Fate/EXTRA-Lilith-   作:キクイチ

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空白Ⅱ:崩壊事象2

  何処かで目にしたことがあるような建物。

 白い石塔。細く天を穿つように尖った石造りの屋根――尖塔。それを支える過剰な本数の石柱がそれを支えている。これは―――ゴシック式と呼ばれる建築様式だろうか。

 まるで、西洋の大聖堂の中心だけをくりぬいたような建築物であった。聖堂のような厳かな、あるいは佇む教会のような。

 

 ………こんな奇妙な建物を本当に目したことがあったのだろうか。あれば鮮明に覚えていそうなものだが。

 

 しかして、ここは何か。何処か。あるいは何処でも。

 

 何でもあって。何処にでもあって。何処にも無い場所。時間の概念はここにはない。

 

 ―――思い出すことはない。思い出す必要は無い。

 

 目の前にあるのだから、入れば分かろうというものだ。

 

 ぶ厚い門がその重厚さを音でも教えてくる。

 金属質で重低音。耳の奥をゆっくりと焦がすような音は、聞く人によっては気味が悪いと思うかも知れない。

 

 

 これから会う女のことを俺は知らないが、知ってはいるのだろう。矛盾した事実は現実とは感じない。だが、もしここが現実でないならば―――。

 

 

 

 ―――扉を開けた先に在るのは、構造的には礼拝堂。

 天窓から光が差し込み、白く眩しく感じる。落ち着くような、むしろ落ち着かないような。

 視界を焦がす光をうっとうしく思うからか。

 

 奥に、女がいた。

 

 

 久しぶりに見たような、久遠の時を超えた合ったような懐かしさを覚える。もっとも、その感傷に何の意味もないと知っているのだが。

 

 しかし、どうにも彼女はこちらに気づく様子は無い。

 

 いつもは少女と見違う可憐さで、娼婦と見違う妖艶さで、老婆と見違う意地悪さをにじませた笑みを浮かべている女が、今日はどうしたことか、頭を悩ませているようで眉間にはしわがよっている。

 

 その手には黒い小さな箱。ブラックボックス。あるいは、ブラックデータ。解凍処理が追いつかない暗号仕掛けの代物であることが見て取れた。

 うんうんと悩ましげな表情でそれを解析している彼女はいつにもまして、魅力的だ。白い光が、彼女の頭に天使の輪を浮かせ、まるでこの世あらざる存在と思わせるかのような神聖さを伴っているからか。

 

 いや、何というか真剣にものごとに向き合う顔が途端魅力的に見えるのは割と当たり前か。

 

 ―――終わるまで、その横顔でも観察させて貰うとしよう。

 

 

 

 

 

 しばらくして、彼女の掌にあった黒い箱が、カシャンとまるでガラス細工が優しく崩れるような音とともに消失した。

 彼女は集中して作業したせいか、額にはらしくもなくうっすらと汗を浮かべている。

 

「……これでやっと既存のデータ一割。いくら強い干渉を受けたからってここまで悲惨な……暗号キーを喪失して自分で開けないって、阿呆なんでしょうかこの人。あ、阿呆でしたね」

 

 随分な言われようだ。

 せっかく、暇を惜しんで顔を出したのにアホ呼ばわりはさすがにカチンとくる。なので、そろそろ頃合い故、仕掛けさせて貰う。

 

「―――阿呆で悪かったな、バカ女王様?」

「―――え?」

 

 こちらが声を掛けると、スゴイスピードでこっちに振り向く。俺の姿を見とめると顔を一気に紅潮させて、

 

「よう、今日はご機嫌麗し――」

「きゃぁぁぁぁぁあああああ―――――!!!」

 

 目の前の女は俺の頬をパーでぶったたいた。

 

「ひでぶっ!」

 

 女にぶたれた俺の身体はもんどりうって教会端まで吹っ飛んでいく。

 いくらびっくりしたからって力の出し惜しみ無く吹っ飛ばすのはいかがだろう。淑女として。グーじゃないだけまし、とか言う前に俺のパーに成ってしまう。

 

 しかし、この状況はあの名台詞が言えるのでは?

 

 

「――ぶったね! 親父にもぶたれたことないのに!」

「いきなり、真横に男が居たら誰だってそうします!」

「二度もぶった!」

「いえ、二度はぶってないです……ていうか、ナニしてるんですかロット王?」

「誰がロット王だよ。俺ァんなにかっこよくないよ」

「…………なら、かっこいい人になってくださいな。あと私の知ってるロットは間抜け面ですよ」

 

 俺自体はロット王と会っていないのでなんともコメントは出来ない。……遠回しに間抜け面って言われたのか、俺。

 

 一泊間を置いて、彼女は口を開いた。

 

「で、なんでここに居るんです? 私、貴方に干渉した記憶ないんですけど……」

「俺の中にある余白なら俺が介入出来ない筈ないだろ」

「それはそうですが……、でも、次からは声を掛けてください。びっくりして心臓飛び出るかと思いました」

 

 俺、首飛びかけたんですけど。

 

「それで殺されたら世話ネェよ」

「それはそれで、一から砕いて再生してあげますよ。それはもう余人からモテモテに成る騎士とかに」

「それどこのダーマ神殿? あとな、ザクにどんだけ白パテ塗りたくろうが、ザクはザクなんだよ。転生してもよくてハイザック、ガンダムにはなれねぇんだよ」

「……言ってて悲しく無いんですか、マスター」

 

 なんでお前に『この人、ダメ人間一直線だ』みたいな、オカンな目を喰らわんといかんのか!

 

「そんなことより、です。貴方の壊れた記録の修繕はご覧の通り、殆ど進んでいません」

「……間に合いそうか?」

「どうでしょう。……正直言えば厳しいですが、間に合わせて見せます」

「頼りになるなぁ、俺の■■■■■■だわ」

「はぁ……、記憶が消えてもそれは覚えているんですね」

 

 ―――(現実)では思い出せないが、此処は何処でも無い『』だからこそ、ある程度記憶を呼び戻すことができる。

 

 さきほど、女が持っていた黒い箱は―――俺の記憶。それをイメージとして再出力したものだ。見た目黒ルービックキューブを上手く解くと記憶が復元できる、というもの。

 

 魔術師である以上、記憶は大きな財産だ。それをぼかすことも、無意味に忘れることも許されない。魂と精神、肉体の関連性を利用した『火々乃晃平』の記憶を貯蔵する。

 もちろん、暗号化され俺がキーを使わない限り、他人からは覗き得ない。もっとも、目の前の女クラスの魔術師となると、隠匿は難しくなる。

 

 こっちに表の事情は持ち込めても、こっちの事情は向こうには持って行けない。

 

 そもそも、俺が()()()()()持っ()()()()()、彼女にこんなことをさせず済むのだが。

 

「……悪いな。ここまで付き合って貰って。お前には頭が上がらない」

「―――なら、今度。私が表に出るときが来たら、デートしてくださいね?」

「……高くつきそうだな」

「ええ、私高い女ですから」

 

  光が、眩しい。

 

 瞼の底を、ひっくり返すような。

 どうやらそろそろ頃合いらしい。

 

 ―――意識が、溶けていく。

 

 そして記憶の復興が行われようとしている。

 

 

「――――結末は、貴方の手の中に。どうか、今度こそは」

 

 

***

 

 

【壊れた記録:ろ】

 

 

 黒い月が、浮かんでいる。

 

 いや、浮かんでいく。

 

 地上から、あるで宙の果てに引っ張られるように。

 

 それを俺は家から見届けていた。

 腹の底は今にも煮えたぎりそうだった。なにもかもしてやられた。黒幕は俺を知っていった。いや知り尽くしていた。

 俺がどう動くのか、どうすれば動かせるのかを。

 

 ―――火々乃晃平の敗北(勝利)は決定した。

 

「これは、一体何が……」

 

 自身の傍らで、銀の髪を揺らす美しい女性がそう呻いた。あまりにも現実感を失った光景を見たからか、あるいはその光景の本質を見抜いたか。

 きっとどちらもだろう。

 

 ―――黒い月の正体を、彼女は知っている筈なのだから。

 

 

 敗北はここに決した。

 如何に輝かしい勝利を収めようが、こうなっては意味が無い。

 

 ――俺達は、聖杯戦争を正しく勝利した。

 

 彼女は最弱と言われるキャ■■■だったが、称号など意味も成さぬ活躍ぶりだった。この結末に彼女の落ち度はない。

 そう、これは全て―――俺の、せいなのだ。

 

 

「アレは、影の月だ」

「影の、月―――いえ、そんなまさか!?」

「そのまさかだよ。キ■スター。アレが浮上した以上、俺達に――それこそ英霊だろうが止められない。文字通り【理】が違うんだ」

「でもあれは、貴方のとは」

「ああ。全くの別物だ。だが―――偽物だからといって、本物に届かぬ理由はない。しかし、感心するよ。まさか、俺が勝利することがコレを引き出す(トリガーだった)なんてな」

 

 沈黙が俺達の間を支配する。

 それは、彼女も叉同じ結論にたどり着いたからだ。

 

 単純に―――自分達では、どうすることもできないのだと。

 

 

 

 

 

 

 

 ――――――だが。

 

 

 まだ、方法はある。危険で、成功率も低く、なおかつ無意味に終わる可能性が高い手段が。

 

 

 おそらく、アイツもこの手段だけは知らない。

 必要なことは、俺の覚悟。

 

 限定的になら、可能だ。月に向う時と似た手段。観測者が一時的に消えることになり、この俺は意味消失をするだろうが、希望は残せる。

 

 

「――――キャスター、頼みがある」

 

「頼み、ですか……? 一体、何を?」

 

「俺と一緒に、地獄に落ちてくれないか―――?」

 

 

 ――――――そして、それには彼女の協力が必要だ。

 

 歯の浮くような殺し文句ではあるが、今は照れてもいられない。

 今この瞬間、もっとも信頼が置けるのは彼女だ。

 

 俺のサーヴァントである彼女だけなのだ。

 

 

 キャスターはこっちを見て、目をしばたたかせる。思わぬ言葉でびっくりしているようだ。

 

「……本当に、変な人。今から世界が滅ぼうってときに、そんなコトを言うなんて。――貴方の考えそうなことは、今の私なら判ります。ですがそれは、無茶が過ぎる。それに、それをしたら最後―――」

「――全て承知の上だよ、何もかも。消える(死ぬ)のは、俺だけさ」

 

「…………覚悟は、判りました。では、しばしの逢瀬と行きましょう。―――死なせませんよ、貴方だけは」

 

 

 

 

 ――――――呪い染みた再試行、再起動。結末はまだ、誰の手にも渡っていない。

 

 

 




おしえて、火々乃先生!

「はい。なんやかんやでコーナーを奪ってしまった俺です。いや、あれだからね? 俺、奪う気なかったからね?」
「コーナーを奪われてしまったキャスターです。最近、ジャポニカ暗殺帳なるものをゲットし、日記を書いています」
「…なにそれ、ですのーと?」
「…ふふ、試してみます?」
「―――いや、遠慮しとく」

「あ、今回のお便りは私が選びますね」

――『ボボパザズセ ガドパパンズンゼデビグブス ガガガドビゲソ』て何よ。日本語で喋ってどうぞ―――

「だそうですよ? 早く、教えてくださいな。せ・ん・せ・い?」

「簡単に言うと、アレです。ググれかす、じゃなくてグロンギ語的なヤツです、はい」
「…ここではリントの言葉で」
「『ここはハズレ あと一分で敵が来る さっさと消えろ』て言う意味だ。ちゃんと調べに来た立夏君達の思って簡単な言語パターンにしてあるぞ。なんて優しいんだ俺は」
「本編、敵ってきましたっけ?」
「ふ…、抜かりはないと言いたい所だが……ほら、ライダーが」
「あっ(察し)」
「まさか、あんなことで大量の兵器がおじゃんに…。ひょっとしてわざとやっとんじゃろか」
「はははは、まっさか~、あのライダーさんに限ってそんな~」
「……まさか、わざとなのか?」

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