虚ろな月がこちらを覗いている。空は星の海へ変貌した。
ぞっとするような白さを持った貌。ソレはまるで黒い夜空も相まって空中にぽっかりと開いた穴のようで―――。
見るモノの目をひきつけ、逃さない。
空を見上げボーとする
「――驚いたな。まさか君がこの世界に来ることが―――いや、他人が来ることにも驚きなんだけどさ」
「マスター―――じゃないわね?」
「その言葉には肯定も否定も出来ないな」
確かにコーヘイと同じ声なのだが、いつもより深く大人びた雰囲気を感じる。いや、どっちかといえば、最初の頃の性格に近いものがあると言うべきか。最初に感じた底知れなさを否応にも感じさせられる。
「うん、考えれない事象ではないか――比喩なしに君とはパスが繋がっている訳だし。そう言う可能性もあると言うことか。ふむふむ…興味深い現象、いや事象か?しかし彼女ほどの霊格が逆流……」
マスターもどきはさっきから何やらブツブツ呟いている。
ここは何処だろうかと周りを見渡す。辺り一面には月に照らされて、淡く赤くほんのりと灯るているかのような彼岸花が咲き乱れている。ほのかな風に花びらが舞い上がりその様は美しさが極まっている。現実には―――考えられぬ世界。
「なあ、どうだいここは―――なかなか過ごしやすいだろう?」
マスターもどきからそう声を掛けられる。言われて気づく――余りの過ごしやすさに。
「アミーが言うにはココには
道理で。私の所感ではこの世界はマスターの心象世界というヤツではないだろうか?
「
「つまり?」
「どう言う事だろうな?」
とおどけて見せた。答える気はないらしい。ならば何故言ったし。意味分からんし。
「この世界には外のような明確な物理学の基盤すら持ち合わせていないのさ」
答えるんかい!しかもよく分からんし。
「ねえ――私を元の世界、貴方の元に返してくれる?」
「いや、俺が呼んだわけじゃないんだけどなあ。むしろ君が勝手にきたというか――まあその内本体が起きると思うからそん時出れると思うよ」
空が白み始めるのが視界に映った。暁が暗闇を焦がし始める。
その景色を目に写した瞬間――脳裏に刺激が走る。
この世界はただの心象世界などでおさまるそれではない―――コレではまるで―――。
「―――まるでこの世界が生きてるみたい」
私の口から出てきたセリフにマスターもどきはふっと笑って。
「お、気づいたみたいだね―――ここは文字通り異世界なんだよ」
空が晴れ渡っていくのと同時に――私の意識も―――。
「殺風景な無常の楼閣にすぎないが。じゃ、また機会があったら」
手を振っている姿を最後に見た。
***
―――――図書室
だめだ、サッパリ分からん。やはり情報を得られなかったのは厳しい物がある。コレはアレか?決戦の戦闘で情報を得てってやつか?ぶっちゃけ本番ってこと?
俺は昨日ライダーに言ったようにキャスターの真名を暴こうと図書室まで来ていた。が、結果はさっき言ったようにさっぱりである。
「もっとこう分かりやすいヒントなんか無かったかね?」
探るのは記憶――キャスターの発言になにか無かったか?
と頭を悩ませて見せるも敗退。キャスターの真名に近づけるモノがない。
「だいたいはっきり分かっているのがキリスト教が嫌いってことだけだしな。そっからしてさっぱりだ」
一応関係しそうな偉人や英雄の名は頭に入れたモノのまるでテストが明日あることをしって一夜漬けしたかのような、アレ?こんなことに陥った時点で負けじゃね?感がして不安しかない。
あのキャスターの性格は慎重。アリーナでも罠を何十にも仕掛けるなど策師としての顔を覗かせた。よほど人間の心理を知っている者なのだろう。策師にはそういう人物が多いと聞く。たとえばこのローマ皇帝の礎と名高きカエサルとか。いやあれはどっちかと言えば扇動家と呼ぶべきか。
そんな推察をしていると奥からよたよたと歩いてくるライダーの姿が。
「おおライダーなにか情報をみつけ―――って」
ライダーの顔は見たことが無いくらいくらい――――真っ赤であった。
「ど、どうした何があった!?」
「な、何でもないわよ!」
頭の中をグルグル回しくりライダーがこうなった原因を考えるが――。
風邪?いや、あり得ない。電脳世界にもウィルスの一つや二つはあるかも知れないが――サーヴァントのセキュリティはムーンセルでも最高の者のハズ。
そんなふうに考えていると頭をライダーにはたかれた。
「な、何でも無いって言ってるでしょう!?少しは私の言葉を信じなさいよ」
「いや、でも」
「でもじゃなーーい!」
真っ赤な顔で否定されても。むう、図書室と言うことから考えるに何かしらの本を見たと考えるべきだな。では原因もそこにあると。
では一体どんなものを見たのか。あれほどの赤面、よほどのものを見たと考えられる。ライダーの妙な乙女思考、少女性からして――――まさか。
春画(エロ本の意)でもみたのか。
ライダーが思考に没頭する俺を置いて図書室を出ようとするのを見て慌てて追いかける。スゴイパニックに陥っている。
「おーい、マスター置いて何処に行くんだー?」
そのままライダーと共に退出した。
*
――――――廊下
いつか青いフリッピーディスクを渡してきた石野の捜索ついでにタイガークエスト略してトラクエを果たしに来た。恐らく必要とされるのは昨日の探索でなぜ迷宮にあるのか分からない代物である。ならば―――きっとコレだろう。
廊下先に立っている藤村大河を見つけ話しかける。
「ほい。頼まれてた品」
前回バビロンのコインなるものを渡した際にさらっと追加で所望された―――伊勢エビを渡す。伊勢エビである。ホントなんでもあるな迷宮。迷宮に潜って、戦って、料理を作るそんなゲームとか売れそうじゃね?俺の地上の記憶によればやたらと料理系の作品がブームとなっていた気がス。え?もうそんなゲームはある?是非もないネ!
「こ、これが音に聞く高級食材、イセエビ……ありがとー。おいしくいただくわ」
渡したイセエビはかなりの上物、甲羅の艶、大きさなど何をとっても一級品。味は推してしかるべし。上手いに決まっている。一体どんな食べ方をするのだろうか。やはり刺身とか?
「じゃあ、約束通り、先生のお気に入りのティーセットを進呈するわね」
タイガー三時のお茶セット?紅茶かなにかか。あとでマイルームででも確認するか。
そのまま藤村大河とはわかれ、食堂にでもっといこうとすると前方から接近する見慣れた背姿。エリカである。
「……ふむ、最初の頃に比べたら、マスターとしての腕前が上がって……雰囲気も戦場に似合うそれになってきたな」
「……えっと、どうしたんですか?いつもと雰囲気が違いますけど、キャラ変えたんですか?」
「ふ、いや。なに、そろそろ本格的にお前のことを敵としてみようと思ってね。最初の頃こそいい
「酷い…っ!今言わなくてもいい事言った!」
「まあいい――ちょうど暇だ。何か効きたいことがあるなら答えよう。一人の魔術師としてな」
「私が何一つ良くないですけど……まあ、せっかくですし」
こいつはもう侮れる相手なんぞではない。弱いながら強くあろうとして、強く成って見せた。故に期待してしまう。どうあがいても、合理的に考えれば叶わぬハズの相手に勝ってしまうのではないか――ジャック・フロイネンに。
「なら……聖杯戦争についてどう考えてますか?」
「いきなりぶっ飛んだ質問がきたな…答えはするが」
このシステムの性質という意味合いではなく、この、相手殺すことでしか生き残れないシステムについてだろう。
「ふむ、そうだな……決まった勝利がないって意味では公平ではあるか。ある意味フェアな展開が期待できる。お前は人死にに関してこだわっているようだが―――だからと言ってこの聖杯戦争が悪などと考えるのは早計にすぎる」
儀式形態としてはよく出来ているとしか言い様がない。かつて地上でも催された大儀式なんだとか。
「己の願いを叶えるために誰か不特定多数の願いを踏みにじる――お前もやってきた事だろう?よくある話だ。どんな成功者も多くの失敗者の上で成り立っている」
「なら――この聖杯戦争は正しいと?」
エリカはどこか迷うかのような表情をみせる。
「悪ではないと言ったが別に正しいとも言ってない。勝者しか願いを叶えられない唯それだけだ……それを――歪んだものととらえたお前の願いは、何一つ間違ってなどいない」
わかりやすいったらない。エリカがどんな願いを抱いているかなど明白だ。
「だがこの聖杯戦争の特性上、相手を必ず理解して戦わなくてはならない。なかなか皮肉なことだ」
聖杯戦争なんて形で歪んではいるが、それこそがこの聖杯戦争の本質。願いを比較させ乗り越えさせる。理解した上で相手を殺す。
「セラフが人類の監視者、いや観測者ならばきっと、元々は人間を識るために作られたシステムなんだろうよ」
それが俺の出したこの聖杯戦争の形式に関する結論。何故こうなったかは分からんが、電脳世界と言うなら、バグの一つや二つはあったっておかしくない。
「他に聞きたいことは?」
「いえ、もう特には」
暇つぶしにはなったか。エリカが去ろうとしたところでちょっとした用を思い出した。
「ほい」
「何ですか?コレ――ランサーのマテリアルデータ?」
「ちょっとした意趣返しだ、ジャック・フロイネンに対するな」
そう唯の意趣返し。いきなり交戦してきたことを根に持っているだけだ。さっさと滅べジャック・フロイネン。
やっとエリカと別れたところで―――ライダーが霊体化を解いた。
「―――で、どうだった?貴方の願いの矛先は?」
「流石の慧眼というべきかライダー」
「当然でしょ、何日貴方のサーヴァントやってると思ってるのよ。貴方が――人間に『羨望』を抱いている事なんてとっくに分かっていたわよ」
「ああ、その通りだライダー。俺は人間と呼ぶに値するアイツに底知れない羨望を抱いている」
自身が明確に変わった、いやそれ以前から、
「俺は予感している……きっと最後に戦う対戦者はアイツだ。アイツは勝ち残ってみせるだろう」
「なら、明日の決戦―――勝たないとね?」
「当然だ」
キャスターの真名は未だ分かっていない。ぶっつけ本番での真名暴きと成るだろう。それでも――負けるわけにはいかない。
俺の命など安すぎるそれではあるが、ここで捨てる気は無い。
聖杯戦争は確実に集結に向っていく―――。
主人公が人間に抱いたのは嫌悪する前は強い羨望を抱いていました。
人間に不相応の理想を見たが故に現実に打ち崩され、嫌悪するようになった。でも根底ではまだ―――。
というモノでした。