Fate/EXTRA-Lilith-   作:キクイチ

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自己強制証明

 

 

 ―――時刻は十時を指そうとしている。

 

 ライダーは本調子でないナツキとお留守番。そして、バーサーカーの本邸襲来を予測し、カルデアのマスター――藤丸立夏とセイバーもまた拠点守護を頼んだ。

 これで俺にとって都合のいい状況ができあがりつつある。……立夏君がついてこなかったのは意外だったが、最大の懸念はなくなった。彼に不意を突かれるのは御免被る。ランサーがいる手前、防ぐ手段がなくなってしまう。

 

 暗い参道を歩きながら、山上の神社を目指す。竹林で囲まれたここは、真夏の夜にしては湿度が一定に保たれていてほどよい涼しさを感じる。

 後ろついて歩くランサーの気配を感じながら、今回の目的を確認する。

 

 今夜、決着を確かなものにするため用意した策。その一手。

 この神社には、土御門を呼びつけてある。『折紙』を送りつけてわざわざ時間と場所を指示しておいたのだ。前もって捕まえておいた人質を土御門に渡し、アサシンに自害してもらう。そのために『自己強制証明(セルフギアス・スクロール)』まで用意してきた。

 

 ちなみにセルフギアス・スクロールとは、権謀術数の入り乱れる魔術師の世界において、決して違約不可能な取り決めをする時にのみ使用される、最も容赦のない呪術契約の一つである。

自らの魔術刻印の機能を用いて術者本人に掛けられる強制の呪いは、如何なる手段を用いても解除不可能であり、たとえ命を差し出したとしても、次代に継承された魔術刻印がある限り、死後の魂すらも束縛される。

 

この証文を用いての交渉は魔術師にとって最大限の譲歩を意味し、魔術師の間では滅多に見ることのできない代物でもある。

 

 今回は羊皮紙系で持ってきた。

 

 やがてついた神社、その境内にはサーヴァント―――アサシンとマスター―――土御門がいる。アサシンはその黒衣を微風に揺らし、土御門は心優しき父親の姿はなく、もはや般若と呼ぶべき形相でこちらを睨み付けていた。

 ランサーは俺の後ろで黙っているが、気に入らないという雰囲気を余すことなく発揮していた。

 

「やあ、待ったかい。土御門家当主」

「―――貴様っっ! よく俺の前にのこのこと!」

「喚くな。つい手元が狂って大事なお嬢さんごと焼き殺しかねない」

「っ……! ゲスめ……!」

 

 事前情報で娘をたいそうかわいがっていることは聞いていた。なんでも呪いを解くために国を駆け巡り四苦八苦。遂には見つけることも適わず、娘は余命幾ばくか。ああ、なんて涙ぐましい努力。聖杯戦争に参加する、なんて決めなければ人質にされずに済んだかも知れないのにねぇ?

 

 少々、外卑た笑みを浮かべると、ヤツの顔色も朱く興奮してくるもんだから面白い。

 

「では、さきほど通告した条件を飲んでもらう。元よりそれ目的でここに来たんだろう? まさか―――条件を切ってでも、アサシンとランサーを戦わせて娘を取り戻すなんて吐き気を催すような回答をしにきたワケじゃないよな?」

 

 そこまで愚かだとは思っていない。ヤツも魔術師だ。目的をこそ最優先。それ以外は匙。そう捉えて貰わなければ困る。これは、()()()なのだから。

 

「くそっ……!くそっ、クソッ!!」

「―――落ち着け、マスター。俺も同意の上、ここに立っている。……認めるのは癪だが、ヤツの方が一枚上手だった。未練も悔恨もあるが、それはたいした話じゃない」

「………、すまねぇ。俺は、マスター失格だ。お前を最期まで戦わせてやれなかった」

 

 悲壮感満載、お涙頂戴は聞き飽きた。というか目にもしたくない。

 土御門の目の前まで歩き、羊皮紙を突きつける。

 

「……そいつにサインしてくれるなら人質は生きて返そう。もちろん五体満足で。そら頭上をご覧あれ!」

 

 言っても信じそうにないので、俺と土御門の真上、それも縄で笹巻きにして吊し上げるように五メートル上空に浮遊させる。彼女を吊っているものはタダの縄ではなく、『折紙』で形成した縄である。

 

 だらり、とうなだれているが遠目に見ても息をしているのが判る。ただ気絶しているだけだとも簡単に気づけるだろう。

 

 『自己強制証明(セルフギアス・スクロール)』には以下の文面が書かれている。

 

 縛術式 

 

対象:

火々乃晃平

 

火々乃の刻印が命ず。

各条件の成就を前提とし、制約は戒律となりて、例外無く対象を縛るものなり。

 

制約:

火々乃家二十三代継承者、胴雷の小倅たる晃平に対し、

土御門晴之、並びに土御門由香里の両人を対象とした殺害・傷害の意図、及び行為を永久に禁則とする。

 

条件:

残る令呪の全てを費やし、サーヴァントを自決させる。

 

 

 それを見た土御門は苦々しい顔をして、俺の差し出す万年筆を受け取り、震えた手で羊皮紙に自らの名を書こうとする。

 

「由香里は、これで帰してもらえるんだな……?」

「ああ。アサシンさえ自害して貰えたなら、それ以上のことを要求することはない。今後が不安だと言うのならうちでかくまうことも約束しよう。ついでに、君の娘の呪いを解く手助けをしてやってもいい」

「……もとはお前が始めたコトだろうっ」

 

 小さく吐き捨てられたその言葉には反論したい所だが、こいつに時間を多く掛ける気は無い。さっさと書けと催促する。

 

 だが、その行為に、

 

「―――――待て!」

 

 待ったと声を掛ける者がいた。それは眼前の土御門ではなく、ましてアサシンの声ではない。凜とした女性の声であり、それは聞き覚えのあるもの。

 

「あ――――?」

 

 俺は間抜けな声を発しながら後ろを振り返ってしまった。

 もちろん目線の先にはランサーが立っている。先ほどの声はランサーのものだ。

 

 しかし、彼女の前には青く輝いて見えるルーン文字。確かな魔力が込められたそれは、空中に青い軌跡を刻み―――土御門由香里を拘束する『折紙』へと向っていく。

 

「しまっ―――」

「―――――――エイワズ!」

 

 無理矢理、土御門由香里を動かし迫るルーンを避けようとするがもう間に合わない。ランサーが放ったルーンはエイワズ、つまり『退去』のルーン。解呪を肯定する有名なそれだ。

 

 そこらの魔術師が放ったというなら、そこまで驚くことはない。俺とて特化した呪術の使い手だ。そんじょぞこらのヤツに解呪できるものは扱っていない。

 

 されど彼女はかのケルトに名高き冥府の女主人にして影の国の女王。クー・フーリンには魔術を教えたという逸話まである。何の因果か英霊として召喚された彼女だが、扱う魔術、それもルーン文字など、規格外の一言で言い表せるものだ。

 

 放たれたルーンは、呪術ベースで組み上げられた術式『折紙』を呆気なく瓦解させる。

 

「マスター、口を閉じろ!」

「え、っておわっ―――!」

 

 空に投げ出された少女を、アサシンは土御門を一瞬で抱え、跳躍し、落ちてくる彼女をもう片方の腕で抱き留めた。

 

「行け、アサシン」

「……悪いな、ランサー。この借りは、いずれ我が拳で返そう」

 

 両腕に抱えたまま、アサシンは跳躍し境内から姿を消した。

 

 俺はと言えば、彼女の動向から目を離せず見つめ続けるだけだった。

 

 ヤツの挙動から目を離せない。これは明確な裏切りだ。

 次の瞬間には、槍が脳に向け叩きつけられている。そんな予感、憶測が頭の中を満遍なく支配する。

 無意識で、令呪の刻まれた手首を握る。いずれ裏切るだろうとは考えて居たが、せめてジジイを始末するまでは、と考えていた。まあ、少し予定が早まっただけか。彼女を始末する理由が分かりやすくなっただけ。そう考えれば良い。

 

「……やってくれたな。これは、マスターである俺に対しての裏切りだぞ? お前のせいでアサシンを仕留められなかった」

「彼奴のほうが私より強いとでも? アサシンに遅れをとると思われるとは、心外だな。それに生憎、臆病者ならまだしも卑怯者に付き合う気は無い」

 

 こんな状況でおどけて見せるランサーに苛立ちが積もる。アサシンをここで生かす意味はない。俺の最善手をまさか、そんな理屈でご破算にされるとは。これは計画に大きな歪みを生む。ランサーならアサシンに勝てるだろうよ。だが、それより早く、確実に決着がつく手段を用意出来たというだけのこと。

 ま、いいか。この程度の叛心など些事だ。

 

「……だから、お前は死ねないんだ。栄転(追放)させられる前にさっさと死んでおけば、生き続けることも余計な荷を背負うこともなかったろうに」

「ふ。それで憐れんでいるつもりか? それが私への意趣返しか?」

「中途半端なんだよ、お前。順当な生も、死もお前には感じない。―――だから、嫌いだった」

 

 真っ当な死がなかったからこそ、この女は既存の生者としても死者としても在ることができない。美しい死も醜い死もない。

 だからこそ焦がれ、それに執着する。生きている、のではなく。ただ在るだけ。生死の剥奪。永久の傍観者。

 しかして、この女にも消えれたかも知れない機会はあった。

 

 人理焼却事件。人理が文字通り揺らぎ、焼却されたのなら彼女が栄転し(追放)続ける理由は消えるだろう。もとより人理のための追放なのだから。

 だが、この女は焼却側には回らなかった。渇望したそれが在ると知りながら、大多数の人間のために願いを押し殺したのだ。……なるほど、戦士の母とはよく言った。気高い誇りを押し通して在ったから、彼女はこうなり(終りを得ることが出来ず)、現在は保たれているのだ。

 正直に言えば、その気高さを俺は好ましく思っている。

 

 しかし、俺に苛立ちだけだ。

 この女は救えない。そも救いを欲してすらいない。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ―――ああ、やっと判った。

 ライダーが指摘したのは、この事だったのだ。

 

 無様に手を伸ばすことすら許されぬ、許さないこの生き物に。俺は、怒っているのだ。

 なまじ、この女の気高さを好ましく思う故に苛立つのだ。

 

 彼女に、正当な死が用意されていたならば今のような隔たりはなかったろう。俺が勝手に腹を立てているだけだったのだから。

 

 ―――それも、ここまで。

 

 

 令呪の刻まれた腕を掲げる。そのさまを彼女は静かに見ていた。―――全ては覚悟の上か、あるいは、俺を見定める気でも合ったのか。いずれにせよ、ここで終りだ。

 

「第一の令呪をもって命ず。『我が許し無くして宝具を開帳することを禁ず』」

 

 まずは誇りを奪う。手の甲から令呪が一画が消えた。ランサーは仏頂面を驚きに崩す。俺が命じたことが自害でなかったことに驚いたらしい。

 別に、己がサーヴァントを殺す手段は自害だけじゃない。

 

「第二の令呪をもって命ず。『第三区画、ブリッジに向って跳躍せよ』」

 

 神社の境内は、表向き竹林に囲まれているが、意外とある標高の高さから下町が一望できる場所でもある。その下町から、サーヴァントの反応を捉えた。その反応はアーチャーの反応であることは調べ済み。こちらの様子を窺いつつ、動きしだいで弓で打ち抜くつもりなのだろう。

 ヤツを逃がすと手間だ。さっさとご退場願おう。

 

「最後の令呪をもって命ず。『アーチャーに宝具を開帳せよ』」

 

 最期の令呪が輝きを放ち、彼女に行為を強要させる。

 彼女の体は空間跳躍を始めようと朱く、鈍く光っていく。

 

「じゃあな、雌犬。お前と公道するなんて、もうこりごりだ。二度と会わないこと祈っているよ」

「お主……! この程度で―――」

「死なないだろうな。だからちゃんと首輪もやった。ペットの面倒は最期まで。ほらいいご主人サマだったろう?」

 

 覚えておけとでも言いたげなにらみを躱して嘲笑を返す。

 

「お前にも犬死にを味わって貰おうって言う俺の寛大な配慮だ。師弟揃って犬らしくて良いじゃないか。状況までそっくりだ。楽しめよ、ランサー」

 

 

 俺の言葉の最期の端にランサーはアーチャーの元へと跳躍した。

 

 

 アーチャーは出会い頭にゲイ・ボルクお見舞いされ、恐らく何もできず死ぬだろう。守りは剥いだ。

 

 ―――メインディッシュといこうか。

 

「待ってろよ、クソジジイ。お前にゃ色々聞かなきゃならないんだから」

 


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