Fate/EXTRA-Lilith-   作:キクイチ

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あけましておめでとう(激遅)
仕事でいそがしかったんや。夏までには終わるはず...!


学校にホラーは憑きもの

 

 夜の校舎といえば、青白い廊下に普段は喧噪に溢れているが故にたいして感じなかったが、こうすっきりした、してしまった場所を見ると──恐怖がそそられる。

 旧い蛍光灯、チカチカと点滅する脱出への案内ヒストグラム。

 

 ──そして背後からは全力で追っかけてくる女の影。

 

 やだ何コレホラー……!

 いや間違いなくホラーだ!

 

 いまもカツカツとヒールがコンクリートを叩く音が廊下から聞こえている。

 

 どうしてこんなホラーを強いられているかと言えば、自分が喧嘩を売ったせいなのだが……アレも本気出しすぎではないだろうか。もうちょっと手を抜いて欲しい。

 だいたい英霊でもない自分に本気で殺しにくるのはいかがなものか。赤子の手をひねるがごとく、というより抹殺しに来る大人とか怖すぎる。そんなんだからいい年してイキオクレなのである。

 

 今上手いこと言ったよ、俺。

 と自分を無根拠で肯定して気分を向上させてみたが、結局吹けば飛ぶようなちっぽけ気分でしかない。

 ……確かに? 俺が? ちょっと? その気にさせるようなこと言いましたわ。でもね? だからといってね? ノーアクションルーンはやりすぎやと思うんですわ、ワイ。

 

 初手で斬りかかったはいいが、難なく躱されたあげく蹴り飛ばされて校舎の中に突っ込んだヤツがいるらしいですよ?

 いや誰とは言わないよ。

 全力でイキったあげくにぼろぞうきんにされて逃げ惑うなんて情けなさの極みみたいな男……いや違うよ? 俺じゃないよ、うん。

 俺に似た誰かだよ、うん。

 

 ……すいません、俺です。

 

 そうです。全力で勝負だ、みたいなこといって吹き飛ばされているの俺です。大神の槍とか持ってたのに抹殺され掛かってるの俺です。

 

 

 足音で彼の女が去ったのを確認しロッカーをでる。

 

 さてどうしたモノか。そう大きくないこの校舎でリアル鬼ごっこするはめになった以上、どこか凌げる場所を探し、予定を大きく変更せざるを得ない。

 

 ……初手で無理を通したせいで、予想よりこちらの損害、および精神の摩耗が酷い。

 今生を捨てる覚悟は出来ていたが……代償にしてはリターンが少ない。

 蹴り飛ばされるという形で戦場を離脱できたのは僥倖だった。本来なら三手目すら許されず、あの場で簡単に死んでいただろう。

 ……少々甘く見過ぎていたかもしれない。

 

 今の装備は──呪術用の装備が一式だけ。はてはて。これでどう乗り切れというのか。探索のルーンへのごまかしようは在るが全域にローラーされれば流石に浮き彫りになる。

 もっとも、なんの対処手段も考えて居ないわけではないし、備えもある。

 

 ──え? 大神の槍どうしたのかって?

 

 

 ……捨てました。

 ええ、捨てましたとも。

 ほら逃げるのに邪魔だし、全うに逃げたところで追いつかれるんで、俺が逃走したのを彼女が確認し、それはもうマッハ近い速度で迫り来た彼女に投げつけて逃げましたが何か?

 玄関という狭い門に直進してきた彼女の進路塞ぐように投げて──宝具の破棄をして神秘ごり押し爆弾に変えましたが何か?

 

 正直やちゃったなー、もったいなかったなーとか思わないでもない。しかし、その爆炎のなかから無傷で顔を出した彼女を見れば、自分よくやった、良い判断した言える。

 何処のターミネーターが攻めてきたのかと思ったわ。

 でんでんでっででんて背後で音が鳴ってたもん。

 

 恐らくは投げつけたタイミングで大方どう出るか予想していたのだろうが……盾のルーンだけのだけで防げたとは思えない。いくつかの、複数のルーンの重ね合わせ。

 

 黒板に近寄ってチョークを取る。炭酸カルシウムか硫酸カルシュウムかが問題だがどちらも、導火線としては十分。あり合わせの品としては優秀か。

 

 ……ここで悲しい出来事を一つ。

 俺は、ルーンに対して造詣が深くない。

 

 何故かは知らないが火々乃家の人間はルーン文字を使用しても発動しない。これは旧い日記や研究誌などでも散見される事実。

 しかし、こちらの使用する信仰基板──つまりは主なモノとして神道、仏教、道教があげられるがいずれも、日本に受け入れやすいよう多くの改訂、教えの習合が取られかなりカオスな事になっている──その性質も相まって、別の形で伝わったルーン文字、北欧の魔術は使用可能である。まあ、だからなんだという話だが。

 あ、ちなみにガンドは使えますよ? 源流はまた別のものに通じているので。

 

 そのせいもあって、これまでルーン文字、というものを修める気が全くなく。端的に言って詳しいことは知らん。

 大まかなものは知っているがソレだけで。あの神秘のごり押しをどう防いだのかなど俺には到底予測できない。

 

 さて、この時点で、彼女──つまりはランサー・スカサハに対する重要な情報にメタをはれない。策謀を尽そうにも、あっさりとその一点でくぐり抜けられてしまうのである。

 

 しかし、まあ。

 

 ──()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 仕込みは既に終わっている。もう勝っている。

 

 それでも。

 

 俺の中に残る未練が、彼女を倒せと突き動かす。

 

 ──ふと、思う。

 

 

 俺はまだ、笑えているだろうかと。

 

 

 そんなこと思うのと同時に──

 

「──アンサス……!」

 

 扉が焼き切られ、彼女──スカサハが現れた。

 

「……見つけたぞ。骨を折らせよって」

「ありま。みつかっちまった。ちょっとうじうじなやみすぎたかね」

 

 こっちをいぶかしげに見てくるランサーを見返しながら、軽く彼女と間合いを取る。

 脱出経路としては窓から飛び出すのが理想だが。彼女の勝てる気がしない。

 

「にしても、君にしては遅かった。もっとはやく見つかると思ったのに。なんだい。手を抜いてくれてたのか?」

「まさか。……お前の策だろう、あれは。おかげで少々気が滅入った。いっそアンサスで学び舎ごと焼き払ってしまおうかとも思ったぐらいにはな」

「ひゃー、こわーい。……そう睨むなよ。しわが増えるぞ?」

 

 探索してくると分かっているなら対策は立てられる。

 

 ルーン魔石がどのように判別しているかは不明だが、探索というのはソナーによるマッピング作業の様なものだと類推した。

 で、どう対策したかだが、これは簡単。校舎中に俺のカカシを立てておいた。

 もともと、『人の代り』として作られた人形だ。一説には人身お供の代りともされていた代表的な人形である。

 コレによって、探索したはいいがあらゆる箇所で俺が存在しているという結果が出る。

 

 結局しらみつぶしに探すしかなかったというわけである。

 

 ま、行く先々で槍が飛んできたり、パイ生地が飛んできたり、バナナの皮が飛んで来たりすれば流石の英雄も顔真っ赤にせざる得なかったかもしれない。

 ざまあ。

 

 ちなみにカカシの頭には

 

『ハズレだお! 見事なハズしっぷり! 恥ずかし大賞を貴女(ランサー)に進呈! スカだけに!』

 

 という爆笑必至のギャグを書いた紙をはっつけておいた。

 見た後に体をぷるぷると振わせていたから、見事に受けたのだろう。流石俺。ギャグセンスは世界一ィィ!!

 

 などと考えて居ると──赤い槍先が目の前に迫ってきた。

 

「……っ!」

 

 慌てて背を逸らし、突きをかわし──きれないので『折紙』を展開して瞬時に障壁を作る。たやすく突き破られてしまうが、時間は出来た。

 

 足に魔術で『強化』を最大に掛け跳躍し、廊下側、ランサーが入ってきた場所と別側に飛び出す。扉を突き破って強引に突破する。

 

「ちっ───!」

 

 突破したはいいが、廊下にはこれでもかとルーンが書き込んである。まあ、予想できた事態なので面倒だがチョークを正面、足場になりそうな所に投げつける。

 投げつけられたチョークは粉々になって、俺の存在をかぎつけ輝き始めるルーンの上を粉が覆っていく。

 

「覆え『海守(ウナモリ)』!!」

 

 覆った粉が、べっとりとこびりつきルーンを霧散させる。大海への信仰を利用した魔術。解呪の一種である。昔は貝殻の粉を解呪に使っていたのだ。それを利用したというだけ。

 

「──逃がすかっ!」

 

 直後背後から煙を裂いてぬらりとランサーが出て来る。

 

「ぎ……っ!」

 

 繰出された刺突に脇腹を抉られつつも、命からがら逃げだし──階段の踊り場から階下まで一気に飛ぶ。

 

 コン、と軽い音と共にコンクリートの壁面に赤い槍が突き立っていて──赤い紋様が浮かぶ。

 次の瞬きのうちには、その槍を足場にしてこちらに飛んで来ていた。

 

「まずったッッ!」

「───終りだ」

 

 避けようがない。こっちの体は浮いている。身をよじろうと無駄。対して、銃弾もかくやという速度で迫るランサー。既に槍は繰出され、この心臓を貫くのも秒読みだった。

 

 しかして。

 

 嗤う。嗤え。嗤わねばならぬ。嗤ってしまえ。

 

 浮いているのは、彼女も同条件だ。

 

 壁が崩れる。

 我が前方がまるで外側から砲弾を受けたように粉砕され、炎が階段を覆い尽くしていく。

 ランサーの横からは白い──骨の指が突き出される。

 

 高濃度エーテルで構成された心臓が鼓動し、周囲を赤々と照らし出す。

 

 その怪物の名を高らかに俺は叫ぶ。

 

「──汝が真名を言い渡す! 汝が名は『トゥルダク』! 病魔トゥルダクである!」

 

「 UGOOOOOOOO■■■───!!!!」

 

 地獄の釜が開く。病魔は飛び出し、罪人餓えと耐えぬ恐怖刻む呪いをまき散らす。常人なら見れば発狂する。精神耐性の甘い魔術師は恐怖と呵責で自殺に追い固まれる。正気度直葬兵器。

 使い勝手の悪すぎる(味方殺しをしかねない)せいで、我者髑髏のままにしていたが今夜は別だ。

 

 彼の体に飛び乗ってランサーに対峙する。 ……どうやら仕留め損なったようだ。

 

 艶やかな髪を風になびかせ、戦意劣らせることもなく──むしろ滾らせて、彼女はトゥルダクを見つめていた。

 

「──こっちがメインディッシュというわけか、支配人?」

「まあそんなところですよ、お嬢様……じゃなかった、ババ──貴婦人。いや、レディ(笑)の方がよかったか?」

「その程度の魔術で調子に乗るなよ、若造……!」

「調子に乗っているのは君の方だランサー。……まだ、敵になった俺に()()()()()つもりかね?」

 

***

 

 ラン、と目を輝かせ赤い光の光弾がランサーに放たれる。圧縮されたエーテルの弾は凄まじい速度ではじき出され、もはや光線にしか見えない。

 いくら対魔力Aランクの素体であろうと純粋な魔力にははじきようがない。つまりはかわすしかないのだが。

 

 ──あっさりとスカサハはかわし、校舎を駆け上がる。

 

 火々乃が飛び出た二階から屋上へ一息に駆け上がり、ルーンを刻む。

 

 それは、風を相手を切り裂く刃に変わり──スカサハの背後へ迫る白骨の腕を切り裂いた。

 間髪入れず、『早駆け』のルーンを両脚に刻んで跳躍し、病魔トゥルダクの腕を駆け上がり術者──すなわち、火々乃へと槍を繰出す。

 

 が、火々乃とスカサハとの間に白骨の腕が生え、壁を形成してしまう。

 

 しかして、それはスカサハも想定済み。

 

 『硬化』、『加速』、『相乗』のルーンを槍に刻み、最後に『勝利の加護』を刻んで振りかざす。

 

 瞬時に壁が吹き飛び塵と化した。

 槍から先は、まるで空間ごと削り取られた様に破砕されていた。──そこに火々乃の姿がないことを確認すると。

 

「■■■■───!!!」

「病魔にしては……ふむ。随分とガタイがいい。対人戦特化というわけではないようだな」

 

 ぶんぶんと煩わしい蠅でも叩き落とそうとするかの如く暴れるが、スカサハがはやすぎて捕まえることは出来ない。

 

 ならば、と骸骨から目映い光が漏れ始める。桁違いの魔力がうねり、大気が鳴動する。

 恒星より目映く輝かんとする、させるエネルギーの高さに、さすがのスカサハもコレはまずいと所有する全てのルーンを地面に刻み、槍で抉る。

 

 ──あの神秘の爆撃に備えて最良の結界を彼女は張った。

 

「───ギジ・ショウキャクシキ! ■■■■───!!!」

 

 刹那。

 

 校舎は爆音と共に光と熱のうねりの中に閉じ込められた。

 ごうごうと、炎はうねり、風と交わって辺りを破壊する。

 

 煙が晴れた頃には、校舎は辛うじて姿は残しているが、ありとあらゆる箇所が溶け落ちている。

 

 凄まじい破壊力だが──そう何度も何度も打てる代物ではあるまいと、ランサーは結界をとして攻め手に回ろうとしたその時。

 

 トゥルダクの体がさらに赤々と輝き始めた。

 

「……! まさかっ、どれだけ魔力をため込んで……!」

 

 無傷ではあるが、彼女とて疲弊していないと言えば嘘になる。タダでさえ、マスターなしのうえに、宝具を使え無いせいでルーンをこれでもかと刻まされているのだ。如何に効率がいいと言っても、消費魔力はある。

 そう何度も使える結界ではない。

 

 ──これ以上、余計に疲弊しきれば……。

 

 火々乃の目測通り、彼を殺す気のないランサーはこれ以上の魔力の消費を許せなかった。

 殺さずに倒すというのはかなり手が掛かる。何の抵抗もなければいいが、彼の性格を思えば思うほど否定される。

 それこそ、本当に殺すしかなくなる。

 

 ──それは、出来ない。

 

 まだ、彼の口から、何も聞いていないのだ。こうなった経緯も。どうしてこんなこと目論んだのかさえ。上辺、建前しか聞かされていない。

 

 アイツから真実を聞けていない。

 

 初手の時点でかなりの摩耗、その上、この魔術もかなりの消耗を余儀なくされるはずだ。

 まるで命そのものをなげうつ行為。

 それがなんのためで、どんな意味があるのか。

 

 スカサハには考えつくことが出来なかった。

 

 槍を構える。

 

 相手を見据える。

 

 白い巨体。

 

 心臓は稼働している、あそこが急所。炉を壊せばあの魔術は瓦解するだろう。

 槍にルーンを刻む。

 

 ヤツの堅さは分かっている。ならばさらなる硬さをもって穿つまで。

 

 速さも必要だ。魔術式が吐き出されるよりはやく穿たねば。

 

 威力も捨てられない。十以上のルーンを刻み混む。

 

 もはや、その一槍は宝具を発動出来ないにもかかわらず、ほぼ同程度の威力をため込んでいた。

 

「────失せろ……!!」

 

 白き巨体に投げつけられる、赤い茨の槍は───一条の流星が如くさし迫り。

 

「ショウキャク……ッッ!」

 

 胸の中心に突き刺さる。しかして、心臓とは大きくズレた場所に突き刺さった。

 

 瞬間。

 槍の先から無数の茨が生え、骸骨の内側に破砕し、あるいは絡みつく。

 

 そして、魔力炉、心臓をえぐり出し破壊した。同時に黒々とした煙がランサーへ差し迫る。

 

 すかさず、ランサーは『退去』のルーンを使用して心臓の爆散とともに飛び散った呪いを一方的に解呪していく。

 

 煙は白濁し、空に消え失せ、白い巨体、骸骨も灰となって消え失せた。

 

「……本当に、手間の掛かるやつだ。もう、いいんじゃないか──? そろそろ、お前の本心がききたいんだがな、私は。余計な手探りはやめたらどうだ──!」

 

 スカサハは骸骨が消え失せた方向へ目を向けそう言った。

 

「……面倒な女だ。」

 

 からん、と何処からか刀を片手に携えて彼はスカサハの前に現れた。

 

 瞳は色を失った様に動かず、まるで死人のよう。

 話すのも億劫だと窺える。

 

 ちらりと山の方を見る。軽く赤くなりつつある空があった。

 

「……まずい。時間を掛けすぎた。日の出には間に合わないのに。」

「何のことを言っている? 私と話す気があるのか?」

「ない。さっさと構えろ……!」

 

 刀をだらりと地面にそわせるように構える彼を見ながら、ランサーは──

 

「興が失せた。」

「…………」

「悪いがな。少しは実のある話があるかと思えば、なんだそのザマは。お前と戦う気は無い。初戦で分かったろう。お前では私には適わない。あの骸も倒れた以上、お前に私に勝ち得る手段はない」

「で?」

「死にたがりに付き合う気はないと──」

 

 スカサハがそう言いかけたとき。

 彼女の背に悪寒が這い登ってきた。

 

「……誰が、好きで死にたいもんか───起源、解放」

「——っ……!!」

 

 小さくつぶやくような声はスカサハには届かない。

 

 飛びのくスカサハに、刀が空気を切って迫りくる。その速度は先ほどを上回り——いや、もはやただ速いレベルではない。

 人の出しうる速度を超え——英霊に匹敵速度なのだ。

 

 ——隠していたのか、とランサーは思い至る。しかし——英霊の速度を出せるというのは一体、どういう理屈のなのか。

 

 風より早く振り下ろされる剣技は別人と言って良いほどキレがよく、攻め手を始めてからランサーを逃がしていない。

 

「——悪い。きっと。間に合わない。奴がくる。もうお前を真正面から倒すのは無理そうだ。——ああ、それも謝らなきゃ。」

「……っ、さっきから何を……!」

「ごめん。最初から、キミをだましている。正々堂々とか俺が仕掛けるわけないじゃないか」

「それは」

「わかってない。君はオレほど人でなしではなさそうだから」

 

 ランサーが、跳躍し間合いを取るのをヒビノは見届けた。 ランサーの問いにヒビノは答える気はない。もう勝負をつけるしかない。

 そうでなくては、彼は大局を見失ってしまう。

 

「ここで死んでくれ、ランサー。君が邪魔なんだ」

「……調子にのるなといったぞ」

 

 

 ランサーをもはや彼は目にとめることはない。

 ヒビノはすでに、この状況を終わったものとみているのだから。

 

 ランサーが構えるが、遅かった。そもそも初めから決着はついていた。この校舎に入った時点で彼女は勝利の芽を自分で摘んでしまったのだ。

 

 ヒビノは片手で、ランサーへ指をさし最後の呪詛を吐き出した。

 

「——『彼岸花殺生石(ヒガンバナセッショウセキ)』」

 

 静寂が。

 

 あたりを包む。

 

 ランサーは、その言葉を耳にした瞬間

 

「……ぁ……うぁ……!」

 

 体を抱え込むように崩れ落ちた。まるで体のうちから何かが噴き出るのを押さえるように。脂汗が体調の不穏さとともに噴き出て、彼女を艶やかに濡らす。

 

「安心してくれ。結末は、()()()()()()()()()()()()()()には状況を好転させられるだろう。」

 

 倒れ行くランサーにそんな言葉をヒビノは投げかける。

 ランサーの膝から赤い彼岸花が吹き出し、より赤々とした花を付ける。

 

 

「あっ……ぎっっ……」

「へぇ。意外と耐えられるんだ。流石、英霊ってヤツ?」

 

 感心した様に言ってはいるが目は笑っていない。

 歪んだ顔で苦痛に耐えるランサーに背を向け校舎へ彼は歩き出した。

 

 この校舎にはあらかじめ彼が何年という歳月使って抜いた血をため込み濾過してニオイを取った液体を蒸発させてある。

 血は相手との縁を形作るもっとも簡単な魔術素材である。

 

 揮発した血を、ランサー戦闘しながら徐々に体になじませてしまった。

 

 この魔術の正体が呪いで在る以上、エイワズ──つまり『退去』のルーンで解呪できる。

 もっとも正体が分かればだが。

 

「精々、俺が事を終わらせるまで耐えてろ。耐えきれたら、ご褒美くらいくれてやるよ」

 

 大きな血だまりが広がっていく。

 

 ──どうせ耐えられないだろうが。

 

 そんな嘲笑と、ランサーの苦悶だけが残ったのだった。

 


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