何もかも無意味だ。無価値だ。君たちの未来は既に――
というわけで、赤海町浄水場に来ました。取水塔、沈砂池、濾過池、配水池。いやあ、水辺の多さなら随一だ。怪しいのはさっき挙げた四通りだが、さて。
しかし、何が潜んでいるかもわからんのでルーン石で下調べしてもらっているところである。
「スカサハ、首尾は?」
「……生体はいない。サーヴァントの反応すらな。」
「へぇ、じゃあ安心して探索できるな」
生体がないということは、死体はあるってことなんだろうか。
しかし、サーヴァントすらいないというのは妙だ。スカサハのことを信じないというわけではないが、とりあえず警戒しておこう。
気配遮断を使うアサシンが潜んでいる、というのは少々考えつかない。上水道に何か仕掛けた、というのであれば同盟関係を結ぶ予定だったアサシン陣営がやったとは思えない。
ならば本当にここにサーヴァントがいない、と思われるが物事には例外がつきものである。例えば、皇帝特権とかいうチートスキル。スカサハの保持する魔境の智慧、宝具効果などでも『気配遮断』に似たスキルを所得する事も出来る。
ライダーがここに潜んでいる可能性は低いが、魔神側から指示を受けている可能性もある。
まず最初によったのは事務所。まあ、こんな深夜なので人がいるというのは考えられないが、神秘漏洩を防ぐ簡単な方法は殺害である。大魔術を行う上で殺害した可能性もあるので死体の有無の確認をしに来た、というわけだ。
がちゃり、と扉をあけ中に入る。
『妖精眼』で神秘を確認してみるが、特におかしな点はない。
……杞憂か。
人っ子一人も居ないが別に殺された、というわけでもないようだ。
浄水施設に入るための鍵を探すと、カードキーが見つかった。電力はちゃんと回っていることも確認できたので、事務所を後にした。
浄水場の最初の探索場所として選んだのは取水塔である。地表水、地下水をくみ上げ浄水場に取り入れる施設である。
ポンプ施設には異常はない。地下水、あるいは川から流れ込む水を“視た”が、魔術は使用されていないようだ。
「一瞥しただけで分かるというのは便利だな。」
暇だったのか、そうスカサハに声を掛けられる。
「あー、確かに便利っちゃあ、便利なんだが……」
「なんだ、何か不具合でもあるのか?」
「気持ち悪い。視界が常に砂嵐まみれというか、透明な蠅が飛び回っているような……点を目で追うと気分が悪くなる。どんな場所にだって神秘はあるからなおさらな。」
「ふむ。」
時間がたてばどんなものにも否応に神秘は秘積されるもの。場所によって当然濃度の差はあるが、たった二十年程度で積まれる神秘などたかが知れている。神代の遺物など“視た”だけで脳が処理落ちしそうになる。サーヴァントなんて“視れば”当然死にかねない。だが俺には近場にサーヴァントがいたから眼をならすことができた……はずだったのだが、この女の積み上げた秘積は比べものになるものではなかった。すぐに目をそらさなければ、脳が焼けていた。眼が痛む程度で済んで良かった。
さて、次に探索場所として向った場所は沈砂池である。読んで時の如く、砂やらなんやらを沈殿させる自然な浄化槽だ。浄化槽というとこれまた語弊があり、実際には巨大な超緩やか勾配の水道槽である。
さっそく“眼”で確認したが──魔術の痕跡はない。
「ここもハズレか。……次行こうか?」
「ここに来たことが無駄骨にならないことを祈るばかりだな。」
「じゃあ俺は折れても内蔵に刺さらないことを祈ろうかな」
「
無駄になったら俺が困る。どうして昼間に彼女の協力を得るために、自分の身を犠牲にしたというのに無駄とかとか笑えない。骨折り損のくたびれもうけは御免被る。
さて、濾過池にやってまりました。
正直、ちょっと疲れてきた。異様な雰囲気は感じていないが、警戒は怠れないし……というか昼間のいびりがちと効き過ぎてる感がある。食事を取ってからは多少マシになったけどそれだけだ。
すでに探索開始から1時間。現在深夜二時である。どうか四時までには家に帰って温かいオフトゥンに入りたい。くっそねむい。スカサハと言えば飽きてきたのかあくびをしている。かなり珍しい光景だが、イラッと苛立ちしか感じない。
で、調査結果はというと。
「ここもハズレ。つか、かなり広い時点で魔術干渉する意味がなぁ……結界がない時点で工房ってワケじゃなさそうだし。」
「……私は最初に一番怪しいところから探索すべき、と進言したぞ?」
嫌味を言ってくるランサー。本気で飽きているらしい。水に害を感知しなかった時点で、そもそも乗り気ではなかったようだ。“どうせサーヴァント同士が施設近くで争った結果だろう”とか考えていたのだろう。俺の考えすぎだったのだろうか。
「こう言う探索は、近くから明かしていくものなんだよ。見落としを防ぐためにな。」
「……見落とし以前に何もないことが問題だと思うが?」
なぜか不機嫌さが増しつつあるランサー。比例して言葉から嫌味が消えない。
ま、彼女が何を不満に思っているかなど分かっている。どうせ戦いたいだけだ。
「この欲求不満め。……大方、やっと槍を掛け値無しで振る舞えるのに、敵が襲ってきてくれないから落胆しているというところだろう?」
「おや、お前が改めてワシのマスターになった、ということを誇示するにあたっても戦闘ありきだと思っていたのだがな。」
誇示する必要ある?
俺のサーヴァントである、という立場を崩さないという表明をしたかったということだろうか。俺の評価はあがるが、周りは警戒を強めるだけだ。
ふむ。しかし、立場を表明すれば動き出す勢力もあるか? オレたちの険悪さは他が知るところだったはず。人の良すぎるカルデアのマスターですら苦笑いしていたぐらいだ。それが、今一度手を組んだとあらば、もはやランサーに対する交渉は無意味に近くなるだろう。
意外と考えて居たんだな、と素直に感心しておく。敵と戦いたいだけの猪と思っていて済みませんでした。
「……まあ、槍を振いたくなかったというのも一理ではあるがな」
やっぱり猪じゃないか!(歓喜)
まあ、ほんの数時間前は俺にすら吹っ飛ばされるくらい衰弱していたし、それから全霊を振るえるほどの魔力供給を受けたとあれば気分が高揚するのも無理ないだろう。
さてさて、ついに最後の探索場所、配水池にきました。
ここでは浄化した水をため込み、送水ポンプで町の給水所に送るといったことをしている。町に効率よく水を回そうと考えれば、ここを押さえればいい。
気になる『妖精眼』の鑑定結果は~~?(某鑑定団感)
「──ビンゴだ。強烈な神秘が蠢いている。水槽にこそ、残っている神秘は少ないが魔術的な干渉はあったようだ。」
ミミズが這った後のようなものが水槽の壁に見られる。
地上には大きな魔方陣、水槽をすっぽりと入れた構造。丁寧に痕跡を消そうとした後があるが……。
何かしらの魔術を使ったようだが、効果もう出てしまったらしい。どういう魔術だったかは追えない以上、ここで行き止まりだ。槽の中に魔術的な加工のされた水が殆どない以上町中に消費された後だ。
しかし、疑問があるとしたら。
「誰なんだ……ここで魔術を行ったのは。しかもこれだけの大魔術。そこらの魔術師の仕業ではない。」
「……キャスターの可能性は?」
「低い。キャスターの消滅は霊基盤で確認済み……抜け道はあるだろうが。俺はまだあったことのない魔術師だと考察するね。」
「根拠は?」
「……見た事があるんだ、この演算式。天体の配置図、方角と、効能の意図的な曲げ。
かくいう俺もよく使う術式の組み方だ。効率よく最大限の成果を得るための術式。しかし使われている文字はギリシャ系──フランス? どっちもか。
「……西洋式でありながら数秘術、道教の太極図を利用して螺旋の構造、だが大きなファクターになってるのにこっちの呪術というよりは陰陽術が前提になってアレンジされた呪術構造。あまりにも曲解した使い方、魔術基板が上手く稼働するかもわからない無理矢理な解釈。これで利用できる魔術では真っ当な呪いにはならない。大多数を呪う気はなかった? 目的はどこだ? いや、知れたこと。街全体に広げることが目的だった。神秘が水に宿らせ、この浄水場から上水道をつかって蜘蛛の巣のように広げた?」
だが、分からない。
広げて、何をしようとした。召喚式にも似た構造だが、ここまで盛り込むとめちゃくちゃだ。通すとしてもかなりの魔力を必要としたのではないだろうか。
「逆だ。逆なんだ。発想を変えよう。
「──鏡じゃないか?」
──外界から滑り込むように入ってきたその言葉に天啓が走る。
「そうか、それだ! 街一つを覆う鏡があるなら……いやでも、こんな短時間で──」
鏡ならば冥界と繋ぐという概念の応用も利くだろうが、俺達は誰とも会っていないし戦ってすらいない。死霊は湧いてない。
効果があったのは昼から夜中までの数時間だ。
「鏡は写すものだぞ、マスター」
「写すって、何を?」
背筋に冷たいものが走る。
「お主がいっておったのだろうが。魔神アウナスは投影によって“影の月”を呼び起こそうとしておるのだろう?
「は?」
……そんなんあり? この女のことだ。出来ない事は言わないだろうが……投影で月を再現するっていうのも結構ぶっ飛んだ結論だったんですけど。
スカサハから飛んで来た結論。否定するのは簡単だが──結果は判定しやすい。
なぜなら、
「魔術式は既に起動したあとなのはもう明白だ。なら結論があっているのかどうか、試そうと思えば試せるぞ。」
そう。もう発動したあとだと言うのなら、外に出て確認すればいいのだ。
「……お前の言葉が合っているとしたら、月は今二つ浮かんでいるってことかね。」
「そこまでは分からん。あくまで推測だ。……さっさと確認するとしようか。」
外に出て、空を見上げる。
そこには、“未来の俺”の記録を閲覧したときと同じ。
────黒い月が浮かんでいる。
ああ、月だ。月。クレーターなどオレの“影の月”にはないのにアレにははっきり見える。
そうある。それなくして空には“月”が二つ浮かんでいる。白い月と、黒い月が鏡合わせの満ち欠けを見せながら浮かんでいる。
ここに来るまでは、それには一つの月しかなかったはずなのに。
「……これ、まずいな。もうやり直しは効かないのに……くそっ」
先手をうたれた。救われた点があるとしたら、オレから“リリス”になる可能性は失われていることだろうか。
「どうする、マスター。ここでワシにお前を殺せと命じるか?」
「──笑わせんな。ここまでかき乱して自殺なんていう負け犬なまねができるか! むしろ、この状況じゃあ、オレが死ぬ方がまずい。」
だが、これで“リリス”が現れうる可能性は出来てしまった。そう遠くない未来に人類の滅亡は確定してしまったのだ。
この時間で、“リリス”が稼働していない理由は──ここにオレがいるからだ。
可能性が完全に二分されているのなら、自立的な降臨は難しいはず。その片鱗は何処かに現れているかもいれないが。オレとは違う存在だ。
「……方針は考えようがない。まずは情報が必要だ。あれを観測できるのは神秘の研鑽に縁のある存在──魔術師かサーヴァントぐらいだろう。
……今、俺達に出来ることはなにもない。」
戦力もたりない。
“リリス”が降臨するより早く、魔神アウナスを倒す。今考えつくのはそれくらいだ。だが、根本的な解決になるとは思えない。戦力もたりないし。
***
──ビィー、ビィー!
どたどたと通路は慌てふためく職員がせわしく行き来する。
通路は、普段は真っ白だが、今はアラートを知らせるライトのせいで赤く染まっている。
その通路を、息を切らしながら走る少女は走っていた。
少女の名はマシュ・キリエライト。藤丸立夏と同じくカルデアの局員であり、彼をマスターとしているサーヴァントでもある。正確には『デミ・サーヴァント』である。
彼女が走っている理由、それはいうまでもなく、管制室からある事実とともに招集されたからだ。
警報がなっているということは、異変が起きたという証左なのだから。
──管制室にマシュは到着するのと同時に、その異変を観測する。
「カルデアスがっ……! これは一体っ!?」
カルデアス。惑星には魂があるとの定義に基き、その魂を複写する事により作り出された小型の疑似天体。いわば小さな地球のコピーである。カルデアスは同時に地球のライブラリとして機能する。
かつて“人理焼却事件”では──それは赤く染まっていた。
今は、“人理焼却事件”を解決したことでカルデアスは青い正常な姿を取り戻していた。
しかし、現在は、カルデアスが、
よくみれば、“人理焼却事件”の時ですら表層に地形の形が現れていたのに──今はそれすら観測出来ない。
──“ダメだ! ラプラスからの観測も途絶えた、再観測も不可能……エラーを吐き出している!”
──“まずい! トリスメギストスが未来観測にエラーをたたき出した! 未来が消失した観測も補正も……こっちの入力を受け付けない”
──“シバは辛うじて反応を残してるけど、かなり弱い! 観測域が制限されて──てなんだ、これ……し、シバが
職員の間で情報がいきかいそのたびに阿鼻叫喚に包まれる。
動揺はかつてに迫る、いやそれ以上だった。
シバの数枚が割れる。さながら観測を拒否するように。
「諦めず観測を試みるんだ! ホントにまずいぞ、この状況は! おっと、来たんだねマシュ。ご覧お通り、突然のコレで絶賛混乱中だ! マシュにも手伝ってくれると助かる!」
「はい!」
英霊レオナルド・ダヴィンチによって、マシュに指示が下される。カルデアスの異常を確認した時点で、マシュは四の五の言わず手伝うつもりだった。アレは、異常に過ぎる。マシュ自身が先輩と仰ぐ彼の危機とあらばなおさらだ。
あらゆる手段を尽して究明にあたる、カルデアの職員達。
だが、彼らの努力は結ばれない。
もはや彼らの手の中に未来はない。
もう未来は成立しない。未来の継続は保証されない。カルデアの存在意義は剥奪された。
指をくわえて見るしかない。待つしか無い。
自分達の、消滅を。
──全ては計画のうち。
なぜ、一週間前に特異点が発生した?
報復。幻想による救済。
切り札はもう取り返せない。カルデアから抵抗する手段は消え失せた。
「私の名はヒロインRX! マスターを愛す/殺すためにきた完璧美少女! さあ、観念しなさい、マスター!」
「何一つ隠れていないが、むざむざ欲若卵理由で殺されるわけにはいかん! ――そうら!」
ヒビノは高クオリティフィギュアをライ...ヒロインRXの後ろに投げた!
「ふっそんなものに引っかかる私じゃ――」
「スカサハモデルだ! なんにでも好きに使え!」
「な、何にでも...!? ああ! 体が勝手に!」
ヒロインRXは見事につられた。ヒビノは逃げ出すことに成功した。
「ふぅ...死ぬかと思ったぜ」
「ああ、死ぬな。ここで」
彼の後ろには黒オッパイタイツが立っていた。
「ヒロイ――」
「うわ、きっつ」
――彼は死んだ。口は災いの元。よい子のみんなは気をつけよう!