Fate/EXTRA-Lilith-   作:キクイチ

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炎の海に消える学び舎

 

 歪んだ視界の中をあるいく。

 ふと廊下の窓から空をみれば、雲はなく。しかして白み始めている。

 闇は隅へ追いやられ、日が昇ろうとしている。

 

 ランサーの姿は消え失せている。目論見通り。一時はどうなるかと思った。

 

 しかし。

 あと、少し。あと少しで。ヤツの思惑を、曝ける。

 

 体が軋む。階段の上ることすら億劫だ。

 

「ごふっっ……かっ……っ──」

 

 不意にのど元から血がせり上がってきて吐き出した。

 ランサーとの先頭の余波でひび割れたままの白い廊下を鮮血が汚していく。

 

 先ほどの魔術、いや呪術は。

 俺の手に負えない、火々乃家伝統の呪殺。二十も続くこの家でもこれほどの一撃を放てるのは二人といない。

 初代が編み出したという、対魔に対する究極の一撃。

 

 身の丈に合わない魔術を使ったせいで、俺の肉体はぼろぼろである。肺は潰れ、左手はひん曲がり、身体中出血多量。

 魔術回路まで殆どが破損、または焼き焦げている。死ぬまで分読みである。

 

 息を、するのすらくるしい。

 いっそのこと息をやめてしまおうか──そう思っても、脳裏にはその甘えを切って捨てる人がいる。

 

 ──礼の一つ、全うに返せぬとは、何という間抜けか。

 

 真正面から勝利しえたなら──これは、余計な未練か。

 

 四階をこえ、屋上に至る。

 

 

 男は見栄を張るものだ。 ならばこそ、最後まで張り通そう。

 身体中が鉛のように重く冷たい、が、まだ、うご、く。

 

 背後に影が差す。

 ヤツの到来を確信する。

 

 さて、最後の役者を暴こうか。

 

「──随分と無茶しましたね。我が主よ。」

 

 背後の存在へ振り返れば、予想通りの相手がいた。

 

 かつての、友であり、師であり、我が僕。

 

「──やはりお前か、アミー。いや──廃棄孔・アウナス!!」

 

 紅蓮の肉体に、いくつもの目玉が蠢く。かつての魔神柱の姿をそのまま人型に落とし込んだような姿でありながら、おぞましさを損なっていない。

 中性的な声色が、なおのことおぞましさを助長させる。

 

 アウナスはくぐもった笑い声を出した後、俺を見据えた。

 瞳は、憎悪に濁り、赤く燃えている。

 

「くく、いやはや。手を焼かされましたよ、アナタには。なにぶん私の予想とは真逆のことをするものですから。 アナタなら参加者全員皆殺しに出来たでしょう? いえ、殺さずとも勝てたハズだ。喩え、どんなサーヴァントがアナタに召喚されたとしても、三日もあれば全滅させられる。アナタには恵まれすぎた禁じ手があるのだから。」

 

 ──アウナスの言う禁じ手は、俺の固有結界のことを言っているのだろう。それを使わせることもヤツの目的だった。

 

「……で、俺を勝者にする。そして、聖杯を満たすことがお前の望みだろう?」

 

 俺の固有結界は通常のそれとは著しく異なっている。俺の固有結界は侵食性を持っている。世界を上書きした瞬間に、それが現実の世界をも書き換えてしまう。

 通常の世界を白い紙に喩えれば、侵食固有結界を使うと言うことは黒いインクをぼたぼた落とすということだ。

 もし、その白い紙に何らかの拍子に穴が開いて、下に退かれた布が出るような事があれば、その布にも黒いインクが染みこんで行くことだろう。そして、それは止めようがない。

 

「ええ、そうですよ。しかし、おかしいですねぇ……それ、どこで気づいたのです? 聖杯を満たさせることが罠だと、ただ、招かれただけのアナタがどうして?」

 

 聖杯を求めるからこそ、聖杯戦争だ。聖杯を得たいが為にあらゆる願いを抱いた英霊が競い合うのだ。

 聖杯が完成させることが目的、というのは参加するマスターなら誰でもが描くべき目的である。しかし、それは『誰のものにもなっていない聖杯』を奪い合う戦争だ。

 『すでに使用者の決まっている聖杯』だと誰が思うのか。

 

 俺など、気づかず何度も失敗した。何度勝っても勝っても、黒い月が浮かぶ。期限の問題ではなく、聖杯そのモノが細工されていたのだ。

 完全に、取り返しのつかないところまで失敗するまで、俺は間違い続けたのだ。

 

「まさか……繰り返した? ありえない……アナタ程度の魔術師がそこまでのマネ───いや、『ムーンセル・オートマトン』に接続したアナタなら、可能性の一端くらい掴めてもおかしくない……」

 

 『ムーンセル・オートマトン』……そこの電脳世界で行われる聖杯戦争に俺は参加した。一度、世界線を超えるというのは、魔神アウナスの補佐もあって経験している。

 平行移動──スライド。

 あとは、魔力さえあれば、何度でも行える。

 もっとも──量子記録固定帯に突入する前ならば。

 

「スライドを行ったのならば計画を読まれたのもつじつまが合う。ですが……スライドにしては、()()()()()()()()()()()()()。この聖杯戦争が行われた、その始まりこそが基点になるはず。スライドを行ったなら最後、つまり『聖杯戦争が遂行された結果』はないはずだ。 アナタの存在が、まったくもって、おかしい」

 

 ──どうやらこちらの正体はアウナスには分かっているらしい。

 奇妙な納得がある。道理で、俺のことを名で呼ばないわけだ。ランサーですら、ライダーですら、俺の正体に気づかなかったのに。

 

 

「おかしい、とは言い過ぎじゃないか、アウナス。俺も、ヒビノコウヘイであることには変わりない。──その名が俺に相応しくないだけでね。」

 

 我が名は───もう一つの月。地上から忘れ去られた天体。その自然霊にして生命種の頂点。アルテミット・ワン。

 

「リリス……!」

「理解出来ないからって睨むなよ。俺が成り果てるのは聖杯が完成した、その瞬間でなくてはならない。だが、スライドは完成する以前でなくてはならない。その矛盾がお前には理解出来ないんだ」

 

 魔人の瞳がこちらをより一層睨み付けてくる。

 憎悪に猛りつつも、俺の不可解さについぞ攻勢には出られない。

 この町に張り巡らされたアウナスの目から、この校舎だけの情報を固有結界で無理矢理遮断したのは、ヒントを渡さないためだ。

 

「そう、魂はリリスなのに。俺の肉体は依然として脆弱な人間のまま。その事実もお前を悩ませる理由だろう。だがな、アミー。その矛盾を突き崩すのは簡単なんだ。

 前提をぶちこわせば良いんだよ。ここまで言えば、分かるんじゃないか?」

 

 当然、ここで言う前提とはスライドに関する前提である。

 

「量子記録固定帯を破壊したとでも? どうやって?」

「いやいや、そんなことが出来るのは黙示録の獣くらいだろうさ。そこじゃねぇよ。」

「量子記録固定帯を超えて、スライドした、とでも?」

「そうだ」

「ありえない! そんなことをすれば──」

「すれば?」

「……まさか、何て馬鹿なことしたんですか! 消滅、存在ごと、消える。リリスのまま、アルテミット・ワンのままなら、その永遠性が修正力に打ち勝てるでしょう。ですが、その魂だけでは……!」

 

 逆行というのは、簡単なものではない。

 量子記録固定帯を正規手段でもなく、無理矢理ぶち抜くようにして、魂だけ、過去に飛ばした。それも、かつてのサーヴァントの導きがなければ、もっと酷いオチになっていたが。

 

 しかして、成功した。

 代償は──、量子記録固定帯以降の存在証明が成されないことによる消滅である。

 

「よかったな、アミー? ここにリリスは消える。地上最後の縁がな?」

 

 のど元までせり上がる血を飲み込む。ここで吐いては格好がつくまい。

 

「……ランサーに単身挑んだのも、死ぬことが確定していたから? 自身のサーヴァントと殺し合ったのは──私を呼び出す口実ですか。自分が死にかければ──計画の中心にいるリリス、つまりはアナタの依り代が失われる。

 私をおびき出せ、たとえ来なかったとしても、アナタを基点とした計画は貴方自身の消滅によって崩壊する。まったくよく出来た作戦ですね。()()()()()()()()()()()()()()()()()。」

 

「あ?」

 

 余裕の笑みで答えてやっていたが、アウナスの態度は、計画を暴かれたことによる狼狽でもなく、──むしろ、余裕がにじみ出ていた。この程度なら、問題にもならないとでも言うかのように。

 

「──なぜ、私がこのようなことを行ったと思います?」

 

 それは、カルデアのマスターから聞いている。

 

「報復だったか?」

「それは……誰に対するモノでしょうか?」

 

 カルデアに送りつけた、ということはカルデアに対する報復といえるだろうが、同時に俺に対しての挑発でもあった。

 じわりと、背に冷たいモノが走る。

 

「俺とカルデアだ。……何が言いたい?」

「ええ、そうです。カルデアに対する憎悪は言うまでもなく『かの大偉業を防がれた(台無しにされた)から』。ではアナタに対しては?」

 

 そこまで言われて思いつかぬ俺ではない。

 

「──くだらねぇ。テメェの幻想を俺自身が台無しにしたからだろう。しかし、俺が悪いなんて言うのはお門違いも良いとこさ。」

「アナタが! 願いを、私達大願を! 偉業さえ、なしていれば! 人類は救われた! その最後のチャンスをアナタは台無しにしたのです! 生命種の頂点に、星の理を得ていながら何故救わなかったのです!?」

 

 赤い激昂。俺を信じて送り出したのにあんまりだといいたいらしい。

 だが受け入れるべき激昂を、俺は冷ややかに目線で受け流す。

 

「なあ……俺が、どうして人を救いたいなんて大それた願いを抱いたと思う? どうせ、まともに理解していないだろうから言うがね。

 俺ァ、結局テメェが嫌いなんだよ。無力な自分から逃げ出したくて、リリスの断片を魂に飲み込んで、魔術師(人でなし)になって、最後には生命種の頂点(アルテミット・ワン)にまでなった。

 自分の凡愚さなんて自分(テメェ)が一番理解してる。俺は、自分の手から零れ落ちるものを見たくなくて、手を限りなく大きくする暴挙に出たんだ。全人類を支えれるくらいに大きければ──もう取りこぼすことはないと思ってな。」

「ならば何故……!!」

 

 アウナスの声に嘲笑を返す。

 確かに、俺の理想は、思いはさっき述べた通りだ。だが、最後の最期で───彼女に自害を命じたその瞬間に。猜疑心が頭を覗かせた。

 因果応報。すべては繋がっているのだ。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「──答えろよ、アミー。我が祖父が狂気を滲ませたのは……お前が我が心象にたどり着いた数ヶ月後だ。

 我が親友は確かに苦悩していたが……人の命を軽視出来るほど狂ってはいなかった。お前が来た三年後にアイツは、人でなしになった!!

 偶然、なんて言わねぇよな。何せ───我が祖父が、魔術で蘇るためには。縁が必要なんだよ。

 なあ、なんで関係ないハズのお前が、ジジイを蘇らせれるんだ──?」

 

 確かな確信をもってヤツを問いただす。

 

 アウナスは、ほんの少し間を開けて告げた。

 悪意をこれでもかと声に盛り付けて。

 

「あらら。バレてしまいましたか? あー、残念ですー。そんなつもりじゃなかったんですー。あのジジイ、私の悪意に気がついてー、つい祓おうとしやがるもんですから、つい──やっちゃいました☆」

 

 こちら馬鹿にしているのが丸わかりの声。

 

 ──ああ、なんということか。ここまで言われて。体が動かないとは。

 

「でもー、感動の再会だったのにー。なんであんなにあっさり殺しちゃうんですかねぇ。やれこぼれ落ちるモノがどうとかいってましたけど、どこまで本心なのやらー。親心とかなさそうだしぃー。まあ、今となってはどうでもいいことか」

 

 完全に消滅するまでは、あと三十分はあるが──ランサーとの戦いの無理がたたっているらしい。何という無様か。

 膝から、思わず落ちて、倒れる。

 意識は酩酊。

 気分は最悪。

 

「もう限界の用だしこんなボロ雑巾でも極しょぼ電池くらいにはなるだろうし。他に回収されても厄介。ここで始末しときましょうか──」

 

 アウナスが、床に転がった日本刀を引き抜く。崩れ落ちた拍子に向こうに飛ばしてしまったらしい。

 

 視界端にオレンジ色の折り鶴が飛ぶ。やがて細切れになって、塵と成って消えた。役目を果たしてさったのだ。

 

 のど元にたまった血を吐き出して、壊れた肺に空気を無理矢理詰める。

 

 

 激痛はあるが死ぬほどではない。

 

「───さようなら。偽りの救世主(ハングドマン)

 

 日本刀が振り下ろされる直前。

 

 刀身がきらりと微かにひかり。

 

「ちっ───!」

 

 それに気づいたアウナスが距離を取るが──からん、ところがった。

 爆発もせず、発光もしない。本当にただのブラフ、こけおどしである。

 

 しかし、アウナスは引っかかって距離を取ってしまった。

 

 一気に息を吐いて。

 

 ──満を持して彼女に最後の指示を。

 

「───宝具の開帳を許す! 戦え、ランサー──!!」

 

 かつて命じた宝具の使用禁止、その枷を外す。

 もっとも。彼女が、未だに俺をマスターと思っているのなら、だが。

 

「馬鹿なっっ!!」

 

 アウナスが驚愕に目を見開いて屋上入り口──とは真逆のほうをみる。

 

 そこには───

 

 死に神というには美しく、朝日で艶のある髪をより輝かせ──真紅の槍が喚き立って蠢いていた。その膨大な魔力は余波でしかない。

 本質はその先、理不尽の権化のような切り札が飛びだそうとしている。

 

「『刺し穿つ(ゲイ)───!」

 

 アウナスは膨大な魔力と共に魔方陣を組み上げる。

 だが、組み上がるよりはやく。

 

死棘の槍(ボルク)』──!!」

 

 赤い閃光が──アウナスへ迫り、貫いた。

 鍔競り合あった魔力が雷と成って周囲を焼き払い、暴力的な光が溢れる。

 その強すぎる光量は新たな太陽が生まれたがごとく目映く、町の端からでさえ眩しく思えた。

 

 光が消え、静寂さが戻ってきたあと、ランサーが小さく舌打ちをした。

 

「……逃がしたか。」

 

 アウナスの姿がない。どうやら転移魔術で逃げ切ったらしい。

 うちのランサーの槍が外れまくってる件。

 あとそんな威力、死にかけ男の前で使うとかどうかしてんじゃねぇの? ひょっとしてあれ? いっそお前も死ね的な攻撃だった?

 

 などとランサーをディスっていると。

 

《 なるほど、神隠しですか。 ──安倍晴明も使った逸話のある有名な術式。なるほど……安倍晴明は式神を隠しましたが、使い魔という点ではサーヴァントも同じ。隠すことが出来たと言うことですか。まあ、所詮は死に損ない。 リリスが消え失せようと問題ありません。 では、主従共々さようなら 》

 

 屋上から見上げた空には、幾何学の魔方陣がこれでもかと敷詰められていて──

 

 

 次の瞬間には。

 

 赤と黄色、白の光に包まれた。

 

 

 




「次回は私の出番ですよね、ロット王!」
「いや俺ロット王じゃねぇし(なんか露骨にテンション高いアピールされとるんじゃが...面倒からスルーするか)」
「次回は私の出番ですよね、ロット王!」
「だから、」
「次回は私の出番ですよね、ロット王!」
「ちょ」
「次回は私の出番ですよね、ロット王!」
「村人Aかお前は! しつけぇよ!」
「次回は私の出番ですよね、ロット王!」
「もうロット王でいいや...。で? なんでそんなにテンション高いんだ?」
「次回は私の出番ですよね、ロット王!」
「あれ、変わらない? ひょっとして、俺選択肢間違えた?」
「次回は私の出番ですよね、ロット王!」
「バグってやがる、無視しすぎたんだ...」
「次回は私の出番ですよね、ロット王!」
「あのー、独り相撲は寂しいんだけど? うんとかすんとか言ってくんない」
「次回は―――」


 永遠に繰り返される次回という言葉にヒビノは考えることをやめた。



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