Fate/EXTRA-Lilith-   作:キクイチ

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日常:地獄

 

 

 日が頂点に昇る前故に、空気は冷ややかに。

 されど体は熱さを訴え、全身から汗を流す。

 だが心は、恐怖に怯え今にも固まりそうだ。

 その原因は目の前に、赤塗りの剣をもって佇んでいる。

 しかして隙はなく。

 まさしく完璧とすら感じる武勇がそこにあった。

 

 

 ──外に出て彼女に連れてこられた場所は近くの竹林だった。

 

 そこにつくやいなや“ぽいっと”何かが放られた。慌てて、それを受取るが意外とずっしりときたので取りこぼしそうになった。

 

『ほれ。お前の武器だ。』

 

 ──それは、黄色く塗られた剣だった。両刃剣に近く、どうも素材は木で出来ているようだ。刃にはルーン文字、だろうか。何か文字がほられていた。

 

『これは?』

『お前の臨時の武器だ。振ってみろ』

 

 スカサハに言われ、軽くブンブンと振ってみる。重いが──それなりにしっくりくる。どういうわけか、俺のクセにそった造りになっているようだ。

 制作者がスカサハだからだろう。俺の戦い方を知っているからこそ、ここまでイイモノを作り得たのか。ああ、そこらの名剣にも劣らない。どうも、『重い』剣だ。

 いつもの(武器)はライダーに消し飛ばされたし、スカサハとの戦いで紛失したから何処にも無い。

 

『──ふん。意外に様になっているが、まだブランクが残っているな。お前が怠けた二年は簡単には取り戻せん。』

『……取り戻す必要があるのか?』

『あるさ。一瞬とはいえ、お前は私に迫る剣技を見せた。なら、お前はそこへ至る剣技をもっていたことになる。』

 

 それは買いかぶりだ、と言おうとしたが。出来ない事を指示する女でもない。スカサハは俺の才能を見抜いた上で指示しているのだろう。正直、そこまで実感はない。どうせなら過去に師事したかった。今の俺は“ロット王”と習合している。

 純粋な、俺の力と言えるか分からない。

 

 

 ──ということを考えて居たころも在りました。

 

 

 始まった鍛錬では、もうびっくりするほど素速い動きで責め立ててくるのだから笑えない。こっちの迷いなど知るかとばかりに容赦なく剣が振われた。

 どうもサーヴァントクラス程度の威力はあるらしく、剣が振われる度にかなりの剣圧が走ってくる。まあ、相当力は押さえているようだが──俺には致死級である。

 

 で、今に至るというわけだ。

 

「どぅわっ!?」

「ハッ──あれだけ調子いいことを言って逃げ回るだけか! ヘタレ!」

「誰がヘタレだ! ってしまった!? 思わず──」

「気を抜いたな──死ね」

 

 足をもつれさせ、踏ん張るために止まってしまったのが運の尽き。後ろから追ってきたスカサハが剣を振り下ろしてきた。

 が、計画通り。

 踏ん張るのと同時に腰を入れて剣を突き出し、振り下ろされた剣を巻き上げ弾き飛ばす。

 

 その技に──驚くでもなく、彼女は笑みを深め、

 

「甘い―─!!」

 

 剣にルーンが浮かんだと思うと剣が勢いを持って降ってきた。光線もかくやという速度、稲妻のような軌道を描いて迫ってきたが、弾き返す。

 弾き返された剣をスカサハは掴み──斬り合いが加速する。

 

 こっちの隙を的確に撃ち込んでくるが故に、何度も防御を崩される。だが逆に言えば、何処が隙に成っているのか、体で理解してしまう。

 普段使っていない筋肉が痛みを訴えるが、止める気はなかった。

 

 拮抗する一瞬にフェイクの隙をつくってヤツの攻撃を引き込む──早すぎてカウンターを仕掛けることが出来ず、防御に回る。

 距離を取るために蹴りつけるが、うち流され開ききらない。そして風に身を任せているのではないかというほど、軽やかに動き回る。

 

 まるで獅子を相手にしている気分だが──あれ、獅子って猫科じゃん。だめだ。アイツはイヌ科だ(迫真)。異論は認めるが雌犬と罵りたいのでイヌ科で!

 

「……何を考えている。お前にそんな余裕があるのか!」

「ああ、在るね!」

 

 全身をバネにして地面を跳ね飛び一気に跳躍する。自分より素速い相手に跳躍などバカがすることだ。なにせ跳躍は直線。ならば──何処に足を付けるか予測できる。

 彼女は追うより易しと、剣を投合する。

 

 ──それが、ヤツのクセ。

 

 後ろから追って斬りつけることも出来るだろうがより勝率の高い投合を試みる。着地地点とみた竹に、そこに着地しようとする俺に向って剣はまっすぐ迫ってきた。

 

「ぐ、うおおーーー!!」

 

 体を縮め、飛ぶための準備を行う。足下に剣を軽く固定し──瞬間的に竹までの距離を縮め剣が竹に触れるのと同時に体を跳躍させる。剣は突き刺さり、竹は大きくしなる。が、そこに俺の姿は既に無く。

 着地した俺に刺さる予定だった剣を掴み──慣性に合わせて大きく振りかぶる。

 

 俺の身体は凄まじい速度でスカサハへ迫り、彼女を斬りつけ、

 

「────悪くない。が、無謀だな。私は最速の英霊として呼ばれたのだぞ?」

 

 斬りつける直前にそう、彼女は呟いた。

 

 そっからは世界が謎のスローモーション。

 あとミリ単位でスカサハにたどり着く刃──より早く。

 ごう、と俺の放つ振り下ろしよりはやくスカサハの蹴りが迫ってきた。美しさすら覚える足の軌跡が俺の腹を捕らえ、痛みを感じる間もなく大きく吹っ飛ばされた。

 

 

 だいたい十メートルくらい、どたどたと地面を転がっていく俺。

 蹴られた腹は激痛を。打ち付けた頭も激痛を。転がった頭はさらに激痛を。

 

「かはっ───っ!」

 

 痛みに悶えるよりはやく、足の振り下ろされる。主に顔面つぶしな方向で。

 受けると死にかねないので、体を転がして無理矢理起きるが──バランスが崩れた俺の腹を打ち抜くランサーの蹴り、

 

 ──受けると死ぬ。腹がひしゃげ、内臓出血で死亡する。

 

 そんなビジョンが頭の中に浮かび、それを回避するために──意地で踏ん張って、スカサハの足を肘で打ち払う。

 打ち払われたスカサハは、その場でくるりとまわって止まった。

 

 首の後ろがちりちりと痛む。死の予感がさっきから消えない。

 常に殺される可能性が頭の中で跳ね回る。

 

「──、及第点だ。これで試練は終了だ。お前にしてはよく持った。」

「げほっ、……お前さぁ! ちょっとは手加減しようとか思わないわけ!? マジで三回くらい死んだと思ったぞ!?」

「生きてるから問題無いだろう」

「問題大ありだ!」

「ふふっ。確かに少し精が入りすぎたか。──なに、昼食はそれなりに豪華にしてやる。」

 

 俺は飯でつられるほどチョロくはないが、戦闘が終わるのと同時に腹の減りを自覚したので不満は口にしない。不満を口にしている途中でお腹がなるとかなり恥ずかしくて死ねる。

 

 

***

 

 

 軽くシャワーを浴びて汗を流した後、スカサハが料理を作っているのを横目に見ながらテレビに流れるニュースを見る。

 

 ──未だ、行方不明者はこの赤海町でも増え続け──

 

 久しぶりにこの町の情報が流れていたので注視する。

 “集団失踪が起きて──”、“不明者は38人を──”、“うち13人は小学生の子供で──”

 “二日以前の殺人事件の殺人鬼は未だ見つかっておらず”

 

 だいたいこれくらいか。

 視界を打ち切って、スカサハに向けると既に調理を終えたらしくテーブルの上にはイタリアンな料理が並んでいた。

 ニンニクの食欲をそそるニオイが立ちこめる。空腹も限界に近かったのも相まってか、より美味しそうに感じられる。

 

「いただきます」

 

***

 

 

 浮かぶ月は二つに増えたが、昼間に観測出来るのは一つの月だった。当然真っ黒。黒い月はいつまにか浮かんで空にポッカリと穴を開けているようだった。

 しかし、これまた興味深く。

 あの黒い月であるが、実は大きさはそれほどでもない。まあ直径はこの町と同じだからだいたい五キロくらいだ。いやまあ、かなり大きいし、落ちてきたら大変だ。どうも常に浮上し続けなお高度を上げている。高度が上がれば上がるほど膨張し……月に近づいているというものらしい。かつて“影の月”があった軌道上にまで浮上し、ソレと同時に世界終了のほらが鳴るというわけだ。

 恐らく期限は長く見積もって7。最短で3日。

 人類の滅亡は足音を立てて近づいている。

 

 ま、それはともかく。

 

 昼下がり、午後を越え食事を終えまして現在ぶらり旅である。いや目的はあるのだが……なんで俺は乗り物を持ってきていないのか。ま、こっちは墓参りくらいにしか来ないから仕方ないないちゃあ仕方ないのだが。

 とかく、眩しい日差しを受け続けるせいで汗だくになりながら行軍している。初夏とはいえ少々熱すぎないか?

 ちらりとスカサハに視線を向けてみると、汗一つかかず涼しい顔で歩いている。

 

 さて、そんな熱い中何故出歩いているかといえば。

 彼女はどういうわけか人の服を戦闘服の代わりに着て過ごしていたわけだがいい加減俺も気になっていたのだ。彼女なら自分で新しい服を作れるだろうし作ればいい。されど一向に作ることもしない。

 ──ぶっちゃけると、かなり目に毒なのだ。

 俺と身長が五センチ程度離れているとはいえ、だいたい同じであるから流用しても合う、というのはわかる。だが、やっぱり一部分の差が明瞭になっていてなかなかテロいことになっている。こうただでさえ男の体に合うよう設計されているので、彼女が着こなすと必然としてぴっちりと肌に張付くようなものなのである。しかも揺れる。すごくえっちぃ。というか、この女は今下着付けているんだろうか? いや付けていると信じよう。うちに女物はないが。

 これでも俺は男。揺れるものには目が吸い付けられてしまうのである。今朝の鍛錬のときも──思い出すのよくない。とにかく毒だ。コレばっかりは認めざるを得ない。認めなきゃ前に進めない!(勇者感)

 

 なので連れ出して近場のショッピングモールに連れてきているわけだ。

 ショッピングモールと言うだけあって、多くの種類の店が集まって出来ている。ここでなら無駄にセンスの高そうな彼女が気に入るような服もあるだろう。

 ブティック前にサイフを持たせて放置すれば、それなりのものを見繕うことだろう。まあ、日常生活に見合ったものなら特に言うことはない。

 俺はファッションセンスがよくないので彼女自身で選んでくれるほうがいい。

 

 目的のレディース系の服が並べられている一画についた。

 

「──というわけだ。せめて淑女な服を頼むぞ、ランサー。ほれ、俺のクレジットカード。資金に余裕はあるから……」

「おや、お前が選んでくれるものだとばかり。さては気恥ずかしいのか?」

「そりゃ気恥ずかしい。気づいた上で言ってるんだろうがさっきから衆目を集めっぱなしだ。そばにいる俺の気分にも気づいて欲しいね。」

 

 絶美、ここに極まれりな女を連れている。邪な目もあれば、感嘆を隠さぬ目もあって少々居心地が悪い。

 ところどころでこの女とセットにされて囁かれるのがさらにダメージ。このままでは俺は撃沈してしまいかねない。

 

「……とはいえ。今のお主には何か用事があるのか? お前を待たせるのも悪い。」

「いや、これと言って用事は──少年ジャンフを買うくらいか。あと熱かったから下のフードコートでアイスクリームでも──」

「ふむ、暇か。」

「いやいや。お前に付き合う気は無い。……自慢じゃないが、俺は余りセンスが良くなくてね。俺に出来ることは荷物持ちをしてやるくらいだ。」

「衣服を単色系しか揃えていない時点で気づいてはいたが、それがどうした。まさかとは思うが、──私のことはお前の好きな漫画雑誌以下か?」

 

 これまた難しい問いを放り投げやがって。いつもなら、そうだ、と言い切ってしまえばいいがこのスカサハとは誓約を交わした以上嘘はつけない。漫画のほうが好みではあるが、彼女と比べる意味が無い。具体的に言えば、大きさと速度を比べる並に意味が無い。

 

 返す言葉を考えながら、スカサハの目を見続ける。

 が、黙っていたのが悪かったか。彼女はさらに問いかけてきた。 それも寂しげな声で。

 

 

「私には魅力を感じない、か?」

「──それは違う。俺が言うまでもないが、君は素材が良い。漠然とは思っていたが、一度くらいは着飾ったお前を見てみたい。」

 

 いかん、つい本音が! いつもの王者然とした彼女を見ているが故に仕掛けてきたと気づいたが、さっきの問いは引っ掛けだ。わざと寂しげな声で言うことで興味を引き、思わず本音を口走ってしまうように(善性が勝手に口を開くように)仕向けやがったのだ。剣技でいう“誘い”、あるいは“引き”という隙を会えて作って撃ち込ませカウンターを仕掛ける技術の会話版! この女、できるッ!

 

 しかーしッ! 俺とて女性関係は割とデンジャーな修羅場をくぐった男ォ!!

 この程度のジャブ! 通じない! カウンターを仕掛けるつもりのヤツにはラッシュをし替えれば良いと孫子もたぶん言っている!

 勝利とは、俺を関わらせないことだ。

 ──カウンターが機能しないほど責め立て、勝利する! なんかフラグっぽいけど!

 

「と言っても、お前は何を着ても似合いそうだ。上品な白も、蠱惑の黒も。なるほどお前の美しさを引き立たせるそれでしかない。故に俺の意見など必要あるまい。

 ──それに、艶姿というのは改めてみればこそ、より一層美しく映えて見えるもんだ。楽しみは最後まで取っておきたいんだ、俺。」

 

 非常に恥ずかしいものいいをしてしまった感はある……というか殆ど口説き文句になっていたが、ここからフェードアウトを決めるには絶好のタイミング。

 論理は完全に上手く成立している。ここまで言えば彼女も引くはずだ。というか、無理矢理連れ込む理由もないはずだし。

 “それじゃごゆっくり”とさよならを決めようと、翻すが──

 

 ──腕を取られた。手を握られ、“あれなんかしっとりして柔らかい”とか感想が頭をよぎるよりはやくサーヴァントのもつ力強さで固定される。

 必死で抵抗するがびくともしないというか胸を押しつけるな……!!

 

「……おい。ちょっとはなして貰えますか、スカサハさんっ……!」

 

 聞く耳持たず、ずんずんと大の男を引っ張ってレディースフロアに引きずり混まれる。

 どんな世辞を述べようが基本無反応なこの女であるが、何故か──見るものが見れば見惚れる笑み。──背筋に悪寒。なにが、とは分からないがイヤな予感しかしない。敗北フラグがスタンバイしている。

 

「いらっしゃいませ。何かお探しでしょうか?」

 

 ずんずんと進んで、こちらの様子を窺っていたのだろう女性店員の前まで連れて行かれる。一体何をしやがるつもりなのでしょうか!? 全力で抵抗しているが本当に腕が動かない。誰か、誰か助けて!

 気分は魔物に喰われる民が如くである。

 

 女は艶やかに笑って、言った。

 

「私の彼に、綺麗な姿を見たいとお願いされてな」

「ぶほっ、はいーー!?!?」

 

 今、“私の”って枕詞が尽きましたが!?

 コイツ、一体何を!?

 

「いや、違う、違いますよ店員さん。俺と、コイツはそういう中じゃなくてですね……!」

 

 店員さんは笑いを堪えているし、スカサハにいたっては今回初めて見る優しい笑みである。こう言う形では見たくなかったな、俺!

 しかし、そこで察する。

 先程までカウンターと思っていた一撃はフェイクで。

 こっから彼女の独壇場。マウントを取られ、こっからはずっとスカサハのターン。永遠にからかわれるのだと察した。

 

「いやいやいやいや!彼女はその、俺の……」

 

 なんだ、何て言えば正解だ!? 頭を回せ、今まで学んだありったけの言語と語彙力は、今この状況をくぐり抜けるために使え!

 そうだ!

 

「俺の遠い従姉のようなもので、そう姉みたいなものなんですはい!」

「コウヘイ……そうつれないことを言うな。さっきあれほど綺麗、美しいと言ってくれたではないか? ん?」

 

 確かに嘘ではないが、ニュアンスが違う! 俺はスカサハの性能を褒めたのであって、恋人に投げかけるように口説いたわけじゃない……しかし、既に周囲はそう思っていないようだ。

 なにぶんスカサハが甘い雰囲気を口はしから醸しだている。その真贋を周りは見抜けない。包囲網は既に組まれ、俺は羞恥にこがされる。

 

「綺麗な方ですね。モデルさんでもここまでのお客さんほどの方はいらっしゃいませんよ?」

 

 なぜ、それを言う!? “自慢の彼女でしょう?”て言われてる気がするんじゃが!?

 

「た、確かにそれは俺も認めるところです。何処に出しても綺麗だと口々に言うでしょう。でもそれとこれとはまた別で、俺と彼女はそう彼とか彼女とかそういうことではなくて、」

 

 混乱はさらに呼び水を呼び、羞恥に沈みかねないが、とにかく激しく否定する。

 いや、彼女の性格はアレだが、プロポーションは言うまでもなく俺の好みだし器量もいいからそういう彼女がいればいい的なことは思わなくもないが、実際彼女じゃない。

 しかし、俺の混乱をよそにスカサハはさらに現実をぐちゃぐちゃにかき回しねじ曲げる。

 スカサハは面白半分にすり寄ってきて、

 

「なかなかどうして愛いやつだろう? 私に一途な恥ずかしがり屋でな」

 

 身元でそうささやかれる。今までの仕返しか、からかうことに全力だった。こっちはたまったもんじゃない!

 

「誰が、お前にっ!?」

 

 心臓がばくばくと鳴りっぱなし。顔は赤く、耳まで赤くなっていた。

 

「人がいないと積極的なのに、誰かに会うとやれ年層だの、似合わないだの言ってな、それはそれはつれないこと言う。

 故にな、一つ私の魅力を見せつけて一番綺麗な彼女と言わせたい」

 

 よくも思っていないことをべらべらといえたものである。

 どれだけ周囲を索敵しても、この状況を乗り越えられる手段は見当たらない──知り合いにこの状況をみられたら悶絶死する予感がある。

 

 スカサハに視界をもどせば、間近でそれはもう融けるような極上の笑みを浮かべている。

 

「私はどこまでもお前に答えるぞ……? お前の好きにしていいのだぞ?」

「ちょ、いや、その言い方は酷い誤解をひきおこし──」

「……そうだな。言葉より行動で証明してもらいたいな、私は」

 

 いつもの無感情さと比べてしまうせいか、それはもう破壊力がある。

 足下が突然粘性を緩めてぐにゃぐにゃになってしまったよう。

 切なげな目をみれば、もはや誘惑にちかく。

 されど店員からすれば、俺が先に誘惑して、スカサハがそれに応えているように見えるだろう。

 

「でしたら、今年の春夏で素敵なものがありますよ?」

「そうか。お勧めのものはあるか?」

「はい。最近の流行ものからちょっとしたアクセサリーまで幅広くありますよ?」

 

 よし、話題がそれた!

 今のうちに脱出を──!

 

「コウヘイ──」

 

 手をほどくことすら許してくれないようだ。俺の精神は危険信号の赤で染め上げられている。というか、なにげに名前を呼ばれるだけで、髄が甘く痺れるような──忘れていたが、こいつも魔性の類いだった。

 いい加減いつもの生気の無い顔で“冗談だ”と言ってくれれば──今後一生を掛けて奉り敬愛しても良かったのに。

 現実は非情である。

 

「ほら、俺はここでま──いや向こうで待ってるから。」

「それは困る」

 

 困らない。困らないから手を離してください……!

 

 懇願は届かず、一言で逃げ道を封鎖される。

 まだ今朝の鍛錬のほうがまだ簡単な気がした。

 

「いや俺は困らないし、ね。だから──」

「綺麗な姿を見てくれるという約束だろう? まず、お前の口から綺麗と聞かねばここに来た意味が無くなる」

 

 いつ俺がそんな約束をしたーーーー!!!

 だいたいそういう感想は店員さんの美辞麗句でも十分でしょうがーーー!!

 しかし、ぐいぐいと体を押しつけてきて首と首がくっつきそうなほど近くにスカサハがいる。非常に体に悪い。だが──ちょっと嬉しいと思っている自分に腹が立つ!!

 

「なぁ、コウヘイ。一つ提案がある……」

「……聞けることならなんでも聞く。だから、せめてこの手をはな──」

「服を選ぶのも良いが、女のファッションというのはファウンデーション込みで揃えるもの。それもお前に選ぶのを手伝って貰いたい」

 

 ファウンデーション? ああ、化粧品か。

 もうどうにでもなれと、やさぐれそうになる心が映し出した先には──

 

「───────それは、かなり、まずい」

 

 理由は明確故に体が震え。

 今にも泣き出しそうな気分に追いやられる。

 

 ──下着売り場。

 

 ランジェリーショップがあった。確かに、ファウンデーションには基礎よ土台という意味に女性用の下着という意味もあったか。

 許容を越えかねない恥辱を幻視する。

 

 全身の毛穴が裏返りそうな戦慄を隠せない。

 

 ぎぎぎ、と“うそであったならいいのに”という願望をこめて、スカサハを見るが──悪魔めいた、男を惑わす魅力的な笑顔を俺に向けていた。

 

「さ、流石にだめだろ、だめだって、スカサハさん!」

「つれないことを言わないでくれ。──私の下着姿は見たくないか。どうせ似合わん女だもんな」

「それはない。俺はお前を綺麗だと思っている!」

 

 しまったあああああああああ!! つい、反射的にぃぃ!!

 

 ……ああ、神よ。なぜ、このような試練をお与えになるのですか。おかげで私の心はボロボロです。

 

「そうか。私が綺麗だと言ってくれるのだから、是非とも一緒に選んでもらおうかな、コウヘイ?」

「ははは、俺は男だし、あれは男子禁制の世界の中だ! 俺なんか絶対にはじき出されるから!」

 

 よし、ここでこの理由は強い! あの世界にはいるコードがないのなら俺に非はない以上、この連鎖から抜け出せる!

 

「いいえお客様。一緒にインナーを女性と一緒に選ばれるお客様もいらっしゃいますよ?」

 

 なんで、助け船をだすんだ店員!

 お前もか、ブルータスぅ!! 俺の逃げ道はカエサルされた!

 

 というか、そんな男いるのかよ……勇者過ぎる!

 

「ほら、前例はあるみたいだぞ、コウヘイ……私のを見たくないか?」

 

 勝てない。勝ち目がない。

 マウントを足られて永遠に殴られ続け、俺の立つ気力は大いに損なわれた。

 

 卑怯すぎる。俺は笑顔には勝てないのに。

 俺の理性はがりがりと削られ、既に死に体だ。

 

「…………」

 

 沈黙は是なり、とみたか。スカサハは俺の手を掴んだまま、俺をずりずりと引き摺っていく。

 いや、この女はただ──

 

「ふっ、一度見ればはっきりすることか」

 

 ──俺から言葉を引き出して敗北宣言させたいだけだ!

 

「どれから始めたものか……これだけ種類があると悩むものだ。さて……お前の好みそうなものは、と」

「───、───、─────、、、………………!!」

 

 

 ──俺は、その日甘美な地獄を知るコトになった。

 

 

 俺もう、アイツにかなわないかもしれない……。

 

 

 




「今回も私、ヒロインRXが殺しにって...」
「あ、ライダー。ははは」
「ちょ、ちょっとどうしたのよ!凄く落ち込んでいるように見えるわ。後、私はヒロインRX――」
「いや、別にたいした事じゃないんだ。君が来てくれたから俺は死ねる。はやく殺してくれ。みんなの殺意を受けおったんだろ、グランド!
 俺は女の子の羞恥心を刺激するのは好きだけど、羞恥に追いやられるのは嫌いだ! 俺はアイツに怪我されたんだ。頼む、殺せ、殺せよ!
 まだ、キャスターとの約束デートしてないのに、こんな無様...」
「ちょ、おちついて。ほら深呼吸深呼吸」
「――そうか、君ならと思っていたが。殺してくれないんだな。なら――」

 ――ヒビノはは自分の腹に剣を突き立て自害した。ドSのハートは硝子のハートなのだ。


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