で、全ての手順は整っている。なんの、とは言わずもがな。
「―――だが、まだだ。聖杯はまだ俺の手にあるッッ!まだだ、終わらぬ。生き狂わせ、ただの幸福感の奴隷にし、堕落による滅亡をもって完成させる!!」
ぎょろりとリリスはエリカを睨み付けた。
「だが、貴様は此処で殺す!ここで何の意味も無く、無作為に消費される命にする!逆転など、赦さない!」
エリカに殺意をぶつけるが、当の本人に堪えた様子はない。
彼女は自分でも不思議に思うくらい冷静だった。自分の手元に剣はなく、鎧もない。だと言うのに負ける気がしなかった。
リリスはエリカの命を奪うべく―――首に手をかけようと一気に接近し―――――同時にエリカのポケットが発光する。
はっとして、ポケットをまさぐり、発光していたものを投げる―――それは、いつか受け取った一つのナイフ。
それは、彼女が相棒にであった瞬間によく似ていて――。
『おっと、その小娘はお触り厳禁。少しでも触られたあげく死なれたら、オレが帰れなくなっちまう。そういう
「ぬう―――!」
リリスを難なく弾き飛ばした、女性。
着物の上に赤いジャンパーを羽織り、編み上げブーツ。頭には雅な髪飾り。
殺意、いや、文字通りの死の権化。
「直視の魔眼、だとッ!ええい、貴様も俺の邪魔をするか!人間風情!」
「人間風情に謀られた貴方が言うセリフ?殺意たっぷりだけど、できるかしら。『献身』の裏の獣が」
男性口調からたおやかな女性的な口調へ。
「阿摩羅の体現者――!厄介な――!」
「厄介ですめばいいがな。オレも悠長にすごせる時間がないんだ。さっさと殺し合おう。死がないヤツとやり合うのは初めてなんだ」
「………ならば、さっさと果てて死ね。この俺に傷一つ付けることは叶わない。貴様を縊り殺す!―――もっとも残酷な手段で絶命させてやる。サーヴァントですらないのに俺を殺せる物か!」
「そんなことはよ―――やってみなきゃ、わからねぇだろ―――なぁ!」
男性口調へと戻った殺人鬼は、リリスに駆け出す。
互いはその身体に死を刻みこむために、激突した。
**
阿摩羅の体現者。阿摩羅とは、阿頼耶に対する無垢を指す物。阿頼耶から八識が生じ、阿摩羅からはついと成る九識が生まれるとされる。仏教論で説かれる物だ。
生命のあらゆる存在、現象の本質。それこそが阿摩羅、あるいは内なる神。生命の根幹。
―――しかし、その体現者たる彼女でもリリスの死は見えない。
星の理と宙の理は、根幹は同じなれどいずれ離れる物。この一瞬に死がないものを殺すことできない。水面の月を斬って、天に輝く月を斬ったと言うようなものである。
激突する槍と
ぎぃんと跳ね上がる両者の得物。
跳ね上がった阿摩羅の体現者―――
モンスターは、胴を貫かんと放たれた一撃をナイフで逸らした。
「永遠にだって終りはあるんだぜ白いの。救世主ってのは人間がなるもんだ。人間ってヤツを知って出直しな」
「ぬかせ――貴様らのような欠陥品など私程度で十分だ。貴様らをわざわざ救い上げてやろうというのに。完璧な
「ただ救われるだけじゃいやだっていう、どうしようもない馬鹿もいるんだ。お前の理屈は余計なお世話だ」
「緩慢な人間だ。この救いの高尚さを理解出来ぬとは。―――そんな愚者を救う必要は無い。ならば―――早急に死ね」
モンスターの額を撃ち抜かんと振るわれた槍。
その一撃を。
モンスターは僅かに身体を反らし、腕を高速で振り抜いて襲いかかる槍を逸らす――――そして、そのまま刃を滑らせ―――リリスへと直進する。
一瞬でリリスの懐まで入り込む。
だが、その程度リリスに予測できぬものではない。
接近したモンスター目がけ蹴りを放ち、防がせ後退させた。
その一瞬に槍を大地に突き立て魔術式を軌道させた。
地面から、沸き立つ様に生える土塊の無数の刃。それは、モンスターに向かい連続的に走って行く。
リリスを中心に円状に広がるように生えていく無数の刃。
モンスターがリリスへと近づく
モンスターにこれを凌ぐのは不可能だ。
だが―――――
「―――シールド、構築!」
――彼女、エリカの援護があれば別だ。
壁をいくつもまばらに作り上げ、土塊の茨の園と化した場所に道を造り上げる。
「なっ」
「よくやった、小娘――!」
タタッ、軽快に壁の上を飛んでいく。瞬きの刹那の間に、もはやリリスとモンスターの間の距離は二メートルとない。
しかし、リリスは不意を突かれたとはいえ、冷静だった。
何せ、彼には死がない。刹那に永在する存在故に、死を保有しないという結果を持っている。
モンスターはリリスに向い弾丸の様に跳躍し、背面を斬りつけた。
「神様だって殺してみせる――!」
―――無駄だ。死がないのだから、切れることはない。たとえ切れても修復がきく。
「甘いぞ、ひょっとこ。完璧を名乗るには甘すぎる。お前には死がないが、それ以外なら当然死があるさ。それを断った」
―――例えば、聖杯へ接続した
「―――――――――――――――なッ」
アルテミット・ワンとは簡単になれるものではない。いくら魂に星の存在を内包しているとはいえ、火々乃晃平が魂に癒着したのは所詮一分でしかない。アルテミット・ワンに至るには余りにも、星の存在そのものの質量が足りていない。星のシステムが十全に稼働しないのだ。
だからこそのムーンセル・オートマトンを侵食し、その膨大な演算能力をもって星のシステムを稼働させていたのだ。
その回路が断たれた。それはアルテミット・ワンとしての能力に大きな罅が入ったも同然だ。
「って、ここまでか。意識がぶれ始めちまった。まあ、そこそこ楽しめたし。今回は勝つことが目的で殺すことじゃない。んじゃ、オレはここで帰っちまうがガンバレよ、小娘」
そういって軽く手を振る女性。まるで通り魔のようなことをしてあっさりと執着なく別れの言葉を口にした。
彼女の身体が軽く発光し、消えていく。何処かに帰ったのだろう。
「―――――っぐぐぐぐ、ガァァッッ―――!!!」
同時に、リリスの表情が苦痛に歪んでいく。人類史を身体に取り込んだとはいえ、聖杯の演算能力を断たれた今。高度な魔術を保つことは難しく、それどころか心象世界、リリスというアルテミット・ワンの存在を保つことは難しい。
リリスは――――
救済を一時的にやめざるを得なかった。
あのまま続けていれば、そのまま消失する。せっかく自分が身体を得て復活したのに、無くしては本当に無意味になる。何のために自分がここにいるのか。その生の責務を果たすために存在を保つことを選んだ。
「――――赦さん………!赦さんぞッ――!貴様らッ……!救済を拒むどころか台無しにしおって…!」
リリスは凄まじい怒りを顕にする。リリスが爪を振り下ろせば、どこにでもいる英雄ですらないエリカは、たいした事も出来ず引き裂かれ絶命するだろう。
リリスが私の首を掴み締め上げようとする。
彼が手首を軽く返すだけで私は死ぬだろう。
だが―――彼は致命的に詰んでいる。逆転の目は出ているのだ。
――――それは、彼方から聞こえる声。それが証明だ。
『―――――――――リリスッッ………!!オレの
その声は、途轍もない輝きと共に―――。
文字通り、太陽の様な火球と同じ方向から聞こえた。
――――夜明けは近い。
欠片男がこの縁を死に際に繋いだ。これは完全に火々乃晃平にも予想外。
火々乃晃平は『献身』、その裏にいた獣性―――リリスと名乗る何者か、あるいは星の妄執が本当の敵。
火々乃晃平がいった思想の矛盾点はすべてこの獣性が持ち込んだもの。しかし、ライダーに自害を命じたのは火々乃晃平その人。さすがにコレは獣性も引いた模様。
ちなみにこのビーストからは杭がとれます(fgo感)