「ギャリオット、ね」
図書館であのサーヴァントの去り際に放った宝具――その正体はギャリオット、帆船の一種である。ネーデルランド連邦共和国や、フランスなどで使われたようだ。挿絵に似たものがあった。地中海で使われた小型のガレー船で、軍艦として利用する場合は口径の小さい大砲を二門から十門、兵士を五十人から百五十人ほど乗せて戦う使い方をしたようだ。
「しっかし、絞れねぇもんだな。朝になってから随分探したが、結構使っているヤツがいたし。絞り切れなさそうだ」
「汝でも、絞り切れないとはな……」
「俺を高く買いすぎだよ、アーチャー」
アーチャーは俺の隣に腰掛けて、資料を精査していた。朝早くから図書館を調べるモノは少ないようで、二人きりの状況である。
「ギリシャ英霊――の線は薄そうだが、ヨーロッパの英雄と考えられるが……」
「何か腑に落ちないことがあるのか?」
「ああ……ガレー船は結局16世紀まで使われているし、中東やアフリカ圏でも使われていたものだ。断定はできない。バルト海なら19世紀まで使われてる」
地域を狭めることも出来ない。かなり独特な兵器だと思ったのだが。
「でも、大砲を乗っけていたってことは十五世紀以後ってことか。なら十六世紀までがあの英雄の活動していた時期か」
「――むっ」
「どした?」
ちらりとアーチャーを見てみれば、頭についた猫耳?いや、熊耳がピクピクと反応している―――。
「どうやら――奴等が来たようだ」
「……アーチャー霊体化しとけ」
「了解した」
アーチャーを霊体化させる。奴等――アーチャーの警戒を孕んだ声からロージスどもだろうと解釈する。入り口から距離をとって入り口から死角に成る棚の横へ移動する。
――ザ・盗み聞き大作戦である。
(なんと言うチープさ……!)
(ほっとけ)
ガラリと音を立て扉が開けられ、白いカソックの姿で青みがかった黒髪の白人男性――ロージス・エネルベイが入ってきた。サーヴァントもまた霊体化を解き、赤い髪に赤髭を蓄えた顔と緑色の独特な軍服姿で現れた。
「ふむ、なかなか高い買い物であったが得たものはあったな」
「ああ。まさか――敵マスターは思ってもいないだろうよ、本当のサーヴァントのクラスがセイバーだと知られたとはな」
――は?
いや、セイバーじゃないし。誰から聞いたんだ、その情報?
中央近くにある、長机に座り己がサーヴァントと談笑を続ける。
「平賀が提案した金はなかなか高かったがな」
平賀――アサシンのマスターか。しかし、何故嘘の情報を?
「ふ、ヤツのサーヴァントが持っている宝具がレーヴァテインだとはな。世界に名高き魔剣、ロキ自ら打った剣だと聞く」
「だが、実体は支配の剣らしい。いや、支配の剣と呼称されたと言うべきか。どうやら民間伝承をたどっていけば、支配の剣は形をかえてトルコ、イラン近くの支配者――ホラズムの支配者に渡ったようだ。13世紀における東方イスラーム世界の最強国ホラズムの支配者」
――すなわち、ライダーの正体。
「――アラー=アッディーン=ムハンマドだ」
アラー=アッディーン=ムハンマド。八世紀にホラズム地方のウルゲンチを本拠にしたトルコ人マルムークによってホラズム=シャー国を称す。その国が13世紀に急速に台頭し、特に七代目アラー=アッディーン=ムハンマドのころに最盛期を迎え、イランやアフガニスタンを手に入れ、中央アジアから西アジアに及ぶ強国を作り上げた。40万の軍勢の精強な軍勢を動員することができたことから、強国であることが分かるだろう。
「ならば、宝具のそれも分かったも同然だな」
「神の具現、あるいは権能でも振るえるのだろうよ。く、ふふ、ははは――!」
などと笑っていた。ロージスのサーヴァントはそんなロージスにかすかな疑問を覚えたのか、ロージスに問いを投げかけた。
「しかし、ロージスよ。お前さん、聖堂教会ってとこに所属してたんじゃなかったか?なら宗教的にどうなのだ?」
「特になんとも?強いていうなら、そこから排出された聖人を殺すことに駆り出されたぐらいだな。あちらにこちらを許さぬ故はあるが私にはない」
聖人を殺す?そこまでの力を持つとしたら――代行者か?
「お前こそ、どうなんだ?バルバロッサとしては。んん?」
「――俺みたいな悪党が許される所以なんてねぇよ」
―――バルバロッサ!?あのバルバロッサか!?
赤髭王と名高き神聖ローマ皇帝フリードリヒ一世が証されていた名前だが――。
「そろそろ、アリーナに向うとしようか」
「今回は、彼奴らにプレゼントをやるのだったな」
その言葉を最後に図書館から去っていった。
「かなりの収入があったな、アーチャー」
と背後に霊体化を解いたアーチャーに振り返りながら話しかける。
「それよりもいいのか?作戦、勿論ライダーの情報を隠す作戦は破綻したようだが?」
「ああ、ライダーがアラー=アッディーン=ムハンマドだってことか?」
――コレで分かった、ライダーの真名が。
「……ライダーには言うなよ?真名のこと」
「何故だ?」
「不機嫌になるだろうからな。俺以外が真名を明かしたとなるとな」
それとは別に理由はあるのだが。
アーチャーは仕方ないかと、はあ…とため息をつく。
「まあいい。了承した、ライダーには言わない」
アーチャーの了承を得た所で、ロージスのサーヴァントについての話題へ変える。
「で、サーヴァントの真名は分かりそうか、コーヘイ?」
「ああ、分かったぞ――真名が」
そして歩きたるは――世界史、特にトルコ近くの歴史書を置いてある場所に足を運ぶ。
――おっ、あった。
そして目当てのものを見つけ、それをとってアーチャーの元へ持って行く。
「『イスラームの海賊』?」
「ああ、ロージスとのやりとりから、イスラーム関係者とみた。そして極めつけは、バルバロッサの異名だ」
そう、バルバロッサという呼称はヨーロッパでの呼称――すなわち、『赤髭』を差す。
確かに、あのサーヴァントは赤髭を蓄えていた。
「ヤツのクラスは、宝具のギャリオットから考えるにライダーだ。ならば、神聖ローマ皇帝の宝具がギャリオットか、と問われればそうではない。なら誰なのか」
海賊王にして、恐れるべきバルバリア海賊の一人として世界に名を刻みつけた男の名――。
「――バルバロス・オルチだ」
バルバロス・オルチ。オスマン帝国領の現在のレスボス島の出身であり、海賊団という在り方を世界に知らしめたものだ。とくに、アルジェ、現在のアルジェリアに押し寄せたスペイン7000人からなる艦隊を撃退してみせた一件は世界に衝撃を与えた。
バルバロス・オルチは、三十代後半頃に銃弾で負傷し腕を失った。その際、義手として、手に入れたのが銀の腕である。
「海賊王バルバロスはオルチの死後、弟に継承されて、当時のスペインをボコボコにしたりしている。むしろバルバロスの名を聞けば弟の名が思いつく者も多いだろう」
「サーヴァントの真名には、たどり着けた」
「ああ、これで――引きこもっても問題ない」
「は?」
「え?」
「……ロージスはアリーナにプレゼントがどうとか言っていなかったか?」
「罠だと分かっていてどうしていく必要がある?迷宮にあるアイテムは全部回収したし、真名も把握した以上行く必要は無い」
「ふむ、あい分かった」
*
―――――校庭
「何?俺がタイガータイガー言ってるのが、タイガーの耳に入って呼び出しがかかってる――?」
と男子生徒が言う。タイガーの羅列にタイガーがゲシュタルト崩壊を起こしそうだった。
「ふんっ、そんなものに応じる気はないぜ。フカヒレでも食わせてくれりゃ話は別だけどな」
なに?飢えてんの?最近の男子高校生は。
とりあえず、フカヒレを渡すことにしよう。
「フカヒレね、ほい」
「ええ、アンタもう手に入れてたのかよ……まあ、ありがたく受け取っておくぜ。ちゃんとタイガーんとこには行くよ。男に二言はねーんだ」
と言って、校舎に去っていった。
彼が去り、誰もいなくなった校庭でアーチャーが霊体化を解き出現する。
そして共に、同じベンチに腰掛けた。
「コーヘイ、汝はこういったことを良くしていたのか?」
「ん?何のことだ?」
「捜し物――かなり手慣れているように見えてな。さっきの男だって、『時間が空いて暇になった』と言いながら三分程度で見つけたではないか」
「残ったマスターは残り16人だ。少ない分早く終わっただけだ……まあ、過去によくこういった捜し物は、確かにしていたな。メイドが色んな所から、依頼を引き受けてくるせいで、強制的に働かされてるうちにノウハウは覚えたよ」
「ほう、メイド。給使のことか」
「アイツは、割烹着はどういうわけか着たがらなくてな……で、イギリスの知人から送って貰ったマジモンのメイド服を渡したんだが――て、俺は何を喋ってるんだ」
「メイド好きなのか?」
「いや、作業着として渡しただけだからね。そう言う邪な目的じゃないからね」
「む――と言うことは、メイドは雇っている者か?」
「ああ、そうだ。住み込みで働いて貰っている――で、なんでそんなことを聞いてくるんだ?」
アーチャーは少し考えるように視線をさまよわせた後。
「――ライダーから聞いてくるように言われたのだ。聞こうにも聞けない、だとか言ってたが」
「――あー、ナルホド」
いつか自分の過去を聞かせた時に、アレの被害者でもあること言ってたっけ。ま、聞きにくいわな。そりゃ。
「他にライダーから聞いて欲しいことはなんかあるのか?」
「ふむ、そうだな――」
そんなやりとりを小一時間し続けた。たわいのない話ではあるが、こう落ち着いて話せるのは久しぶりだ。聖杯戦争で少ない平穏な会話を楽しむことにした。
帰り口に気がついた。
――あれ?これって普通にデートじゃね?
*
マイルームに帰ってから、ライダーとも今日得た情報を整理して交える。
彼女の真名は既に分かったが――あえて伝えない。
ライダーの真名を確かめるのは、明日にする。
明日に備えるため床について、ライダーのと共に眠る。
***
無力であることは悪ではない
弱き者であることも悪ではない
だが、無力を知りながら
立ち上がることを、力を求めないことは――はたして
善も悪も、弱さを、無力を知らねば生まれぬ物には違いない。
いつだって、しらんぷりの代償は大きめだ――――。
不要だとは思うが――あえて言わせて欲しい。『騙されるな』