第三回戦 三日目
――目を覚ます。
昨日、悪性情報の海に飛び込んだせいで身体を構成していた霊子がほどけていたが、一晩寝ることでなんとか直すことができたようだ。
「身体は大丈夫?」
「ああ、ちゃんと直ってるよ。ライダーこそ大丈夫か?俺のせいとは言え悪性情報の海に飛び込んで。というか馬飛べたんだな」
「知ってて飛び込んだんじゃなかったの!?」
全く知らなかった。普通、馬飛ぶと思うだろうか、いや思うまい。
最悪令呪で戻るつもりだったし。
考えるより早く、身体が動いていた。
見捨てるつもりだったのに、あの悲鳴を聞いた瞬間に走り出していた。
致命的な矛盾。嫌いなはずの人間を助けるなんて。
ピロンッ。
突然の電子音がなる。携帯機器のものだ。
携帯機器を確認する。
『至急、全参加者は体育館に集まるように』
そう書かれている。
十中八九、あの怪物絡みだろう。
*
――――――体育館
集められた32名のマスター。講壇の上には言峰が立っている。
ざわめきは大きく、何人かのマスターはこの状況に察しがついているようだ。
「あ、コーヘイさん!」
エリカはトテテッとばかりに走り寄ってくる。
並んで待っていると大仰な仕草で語り出した。
「殺し合いには慣れた頃だろう、マスター諸君?」
癪にさわる声でそんなことをのたまってきた。開幕からとんだご挨拶である。
となりのエリカを見れば、血の気の引いた青い顔。
なにせ二回戦を乗り越えたマスターだ。一回戦では殺すつもりはなかったという弁明もきくだろうが、二回戦は自分の意志で殺しにいったも同然である。
相手マスターの死と改めて向き合った者も多いだろうに。
事実によって苦悩を解剖する様、ほどくのではなく切り開くやり方、糞神父の名に恥じないやり方だ。
「諸君らも知っての通り、運営ではある問題が浮上している。アリーナに謎の生物――エネミーが現れた。運営側も対処しているが俄然上手くはいっていない」
セラフでも対処しきれない異常事態が起きているようだ。あの化け物について少しでも情報がほしい所だが。
「このままでは聖杯戦争の進行がままならない。それ故に君たちマスター諸君にこれの対処に当たって欲しい」
そう言う言峰は、私としてもやらせる気はなかったのだが、というかのような仕草をしている。
その口元にはこらえられない愉悦が漏れている。このエセ神父め。
「勿論、ただでとは言わない。とどめを刺した者は令呪を一画と、第四回戦のシード権を渡そう――セラフにただで退治されるより君たちが倒し、報酬を得る。……ただの決闘には飽きていた頃だろう?――いい余興になると思うのだがね」
さらにとんでもない餌が投下された。瞬間、緊張感が膨れあがる。
言峰が提示したのは、第三回戦の無条件勝利を約束する物だ。
多くの参加者は余力を残し、先に向いたいはず。
その優位性は言うまでも無い。他が戦っている間に多くのことが出来るだろう。
「エネミーは三の月想海、第二階層に鎮座しているようだ。今は動きを見せていない。マスター諸君のためにアリーナを共通で空けておいた。手を組み共同で倒しにいくのも自由だが、マスター同士の戦いは控えて貰おう」
―――話長くて途中から聞いてなかったが、どうやら共闘して倒してもよい、なおマスター同士で戦った場合ペナルティをかすとかなんとかだった気がする。
ま、細かいことはいいだろう。壇上から降りる言峰を見やりながら、参加するかどうか決める――ま、答えは決まっているが。
(で?どうするのコーヘイ?)
「もちろん参加する」
壇上から降りていた言峰は、あっ言い忘れた、とばかりの表情で壇上へあがり直し、探すように視線をさまよわせ俺を見つけるとニヤリと悪辣に嗤った。
周りのマスターたちも壇上に上がった言峰を見る。
大仰なしぐさでこう話しだした。
「あのエネミーが出現し、4人のマスターが襲撃を受けた。そのうち二人だけが生き残った」
――あっ(察し)
俺は言峰が次の言葉を紡ぐ前に出口へと向かう。
「エネミーについて情報が知りたいだろう?その二人が知っている」
出口前でこそこそ出ようとするアイリスとあった。
「出口前にいる、アイリス・ファウスと火々乃晃平だ」
そう言峰が言い終わると同時にマスターたちの目がこちらに向けられる。
横にいるアイリスの襟首をつかんで、自分の立っている場所と振り回すようにして入れ替わり、前に突き出す。
「情報を聞くのは一人で十分だろ………というわけで頼んだ、アイリス!!」
と言って放る。
「ちょ、ちょっと!?」
そして扉を閉める。取っ手に折り紙をくっつけ軽く固定する。ドンッドンッとドアをたたく音がするが、俺はその場から離れてすたこらと逃げ出す。
目指すは図書館だ。
*
――――――図書館
言峰の催しの内容、注意を聞いた後、アイリスにすべてを任せ/丸投げし図書館へと来ていた。
いやぁ…少しは悪いと思うよ、だからここに来たのだ。
あのバケモノが一体何なのか。それを知るために。
(結構、ゲスイ手を使ったわね)
「使える手段があればなんだって使う。世知辛い世の中で生きていく手段だよチミィ、それに見た?あの裏切られる間際のあの顔、ふ、面白すぎんだろ―――フハハハ!!」
少しばかり神父に習って愉悦していると目的のものを見つける。
「おっ、あったあった」
「なにそれ?えっと、……ギリシャ神話?」
「そう、ギリシャ神話」
隣に出現したライダーが問いかけてくる。
「なにか分かったの?」
「ああ、あの怪物を観察したんだけどさ、あんな感じのどっかで見たことあるなって思って」
と指をさして、本の中の挿絵を示す。第二回戦のおり、バーサーカーを調べる際に読んでいたのが、頭によぎったのだ。
「こいつじゃないか?」
挿絵――解説には、ガイアの子であり、ギリシャ神話における最高神ゼウスに倒された怪物で、胴体、腕、頭は人間で、肩から百の竜を生やし、腿からは大蛇という成り立ちと書かれている。
「ビンゴよ、コーヘイ。間違いないわ」
ライダーからのお墨付き。
「となると厄介だな、なにせ―――」
怪物の名は『テュポーン』
「最高神以外には倒されなかった、ほかの神は逃げ出したで有名な災厄の獣だ」
「か、神様なら殺したことあるし、も、問題ないわ!」
「わー頼もしー」
「棒読み!?」
震え声で言われても説得力ないんじゃが。
廊下からドタバタと音がする。
そろそろ出たほうがいいだろう。
――それに倒すなら協力者を探す必要がある。
*
参加者たちマスターは、廊下に多くいる。そこらかしこから、怪物を倒す算段について話し合う声が聞こえる。
後ろから近づく足音。振り返れば、怒りの形相で近づいてくるアイリスの姿。
ダッシュで屋上へと向う。
「ま、待ちなさい……!」
後ろから想定通りに追ってくるアイリス。
このまま屋上までついてきて貰おう。
*
――――――屋上
「もう、逃げ場はないわよ…!観念なさい……!!」
「ああ、逃げないって」
屋上まで逃げたのはいいが、想定異常に彼女は怒っていた。まあ、当然だろうが。
なにせ突き飛ばしたあげくに、閉じ込め、無理矢理説明を30人にさせ、姿を見た瞬間走って逃げ出したのだから。
誤算があるとしたらアイリスの足の速さが尋常じゃないことか。
「ま、落ち着けよ……ただ逃げたくて突き飛ばしたんじゃない、調べることがあったからさ」
「――調べること?」
「聞いて驚け、あの怪物はテュポーン、ギリシャ神話における災厄の獣の名だ」
「テュポーンですって!?……監督役が言ってた報酬に釣り合わないレベルよ、だってかないっこないじゃない……」
つまり
「……ありがと、教えてくれて。腹は立つけどね――わたしは参加しないわ」
そう言って去っていった。彼女の言うとおり参加しない方が吉だろう。なにせ対人――マスターと戦った方が明らかにましだろうからだ。
アイリスが扉から去って行くとともに入れ替わるようにエリカが顔を出す。
目線をさまよわせ、俺を見つけると。
「あっ、コーヘイさん!ここにいたんですね!!」
といって駆けてくる。随分喜色の高い声だ。
「セイバーの直感通りでした、さすがですねセイバー!」
彼女のサーヴァント――セイバーが霊体化を時現れた。
「だろ?俺の直感スキルをなめんなって!」
「んな!?」
にこやかに告げるセイバー。
俺は驚愕した。目に真っ先に入ってきたのは金髪、翡翠の目。兜を外し、顔を見せているのだ。一番の驚きはセイバーが女顔であるということ、しかもかなりの美人といっても過言ではない。
余りにも注視していたせいか。
「ンだよ、俺の顔に文句あんのか!?」
「いや、何でも――」
――もし、女だったんだな。
とでも言えば、ぶっ叩斬られる予感があった。故に口をつぐむ。沈黙は金なのだ。
「……で?なんか用なのか?」
「あっそうでした!」
頭をかきながら尋ねれば、思い出したように答えるエリカ。
「共闘を申し込みに来ました!!」
「は?」
おそらくこいつは、言峰のいったエネミーが何なのか分かっていない。
せいぜい、アイリスから聞いた情報くらいだろうし。
怪物テュポーンだとは分からなかったのだろう。
*
怪物テュポーンについて説明した。あのエネミーの正体は正真正銘最強の怪物なのだ。
一説には無敵性を保持してるとすら言われているのだ。
「だったら、アリーナに入った人は……」
「ま、ほとんど死ぬんじゃないか?テュポーンと知らずにまともに連携も取らず戦うんだから。ま、まずかなうはずないな」
「そ、そんな……」
エリカは震える声で絞り出すようにつぶやく。
「――助けに、行かないと」
「……それは何故だ?いずれ殺す相手なんだ、見捨てればいいだろう?」
口元が歪むのを知覚する。悪辣な笑みを浮かべているに違いない。
「労さずに殺せる、いや、勝手に死んでくれる!英霊も労さず始末できる!助ける意味なんて無い…むしろ助けに行くお前が――」
「でも!!見捨てるなんて私には出来ません!!」
「おい!マスター!!」
そう言って扉に走っていく。セイバーは霊体化し追ったようだ。
扉に手を置いたところでエリカは振り返らずこう言う。
「コーヘイさんがそんな人だなんて思いませんでした………!」
そんな捨て台詞を残して、行ってしまった。
「振られちゃったわね、マス――」
ライダーが俺の顔をみたせいか言葉をとめる。
何故なら、俺が――
「――クッ、ハハハハハッ!!!」
――笑っていたからだろう。
「こ、こんなに、想像通り反応するだなんて、ハハハッ、く、苦し」
「まさか、演技してたの!?」
「いや、思ったことは事実だが――安心した、あいつはどうしようも無いほど善人らしい」
まだ笑いが治まりそうにない。久しぶりに愉快な気分になった。
「まあ、ここまで笑わしてくれた礼はな、しないといけないな、助けに行かないとな」
「薄々気づいてきたけど、貴方って面倒くさい性格よね」
「そいつはお互いさまだ。それに――なんとなくだけど俺の願い、分かった気がするんだ」
……馬鹿は嫌いになりようがない。
*
――――――アリーナ
アリーナに侵入すればそこは―――まさしく地獄。
至る所から悲鳴、怒号が聞こえる。
ここから四面に広く設定されたアリーナに多くのマスターがいた。
まさしく阿鼻叫喚の渦の中。
ある者は今だ諦めず戦い怒号を響かせる、ある者はテュポーンに弾き飛ばされたのかダウンしたまま動かずサーヴァントに守られている者、絶望から戦意を喪失し泣き叫ぶ者。
サーヴァントが喰われ、マスターでなくなり消失する者。
隣に出現したライダーが俺に問いかける。
「見捨てるんじゃなかったの、マスター」
無意識に進んでいた足を止める。どう答えるのか確信しているような声色。
ならばこれはさしずめ答え合わせということか。
背後のライダーに答える。
「……なんて言うか上手く言葉に出来ないんだが、駄目なんだよ」
ここからは俺の独白だ。
「ここで……ここで見捨てちまったら、致命的なんだ……大切なもんがこぼれ落ちるって予感がするんだ」
俺は嫌いだ。対岸の火事から、川を渡って生きようと一生懸命逃げてきた人に石を投げつける奴らが。地獄を見てもなお眉一つ動かさないヤツが。あらゆる弱さを悪と断じるものが。
そいつではどうしようもないことを、努力をしなかったからだとか、自業自得だとか、対して事情を知るわけでもないくせに切り捨てる人間が嫌いだ。
―――ならば、ここで見捨ててしまったら俺は嫌いな人間と同じになる
「俺の好きな漫画の言葉を借りるなら『魂が折れちまう』気がするんだよ」
人間ってのは不可解だ。矛盾したまま生きていく。悪も善も抱えたまま生きているのだ。
悲鳴は絶えない。
エリカを見つける。アイツは諦めない者らしい。震える、おびえる自分を隠して立っている。――強くあろうとする人間だ。
「片っ端から助けていく。保健委員には過労死して貰うとしようや」
「じゃ、おとりが必要でしょう?―――命じなさい、マスター!」
「ああ、手を貸せライダー!!!!」
「ええ、任せて!!」
ライダーは馬を出現させ、風と共に空中を駆けていく。
真紅の剣を構え極大の一撃を放つ。
光線のようにでた赤い燐光がテュポーンに当たる。かなりのダメージを与えた用だが即座に修復されてしまう。
しかし、目論見通りにターゲットとなる。
俺は倒れた男を背負いながら叫ぶ。
「今俺のサーヴァントがターゲットを取ってる!!マスターが倒れてるヤツはマスター引きずって校舎に帰還しろ!!それ以外のマスターはそいつら援護しながら撤退しやがれ!!」
なに仕切ってんだよ、といった声も挙がるが――
「黙れェ!!!ここで全員死ぬ気かァァァア!!!」
そう叫ぶと隣に凄まじい勢いでナニカが来た。―――チャリオット!!
乗っているのは背の高いイ丈夫。
「聞けェェい!!英霊達よ、マスターたちよ!!我が名は征服王イスカンダルである!!此度はライダーにて召喚に応じた!!」
――イスカンダル!!っていうか真名を明かした!?
「ああ、このサーヴァントこれがデフォだから余り気にしないで」
というのは青年。苦労性なのがうかがえる顔をしている。
「こっちにそのマスター乗せて」
「ああ、すまん」
「助かる」
担いでいたマスターをチャリオットに乗っける。
「足が必要だろう手伝うよ」
「この余、イスカンダルはこの男の意見に賛同する!!!」
その号令はかなりの力を持っていた。
なにせあの征服王が自身のマスターでもないものに賛同したのだ。
この言葉を聞いて多くの者も動き始める。
――助け合うために
「なかなかのものだったぞ、小僧。――ではなッ!!!」
といいライダーは走り去っていく。各地を回って、倒れたマスターを回収して回っているようだ。
―――俺も手伝うか。
全てのマスターを助けるため走り出す。
主人公は対岸の火事をテレビで見る分にはなにも思わないが、実際に目にすると率先して助けに行くタイプ