Fate/EXTRA-Lilith-   作:キクイチ

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聖杯戦争:英雄と怪物

 

「ただの人間でありながら我が身を暴ききった貴様に敬意を表し、改めて、我が真名を聞くがいい!! 我が名は、我が真名は“アンゴルモア”!! “恐怖の大王”であるッッ!!」

 

 

 ライダーの明確な真名の名乗り。

 人類史に破壊と暴虐を示した存在があらわれた。悪意は底知れず、気を抜けば膝を着きそうになる恐怖が放たれている。

 

 しかし、“恐怖の大王”ときたか。“恐怖の大王”や“アンゴルモア”という単語は彼のノストラダムスの預言書に確認されるそれである。アンゴルモア自体、モンゴルとは別の存在をさしていたようだが。近世における恐怖と言えば、モンゴル騎兵という認識は世界共通のそれだった。

 チンギス・ハンが情報で有利を取るためにモンゴルの苛烈さ、さらには大ハーンたる彼女がどれだけ残酷かを広めていたのもさらに拍車を掛けたことだろう。

 攻めれば滅ぼされ、機嫌を損ねれば滅ぼされる。敵対しないよう周辺諸国はこぞって娘を送りつけたと言う。

 実際に裏切らなければ殺さず、使えるのならとことんつかう有り様も諸国を怯えた狗のようにこびへつらわせる一因だったのだろう。敵対しないうちは火が掛かることもないのだから。

 故に、彼女は生きていながら呪いを負うことになった。

 即ち、民はその恐ろしさ故に目を見ることができず、表情を認識したがらなくなった。ただ恐れ、敬い、畏怖し、そしてひれ伏した。いや、民だけではない。その配下すら、彼女の顔を頭に想起するだけで……体が恐怖でこわばるが故に、誰も目を見ることはなくなった。

 

 まあ、拷問に融けた金属を目に流し込んだり、疫病で腐った死体を投石機で敵対した国に放り込んだりする奴なので残念ながら当然とも言える。

 しかし、ヤツは“アンゴルモア”であってチンギス・ハンとは似て非なる存在である。チンギス・ハンの形を取っているのは、“モンゴル”と言えば彼女だった、ということだろう。彼女の決定と言われれば誰も逆らえないだろうし。

 

 さて、こうなってくると面倒なのは──“アンゴルモア”は俺の知るチンギス・ハン以上の能力を保持しているのではないか、という点である。

 

 言うまでもなく、“月の聖杯戦争”でチンギス・ハンを召喚した俺は彼女の宝具を知っているし、彼女の背負った呪いも理解している。

 

 “全てを灼き尽くす勝利の剣(レーヴァテイン)”、“神獣マニの祈りの弓”、という二つの宝具。それに加えて、彼女が“デュー”と愛称をつけて乗りこなす竜なんかもいる。

 

 だが、彼女に敵対するサーヴァントに影響を与えるほどの“呪い”はなかったはずだ。意図して出していなかったなら別だが。さらに言えば、“未来の”というべきかは分からないが、チンギス・ハンとして完成した彼女が保有していたスキル、ないし宝具なのかもしれない。

 

 スカサハは火々乃本邸で普通に彼女と会話していた。

 

 スカサハの強力なステータスダウン、そしてそれ以外のサーヴァント、アヴェンジャーには特に影響が見られない。

 何かしらの法則にしたがって発動するスキルなのか。

 俺の予測としては“ヨーロッパ、アジア圏の英雄に生物としての本能的な畏怖を抱かせるスキル”と予測した。

 モンゴル帝国はその名を世界に知らしめトラウマを作り続けた存在だ。

 

『男たる者の最大の快楽は敵を撃滅し、これをまっしぐらに駆逐し、その所有する財物を奪い、その親しい人々が嘆き悲しむのを眺め、その馬に跨り、その敵の妻と娘を犯すことにある』

 

 余りにも有名な一説。もはやこれだけでいかにモンゴルがアレなのか分かる。

 

 もはや宝具。何せサーヴァントのステータスに影響が出るほどだ。

 

 ──あそこまで、スカサハに影響を与えるソレ。ただのコーンウォールの蛇程度が抑えられるソレではあるまい。

 だとしたら、ソレにはまだ隠れたロジックがあるはずだ。

 

 しかし、今、結論を出すそれではあるまい。

 

 今行うべき行動。それは、戦闘か? 否。 スカサハがステータスを下げられ、目の前には二体以上のサーヴァント。

 脱兎の如く逃げるべきだ。では、その手段は?

 

「(ランサー。お前、宝具は使えそうか?)」

「(発動には問題はない。だが奴等、それを許すと思うか?)」

「(……許してくれそうにない。ははは、コレ詰んだわ)」

 

 感嘆には逃げられまい。攪乱の意味も込めて宝具でも撃って貰おうと思ったのだが、やはり帰ってきたのは苦い返答だ。

 

 対軍宝具としてランサーにゲイ・ボルクを撃たせたとしても、構えたあるいは放った一撃をライダーに無力化される。ランサーの宝具が破壊されたのを先ほど見ている俺達が使える手段ではない。

 では『死溢るる魔境への門』ならどうか。

 

「(()()()()()()()()()()()()()()())」

 

 開こうとした時点で門ごと破壊されると言う訳か。マジで詰んでる。

 何せ彼女のルーンで逃げようとしても、浮く──射殺、早駆け──騎馬であっさり追いつかれ殺害される。俊敏A+の騎馬持ちは伊達ではない。こうなれば、アヴェンジャーとライダーの関係をどうにかして割るか? 手段が思いつかないが。

 しらず、唾を飲み込む。たよりにした綱は全部引きちぎられた気分だ。スカサハを完封しうるサーヴァントはライダーだった……? ここまでくると笑えない。

 

 

 

 ──だが、一転光明があるとすれば。

 

 

 先程までの詰む理由は全て、ランサーが隙を作りきれないことに起因している。現時点でランサーはライダーを打倒し得ない。その上二体のサーヴァントと戦って勝てる要因などない。まして、隙を作るのは二体相手を押し返すだけの力を示す必要がある。今のランサーに出来ないならば───。

 

 そんな馬鹿げた思考を裂くように、

 

「ふむ。のう、エンジョウ?」

 

 真名を明かしてからずっとこちらと目してにらみ合っていたライダーが唐突に言った。

 

「なにかな、大王」

「貴様は儀式に必要な素材を欲していたのだったな?」

「しかり。だが正確には、母体だ。俺の魔術に必要なのは産み落とせる健康的な女性、そして強力な神秘に耐えられることが条件だ」

「ほほう。 であれば、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 怖気が奔る。言わんとする意味をいち早く悟ってしまったからだろうか。

 思わずちらりと、スカサハを見てしまう。悪意に満ちたライダーが何を提案したがっているか俺には手に取るように分かってしまうのだ。

 スカサハの顔は影になって窺えない。

 

「まさか、ライダーが俺の魔術の実験台になってくれるのか?」

「はっはっはっ、そんなわけあるまい。……ほれ、あそこをよく見よ。いるであろう? 貴様の求める条件に合致した女が」

 

 ライダーと炎浄の目がランサーを捉える。とたん外道染みた笑みを見せた。

 いやな予感的中である。

 

「なるほど。ランサー……確かスカサハといったか。ならば、母体としては申し分ない。()()()()()()()()

「くく、話の分かるマスターよなぁ?」

 

 思わず舌打ちをする。炎浄は乗り気、つまりライダーと共闘する関係を崩さない。関係が悪いならここで仕掛けても“様子見”という選択肢をとる可能性があったのに、その可能性は消えた。

 オマケに、むくむくと奴等の戦意が上がっている。

 

「まったく、マスターは。だが、どうやって捕獲するつもりだ、ライダー。あの女の戦闘力は伊達じゃない。手足を引きちぎっても良いのなら話は別だが?」

「ああ。そう言えば言っていなかったな。今、ランサーめは余の宝具によって大きく能力を阻害されているはずだ。この後に及んでも殺意を向ける余力があるとは流石、というべきか」

 

 やっぱり、宝具かよ。

 

 本当にまずい。本格的に打つ手無し。

 せめて、何かしら話でもして時間稼ぎを計れないだろうか。

 ──儀式、とは。何を差しているんだろうか。

 意味合いは見え透けているが、改めて聞くのも悪くないだろう。どうせ、嫌がらせになるのなら喜んでしゃべってくれるだろうし。

 

「──儀式、だと? お前ら、さっきから口にしている母体とは何だ。一体、何をやらかす木だ?」

「ああ。そうか、お前が知るはずもないか、火々乃。君はどうせ死ぬのだから関係ない……と言いたい所だが、」

 

 にたり、と粘ついた悪意ある笑みを深めた。

 だろうよ。お前はそこまであくどくなかったと思うが、周りがthe 悪って感じするし。朱に交わればなんとやらというしね。

 俺とバカやった男はもう死んだということを改めて実感して安心する。

 だから前置きしてんじゃねぇよ。さっさとしゃべれってんだ。

 

「俺には会いたい相手がいる。その相手を産み落とすために母体が必要なんだ。」

 

 あっそう。くそ興味もネェ(鼻ほじ)。

 

 ………今、産み落とすって言った?

 あいつ今、産み落とすって言った?

 

「……………まさかとは、思うが──母体ってのは、母親にするっていう意味か?」

 

 ナニカの依り代にするとか、そういう意味じゃなくて?

 そういう意味じゃなかったら……うっそだろお前。

 

「ああ。そうだ。」

 

 炎浄は肯定した。

 ………もう、やだ。何が悲しくて親友の顔した奴からこんなことを聞かなくてはならないのか。

 

「じゃ、なに? お前、()()()()()()()()()()()()()ってこと?」

「うん? まあ、そういう意味だ。」

 

 思わず顔を手で覆って天を見上げる。

 

 ……ああ、神よ。なぜこのような試練を与えたたもうたのです。

 

 空気が重い。あっちは軽そうだけど、こっちはめっちゃ重い。振り返れないよ、俺。

 孕ませるは、ないだろ。もっとましな、ましな言語あるだろ。

 どんな顔して振り返ればいいの?

 

 いつもの俺ならさ。“ぶはははは! よかったなぁランサー! お前にもついに貰ってくれる奴が現れたぞ! ふはははは、ババア大勝利! あはははは!”と大爆笑してスカサハの様子を愉悦するところだというのに、さすがにシリアスが重すぎてそんな余裕がないので重い変な空気が漂っている。

 つーか、なんか言えよランサー! お前が勇者になって、俺が感じている変な空気切り裂いて!

 

 いや、ふざけている場合ではないか。

 

 

 ──ランサーを逃がすか?

 

 

 母体と彼は言った。ならば、孕ませることではなく生まれてくる存在にこそ奴は重きを置いている。つまり、今の炎浄にとっては、女は性能の良い試験管程度のそれなのだろう。

 問題は、何を産み落とさせる気なのかが気になるが、そこまでは教えまい。

 なら、ランサーは逃がさなくてはならない。奴に利用されるなど、感情も道理も、否定する。

 俺の生存は大局に影響を与えない。勝利を見据えるなら──切るべきは俺だ。ランサーが何も言わないのは、俺の判断待っているからだろう。

 彼女自身も、気づいてしまっているのだろう。 逃げられるとしたら、自分一人だと言うことぐらい。いや、普通じゃない今の彼女の精神状態なら……()()()()()()()()()()などと考えかねない。

 

 ライダーは笑みを深めつつ、真紅の剣を握り威圧してくる。

 “逃げないのか”と言っているようで、あるいはそう望んでいて、こちらにその手段がないことを奴は、見抜いている。そして、彼女は告げるのだ。

 

「待てよ、エンジョウ。少し戯れがしたい」

「ハ。どうぞ? ランサーの捕獲にはアンタの力が必要だからな」

「くく。すぐ済むさ」

 

 ライダーは俺を改めて見下ろして告げた。

 俺達の心を折るための言葉を、戯れとして彼女は吐き出す。圧倒的に有利な状況で、相手が提案を呑まざるを得ない状況に追い込み、頷かせる。

 

「余に下れ、ヒビノコーヘイ。そこの雌犬をかばう意味ももはやないだろう。」

「…………………」

「そなたの沈黙は雄弁だな、コーヘイ。」

 

 しまった。黙ってしまった。コレはまずい。

 

 ──ランサーを捨てれば、俺は生き残れる。生命の保全を行える。

 

 一瞬、恐怖が消えてしまった。今、ランサーを捨てれば──

 

 考えるな。聞くな。奴は、人間という生き物を理解した怪物だ。

 

「ただ余に下れと言っているのではない。余がそなたをマスターとして認めてやろう」

「…………………」

「ナツキは余が殺してしまったのでな、マスターには空きがある。ふふ、メイドを殺した云々で余にかしずけぬなど、珍妙なことを抜かすなよ?」

「…………珍妙だと?」

「珍妙だ。その程度の些事考えるにも値しないだろう、コーヘイ。そなたは、もとよりこちら側、“悪”そのもの。そこのランサーをサーヴァントにしておくなど、そなたが苦しかろう?」

「……苦しい?」

「ああ、苦しいはずだ。善と悪は交わらぬモノ。悪を否定し、そなたをランサーは否定する。そなたの積み上げた人生が、否定されるのだ。故に、反発したのだろう。余は、そなたを否定せぬ。むしろ肯定すらしよう。今生の破綻者よ。

 そなたが望むのなら。マスターが望むのならば。()()()()()()()()()()()()()

「……戯れじゃなかったのか、ライダー」

「──余は本気だ。だから、その女とは手を切れ。そなたは生き残り、勝利する。そなたが望むのはこの自体の解決のみ。ならば、分かるな?」

 

 ライダーはぶれず、俺を見つめる。

 炎浄は事の成り行きを愉快そうに見ているが、礼装を起動しているあたり警戒をしているようだ。アヴェンジャーは言わずもがな。

 彼らの態度からもライダーは俺次第で彼らとは手を切るつもりというのは本当だと分かる。

 ライダーの協力が得られるなら、いy、

 

 

 ───戯れだ。本当にただの戯れだ。

 

 

 奴の言葉に嘘はないと信じられる。

 だけど、俺は、ライダーの手を取れない理由がある。

 

 

 

 ──振り返って、ランサーを見る。

 

 

 

 ……なんという顔をしやがるのか。

 何故か彼女は俺に“考え直せ”と声を掛けることも態度に表すこともない。

 彼女の表情にあるのは、ただの諦観だった。

 

 ……やりやがった。

 この女は、現状をよく理解した上で、その態度をとっている。つまり、“お前が私を売ったところで、私はお前が裏切ったとは考えない”という表示だ。

 俺の誓約は破った扱いにはならない。

 これが、サーヴァントとしての矜持とでも言うつもりか? だったら非常に腹正しい。

 

 つかつかと彼女に歩み寄る。

 奴はじっと俺を見据えていながら──諦観の瞳を向けてきた。

 

 

 ……どいつもこいつも俺を、馬鹿にしている。そして、誰も俺事を理解していない。

 虚しいにもほどがある。

 

「なぁ、ランサー」

「………なんだ? お前がどんな結論をだそうと私は恨ま──」

「いやそういうのいいから。

 俺はお前を裏切らない。君が何を言おうと、俺はオレだ。それは変わらない。

 ああ、そうさ。ライダーが言ったようにな。俺はお前を嫌っている。俺は悪故にお前を嫌わねばならない。俺は臆病で、勇気など毛ほどもない。君が嫌うべき人間だ。故に、君とは相容れない。

 俺達は絶対的な平行線だ。

 でもね。俺は、君が思っている以上に自分が嫌いなんだ。こんな手段しか選べない自分が、嫌いなんだ」

 

 助けたい。そう思いながら何度も人を殺してきた。

 誰もを救いたいと言いながら、多くの人間を始末した。

 人を愛していながら、俺の末路は人を殺す怪物だった。

 殺したいほどに、俺は自分を憎んでいる。

 誰も憎めないから、自分を憎むしかなかった。憐れ、愚か、劣悪。どれも俺の代名詞だ。

 

「俺は、悪ではあるが必ずしも悪を容認したわけじゃない。最良を行った結果が“悪”そのものだったというだけだ」

 

 救済願望などに踊らされ、無様をさらした“月の聖杯戦争”を思い返す。あの日完全に俺は人智の及ばぬ怪物へ変貌する未来を獲得した。

 

「俺は考えなしに君との関係を見直したわけじゃない。───剣を貸してくれ。君が俺をこてんぱんに殴り倒した、あの赤い剣だ。」

「……お主は何をするつもりだ。」

「俺は、俺が嫌いなんだ。俺はオレが許せない。それを促進させるお前は、俺にとっての苦痛だ。」

 

 嫌悪は、誰にでもある当然のもの。比較の先に現れる自己否定の呪い。

 

 告げる度に腹の中をうねりまわった獣は、いつの間にか消えていた。

 

「俺は己の“悪”を許せないんだ。」

 

 結局、ぶちまければ単純な理屈だけが浮かび上がる。

 今、この瞬間。俺はある種の開放感すら得ていた。怒りもいまや何処かに行った。

 

「“誇りがない”と、君は俺に言ってしまったんだ。事実、俺には誇りがなかった。……自身を否定し続ける奴に誇りなどあるはずもない。一銭にもならない誇りなど抱いて何になるのか。」

 

 かつてを思い返して笑う。お互い、あのときは上っ面しか見ていない。彼女は俺というパラメーターリストを見ていて、俺は彼女を兵器としてしか見ていなかった。

 なるほど。これでは永遠に平行線。嫌いあったまま何も変わらない。停滞だ。

 

「俺は、俺の人生を誇りたい。生きたいんだ。生き抜きたいんだよ、俺は。」

 

 その結果が怪物だったとしても。

 その末路が何も変わることがなかったとしても。

 

 さて、以上の言葉をもって彼女に問いただすとしよう。めちゃめちゃあくどい笑みを浮かべて、お前の考えはお見通しだと言わんばかりに笑う。

 

「──“試練”は合格か?」

 

 その言葉に、彼女は今までの能面ぶりを崩して破顔した。

 

「ふっ、ふふふふ……なるほど、そうくるか。そうだな“合格”だ。ふふ」

 

 俺の思惑が分かったらしい。これで彼女は俺に全面的に協力せざるを得ない。これで彼女の諦観を“試練”という嘘で書き換わったことになる。さきほどのやりとりはすべて彼女の“試練”であり、俺はそれに応えた体裁をとった。これは、一つの光明、この状況の突破口だ。

 それにランサーは思い至って笑ったのだ。

 

「お前が諦める姿があまりにも似合わなかったんだよ。どうせこの状況を使って俺を見定める気なんだろうなってね。それとも、じつは本当に諦めてた?」

「ああ。正直、私を選ぶとは思わなかったな。」

「……勘違いすんな。あくまで俺は──」

「分かっている。私が魅力的で忘れられないんだろう? 胸も揉まれたしな」

 

 性悪すぎるこの女。魅力的ではあるが、年増なのがネックだ。5000年くらい前なら惚れてたかもしれん。

 

 ランサーから差し出される剣を受取る。

 この剣を俺が使いこなすことは出来ないだろうが──もとより、俺は武器を選ばない。

 軽くもてあそべば、()()()()()()()()()()()()()()使()()()()()()()

 

 振り返って改めてライダーを見れば、いつも快活な笑みを見せていたライダーらしくない真顔。誘いをのろけで返してやった。上から目線過ぎて腹立ってたし、ざまぁ。

 

「──せっかくの誘いだがな、ライダー。悪いが俺はランサーのマスターであってお前のマスターではないし、ならない。テメェが、どんな魂胆でそっちについたかなんてどうでもいい。」

「貴様、状況が分かっているのか? 貴様、死ぬぞ?」

「んー、そりゃ3分前までの事実だ。今は違うな。ってなわけで、どうお前が抜かそうと下る気は無い。以上!」

 

 二刀流というのも久しぶりだが、少し興奮する。ルーンが仕込まれているからオレには使いこなせないだけで、双剣を扱う技量・経験は深めれそうだ。

 赤を右に、黄を左に。

 

 それぞれの感触を確かめながら、ライダーに切っ先を向ける。

 

「……交渉は決裂か。余は残念だ。」

「やーい、フラれてやンのー!」

「ははは、雑竜。余の機嫌が悪ければここで首を飛ばしていたぞ」

「……で、戯れでフラれたライダー。正気とは思えないが奴等やる気だぜ?」

「──男の快楽とは敵を撃滅し、これをまっしぐらに駆逐し、その所有する財物を奪い、その親しい人々が嘆き悲しむのを眺め、その敵の妻と娘を犯すことにある。貴様はランサーを捕獲して陵辱の限りを尽すがいい。あの男は余が犯す」

「わかった、大ハーン。君に従おう。あの母体を手に入れられるのならばこちらに損はない。アヴェンジャー、殺さない程度にいたぶれ」

「手足はもいでも良いな?」

「ああ、構わん」

 

 こっちは構う。何勝手に人を切り分けようとしてんの?

 

 ライダーは真紅の剣を馬上で構え、アヴェンジャーは竜の腕を発現させる。炎浄は礼装を起動させて──俺達の周辺には黒い人狼モドキが集結した。

 

 しかし、勘違いしている。何故か彼らは──俺が炎浄コンビを、ランサーがライダーを相手にすると思っている。

 俺をまだ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「さて。()()()()()()()()()()()。君は、さっさとアヴェンジャーとそのマスターを倒せ。殺して構わん。あー、だが気をつけろ。炎浄の礼装は霊体殺しだ。軽く触れることすら致命的だ」

「ふふ。他の男に触れられて欲しくない、ということか」

「からかうな。本当にしゃれにならん威力の礼装だ。お前が倒れたら勝ち目が速攻で消える」

 

 

 ──息を呑む。呼吸は、もう整えた。体に気力を充填させる。

 

 剣を起こし、体を前傾に。

 

 

 刹那。

 

 

 ランサーが上に飛ぶ。空には真紅の魔槍が共に浮かび魔力が込められていく。

 ──つまり、宝具の発動。

 

 

「──馬鹿め」

 

 ライダーは弓を構え、矢をつがえる。もはや、読んでいたとばかりにランサーが飛び上がった瞬間に矢をつがい終えていた。その速さには舌をまく。

 次の瞬間、オーバーヘッドキックで槍を蹴飛ばす前に矢が直撃するだろう。

 だが、真紅の剣を消してしまったことが致命的な隙だった。

 

 

 馬下に滑り込み、馬の首を剣で突き刺し下に退いて切り落とす。

 

 驚いた様にライダーがこちらを見る。そして俺は黄剣を突き出し──馬上に座るライダーの心臓目掛け飛びかかる。

 

「───なにっ!?」

 

 ライダーが驚いたのは、馬が斬り殺されたことでも、俺がライダーを狙ってきたことでもない。彼女は──()()1()5()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ことに驚いたのだ。

 

 即死を狙った剣は、ライダーが弓を引き戻して受けることで、甲高い金属音とともに防がれた。しかし、彼女を馬上の上から落とすことに成功した。これで何倍にもやりやすい。

 

 そして我らが頭上には魔槍の輝きがある。彼女の狙いは──、

 

「『蹴り穿つ死翔の槍(ゲイ・ボルク・オルタナティブ)』!!」

 

 一直線に炎浄へ迫り分裂。幾多の槍へかわり無数の槍を降り注がせた。

 

 槍の雨を炎浄は防げない。だが、彼の間にアヴェンジャーが割って入り──そのまま爆風の中へ消えた。

 しかし、どうやら

 

「ふむ。儂の槍を防ぐ手段を本当にもっていたとは驚きだ。可愛い強がりかと思うておったが、なに、少しは楽しませてくれる」

「お前、今ステータス駄々下がってんの忘れてない? そんなに暴れたいわけ?」

「…………………」

「忘れてたな、このババア」

「覚えたからなその言葉。あとで蹴り殺してやる」

「そりゃ、お互い生き残ってからの話だな」

 

 爆炎の中から出て来る、片腕のないアヴェンジャー。そしてその後ろから銀の触手を蠢かせて現れる炎浄。

 ライダーと言えば、剣に炎を這わせて──手加減する気はないらしい。

 未だ勝てるか分からない戦力差ではあったが、勝ち目は出てきた。

 

 ──んじゃあ、反撃と行こうか。

 

 

 




「...随分な張り切りようね、マスター」
「許せ、ライダー。俺にもまだ、願望が残っている。救済は既に叶わなくとも。オレが人でなくなってしまったとしても、無くしたくないものがある。オレの願いが残っている」
「――そなたの願望を余は否定しない。でも嫉妬はするわ。...一つ、そなたに呪いを残そう。」
「...なんだ?」
「――愛している。」

それは、卑怯な一言だ。
この一言で、ヒビノは彼女の期待を裏切れなくなった。

【End:別れ】

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