Fate/EXTRA-Lilith-   作:キクイチ

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 運命は、ココにそろった。

 足掻け―――――認めぬならば。

 戦え―――――――認めぬならば。


 命を懸けて行われるからこそ、それには価値があるのだ。
 どちらの願いも正しいもの。

 で、あれば―――この言葉を贈らねば。


 ―――光あれ、と



第六回戦 七日目 決戦日

 

 

 決戦場へ向う前に敵陣営の情報を整理する。

 まずはサーヴァントからだ。

 

「あのサーヴァントのクラスは――アーチャーだ」

「真名は――アミール・ティムール・キュレゲン。我が子孫にして、世界の中心の王となった者―――余と相対する資格の持つ者だ。余の呪いから逃れた傑物だ。簡単にはいかないでしょうね」

「ああ、あの創造系の宝具は使い勝手が良すぎる。まあ、前提条件があるようだが。いずれにせよ、宝具には注意しないとな」

 

 ティムールが建設した者は余りに多い。宝具もそれに準ずると言うのなら――あの建物だろうか。

 

「なあ、ライダー。お前、アーチャーは自分の本当の名を覚えていないっていってたが、アーチャーの本当の名前って何なんだ?」

「サライ・ムルク・ハーヌムよ」

 

 かのティムールがサマルカンドを愛したのは事実だ。ならば宝具は有名なあの建物に由来する。

 まあ、対策が思いつくわけでもないのだが。

 思考を切り替えよう。

 今度は―――マスターについてだ。

 

「マスターの名は、ジョージ・トレイセン。ギャクス・ホリック―――西欧財閥に反発するテロリスト集団の組織。まあ、割と穏健派だったみたいで、難民の援助をこなしていたみたいだ」

 

 そう――だからこそ、地獄を見た。

 

「救い上げた物が泥のように崩れる。そんな現実を見たからこそ、あんな願いを抱いたわけだ」

 

 疫病、感染症の消滅。この世界戦の地上は1970年代を境に大きく気候変動、自然災害などが起こっているときく。

 こっちの世界戦より殺伐としている事だろう。だが―――根本的な問題はこっちの世界と何一つ変わっていない。テロリスト問題も、紛争も、難民も。こっちじゃ見えづらいだけで。

 

故にこその―――感染症の根絶を願ったのだ。

 

 この願いを俺はくだらないと一蹴することは出来ない。嘲笑もできない。その願いは正しい願いであって、確かな祈りが込められている。

 

 色のない、死んだ魚のような目をしていたわりには真っ当な願いだ。

 

「あのマスターを魔術戦で殺せる?」

「正直……難しい。こっちの工房を作るのにもそれなりの時間がかかるし、其処を襲撃されれば何らかの不備、不調をきたしかねない。サーヴァント同士の真っ向からの戦いになるだろう」

 

 あっちも魔術戦を仕掛けてくるとは―――アイツ、銃とか普通に使ってんじゃん。

 

「近代兵器ずるい」

「魔術もだいたいずるいと思うけど。自分の偽物(こぴー)

「それはそれ、これはこれ」

 

 

 さっと立ち上がり、準備をする――決戦を行うために。

 

「準備はいい、マスター?」

「問題ない、ライダー。絶対に勝つぞ」

「――当然、だって余は其方の――」

「――俺の最強のサーヴァントなんだから、だろ?」

 

 互いにニヤリと笑ってマイルームを出る――――

 

 

 向うは、決戦場―――決着の時だ。

 

 

 

 

 

 ゴウンと音を立て、扉は閉まる。この光景も、もはや六回目と相成った。

 

 昇降機が動き出し、深層へと沈んでいく。

 

 暗闇に閉ざされた昇降機の中―――少しずつ明かりが灯っていく。

 

 

 

 対峙するのは俺達を含め、二組。

 

 青く透き通った障壁がお互いを隔てている。

 眼前にはジョージ・トレイセン、アーチャー――ティムールがいた。

 

 対峙をお互い認識したことで緊張感もまたひりつきを見せ始める。

 

 

 

 沈黙。もはや語ることもないと口をつぐんでいた。

 

 

 しかし、ライダーはそんな沈黙を祓うように口を開いた。

 

「――ティムール」

 

 当然、自分の祖に対して答える。

 

「――はい、何でしょうか?」

「貴様の、貴女の願いはなんだ?」

 

 願い―――マスター――ジョージのほうの願いは知っているが、サーヴァントの方はしらない。一昨日の証言から言うなら、ライダーと関係するらしいが。

 

「私の願いは―――」

 

 そこで一端言葉を止めて、ジョージをちらりと見やる。

 それにジョージは、そっと頷くことで答える。

 

 アーチャーはライダーへゆっくり腕をあげ――指を指した。

 

「不敬を承知の上で言わせていただきます―――貴女に勝つことです。それこそが我が悲願――!」

「余に勝つ?」

「――はい。もっとも聖杯には、貴女と戦う機会が欲しいと願うつもりでした―――ですが、今は違う。何故なら、貴女がここにいらっしゃるのですから――!」

 

 ライダーに勝つ。それがティムールの望み――願望、願いだった。覇気と共に彼女は宣言する。

 

「――ほう?よくぞ吐いたな……しかし、何故夫を殺し、成り代わった?貴様は何故余を目指す?知っていたはずだ、余は虐殺者であり、侵略王でもあると――」

「成り代わった事を知っておられるのですか――ならば、かつて私は、フセインの後宮にいたことは知っておられるでしょう?……最悪でした、あの日々は。陵辱され、尊厳を汚された。私は貴女の子孫であるのにあの男の、征服欲を満たすための道具のように犯されました。そうすることで自分は偉大なのだと思いたかったのでしょう」

 

 ティムール、いやサライ・ムルク・ハーヌムとして話していた。彼女はティムールが倒すことになるフセインの後宮でさんざんな扱いを受けたようだ。

 

「その地獄から救ってくれた――あの男も結局は……フセインと同じだった。屈辱でした。男の、女を道具としか思わぬ目、おぞましい男。多少フセインとは違って頭は回るようだったけど……ま、最愛の妻と一緒に池に沈んで貰いましたが」

 

 ジョージの方を見るが、彼に動揺はなかった。痛ましいとは思っているようだが。アーチャーから真実は聞かされていたのかも知れない。

 

「惨めな私にとって、貴女の伝説こそ―――希望でした」

 

 多くの敵を滅ぼし、多くの領土を所有し、パクス・モンゴリカ《空前の平和と繁栄》を成した英雄。

 

「だから、貴女に迫りたいと思った。いえ、違いますね。貴女を―――超えたいと思った」

 

 

「だから―――何万と言う命を奪った」

 

 

「だから―――貴女の作り上げたものに負けないものを作った」

 

 

「だから―――多くの財の略奪を行った」

 

 

 ティムールはインドの遠征で十万の捕虜を邪魔になると言う理由で虐殺した有名な逸話がある。

 

 

「貴女の国に迫った―――でも、寿命がそれを許さなかった。私は――もうすぐで貴女に成れたのに――!」

 

 後悔と劇場の混ざった声。まるで―――ライダーに盲目的な恋をしてるかのようだった。恋い焦がれて――いや、恋いにすがるしかなかった。憧れに忠実に成らなければ――狂ってしまうから。

 

「貴女は!何故に!そんな男を、凡夫を!マスターなどと呼ぶのです!そんな、浅ましい男を、どうして!」

 

 まるで恋敵みたいな扱われ方だ。理想にしてきた、ライダーが女口調で、なおかつ男をマスターと呼んでいる。そう思えば理想(ゆめ)を汚されたとすら思ったのかも知れない。

 

 衝動のままにチンギス・ハンに迫った少女だった。

 

 彼女なら―――自分を救ってくれるのではないかと。

 

 

「貴様、余のマスターを随分侮辱するな?」

「――っ」

 

 苛立ちを込めてライダーは言葉を静かにこぼす。アーチャーは自分が興奮していたことを自覚したのか、押し黙った。

 

「貴様と余は決定的な違いがある――貴様は、人を愛したことがないのだ。腹を痛めて作った子もいない」

「――――!」

「既に、産み落とされてた子を自分の子として育て後継者にしたようだが……それは義務、罪悪感による行為だったのだろう。お前は、誰も愛したことがないのだ」

 

 恋に焦がれ続けて――他の人を愛すことがなかった。思い当たる節があったのか、顔色を悪くし始めた。

 

「―――それは、違う」

「……ますたー?」

 

 驚くことにジョージが、否の声を発した。

 

「――何?」

「アーチャーは、決して人を愛さなかった人間じゃない――!俺はこのサーヴァントのマスターとしてそれをずっと見てきた。コイツはそんな器用なヤツじゃない、アンタの見識は大はずれだ――!」

「――――」

 

 今度は、ライダーが絶句する番だった。あのサーヴァント同士の威圧感に負けず、否の声をあげる。それは――相当の勇気が必要だったはずだ。

 今のジョージの瞳にはほんの少しだが、彩がみえた。

 アーチャーは、そんな風に言い返した己がマスターを意外に思っているようだ。

 

「ふ、ふは、ふははははっはっ――!」

「ま、マスター――!?」

 

 ぽかーんと口の開いたライダーを見れば笑いが出ないことがあろうか、いやあるまい。(反語)

 ライダーは頬を赤く染めて抗議をしてくる。

 

「まんまと言い返されたな――ふはっふはは――!ああ――うん、いいぞコレは。傑作だ!」

「ぐぬぬぬ……!」

 

 ガコンッと言う音と共に、昇降機が最下層に着いたのだと教えてくる。

 

 決戦場に着いたのだ。

 

 ジョージを殺意を込めた視線で一瞥する。それだけで緩んだ空間は引き締まった。

 

 

 

 決戦場の扉が開かれる。ここから出られるのは―――どちらか一組のみである。

 

 いざや、いざ。

 

 

 

 

 

 決着をつける決戦場は―――まるで珊瑚礁の広がる海の中――幾多の命をはぐくむ―――海の森が決戦場だった。

 

「ティムールよ―――いいマスターに出会ったな!」

 

ライダーが地面を踏み、白槍を真紅の剣へ変貌させる。軽く祓ってみせる度に空間が軋み、悲鳴を挙げているような錯覚を引き起こす。

 褐色に彩られた衣服が優雅に揺れる。

 

 

「貴様が誇りがないとまだ嘆くのなら―――出会ったマスターを、そのマスターこそを誇りとせよ――!」

 

 

 対して、白き法衣のような着物を来たティムールは、その手に黒塗りの弓を構える。アーチャーの弓とは色違いの代物のように思うが、あっちの方は神造宝具ではないらしい。

 

 

「ええ、本当にその通りです。私は良いマスターと出会いました――」

 

 

 アーチャーは自身の内の魔力を放出したらしく着物が艶やかに揺れる。

 

 

「お気遣い、いただきありがとうございます。全力で倒させていただきます」

「その意気や良し―――では、殺し合うとしようか!」

 

 

 二人は同時に声を張り上げる。

 

 

「「マスター!()に勝利を――!!!」」

 

 

 ――――――Sword,or Death

 

 

 戦場の中心で――サーヴァントがぶつかり合う。大気には激震が走り、空間は軋みに悲鳴をあげる。

 

(当然だ――自身のサーヴァントの勝利(最強)を願わぬマスターがどこにいる。だがそれは、あちらとて同じ。ならばこそ―――マスターの勝敗がサーヴァントの勝敗にも直結する――!)

 

 ヒビノは懐から薄く赤く色づいた小瓶を取り出す。水の中に自らの血、細かく砕いた爪を入れただけの代物。しかし、其処に『神秘』が合ったならば、魔術として機能する。

 

変若水(をちみず)って知ってるか?まあ――穢れを祓い生気を蓄える。言うなれば若返るとかそんな効果のある―――西欧で言うエリクサ―みたいなモンだ」

 

 言いながらコポコポと地面に垂らしていく―――ジョージにはソレが異質でおぞましいものに見えた。

 指をくわえて見ていれば――己の死に直結する。そんな予感がジョージの中を駆け巡り、ソレを許さぬ故に――手にハンドガンを引き出し、打ち込む。

 

「オイオイ、そう逸るなって――だが、それに相対するような逸話もあってな。例えば――沖縄の民族伝承なんかにはシニミズってのがあるんだわ。『変若水を蛇に、死水を人に(水も滴るいい人間)』ってな」

 

 地面に滴り落ちた水が、うねり、ある形を成していく―――蛇の形に。

 

「この伝承は、蛇が不死の身体を得たが対して人間は短命に成った、ってオチなんだが逆にこうも考えられる。蛇のせいで人は死ぬことに成った。死の概念を浴びせられたんだってな。まあ、アレだ。要は―――苦しんで死ね」

 

 沖縄の民族伝承。月と太陽が人間に長命を与えようとしたが変若水を汲まれた桶に蛇が入って浴びてしまったがために、蛇に浴びせる予定だった死水を仕方なく人間に浴びせたという伝承である。

 

(つまり―――あの蛇に当たっただけで死ぬってことか――!)

 

 全長六十センチはあろうかと言う蛇が血を這いながら近づいてくる―――手に持ったハンドガンで撃っても、形は崩せど、すぐさま再生され這い始める。しかも、相当の速度で。

 

 ジョージは――逃走を図った。己では、あの魔術に対処することは出来ないと考えての選択だった。

 

 だが―――それこそが、ヒビノの目的だった。

 

(俺が最も恐れるのは銃撃。持ってる防御用の術式は多くない。あの工房で、咄嗟に使用した術式はサーヴァントの一撃で粉々。あの魔術と戯れてもらう間に―――)

 

 サーヴァントへの援護の一つでもしようと―――

 

「――――っ」

 

 ズドォンと響く音、サーヴァントが出したそれではなく―――悪寒を伴う殺気がヒビノに叩きつけられる。

 

 瞬間的に、腕に強化と硬化を併用して―――迫り来た銃弾から身を守る。

 

「――チ、仕留められなかったか――――では、こうだ――!」

 

 ジョージは左腕に持っていた銃器を捨て、新たに二つの刃―――サバイバルナイフを両手に一つずつ持ち――ヒビノに接近する――!

 

「接近戦を仕掛けようって?――つーか、あの蛇は?それなりの呪術なんだが――どう対処した?」

 

 斬りかかってくるジョージをヒビノは購買で手に入れた懐刀で応戦する。懐刀を持っているとは、思わなかったようで、多少の動揺の隙をついて腹を蹴飛ばすが――ジョージは瞬時に距離を取ることで回避した。

 

「ハッ!――あの魔術、生と死の輪廻が元に成ってるんじゃないか?だから―――わざわざ蛇なんだろ!お前が丁寧に魔術の説明をした時点でなんかあると考えた――あとは、手榴弾をぽいってすれば、予想通りだ」

 

 そう、あの魔術は――跡形もなく、それこそ蒸発した時点で終わりを迎える物。生と死、その輪廻の象徴として蛇を使ったのだ。伝承通りの魔術であれば、水をぶっかける事こそが呪いに該当する。身体の一部が残っているならば、何度でも再生し目標を追いかけるが――木っ端微塵にされた時点で唯の水になる。

 

「―――ハァ……めんどくせぇ。あのまま――死んでくれりゃよかったのに――!」

 

 ヒビノは確かな殺意でもって、ジョージに肉迫し、一撃を加えんと走り出した―――。

 

 

 

 

 斬戟が、幾多も斬り結ばれる。かたや神造の紅く透き通った刃で。かたや何層にも、まるで木目のような痕をのこす―――ウーツ鉱でできた、白き刃で。

 

 ライダーとアーチャーの間には雲壌月鼈(うんじょうげつべつ)とでも言うべき差が其処にはあった、アリーナの第二層においての戦闘では。特に接近戦においては。

 

 しかし――それでもなお、ライダーは仕留めれずにいた。戦闘の開始からそれなりの時間が経過したにもかかわらずに。

 

「ゆらりゆらり――まるで蝶のような剣裁き――!見事!余が剛ならば、()()は柔というわけだ――!」

 

 けたたましい金属音。超速の剣閃の攻防――立場を一瞬一秒、回り回るように入れ替わりながら繰り返す。

 

(――なんて髄力、速度!一瞬でも気を抜けば―――首が飛ぶ――!)

 

 対して、アーチャーもまた避ける、凌ぐ、瞬閃を突くように刃をねじ込んでも、アッサリと返される。

 刃の武芸では、勝ち目がないと気づくのは難しくなかった。

 

 だが――それでも。かじりつけていると言う事実がある限り、一分の勝率もあるのだ。

 

(それに、この方の宝具は余りにも強力――!私の宝具には余りにも分が悪い!)

 

 このままではジリ貧なのも事実。

 

(でも――それを、解決策を労さぬマスターではない!せめて、一瞬の隙さえ突ければ――!)

「――余の前で思案する(いとま)などあるのか?随分と――余裕だな!」

「――――ッ」

 

 轟音、轟砲―――露、ここに極まれり。

 一瞬でも、気を抜けば首が飛ぶ――そう知っていながら、思案に揺れた。その対価に何を失うかなど――誰もが知ろうと言うもの。

 

 ライダーの意識の外から―――妨害が入らなければ、だが。

 

「チ―――マスター!」

 

 アーチャーの首を落とさんとする一撃が、相手マスターの援護射撃の前に崩される。

 

 その隙をみて、離脱せんとするアーチャーより早く追撃するために――マスターに檄を飛ばす―――!

 

「あいよ――!」

 

 ヒビノの答える言葉とともに――ライダーの目の前に紙が幾重にも重なり、アーチャーへの通路と化す――そこを走る間は魔術障壁が形成され、邪魔はされない。

 ジョージの射撃援護は無に返された。

 

 ライダーは剣の先を自身の後方へ向け――魔力を放出、体を弾丸のようにはじき出す――!

 

 いかにアーチャーといえど超速で迫りくる格上の刃を払うことはできない。それすなわち――――

 

「――その首、とった!」

 

 真紅の刃がその首を捕えようとし―――。

 

 

 

 

「アーチャー、跳躍しろ――!」

 

 

 

 刃が首を捉える前に――アーチャーの体は消失した。令呪による跳躍。それを、ライダーは距離をとるためのそれだと、思った。

 

(チ、仕留めそこなっ――)

「ライダー、後ろだ!」

「な――っ」

「遅い――!」

 

 ヒビノが狙いに気づき、ライダーに指示を飛ばすが遅い――ライダーの背後に現れ、背を切り裂いた――。

 

「チ――」

「――ぐっ」

 

 切り裂きはしたが、浅かった。ライダーはよけれぬみるや、魔力を無理やり放出し自身の軌道を変化させたのだ。

 

 ライダーは地面に叩きつけられるように滑り落ち、己がマスターの目の前に立った。

 

 アーチャーも同様に、ジョージの目の前に立ち構えた。

 

 ライダーを治癒する過程で、ヒビノは気づく。

 

「これは――呪い!?」

 

 そう、ライダーの体には呪いが掛けられていた。何時?考えるまでもない、切り付けられたあの一瞬に。

 

「こっちが何の対策もせずに、強力な宝具、持ちと戦うと思ったか?ダマスカスの刀剣は昔、インドでは呪いの象徴として使われたこともあるんだ。体の自由を奪うという呪いが。それを――魔力放出ができなくなる。単純な呪いに変えることで、一回切りつけるだけで発動する呪具にしたのさ」

 

 説明通り、ライダーは、魔力を自由に動かせないようだった。

 

(こいつは痛いな。何せ――)

「魔力を流せなければ―――ライダーの宝具は発動しないらしいからな」

 

 ライダーは宝具の封印を受けてしまったのだ。ジョージの推察通り、彼女の『全て焼き滅ぼす勝利の剣(レーヴァテイン)』は魔力を彼女が流し込むことで真価を発揮する。魔力を流し込めなければ形も変えることが出来ない。

 

「舞台は整った――!アーチャー!お前の宝具を使用しろ――!」

「ありがとう、マスター―――これこそ我が身の果て!大いなる偉業の集大成!」

 

 仰々しい仕草とともに彼女の詠唱が響き渡る。まるで―――劇場を舞う少女のようで。叶わぬと思いながらも、光に手を伸ばし―――いつか、掴んで見せようと。ヒビノはそんな少女の夢を幻視した。

 故に対応が遅れてしまった。

 それもそうだろう。その美しさに胸打たれたのは、ヒビノだけではなかったのだから。

 

「我が身全てを御照覧あれ――我が祖よ!」

 

 アーチャーの足下からから光が淡く漏れ出していく。その上で彼女は舞踏を舞う。

 

「これは――世界を――!」

 

 誰とも知れぬ呟きは虚空に消える。それもそのはず。今、この瞬間においては――彼女こそが主役なのだ。

 魔力が風となって荒れ狂う。地が割れ、すぐさま再生されたかのように錯覚する。

 万感の思いを込めて彼女は叫ぶ――。

 

「此こそが―――『世界の中心で我が覇を謳う(ティムル・ベイル・アク・サライ)』!!!」

 

 閃光が迸って――――

 

 

 

 

 

 

 ヒビノは余りの眩しさに瞑ってしまった瞼を開く―――思わず息を呑んだ。

 

 白磁に塗られた内装。煌びやかな装飾。天を仰げば、太陽をかたどったモザイク。どうやら魔術的処理が成されているようで、輝いている。

 

 豪華絢爛。そんな言葉も霞むだろう。此には彼女の――ティムールを名乗った少女の全てがあるのだ。

 

「生涯―――私の、成してきた全て――!」

 

 して世界を塗り替える大魔術――――心象世界の具現。

 

――固有、結界か……!

 

「……アク・サライ。私のしてきたことの集大成――これを広げたところで、私が何か特別なことが出来るわけではありません。精々がステータスを一ランクアップさせる程度の効果しか持っていませんが―――これで、貴方を倒したかった」

「―――見事!余は…其方のような子孫がいたことを誇りに思う。すまぬ……其方を私はついぞ知らずにいた」

「いえ、貴方のそのお言葉だけで十分です!」

 

 感動極まったか――アーチャーの瞳は涙で濡れていた。最も認められたい人からのもの。すれば、感動はひとしおに。

 しかし――ああ、しかし。呪うべきはこの運命か。

 

「口惜しいが―――決着はつけねば成らないな!構えよ、アーチャー!其方の武芸!誇りをもって全てを―――余に示せ!」

「我が名はティムール!我がマスター――ジョージ・トレイセンのサーヴァントである!そして――貴方を超える者!」

「よく、言った――!」

 

 彼女は駆け出す――アーチャーの首を取らんがため。

 アーチャーもまた剣を構え、ちらりと上を見た。

 ヒビノは咄嗟に―――

 

「上だ、ライダー!」

 

 魔力が天井の一点に収縮、収束し―――射出される。さながら天からの一矢。

 迫り来る光の一矢を剣で防ぐ。

 

「うぐ、おぉぉぉぉ――!」

 

 ライダーが魔力を放出出来たなら簡単に引き裂いて見せるだろうが、今は魔力を放つ事が出来ない。

 だが、ライダーは自身の髄力だけで切り払った。

 

「流石……!では、これはどうでしょう!」

 

 次いで、ライダーの近場、地面がせり上がり、いくつかの柱がライダーを閉じ込めようと蠢く。

 

「ライダー()()――!」

 

 だが、その間を縫うように、紙と水で通路が形成される。柱から受ける圧力で軋み、ミシミシと音をならす。

 数秒にもみたないそれではあったが、ライダーが走り抜けるには十分。

 

「ハァッ――!」

 

 柱の中を走り抜け、アーチャーは一太刀浴びせる。が、柱を切るに終わった。

 アーチャーは足下に柱を生成して身体を直上へとはじき出して避けた。そのまま()()へ着地した。

 

「んな――!?そんなことも―――というか、何がワンランクアップ程度の効果か!ばかすか出しおって!」

「ええ、この宝具は……という話ですので」

「なるほどね―――創造系とは関係の無い宝具ってわけだ――行ってこいライダー。お前をご所望らしい」

「なるほど、そういう―――なら、言ってくるわマスター」

「おう」

 

 ライダーは馬を召喚させる。そして、またがり()()去っ()()

 

「……っ!何故――!?」

「なんだ、不思議か?ライダーが魔力を扱えているのが――!」

 

 ジョージの驚嘆に答えるように懐刀で斬りつける。連続して金属音が鳴る。ジョージもまたヒビノの接近を悟り、素早くいなし切り返したからだ。

 

「――く、この…!」

 

 白兵戦を挑んで来たヒビノを蹴飛ばし、距離を取る。

 

「考えりゃあ分かるだろうさ――!」

 

 ヒビノと斬り結びながらジョージは思考を走らせる。

 

(ライダーは、呪いを受けて宝具を使用、正確には魔力を流す事――身体の、手足に奔らせることすら出来ないはず)

 

 ジョージは鍔競り合いをし、己の髄力でヒビノを押し返す。

 

(ならば――何故?馬を召喚するのは魔力がいらない?そんなはずはない。ではもう、呪いは解けている?いや、それはない)

 

 ひたすらに考える。襲い来る剣先を凌ぎ、守りながら。情報の読み違いはアーチャーに決定的な敗北を与えてしまう。

 

(魔力を使わなければ宝具は発動しない。これは大原則、覆しようがない。いや、まてよ。そも馬を召喚したタイミングはいつだった?)

 

 ふと気づく。確かに、魔力を使わなくては宝具は発動しない。だが、()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「――――っ」

「ん?――その面、気づいたって顔だな。いいぜ、答え合わせ――付き合ってやるよ」

「お前っ、まさか―――()()()()()()()()()()()()()?」

「……やっぱ、気づくよな?ま、どうやったのかがわからなかったみたいだが――ライダーの治癒をしたときにコイツ――」

 

 そう言ってヒビノは折り鶴を取り出し、ひらひらと見せる。

 

「折り鶴を腰帯(ベルト)に、差し込んどいたのさ。魔力経路を別に組んでやれば良いだけだしな。ライダーが自分の魔力が操作できねえってんなら、俺の魔力を使いやいい」

「……サーヴァントの出力に耐えれるはずがない」

「ああ、安心しろ―――お前達の狙い通り、対界宝具は使え無い。レーヴァテインをつかえる程の出力も量も足りない。だが、スキル――それこそ魔力矢も、殆ど魔力のいらない召喚も行えるようになる。だから――全力で動けても三分ちょいだ!それまでに決着つけろ!」

 

 上を向いて、ライダーへ叱咤を飛ばす。ライダーはマスターへの答えとして、アーチャーへ炎の刃を振るう。

 

「――て、ことは……俺にも勝機があるわけだ」

「あン?」

「いくら、サーヴァントの宝具抜きの戦闘だととしてもその負担は考えるまでもない。接近戦をわざわざ仕掛けてきたってことは――そう言うことなんだろう?魔術師(メイガス)――!」

 

 向ってくる兇刃を凌ぎ、切り返す。

 

「確かに――お前の言った通り、ライダーに回す魔力で精一杯。魔術を使おうにも使えん状況だ。だがな――」

 

 肘打ちを一発ジョージの腹へたたき込む。そして紅い折り鶴を投げつけ――爆破。

 

 だが、すんでのところで避け、煙の中から転がり出てきた。

 

「――生憎、俺の魔術は特別製。独立させてるものの方が多い。使い捨て式(カートリッジ)だと思え」

 

 ジョージは強い舌打ちを一つし、ヒビノへと立ち向かう。

 

 

 

 

 天井では、未だ剣舞が続いていた。

 

 重力が反転し、天井こそを地面として踏み込み斬り結ぶ。

 

 ステータスは殆ど近似し、幾度剣戟を交したか分からない。されど、アーチャーには勝因がある。二分以上斬り合っているのだ。

 

(魔力切れ、あのマスターの魔力切れさえ、あれば――私が勝つ)

 

 アーチャーは防御に徹した。相手に現界があるなら――そこまで待てば、自ずとして勝利となる。ライダーも焦りを覚えたのか――斬りつけてくる量が増えている。

 もはや、残り時間は―――

 

「――あと、少しですね!とても楽しかったです――よ!」

「なに……っ、勝った、つもりでいるッ!!」

 

 焦りは悪い流れこそをうむ。挑発に乗りやすいライダーのことを、アーチャーは熟知していた。それこそが―――此度の勝因。

 

 直線的に首をとらんと斬りつけに来た所を蹴飛ばす。

 

「―――グ、あぁ――!」

 

 ライダーに残された時間は――後、五秒。

 もはや、四肢に力を入れるのでいっぱいのようだ。しかし、最期の意地か――剣に炎を纏わせ地面――天井を破壊する。

 

 煙がたちまち起こり、広がっていく。

 

「――姿を隠したおつもりですか?ここは私の固有結界―――逃すはずなど、ありません!!」

 

 ライダーの驚く顔を見ながら、その身体へ刃を突き立てる。

 

「おオォォォォォ―――!!!これでッッ!!私の!!勝ちです!!」

 

 白磁の床ごと、貫く。朱褐色の着物が揺らめく。

 

 

 ここに決着が―――ついた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「え……?」

 

 

 確かに、ライダーを貫いた。顔も同じ。身体すらも。だが―――血が出ていない。

 

 

「ええ―――私の、勝ちよ」

 

 

 アーチャーが背後の声に振り向くも、帰ってきたのは斬檄だった。

 

 

 ここに決着は着いた。

 

 

 

 

 赤い障壁が、勝者と敗者とを隔てる要に―――ライダーとアーチャーの間に隔てられた。

 

 無論――勝者をライダーとして。

 

 

「―――かふっ……ぐ、ぅ…………ど、うし、て……?」

「どうして――私が、貫かれたのに……いえ、()()()()()()()わっ()()()()()、よね?」

 

 そう――ライダーは入れ替わっていた。

 

「アサシンを始末した時、どんな方法だったか、マスターから聞かなかった?」

「まさか――人形?」

「そうよ」

 

 ヒビノの作成した人形。それは―――ライダーを精巧に再現したものを事前に作成していた。が、流石にサーヴァントの動きはできっこないのでこうして身代わりとして使ったのだ。ヒビノの言った、ベルトに仕込んだのはこれも込めて言っていたのだ。

 

「ふ、ふふ……貴方様のことなら何でも知っているという自負があったのですが……

、ふ、笑ってしまいますね。入れ替わったことにすら、気づかないなんて……なんて、皮肉」

「ティムール――――天晴れ、恥じることはない。其方は余を苦戦させたのだ」

 

 

 

 アーチャーの身体が溶けていく。

 

 

「ごめんなさい、ますたー……貴方の信頼に応えられなかった」

「―――は、彼奴らが強すぎ。メイガスに、かのチンギス・ハン。最強コンビってヤツだ。むしろ相手することになったヤツに同情する……お前に否はない。これは、唯俺が至らなかっただけのことだ。サーヴァントの人形こしらえてくるとか読めるか!」

 

 これだけは伝えねばとアーチャーは崩れる身体を引きづってマスターの前へ行き、寄り添う。

 

「私は、貴方と出会えたことを、誇りに思います。ありがとう、マスター……」

 

 その言葉を皮切りに、この世界から消失した。チンギス・ハンと並べられ、破壊の対極、創造を担った少女、ティムールは誇りを得て去って言った。

 

「―――あーあ、負け散った」

 

 残されたこのマスターは―――ジョージは負けたにも、死ぬにもかかわらず、どこか澄んだ瞳をしていた。

 

「なあ、ヒビノ。よければ、聞かしてくれないか?いつかは言わずに去って言ったけどよ。冥土の土産に、一つ」

「―――俺の、願いは―――幸福、人を幸福にすること、だ」

「――――――なんだ。卿も俺と同じ――ねが――」

 

 そう言って、テロ組織――ギャクス・ホリックで傭兵としていき、地獄を知って、病魔を地上から祓うことを夢見た男は消失した。

 

 

 こうして―――第六回戦が終わりを告げた。

 

 

 




やっと、第六回戦が終わった...!

 いつもいつも、こんな駄文読んでくださりありがとうございます。

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