朝っぱらから俺たちは図書館であのサーヴァント――キャスターについて調べていた。
「サッパリ分からん」
調べど調べど分かることは何一つとしてない。キリスト教を嫌う敵など山ほどいるのだ。オマケに無敵持ちの魔術師ときた。全くもってさっぱりだ。
紀元前出身なのかそうでないのかも怪しい。
「にしてもなんでキリスト教が嫌いなのかしら」
「……ん?どう言う意味だ?」
「ほら、宗教戦争っていったらキリスト教とイスラム教の争いだけじゃないでしょう?プロテスタントやカトリックとの戦争もあったし、かのジル・ド・レェだって元はキリスト教信者だったのでしょう?」
「神を恨むならまだしもってことか」
確かに気になるな。となってくるとやはり他宗教の英雄と言うことになりそうだが。
「どうにかして宝具を引き出せればあるいは」
「もう使ってると思うけどな」
あの無敵性は宝具であるとしかいえない。何かしらの魔術かもしれないがその可能性は少ないだろう。
*
――――――食堂
たいした絞り込みも出来ないまま、何かヒントを得れないかと校舎を歩き回ったが何一つ有用な情報を得れなかった。故に食堂へ軽い昼食を取りに来ていた。
「……コーヘイ、何を食べるかは自由だけど――それは無いんじゃ無い?」
俺の目の前にあるのはマグマのように煮だった赤い麻婆が置かれている。ちなみにまた言峰が置いていったとかそう言うことではなく自分で頼んだものだ。
「貴方それ苦手だったんじゃなかった?」
「いやなんか、何度も食っているうちにこのうまさに気づいた。辛さに慣れてくるとなかなか言いモンだぞ。まあ、慣れちゃいないが。この辛みの先にうまみがだな――」
レンゲで赤く煮えたぎったソレをすくい上げる。先から漂ってくる強烈な臭い。思わずむせかえってしまいそうになる程の刺激臭。ライダーをみれば、眉を寄せ熱心にこちらをみてくる。辛さを想像し、『え?それホントに食べるの?生きて帰れるの?』などとでも考えているのだろうか?
その時――頭に電流、閃きが奔る。
――――ひょっとして――。
ライダーの目線を誘うように、レンゲで麻婆を軽くすくい上げ―――。
「食うか――――?」
「食うか――――!」
激しい拒絶をくらってしまった。ふむ、これは癖になるうまさだと思うのだが。そんなやりとりを終え、レンゲで次々と掬っては口へと運んでいく。口に放り込むたびに痛みが走り、ともに身体が発熱、額からは発汗する。
「そんなに辛い思いをしながら食べるなんて――エリカから聞いてたけど『オレ外道マーボー今後トモヨロシク』みたいな味がするって言ってたのに……笑みすら浮かべて食べてる――苦悶の表情をしながら」
なにやらライダーの戦慄したかのような声が聞こえるが――気にせず食べる。舌を痺らせる辛さもその先のうまさを引き立たせるためのものでしかない―――まさしく
まるで麻薬のようだ―――なかなか抜け出せない。
「そ、そんなに美味しいの……?」
ふ、なにやらライダーが食べたそうな顔をしている。ああ――是非このうまさを味わって欲しいが、もしこのまま勧めても遠慮するだけ。この時点で俺にはちょっとした悪戯心が生まれていた。ならば―――一計を処すのみ。
「ああ、うまいぞ。まあ、子供の舌には厳しいかもしれんが」
「――食べるわ!」
予想以上に食いつきが早かった。計成れり――と、ニヤリと笑うが同時にライダーの乗せられやすさにも焦りを覚えた。挑発に弱すぎやしませんかね...。
口を開き待機するライダーに、寸分の躊躇無くレンゲに掬った赤い
「―――ぐふぉ……!」
流し込まれた辛さに口を押さえ悶えるライダー。その様子に思わずにやけてしまう。
「辛ッ!すごく辛いんだけどこれ――ごほッ」
息を吸い込むたびにむせかえっている。口の中を蹂躙する辛さにのたうち回っているのだ。まあ、その先のうまみに出会えるまでその刺激を味わい続けなくては成らない。
しかし、ライダーは顔を赤くし、さっきから机の上をギブとばかりに叩いている。
ふむ、助けてやるか。ほいっと差し出した水はすぐさまにライダーに奪い取られる。それをぐびびと一気に飲み干した。
「――ふう。助かったわ」
もしコイツが俺のサーヴァントですらなかったなら、ついでとばかりに差し出す水に大量のにがりを混入させたものを渡していたところだ。
「ふ、だから言っただろう?子供舌にはまだはや――うぐっ」
襟首を掴まれ締め上げられる。ヤバい、苦しい。
ライダーに苦しさを伝えるため、腕をタップするが――ぐわんぐわんと揺らされ吐き気まで出てきた。
「あ、あんなに美味しそうに食べるだなんて―――騙したわね!?辛いだけじゃない!」
「理不尽だっ!うげっ――やめろォ!揺らすなよ、吐いちゃうだろうが!マジきついんで離してくださいライダーさん!」
くふっ。なんという理不尽か。
なんとか下ろして貰って――息を整える。割とマジで首入ってた。死ぬかと思った。
「……えっと、なにやってるんですかコーヘイさん?」
息も絶え絶えな俺に話しかけてきたのは――エリカだった。
*
「……事情は分かりました。それで――キリスト教を嫌うサーヴァントですか」
突然話しかけてきたエリカと机を共にし、心辺りが無いか話した。彼女はあごを摩るようにして思索するが――。
「キリスト教を敵視するとなると――ユダヤ教関係者も関係しそうですが……強いて上げるとするなら――ネロ帝でしょうか?」
ネロ帝――一世紀のローマ帝国の五代目皇帝である。たしかに彼ならばキリスト教を嫌ってもおかしくはない。むしろ当然というものだろうが。
しかし、イメージに合わないような気がする。キャスターでもおかしくないのだが、自身を無敵とする魔術の行使、あるいは宝具にうんと覚えが無い。ネロ帝の有名な逸話である『黄金劇場』ならまだしもだが――そんなものを使った形跡はなかった。
「それ以外なら―――ディオクレティアヌス帝でしょうか?」
ディオクレティアヌス帝。彼もまたローマ帝国の皇帝である。三世紀に活動し、キリスト教徒に大迫害をした人物である。キリスト教徒の財産を一方的に簒奪したり、処刑なども行ったようだ。だが、同時に政治では優れた能力を発揮しローマの滅亡を大きく引き延ばしたという偉大な皇帝でもある。なお元の身分は奴隷であり、相当の苦労をしたようだ。
「……ありがとう。参考になった」
「――あのっ!」
意見を聞いてからマイルームに帰還しようと席を立った所でエリカに呼び止められた。
「なんだ?」
貴重な情報共有をして貰った以上、むかに扱うのもためらわれる。故にどんな問いでも誠実に対応するとしよう。
「――私の相手はジャック・フロイネンです」
ジャック・フロイネン。たしかランサー――クー・フーリンのマスターだったか。対テュポーン同盟に参加していた陣営だ。赤髪の軍服をきた壮年の老人だったような覚えがある。
「かのランサーの宝具は知っての通り、ゲイ・ボルク――一撃必倒の代名詞で知られる宝具です」
ゲイ・ボルク。クー・フーリンが師匠スカサハから受け取った魔槍。因果逆転の呪いをもつ「原因の槍」であり、おまけとばかりに回復阻害の呪いまでついている代物である。
この情報から推察すると――。
「ゲイ・ボルクの防ぎ方ってところか?」
「はい……どうすれば良いでしょうか?」
ふむ、因果逆転の呪いは厄介なことは確かだ。おまけに回復阻害。この聖杯戦争では最有力の能力持ちで、最も聖杯に近いと言っても過言では無いだろう。
「放たれる前に殺す――まあ、無理だろうが。そうだな……他の方法は、礼装やコードキャストで幸運を上げることぐらいだぞ?」
「やっぱりそうですよね……その幸運を上げる礼装があったら譲って欲しいんですけど」
どうですか?と目で聞いてくる。
幸運を上げる礼装――まあ、数あるお守りの様なものは作成できるはするが正直に言って、呪いを回避出来るほどの成果が期待できるものは無い。
―――あるとすればアレか?
懐を探り、あるものを取り出し渡す。
「なんですかコレ……藁人形?」
「藁人形の使い方は分かってると思うが――いつも使う時は呪い殺す用に作られているが、今回は使用を変更している」
「いつも使う?って…で、使用の変更……ですか?」
「藁人形の起源からして相手を殺すための代用品――相手の魂、在り方を模倣させて使っていたんだ。相手の髪の毛やら爪、血を使うのはそれらがもっとも霊的に呪術として使いやすいからだ」
呪いとは、例えば藁人形におけば現実の素材――原因を釘で突き刺す結果で相手と結びつける、相手に苦痛を与えるようなもの。相手と人形といった一見結びつきのないものを結びつける――物理現象へと組み替えるものそのものである。
「まさか、相手の髪の毛を取ってきて使えなんて言うンじゃねーだろうな」
エリカのサーヴァン――モードレッドが霊体化を解いて出現する。こちらへの警戒を解かず鋭い目つきでみてくる。
「ああ、ソレこそまさか。髪の毛は使いはするが――お前の髪の毛、あるいは血液データ、擬似霊子なり込めれば良い。即席の身代わりと言うわけだ」
因果の結実をずらすと言うだけの行為に藁人形を使っただけだ。放たれたゲイ・ボルクのは敵の心臓めがけて放たれるがその狙いが藁人形へと変わるのだ。
「ホントかよ……こんなのでか――?」
藁人形を指先でつまみ上げブラブラさせるセイバーであるが、日本式藁人形を見たこと無かった故かいじくり始めた。意外と手触り良いんだよねそれ。
「つっても、相手の運がよほど悪くない限りこの手は通用せん。自身のサーヴァントの幸運を魂の改竄であげるなり、相手に幸運値を下げるコードキャストでも使うんだな」
「あ、ありがとうございます!このお礼はいつか――!」
そう言ってとててと小走りに去って行った。
「お礼なんていっても負けたら――はあ」
負けて死んだら意味が無い。そう続けようとした口を無理矢理つぐんだ。彼女は
「――じゃあ、なんでエリカの助けに答えたの?どうせ死んでしまうのなら余計な世話をやく必要なんて無いじゃない」
確かに、何をしても結果が同じならあんなものなど渡す必要などない。むしろそこで終わってしまうことが分かるなら、次の対戦相手に対する計画も打ち出せよう。
其処まで分かっていて何故か―――。
「――万に一つの可能性はある……そう思っただけだ」
俺はガラにも無くアイツに期待しているらしい。遠く殆ど見たことの無い
*
マイルームへの帰り道、ついぞ部屋へ入ろうとしたところで呼び止められた。
振り返り声を掛けてきた主を視界にとらえる。
「コーヘイ、今いいか?」
声の正体は石野――征服王のマスターであった。
「ああ?まあ、大丈夫だが―――何かあったのか?」
石野の顔は蒼白で、額からは汗がしたたっている。明らかに体調が悪そうだが。おまけに―――。
(おかしいわ。このマスター、サーヴァントをつれてないようよ)
そう
近くへ歩み寄ると、石野は何かを取り出し俺に握らせてきた。
「んだコレ?」
「悪いそいつを預かってくれ!」
形状は青色の四角い、いわばフリッピーディスクのようなものだ。重さもそこそこある。魔術的なものは施されておらず、トラップではなさそうだ。もしやデータでも積み込まれた代物なのだろうか。
「わ、渡したからな!絶対なくすなよ……!」
「お、オイ!」
言いながら何処かへと去って行った。コレの説明されてないんだが。
くるくると回転させたりしてみたが、何一つ分かることはない。ふむ。ウィザードならともかく、メイガスである俺に分かる所以などないか。
(態度からして妙だったわね)
ライダーからの念話の感想に頷くことで肯定する。なぜこんなオブジェクトを渡してきたのだろうか。切羽詰まった様子をみせていたがこのようなものを俺に託した意味が分からなかった。皆目見当もつかん。
「口ぶりからして――俺が持っていることに何かしらの意味があるかのような感じをうけたが――さて」
かの征服王が一緒にいなかったことも気になるが―――ここで考えても答えはでないだろう。ディスクに関しては後日エリカなどに聞けば良いだろう。
さっさとマイルームに帰って寝るか。
リアルが忙しいので次ぎ更新入るのは九月半ばかも