第一回戦 四日目
――目が覚めた。休息は十分だ。
端末を確認すれば第二暗号鍵が生成されたことがわかる。朝は、教会へ行ってパラメーターを上げる。その後はアリーナへむかう。
ライダーを連れてマイルームを出た
*
朝の廊下はマスターやNPCで賑わっている。決戦の日も近づいているせいか、ざわめきも今日はより大きく聞こえる。
そんな中、聞き覚えのある声が聞こえる。エリカ・キーストン――小動物系少女の声である。
「コーヘイさん!」
「何か用か?エリカ・キーストン」
「ここでは何なので、中庭まで来てください。待ってますからね~~!」
と、こちらの返答をきかず、トテテと走り去ってしまった。
「はあ……。いくしかないか」
だいたい端から教会へいこうとしていたのだ。すこしの寄り道くらいいいだろう。
―――――――中庭
風が吹いている。木々が音をたてている。中心には噴水が。
その噴水の奥のベンチにミディアムの黒髪を揺らす少女。白い肌、細い足をぱたぱた振っている。やがてこちらに気づき、手を振り始めた。
「で?何のようだ」
「そのですね…。比島、という男が対戦相手でしたよね」
「ああ、そうだが。それがどうかしたか?」
「昨日、サーヴァントの真名あてを手伝ってくれたじゃないですか。だから、お礼しなきゃと思いまして。調べ回ってきたんですよ」
ほう、正直助けたつもりはなかったが。おもわぬ成果というやつか。
「比島が暴力事件や薬物事件で有名なので既にご存じだと思って、それ以外の情報をもってきました。
まず比島グループですが、元はただの製薬会社でそこから世界規模で拡大した企業です。比島 永幸――比島の祖父にあたる、この人が創始者です。色々黒い噂が絶えない所でして、新型ウイルスを開発しているとか、中国マフィアとつながりがあるとか、人体実験をしているなんて噂があるくらいです」
真っ黒じゃないか。なんでそんなに続いているのだろうか。
「でも――比島 達彦が次期当主に指名されてから、いえ、その一ヶ月前から妙なことが起こり始めます。行方不明者がどんどん出始めるんです。それも、比島の勤務していた会社から、何人も。短期間に」
「それは、奇妙だな」
「ええ。比島の情報はここまでです。あとたいした情報になるか分かりませんが、比島とすれ違ったとき、たぶんサーヴァントを罵っていたみたいで――このグリム童話の殺人鬼が!――そう言ってました」
グリム童話で殺人鬼?元ネタになったとかそういう話だろうか。
図書室で調べる必要がありそうだ。
「わざわざ、ありがとう」
「いえ!こちらこそありがとうございました!」
そう言うとタタタと校舎へ走っていった。
すぐにでも図書室に行きたかったが、まずは教会が先だ。
*
重い扉を押し開き、教会に入ると、そこは薄暗く、外の喧噪から遮断されている。
正面にまっすぐはしる道、それを挟むように長椅子がならんでいる。誰も座っていない。
しかし、正面に目を向けると、鮮やかな赤と青の色が目に入る。
赤髪の女性と、青髪の女性。蒼崎 青子と蒼崎 橙子である。一日目に探索している時二人に出会った。
「火々乃 晃平、だったな。魂の改竄にきたんだろう?」
魂の改竄――自身の魂とサーヴァントの魂を直結させ、マスターの魂の位階が上がれば、より直結できる――をすることでサーヴァントのパラメーターを強化することが出来る。
端末から、現在のサーヴァントのパラメーターを確認する。
ライダーのパラメーターは、筋力:A+ 耐久:C 俊敏:C 魔力:C 幸運:EX
対魔力:D 騎乗:A+ である。もっとも対魔力と騎乗スキルは、ライダーのクラスからの能力なので強化できないのだが。
「魔力の強化を頼みに来た」
ライダーにはすでに話しており、了承している。
教会の奥にある壇上へとライダーは登った。
「じゃあ、いくわね――――」
青子が空中を指で弾く。
まるでパソコンのキーボードを打っているようだ。どういう仕組みなのか。
電脳世界に干渉するデバイスとしては分かるのだが。
「…はい終了。改竄は無事に成功したわ」
暗い室内を明るく照らす極光が、ライダーを中心に放たれた。
パラメーターを確認する。魔力がBに強化されていた。
「…ふーん。不思議な感じね」
ライダーの外見に変化は見られない。当然と言ったら当然か。
教会を後にした。
――――――――――――図書館
朝にエリカからきいた情報によれば、敵サーヴァントはグリム童話の元ネタのようだ。グリム童話を中心に操作をすることにする。
ふむ、グリム童話といえば、『ヘンゼルとグレーテル』、『白雪姫』、『赤ずきん』などが挙げられる。が、だいたいが残酷なものをもって子供への教訓とする者が多い。
だが、殺人鬼が主題となっているのがたった一つある。
それは『青髯』である。ある青い髭を生やした金持ちの男が実は殺人鬼だった、という話である。『青髯』にはペロー版の方が詳しく描写されている。金持ちの男で元は軍人、大量殺人者。恐れられていた。城持ち――領主か?
ここまでくれば、もはや当てはまるのは一人しかいまい。
『ジル・ド・レェ』
フランスの救国の英雄にして、ジャンヌ・ダルクが死んでから、財産を散財し、黒魔術に傾倒して多くの子供を殺害している。その犠牲者は、150~800人と言われている。黒魔術を習得しているならば、海魔を召喚することにも納得できる。
彼で間違いないだろう。
図書室を出てアリーナへ向かう。
*
――――――――アリーナ 一の月想海第二層
アリーナへ入ると隣にライダーが現れる。
「どうやら先客がいるみたいね。マスター、どうする?」
「どこにいるか分かるか?」
「そこまでは分からないわ」
騎馬にのって奇襲を仕掛けようか、と考えていたのだが。
だが、騎馬にのってはライダーということがばれてしまう。
探索を始める。
*
途中まできた所で前方から男がやってきた。
比島とサーヴァントであるランサーである。
ランサーの真名は暴いた。が、どんな宝具を使ってくるか、検討がついていない。
「はんっ!誰かと思えば、国籍不明、身元不明、まさしくゴーストな火々乃君ではないかァ!」
何が楽しいのか、こちらを見ながらにやにやと笑っている。
「ズイブンこそこそ嗅ぎ回っているようじゃないかァ!」
「あまりにもアンタが臭いんでな。少しは臭いを落とすことを考えた方がいいと思うぞ。」
「ふむ、外道な人間を嫌っているようですな」
とランサーが口をはさむ。
「しかしィ、気づいておいでですかな?」
「なにがだ?」
ニヤリと笑みを浮かべ。
「そのサーヴァントも、我々と同類のようですが?」
「真名がわかったのか?」
「いいえ。ですが、貴方もいったでしょう?臭いと。…臭うんですよ。我々と同じ臭いが!」
ちらりとライダーをみれば、体が震えていた。
俺は彼女に顔を近づけ、すんすんと嗅ぐ。
「いや、むしろ甘くていい匂い――」
「いえ、そういう意味ではなく。」
真名がわかったわけじゃないと分かってがっかりした。
途中から話聴いてなかったし。
「――余が貴様らと、同じだと…?吐いたな!雑っ夫!」
ライダーから聴いたことないほど低い声。見たことないほどの怒り。瞳はいつかみた冷酷さを見せている。
最初彼女が放った声とは、思えなかった。口調まで変化を見せている。
「そうォ!その有様こそが!我々と同じ在り方なのですから!」
明らかな挑発である。ライダーは今にも飛びかかりそうだ。
「おちつけ!明らかな――」
「ええ!貴女を!悪を認めないマスターが貴女を信用などするものか!今戦わせないことが何よりの証拠!」
ついに、ランサーにライダーが飛びかかった。制止の声は、ランサーの罵声に消された。
俺のライダーへの信頼が揺れた隙を突かれたのだ。
セラフからの警告が届く。
「――死ぬがよい。」
直上からの振り下ろし。速すぎる一撃をランサーは難なく受ける。バギィンッ、と音をたてる。しかし、一瞬のうちにライダーは体を前に滑らせ蹴りつける。ズダンッ、と重い音。直前ギリギリで槍で受けることに成功したようだが、間合いが大きくあいた。吹っ飛ばされたのだ。体勢も崩れている。
ライダーがその隙を許すハズがない。
「なっ!」
俺は驚いた。
ライダーの武器――白槍が、赤く染まっていく。まるで熱を持っているように槍のまわりが歪んでいく。同時に白槍だったものが変形していく。短く、鋭く。まるでそれは、両手剣のようではないか。
それを振り上げライダー自身の上にかかげるように持つ。剣から紅い燐光が放たれ、煌めいている。何という魔力の圧力。ジリジリ焼かれている気分だ。
「
極光。
放たれたそれは、音すら置き去りにして。
ランサーに直撃した。
煙が晴れる。そこには、肉の盾。触手を駒に回すように、巻かれたそれは。
ランサーを、そのマスターを、守り抜いていた。
ここでセラフの強制介入がはいった。
「――っ!ここまでとは。しかし、クラス名はセイバーで確定のようですな。真名あても捗るというもの!」
いえ、ライダーですね。
「なら、もうここには用はない!帰るか、ランサー!クッははっはははははっ!」
そう言って消えた。
ほんの少し敗北感をえる。
ライダーをみる。震えていた。
「ライダー。帰るぞ。」
ライダーはこちらを見ようとしない。まるで帰りたくない、とでもいうような背中。
「ライダー!」
いらついたように声を出してしまう。彼女は振り向き着いてきたが、こちらを見ようとしないまま、顔を下に向けられたままだった。
――――マイルーム前廊下
エリカを見つけたので話かける。
「エリカ!」
「ふへ!なっ何ですか!?」
「そこそこ腕の立つウィザードだと見込んで用意してほしいものがある。」
「そこそこは余計ですよ。…用意してほしいものって何ですか?」
ごにょり、と耳打ちする。
「何する気なんですか!こんなの用意させるなんて!まあ、いいですけど…。その代わり!条件ですけど――」
「かまわん。」
「何もいってませんけど!」
「急いでるんだ!」
「……明日の昼には出来てると思いますから、食堂で。」
「ありがとう!」
マイルームへ向かう。
*
――――――マイルーム
ライダーは、いつもの様子を失い座っている。うつむいているが。
「ライダー。」
呼びかけるとビクッと震える。
「どうして何も言わない。」
「……おこってるもん。」
子供か。英霊って基本大人じゃないの?
「そりゃそうだろ。何も言わずに、聴かずに突っ込むし。」
「……嫌いになった。」
「いや、全く。」
嫌いになってたら、その場で自害させている。それだと、俺も死ぬが。
ライダーは、ほんの少し顔をあげて。
「……嘘」
「…なんでそう思うんだ?」
「私、悪だもん」
「………まさか、ランサーが言ったこと鵜呑みにしたのか?」
「…飛び出しちゃったし」
「まあ、そこは怒っている」
と言うとしょげた。
こいつ、めんどくせぇ!
最初に感じてた偉大さが消えていくんだが!
「怖かったでしょ」
体育座りをしながら彼女は言う。おそらくあの豹変した瞬間のことをいっているのだろう。
なるほど、彼女は俺に意見を聞かず飛び出したこと、豹変した姿を見せたこと。そして、俺が悪を嫌いだと勘違いしたのだ。
「目の前に刃物もった人がいて。こちらを殺そうとしたのなら、抵抗する。殺してでも」
「その行為は、悪ではある。が、それをしたからって嫌いになることはない」
「俺だってそうするだろうから。おまえは、彼奴らとは違う」
「ちがわない、彼奴ら私も――」
「違う。かつてのおまえはそうだったかもしれない。それでも――今のおまえはかつての行為を恥ている。だから違う」
「……これからも――」
「――ああ、一緒に戦うよ」
彼女が言うよりはやく。
ライダーは、ほんの少し照れて。
「……ありがと」
*
ライダーの調子が戻った所でこれからを考える。
「…セイバーと勘違いされたとはいえ、宝具を見せちまうなんてな」
俺もしらない真名を暴かれるかもしれない。
「……あれ、宝具じゃないわよ。一端ではあるけど」
「えっ」
「私の宝具があの程度なわけないでしょ。ただのスキルよ」
ひょっとしたら。すぐにライダーのマテリアルを確認する。
スキル――逸話などを利用した技のようなもの――に『焼き尽くす我が憤怒』があった。
いや、開示されていた。
「それとマスター。決戦では、宝具を開帳するわ。さっきのヤツのすごいバージョンだと思ってちょうだい」
それは、俺を信用してくれたということか。
「真名だけは、もう少しまってね」
このサーヴァント強くね...?