『あ、ちょっと用事があるから週刊少年ジャンフ買ってくるわ』
と火々乃は、ライダーと帰路の途中で別れコンビニへと赴いていた。理由は先ほど述べた通り火々乃が愛読している週刊少年ジャンフを買うためである。
そのためにわざわざついてこようとするライダーを煙に巻いてまで買いに来ていた。
金曜日になればしわくちゃになってしまう週刊少年だが、そう成る前に買い付けておけば話は別だ。やれネットを見る度に盛大なネタバレをくらいそうになる火々乃にとってはいち早く手に入れることが肝になる。
しかし、最近はやれ聖杯戦争しかり、ランサーとかいう彼視点では怪しいサーヴァントを掴まされる始末で忙しかった。
さらに、今夜は例の作戦の決行前。今日この日でなければ買いそびれるという確信が彼にはあった。
たどり着いたコンビニ店で彼はついに目的のブツを見つける。どう言うわけか、一冊しかなかったが、それはそれでラッキーとこのときの彼は思っていた。
しかし、手を伸ばした先で彼の思惑は覆ってしまう。
「―――ん?」
伸ばされた手は二つあり、彼が掴んだものにもう一つの手も掴んでいた。
視線を伸ばされたほうへ向けると―――そこには少女が一人。身長は低く、目深く被った帽子の隙間から覗く、若い見た目も相まって中学生にしか見えない。あるいは小学生とも思えるだろう。
だが、その子は火々乃晃平にとっても知っている少女だった。
「あれ? お前、ここで何してんの?」
「―――って、火々乃お兄さん!?」
週刊少年ジャンフを手に入れようとしていた少女の名は―――土御門由香里。件の人質である。
しかし、彼にとってそんなことはどうでも言い。一般の大人とされている人はここで優しく譲るのだろうが―――この男は譲らない。
「え、何 お宅もジャンフ?」
「ジャンフ」
「ジャンフ合併号?」
「ジャンフ合併号」
ちらりと手元に目線を落とす二人だがやはりそこには一冊しか置いてない。
「まいったな、一冊しかない」
「どうしましょう?」
全く子供にすら譲る気を見せないこの男もそうだが、彼の前にいるこの女も口では「どうしましょう?」とか言っているが、“そこは私に譲るべき”と目で訴えている。お互いに厚かましいヤツである。
「俺、かれこれ11件ぐらいコンビニ回ったんだけど(譲れ)」
「私も15件くらいまわったかな、うん(譲れ)」
「あ、アレ入れたら17件くらい回ってるわ(お前が譲れ)」
ちなみにお互い嘘をさらりと織り交ぜながら離していたりする。最初に入ったコンビニで醜い争いをしているだけである。
「いや~参ったな~。うちの息子がさー、どうしても故郷帰る前に読みたいって聞かなくてサー」
「私はお母さんがな、読みたいって。ちょっと病気でさぁ、明日の手術から帰ってこられるかなぁー」
「あ、実はうちの息子も死ぬんだよね」
「死んじゃうの!?」
ツッコミで意識がそれた瞬間を狙い、火々乃は素速くコンビニの雑誌の棚からジャンフを音もなく抜き取る。
そしてそのままレジへ持って行く。
余りの手癖の悪さ、素早さに土御門の娘も大いに驚いた。
「―――――っ、ちょっとまった!」
しかし、流石は名門の娘と言うべきか、恐ろしいほど早く頭を回転させ、コンビニの雑誌の棚から一つもって火々乃に向って差し出す。
「ジャンフなんて落ち目の漫画よりこっちのほうが絶対いいよ!」
「あん? ――――って、これはっ!?」
差し出されだ雑誌の表紙には―――豊満な胸をした女性の浴衣がはだけた姿が写っている。――俗に言う、エロ本であった。
しかも、タダのエロ本ではなく―――SM本。女性が荒縄で縛られていることから、そういう紳士向けであることがよく分かる。
「いや……でも、コレ………、息子読むかもしれないな。買っていこうかな。いや、息子が読むようだから。俺が買いたいわけじゃないから」
などと言い訳する火々乃だが悲しいことに目はエロ本に釘付けである。
火々乃が見入った隙に土御門の娘は、ジャンフをかすめ取ってレジへ進む。
「いやちょっと待てや、ゴラァ!!」
「何ですかもう! そっちで発散しとけよ! 情熱を!」
「ジャンフがなきゃ情熱なんて沸くわけねぇだろ、バカ! あと、女の子がそんなこと言っちゃいけません!」
「いい加減にしてよ! 母親が病気なんて嘘よ! バーカ、バーカ!!」
「こっちだってなぁ! 息子なんて端からいやしねぇんだよ! ジョイスティックな息子なら顕在だけどね!」
「淑女に向って、堂々セクハラなんて―――恥を知れ!」
「エロ本を渡してくる女は淑女なんていわねぇ! 良いとこ、雌チンパンジーだ!」
「いい加減にしろォォォォ!! 他のお客様へ迷惑になるでしょうがァァァ!!」
レジの店員がぶち切れ、第一次ジャンフ抗争は終戦した。
***
空は夕暮れ。夜の帳も落っこちてきそうな時刻。
公園のベンチに二人して腰掛けていた。俺の隣にいるのは、件の人質、土御門の娘、土御門由香里である。中学生になったばかりの小娘は、今ふてぶてしい顔で俺の隣でジャンフを読んでいるのであった。
「―――で、なんであんな所にいたんだ。他の魔術師に見つかったらどうする。主にお前の父ちゃんとか」
「何度も言ってるけど、土御門家はシロ。こちらにサカズキはないです。聖杯の影の形も、こんな大それたことをする背景を持つモノもいません。それはお兄さんがよく知っているはずです」
「………俺は、人質のお前はもう少しおとなしくしてるべき、って言ったんだよ。土御門についてはもう疑ってないさ」
「だといいけど……お兄さんだからなぁ……」
“どうせ疑うんだろうなぁ”という言葉が裏に聞こえてくる。猜疑心なくしたら俺じゃないだろ。
実は、彼女には人質がてらに土御門の内情について探って貰っていた。まだ子供、とは言え魔術師の端くれ。余計なことに、親に似て正義感を失ってない。
「っていうか、わたしとしてはお兄さんが呪いをかけたんだとおもったんですけど」
「んな
「わたし、人質にされてるんですけど?」
「拘束してねぇだろ? それに―――」
この少女は俺に対して高い貸しがある。彼女にかけられた呪いは八割方解呪に成功した。今ではこんなに元気に動き回れるほどである。やっぱ八割も治さない方がよかったかねぇ。生きている事実だけで搾り取りゃぁよかった。
しかし、後悔先に立たず。
「お前の呪いを解呪する代わりに、お前は俺の人質になる。そういう契約だったはずだ」
俺に命を救われた以上、ソイツは俺に借りを返さなければならない。ちょっとした情報と、人質としての協力。しかして、彼女の命は保証するとまで約束したのだ。
「……あとで反故にしたりしませんよね?」
「安心しろ。俺は約束は破らない」
「約束は、ね」
彼女の協力のおかげで大きく展開は進歩した。これで、今夜にも決着は着く。―――アサシンは排除され、アーチャーも排除できる。キャスターも死亡しているなら、黒幕が計画を完全なものにするなら必ず動く。だめ押しに
「……悪い顔してるよ。気づいてる?」
言われて口端を指でなぞると、醜くつり上がっていた。これではどっちが悪役なんだか。
―――いまさら善人ぶるのもおかしな話か。
今の黒幕にとって頭が痛い状況は最強格のサーヴァントが三騎同盟を組んでいることである。しかもいずれもが善性を獲得しており、ヤツにとっての目的―――カルデアのマスターに肯定的だ。俺が黒幕なら、こちらのパワーバランスを崩れさせ一気になだれ込み、勝利を確定させる。逆に言えば、何も仕掛けなければヤツは負ける。
だが、ここでネックになってくるのは未だ謎である黒幕の正体、および目的。
黒幕の目的は推測がつく。わざわざ聖杯戦争を起こしたんだ。聖杯の器を満たして、その本懐を遂げようとする。ならばこそ、こちらの勝利条件は―――聖杯を満たさせないこと。
「えっと……無視? もしも~し」
しかし、黒幕の正体いかんでは大きく状況がかわるやもしれん。
それを、示唆する証拠が一つ。
聖杯戦争の参加者の誰一人として―――聖杯の正体を知らないのだ。
人理焼却の残り香? それは人理が清く正しく成立している、縁深い場所ならあり得るだろう。例えば、ロンドンや東京、地方でも伝説次第では。されど、赤海町にそんなものはない。人理の歪みが原因ならば縁のない場所に突然聖杯が沸くはずがないのだから。
「だめだこりゃ、全然聞こえてない。じゃ、私はここで。ジャンフは貰って行き―――あれ、動かな、」
特異点に成り得る要素。それこそ、俺の魂となったアレが関わってくるだろうが、その予兆はない。関わっているなら俺に判らぬ筈がない。
「ふん! ふぬぬぬぬ! なんでそこまでジャンフに執着するんですか! しかも無意識に! 破けちゃう! 破けちゃうよ、私のジャンフ!」
では、聖杯は一体どこから。何のために。
――それを知るためには黒幕を盤面の上に引きずり出さなくてはならない。
ふと、意識を戻せば黒髪少女が俺の手からジャンフを抜き取ろうと格闘していた。それも人の膝にまたがって。
端からみたら酷い絵面じゃないか。通報されたらどうする。
「ナニやってんのお前。これは俺のジャンフだ」
「まだ、裏の作家コメントのぶん読んでない!」
「本編はもう読んだだろうが! 俺はもうすぐ終わりそうな、気になる漫画があるんだよ! まあ、俺ァまた終わる終わる詐欺だって信じてるけどね!」
「うわっ、趣味悪! あんなゴリラの妄言読んでるんだ! だからそんなにたいした職についてないちゃらんぽらんなのよ!」
「誰がちゃらんぽらんだ! どの辺がちゃらんぽらんなんだ! 治すから!」
「無理よ! 性根が戻れないところまでねじれているもの!」
「どう言う意味だテメェ!」
などとわーきゃーわーきゃー、言い争っていたら突然、由香里がぴたりととまり、俺の頭上をみて、目をしばたかせる。
「……どうした。UFOでも見つけたか? まあ、そんな浅はかな策に乗るわけないけ―――」
「馬って飛べたっけ?」
「ルパンなら車飛ばすかもしれないがな。馬が飛ぶわけ―――」
俺も釣られて空を見れば、小さく四足歩行のしかして背に乗る女性らしき人と比べればそこそこ大きめの―――遠目に馬らしきものが山に飛んで行くのが見えた。
「アレ、馬でしたよね」
「いやいやいや、馬が飛ぶわけないじゃん。見間違いだって! アレはちまたで噂のフライング・ウーマンだよ。アベンジャーズの一因だよ!」
「アメコミ!? いやでも、火々乃さんの山に飛んで行きましたよ?」
―――――――非常に思い当たるのが一人居る。
さっさと帰れとか言って別れた、アイツ。しかし、なぜこのタイミングで?
俺の背にそら寒いもの感じる。悪寒でも最大級のそれ。
膝の上にいる小娘の脇を抱え、横のベンチに降ろしてジャンフもろとも無理矢理預ける。
「あとで、それ返せよ! それ俺のジャンフだから!」
「いや、でも」
「俺、用事あるから! また今夜な! 遅れんなよ!」
悪寒に従い、自分の家に向って失踪する。アイツの速度に適う理由はないが、行かねば俺の工房が終りを迎える! 理由は判らんがヤツの癇癪によって!
遠ざかるあの背には強い怒りの念を感じたのだ! 何故か!
「エロ本入らないんですけど――――!!」
「大人の予行演習にでも使っとけ!」
自分の背に投げかけられる小娘の言葉を切って捨てる。
急がなくては! 聖杯戦争に関係ない理由で敗退とかしゃれにならない!
「これは、ライダーさんが怒るのも無理ないかと」
「え? なんで?」
「...だから貴方はロット王なのです」
「ロット王を悪口に使うの辞めてくんない? 仮にも、お前が好いた相手だろ」
「...だからこそなんですが。それをこの人に言っても理解出来ないかも知れませんね。バカだから」
「じゃあ、おおしえくださいきゃすたーさん。ぼくはどうしてらいだーはおこっていたんですか?」
(イラッ)
教えて! キャスターさん!
「いいですか! あの時点でライダーさんは貴方とデートしたあとです!」
「デートって言ってもさ、飯食って、なんか黒い影から逃げ惑っただけじゃん」
「一緒に食事をして、夕暮れの逃避行。これはデートでしょう!」
「なんで怒ってんの? ひょっとしてうらやま――ひでぶっ」
「だまらっしゃい!!...続けますが、ライダーさんは過程はどうあれ楽しんでいたと思われます。というかワクワクしないはずがありません。一緒に帰っていれば、完全楽しかったで終わりました。しかし、」
「俺が別れてジャンフを買いに行ったと...そこまで怒ることか?」
「そこじゃなーい! 貴方、その後ベンチで美少女といちゃいちゃしてたじゃないですか!」
「ただジャンフ取り合っていただけなんだが」
「興奮で朱く高揚した頬、汗を滲ませながら貴方の上にまたがっている...もはやこれは―――ぎるてぃ」
「え? なんで黄金の剣を? それカリバー的なヤツだよね。お前もっちゃダメなヤツでしょ?」
「ヴィヴィアンから奪っ――借りてきました」
「今お前奪うって―――ちょおまっ」
END1:黄金に消える