―――火々乃晃平が火々乃胴雷との決着をつけようとしているころ。
藤丸立夏は火々乃晃平から与えられた部屋でカルデアとの定時連絡を行っていた。もちろん、魔術師の家では監視がつきものだと考え、セイバーに結界を張って貰った後で行っている。
立夏は周囲の状況と今置かれている自分の状況を話した。
通話先にいるのはレオナルド・ダヴィンチである。
『まずは君が無事でよかった。しかし―――うんうん、なるほど。こっちの予想より状況は進んでないみたいだ』
ダヴィンチの含みのある言葉に立夏は首を傾げる。
『こっちもただ見守ってたってだけじゃないってことさ。――ほら、白髭! 君の出番だ!』
“おっと、もう出番か”と通話先から出てきたのは、プロフェッサーM、ならぬジェームズ・モリアーティ。立夏からすれば意外な人物である。
史実、というか原作となる「シャーロック・ホームズ」の天敵にして、犯罪界のナポレオンとして謳われるその人である。
『―――カルデアでは火々乃晃平が時計塔で何をしていたかという情報を纏め、人物像を
余りにも有名な犯罪王はトンデモないことを口にした。
『なに、彼のようなケースは初めてじゃない。似通ったことをする人物と何度も相対したし。この見覚えあるプランニング……もしカルデアにいたら悪人会に誘ってたと思うくらいサ』
「……この際だ。可能かどうかの話は置いておこう。僕としては、さっさと結論をしりたい。マスターの決断も考えるとなおさらだ」
『なるほど、前置きが長いと。いやぁ、最初にいくつかの前置きをするのが私流。というかこの手の解説に向いてるどこぞの名探偵だって無駄に前置きが長いじゃないか―――おっとホームズ、落ち着いてバリツの構えを解くんだッ……! まだ! 私! 説明中…!』
―――そう言えば、何故解説がダヴィンチちゃんでもなく、ホームズでもなく、アラフィフなんだろうか。
アラフィフと名探偵の音声から聞き取れるとっくみあいを華麗にスルーしながら立夏はそう考える。すると程なくして―――モリアーティから疑問への回答がある。
『それは
「探偵であるホームズにとっての天敵―――?」
『ま、サーヴァントになったからこその制約みたいな? ほら、それに彼って重要な要素、つまり核心を話すときはそうであると確定してからしか話さないだろう? そこをつくような計画なんだ。いやぁ、ホントよく出来てるヨ。カルデアにシャーロック・ホームズがいると知ったからこんな、一見して理解しがたい計画を考えついたのかナ、っと―――セイバーとやらも結論が知りたいって顔だし、話を進めるとしよう。君たちが知りたいと思っているのは――彼が黒幕かどうかか、だったね?』
そう説明すると、彼は間を置いて意味深に言葉を告げた。
『―――結論を言おうか。火々乃晃平は完全なシロ、黒幕じゃない。現時点では、ね?』
結論と言いながら、奇妙な含みのある言葉をモリアーティは告げた。
『まあ、とかく話を聞いてくれ。マスター君の話から聞いた人物像と、時計塔の出身者、そのなかでも実際にあったことのある人物から聴いた話と推定できる人物像は概ね一致していた。だからこそ、不可解だ』
「…不可解?」
「―――人質を使ったことだな?」
『正解だ、セイバー。と言うことは、君もどうやら感じていたようだネ。彼の矛盾に』
矛盾、人質と聞いて火々乃晃平の行動を思い出し、照らし合わせてみる。しかし、彼は魔術師である、ということを考えれば、たいした矛盾は感じない。それこそ、地下の工房を見れば彼が人命を尊重しているとは思えない。
―――では、一体なにが矛盾しているのか。
『こちらで掴んだ彼の人物像は“彼は
「おかしい?」
『彼は自分が悪だと理解しているが、否定しないだけで肯定もしていない。む、これではわかりにくいが――要は、何を悪とするかで彼のスタンスが大きく変わるってことサ』
例えば、どうしようもない飢えで人から食を奪い、殺人を犯すことを悪だからとは否定しない。そうさせた社会や運命に苛立つことあっても、
だが、途中で殺人を楽しみ始めれば話は別の物になる、ということだ。
『矛盾は大きく分けて二つ。一つは――ランサー・スカサハを嫌う理由がない。彼女は、経過はどうあれ善性を持ったサーヴァントだ。彼の性格、“悪故に、善性を尊重する”というものを考えれば、彼女の生涯を理解出来る存在でもあり、だからこそ信用はするはず』
彼女の属性は、中立・善。そこから考えても、火々乃晃平が嫌うモノはない。
『だが、現実は素っ気ない塩対応。しかも、聞けば自分とは契約してないライダーとは懇意にしていたようじゃないか! それもイチャイチャといっても良いくらいの―――っていたっっ!?』
奇妙な熱を言葉は端に込めるアラフィフに、“おちつけ”とダヴィンチちゃんに物理的な制裁を加えられる。
『で、矛盾二つ目は人質をとる必要がないことだ。聞けば、ランサーの性能は他のサーヴァントより抜きんでている。なのに、わざわざ人質を使った! それも対して強くなさそうなアサシンに! それはなんともおかしい。だって無駄に面倒だ! ランサーには睨まれる要因になるし、人質をかくまう場所は必要になるし、何より時間が無駄だ!
それに、彼は火々乃胴雷という男にたいそう執心、それも自分の手で殺す宣言までするほどだ。こんな無駄な時間を使うとは思わないネ』
「……で、その矛盾がどうして彼が黒幕でないという証明になるんだ?」
『―――この矛盾こそが計画があり、黒幕でないという証明になっているのサ』
「ひょっとして、わざわざ人質を使ったのには理由があった……?」
『正解だヨ、マスター君。彼には、人質を使わなければならない計画があった。それもかなり綿密な、ね。でも、この計画はあまりにも特異なもの。それこそこの計画を暴こうとする第三者を意識した代物だ。それ故に、ホームズ君は説明できない。だってこっからはどうしても推論で話すしかないからだ』
「え?」
『妄想とも言っていい。状況証拠は残っているけどそれだけだ。ランサーを嫌う理由があり、人質を利用する理由あり、なおかつ我々と初手で同盟を結んだ。その全てが計画だとわかるけど、その真意、目的まではたどり着けないようになっている。私の計画設計によくにている。ひょっとして―――私のファン!?』
計画とはイメージするならば、絵の書き方に近い。例えば、人物画を書こうとすれば、構図を想定し、大まかな輪郭をかき、背景を描き入れる。逆に言えば、ある程度書かれたものを見れば何を書きたいか判る。
だが、火々乃晃平の絵は、キャンパスのあちこちに点を穿っただけの構図も構成も考えていない、前後間隔も、関係も何一つ繋がっていないようなもの。それで何を書いているのかと問われても判りようが無い。
もっともらしい事実は見えてくるが、それは結局、妄想したものでしかない。故に完全な結論を付けることは出来ない。
『彼が黒幕でない最大の理由は―――この計画は第三者を意識した設計で、恐らく聖杯戦争が始まる数日前から計画され実行している点だ。だって彼が人質を取ったタイミングは少なくとも三日は前の筈なんだから。
なんでそう言えるかって?
だって、不安定要素がいくつもある聖杯戦争において、聖杯戦争中に人質を取りに行くなんて結構な手間だからネ。何処の誰が参加していて、戦争の主導権が誰にあるのか、サーヴァントはどんな宝具を持っているのか。精確な情報がなければ、人質に出来ないんだ。言って抵抗されて、自分のサーヴァントが倒されるきっかけになってしまったなんて間抜けだろう? だから、黒幕じゃない』
通信機越しにたりと笑うアラフィフ。そして、立夏やセイバーの動揺を誘う、火々乃の一つの真実を言い当てた。
『さっき、現時点では何を目的としているかは判らないと言ったが、別に、細部の予想がつかないと言う訳ではない。彼が黒幕を撃退したいのか、取って代わりたいのか判別は出来ないが―――彼はランサー・スカサハの手で殺される気だ』