Fate/EXTRA-Lilith-   作:キクイチ

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前回までのあらすじ。
火「死んじまいなァ、雌犬」
?「馬鹿め、言ってはならんことを...」


墓で暴れるのは幽霊だけじゃないから気をつけろ

 第五区画外。山間、うっとうしいほど葉を茂らせる木々。しっかりとした足取り、それこそ山歩きになれていると思わせる歩き方をする男が風をそっと押しのけながら歩いていた。男は肩に掛けるように花束を持っている。

 朱い天上の華が甘い香りを夜の闇に溶かしていく。

 

 時刻は夜。故に如何に山奥ではないとはいえ、暗闇は黒さを増し五メートル先までさきの状況しか判らない。

 しかし、夜空に浮かぶ半月は、男の心情を知ってか知らずか闇を照らし、道を見失うことを許さない。

 

 ―――誰かに叱咤されているような気分。

 

 男はそう一人心地ながら、山道を歩いて行く。

 

 先程までいた神社とはそう離れていない。

 

 ―――彼女のほうは上手くいっただろうか。ま、彼女が負けるとは思わないが。

 

 頭の中はまとまらない。さきほどの一件をガラにもなく気にしているらしい。

 もっとも、その男にとっては「あの手段以外にももっと良い方法が在ったのではないか」「叶うなら、今度こそ」などと考えるのはいつものことで、結果、「あれで善かったのだ」とそう結論し、虚脱感を何処かに押し流すまでワンセットである。

 

 

 しばらく歩けば、開けた場所に出た。

 

 ちょっとした丘陵を石畳で舗装された道がいくつもの区画に区分してあり、別れた区画にはこぞって何かしらの文字が刻まれた角柱の石碑が建てられている。つまり、男が訪れた場所は墓場であった。

 

 舗装された道を挟み、区画の隅にはそれぞれぶっとい蝋燭が立てられている。蝋燭には当然火がともされ、赤い暖かみある色を放っていた。

 

 ――ここの管理を任されている寺のはげ親父(住職)のせいだろう。毎夜、魂が迷わぬようにと送り火をたくお人好し。最初にあったのはもう何年も前、だというのにその習慣はまだ顕在、つまりは存命ということだ。

 

 

 男は昔の小さな出来事を脳の中で反芻した。しかし、これからのことを、自分がここで成すことを思い出し、笑みは消える。

 

 男―――火々乃晃平の目的地は近い。そこに待っている者の気配をより感じている。

 

 蝋燭で照らされ、意外にも夜にしては明るく見えている墓場。

 

 その中心。

 とある一家を弔う墓に老人がいた。

 黒髪に、老いた白髪交じり。枯れた体に、深いしわ。それに加え、火々乃晃平はその持ち前の妖精眼で、老人の魂が腐り、既存の肉体を構成し続けることは叶わないと判った。

 無理に延命を施そうとするならば、それこそ生者から生命力を搾取し続けることしか出来まい。

 その背中を火々乃晃平は知っている。かつての自らの師であり、自分を魔術師の世界引きずりこんだ元凶。つまり――――火々乃胴雷、その人である。

 胴雷はとある墓の前でかがみ、拝んでいた。

 

「――――――久方ぶりだな。未だその憎まれ面、壮健で何よりと言ったところか」

 

 しわがれた声。壊れたチェロのような深く、枯らした声。振り返らず放った声はずっしりとのしかかるような重さを持っていた。しかしながら、かつての狂気はどこぞへ抜けてしまったように火々乃晃平は思った。声色が幾分か柔らかくなったように感じたのである。

 

「拝む場所を間違えんな。そこは、俺の親の墓だ。火々乃(アンタ)の墓じゃない」

「連れんな、小倅。お前の母親は、この胴雷の娘であると忘れたか?」

「―――殺した元凶が言うセリフじゃないな」

「殺したのはお前さんだろう? 儂は壊しただけぞ」

「抜かしやがる」

 

 悪びれもせず、胴雷そう吐いた。狂気はなくとも、悪意は消えていない。

 火々乃晃平は胴雷の隣にしゃがみ、墓に据えるための花坪に持ち込んだ彼岸花を飾り立てる。そしてちらりとその手の甲に目線を向ければ、聖痕は消えていた。

 

 ――――どうやら、彼女は勝ったらしい。

 

 

「死人が、死者を拝むなんて馬鹿な話が合ってたまるか」

 

 

 火々乃胴雷は既に死んでいる。それは火々乃晃平だからこそよく判っている事実だ。

 

 ―――今から六年前に、彼は火々乃胴雷を殺害した。

 

 その際に父親、母親も同様に殺害している。無論、両親に至っては殺したくて殺したわけではない。火々乃胴雷が「人体改造」を施し、彼の指示に従う肉人形に変えられていたのだから、敵対した以上排除しなくてはならないものになる。

 火々乃晃平にとって、両親とは「愛すべき人間の象徴」的存在であり、日常の象徴。火々乃胴雷の殺害を画策したのは、それこそ魔術師になってから一、二年たった頃である。

 その頃胴雷は、まさしく悪と呼ぶに相応しく殺人を楽しむ殺人鬼と化していた。神秘という現実に対する暴力をこぞって行い、犠牲になった人間は三桁に昇る。いずれ、自らの家族に手を出すことは明白。故に早急な排除が必要だった。

 だが、相手は火々乃晃平にとっての上位者だ。上手の人間には、それと同じぐらいの能力を持つか、自分の場所まで引きずり落とすか、複数の魔術師で討伐するか。そのいずれかの選択を迫られた。

 基本的に自分の問題に他人を巻き込むことを好まない彼は頼ることもなく、ただ自分の能力を向上させ、相手に一手も譲らぬよう策を固め、ついぞ胴雷を殺害に成功した。もっとも、結末は彼の願いにそぐうものではなかったが。

 

 とかく。彼は胴雷を殺害した。それは否定できない。死んだものが蘇る筈がない。あの日に殺し切れなかった可能性はもちろんある。しかし、死んだ肉体は火葬し、遺灰にかえ――火々乃の墓に納骨してある。そして、それが()()()()()()ことも調査済み。骨壺には特性封印を施してある以上そこから復活はできない。

 では、胴雷はどうやって復活したのか。

 

「クソジジイ。テメェ、どうやって蘇りやがった。墓にあさられた形跡もなかった。神秘が行使されたあともだ。死んだヤツが蘇る筈はない。死徒やらなんかかと思ったが、どうもそれとは違うことは見れば分かる」

「……いかんな。まだお前は、奇妙なクセが消えておらんらしい。無駄にまどろっこしい」

「あ?」

「お前が知りたいのは手段ではなく―――誰に復活させられた……その一点だけだろう?」

 

 火々乃晃平はその言葉に少し心を揺らす。なにぶん、胸中を言い当てられたが故に。

 

 ―――腐っても、魔術師。俺の師だったわけだ。

 

 言われた通り、彼が胴雷に聞きたかったことは手段ではない。

 自分で仕掛けて蘇ったワケではないとあらば、復活させたのは第三者の手による者だろうと簡単に推測できる。

 

「――反魂の術。死者の魂の再現。肉体()さえ用意できれば、魔力と、大規模な儀式場さえ整えれば難しくない。だが、そこまでの精度のものは初めて見た。本来、一日たらずで魂が腐敗しきり、肉体もつられて腐る」

「儂は今日で一週間生きている―――か。傀儡の身ではあるが、そこそこ、楽しめた」

「……誰だ。アンタを呼んだのは」

「儂には判らん。縁もないヤツだ。だが、酷く――()()()()()()()。あそこまでいくともはや瓜二つだな。お前の方こそ覚えはないのか?」

「……俺に、似た誰か。覚えがねぇな。少なくともこんなマネをするヤツはしらねぇ」

「くく。だろうな――――では、そろそろ腰を上げるとしようか」

「そうだな」

 

 ゆっくりと二人は名残を楽しむかのように腰を上げる。

 

 そしてお互い距離を5メートルほど開いて向かい合う。

 その瞬間、雰囲気は一変し、先程までの緩やかな熱は消え、互いを飲み込もうとする冷たさで張り詰めていく。これでいい、これこそが自分達の関係なのだと、聞かれてもいないのに答えていく。

 どんな由縁があろうとも、火々乃胴雷はアーチャーのマスターであり、ランサーのマスターであった火々乃晃平の敵である。たとえ、その身から狂気が消えようと、火々乃晃平が憎悪を向けるべき敵なのだ。

 

「……まだ、魔術師のままなのだろう? お前のことだ。儂殺した時点で、魔術師などやめているものだと思っていたが―――ま、今は問うまい。だが、魔術師の道(ヒビノの名)選んだ(継いだ)以上、覚えていような。()()の教えを」

 

 その問いにおぞましさはない。醜悪さもなければ、悪意もない。今の火々乃胴雷は後人のため(生者のため)の、先達として、一人の魔術師として火々乃晃平の前に立っている。

 

 ならば、彼も叉魔術師として応える。

 

 ―――もちろん、覚えている。

 火々乃という姓に変わった時、火々乃胴雷からその教えを受けた。『隷従』などという特異的な魔術を行使する以上、必要とされる教えである。

 

「……一つ。他に同情することなかれ」

 

 人を呪わば穴二つ。他者への同情は自らの死を引き寄せるものと知れ。例え、自分の愛した者と死に別れようとも心を動かせばたやすく死に魅入られよう。

 

「二つ。他に隷属する(本心を明かす)ことなかれ」

 

 我が魔術は支配の象徴。他にかしずくことは許されない。他に心預けるなど愚の骨頂。不要な信は自ら滅ぼすものだ。我らは支配者たること忘れるな。

 

「三つ。他と安易に契約を交わすことなかれ」

 

 我らにとって契約とは、魔術を成り立たせる上で果たさねばならぬ絶対なもの。それを歪めることも、貶めることも許すな。貶めることは魔導の破綻と知るべし。

 

 そこまで聞くと火々乃胴雷は着物の袖からキセルを取り出し、先に火をつけ吸い始める。

 

「本当に覚えているとな……懐かしい。お前は、まったく教え従おうとしなかったがな」

「他に隷属することなかれ、だ」

「くかかかッ! これは一本取られたわ! ―――故に、惜しい。お前は間違いなく火々乃にとっての傑作だった。その天性の感性も、体質も、何もかもが火々乃の魔導がためにあったと言っていい! だから、私はお前の完成のための一手を打ったのだ! 我が娘の命を使ってでもなぁ!」

「……ふざけるな。そんなことのために、俺の両親は殺されたってのか。聞きたくなかったね」

「『他に同情することなかれ』だよ。くだらんものに心を裂いてどうする。お前はいつもそうだ。些事に心を囚われている。―――誰をも救えるなど幻想だ。それをいつまであの小娘を思っているつもりだ?」

「……黙れ。俺はお前のようにはならない。そう、昔に決めたのさ。アイツは―――俺にとって大切なヤツだったんだ。自分の娘を生け贄使うようなヤツには分からないだろうがな」

「―――愚かなヤツよ。我らは支配者故に、卑属するものの醜さを、見るに堪えない醜悪さを自ずと知ることになる。だからこその教えよ。無駄に心を砕けば、苦しむのは己自身。それをお前は思い知ったはずだ」

「それは間違った認識だ、クソジジイ。俺達は決して高尚な支配者などではない。臆病者さ。大切なヤツ一人背負ってやる事も出来ない、救いがたい大馬鹿者なんだ」

 

 

 チンと鯉口を火々乃晃平は叩く。いつの間にか彼の腰には日本刀が下げられていた。

 伝えられる意味合いは開戦、あるいは火蓋を切る頃合い。

 

「……我が呪術師(火々乃)としてのならいに従うか、晃平」

「火々乃現当主として受けよう、胴雷」

 

 人形師は人形でその技術の優劣をつけるもの。では式神を統べる者共の優劣は組み上げた己が使い魔で優劣を付ける。同じ道理を得て、その研鑽を示し合う。魔術師の殺し合い。

 

 暗闇の何処からか、猫を思わせる声が響く。

 

 暗闇の何処からか、犬を思わせる声が響く。

 

 

 火々乃晃平が呼び寄せるは、己が最強の使い魔である『鵺』。

 黒く艶やかな毛並みを月明かりが美しく照らし出す。大人の掌程度の子猫から、腰掛けれるほどの巨体となり、主の前に体を出す。まはやここまでの大きさなら猫と呼ぶより虎と呼ぶべきなのだろうが。

 

 紫煙を燻らせながら、胴雷は己が使い魔を呼び寄せる。

 

 暗い夜ではあるが月明かりのおかげでその異形の存在を火々乃晃平は目にすることができた。

 病的なほど白い肌をさらし、体に余分なものは纏っていない。華奢な体をした―――獰猛な目をした人間。生きたまま獣へ変えられた胴雷が造りあげた傑作。

 全身を覆うほど長い黒髪、髪の間から覗く青い目が特徴的であり、爪は鋭く赤い。

 

 その姿を認めた時、火々乃晃平は全身が総毛立つのを感じた。

 

「―――似ているだろう。お前の母に」

 

 その言葉で思い出す。確か、自身の母には―――姉がいたはずだ。もとより、俺が魔術師として、火々乃を継ぐことになったのは―――その姉の死が原因だったのではなかったか。

 

「道理で。なるほど。俺が生まれた時点で、その女はもう用済みだったわけだ―――テメェ、娘を裏切ったな?」

「お前が、そんな目をする道理があるかね? お前も同類だろうが、なぁ『饕餮』」

 

 火々乃晃平の目は鋭く細められ、胴雷に殺気を放つ。されど胴雷は気にも止めず、饕餮と呼ばれた女性を懐かしむように見ていた。

 

「―――アンタを殺す理由が一つ増えた」

 

「それは結構。では、いざ死合おうぞ。

 我が名は、――――――火々乃家二十一代当主火々乃胴雷」

 

「我が名―――火々乃家二十三代当主、火々乃晃平が受けよう」

 

 

 ――――互いに望むるは、相手の首、その命。己が信念の突きつけ合い―――まさしく魔術師の生存闘争である。

 

 

「「では、いざ尋常に――勝負―――!!」」

 

 

 飛び出す二つの巨体と銀の刃が、空中を覆い尽くそうと動き始めた。

 




まだ前哨戦もいいところ。サーヴァントが三体ほど消えてから本番。

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