Fate/EXTRA-Lilith-   作:キクイチ

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工房:八月十一日

 風を纏うようにこちらに追いすがる黒い影。

 ライダーはバイクのエンジンを猛らせるが、差が開いていくようには見えない。むしろ、速度を上昇させているのか差が縮まってさえいる。

 

 ―――追いつかれるとまずい。

 

 得体の知れなさから頭に警鐘が鳴り響く。アレと接敵してはならないと刻まれているようにすら感じる脅迫めいた直感。

 

 ―――知っ()()()()()()()()()()()()()

 

 矛盾した思考に吐き気を感じる。もやがかかるどころか、明瞭になっていく、筈なのに、脳は理解を拒否し続けている。意味の判らないエラーコード。何が間違っている、何を見落としている。

 そう思って注意深く見れば見るほど、おぞましく感じる。

 

「ライダー……!」

 

 焦燥感からライダーの名を呼ぶ。

 何という無様さか。これでは、臆病と罵られてもしかたない。

 

 黒い影は、大腿―――いや、尾てい骨からにょっきりと細い影が伸び、ヤツとすれ違った車の胴体に突き刺し絡め取る。

 そのまま、ぐいんと振り回し、

 

「―――iHHIIHHHAAAAAA―――!!」

 

 投げ飛ばしてきた。

 もちろん標的はこちらだ。

 

「まずっ―――て、うおっ」

 

 高速で投げつけられたそれをライダーは持ち前のテクニックで華麗に避ける。急なカーブによる遠心力で変な声がでる。

 

「ふぅん。半信半疑ではあったが………どうやら、嘘ではなかったようだ」

 

 ライダーからは見えないとはいえ、むしろ感謝して欲しいくらいんだが。突き刺される前に行動出来たわけだし。

 

「振り切るならコレより、余の馬に乗り換えた方がいいと思うぞ?」

「昼間の公道でそんなマネが出来るか! 神秘の秘匿上、それはしないで欲しい」

「余には―――」

「見たヤツ、全員の首を飛ばすはめになるんだぜ? 俺も大変だし―――お前もしたくないだろ?」

 

 関係ないなど言わせるわけにはいかない。こんなところで圧倒的な神秘を疲労されたら大変だ。突然馬が現れて、ソイツが突拍子もないスピードで駆け抜けていったら、もう隠しようがない。

 夜ならまだごまかしがきくが、真っ昼間じゃごまかせない。というか俺が手間だ。事後処理で死ぬのは御免被る。

 

「それはそうだが……しかし、どうする! このままでは埒が明かないぞ」

「……そうだな」

 

 奇妙な黒い影。それは現状の情報ではその正体には行き当たるまい。憶測は所詮憶測だ。

 ではどうするか。

 

 ―――三十六計逃げるにしかず!

 

 逃げ足だけならこっちが上なのだ。とくに、このライダーと逃げ足の速さに定評のある俺が組めば、どんなやつからも逃げられる。たぶん。

 

 取り敢えず、ヤツの視界外に逃げる必要がある。

 ヤツが見ているのは俺でもなく、ライダーそのもの。正直、そこらで分離(セパレート)してそっちで勝手にヤレとも言えるのだが……乗りかかった舟だ。

 一緒に逃げた方が、何かと有利になることもあるだろう。

 

 ……ライダーの言う通り、逃げるならライダーの馬を使えばいい。しかし、それには衆人の目に触れ、神秘の漏洩が起きうる。それは優先的に阻止しなくてはならない。

 

 ―――なら、目に触れないところで馬に乗り換えればいい。

 

 あの影は、恐らく他の人間にも見えていないに違いない。

 

 ライダーに感知しえぬ時点で、アサシンの高ランクの気配遮断なんかが予想されるが、攻撃してからも感知できないというのは不自然。ならば、何かしらの宝具で正体を隠している。いやそもそも、アレはサーヴァントか?

 既に、ランサー、セイバー、アーチャー、アサシン、ライダー、キャスター、バーサーカーの七騎全ての召喚をこちらは観測している。

 ルールに例外がある、という可能性はあるが低いだろう。少なくとも、あんな存在がちぐはぐな状態で呼ぶモノか―――?。

 

 思考しながら、適切な環境を探す。

 

 すると、ちょうど良さそうな―――地下駐車場の入り口を見つけた。

 

「ライダー、あそこ行ってくれ!」

「合い分かった!」

 

 坂を下りながら、駐車場の奥へ進んでいく。

 

 監視カメラは―――少ない。最低限の設置。しかも一昔前のモノを使っている。これならごまかしがききそうだ。

 

 ライダーと共にバイクを乗り捨てて、近くの車に体を隠す。

 獣の様に四足歩行しながら、降りてきた黒いそれは、辺りを見渡し奇妙な唸り声を上げながら歩き始めた。

 

 強い磁場でも発しているのか、蛍光灯がヤツのいる場所の周りだけチカチカと点滅している。

 

「で、どうやって逃げるつもりだ? それとも、ここで打って出るか?」

 

 ひそひそと耳打ちしてくるライダーに腰を低くして移動しながら言葉を返す。

 

「お前は、アイツが見えてないだろ? それに、相手がどんなヤツか判らないのに打って出るのは悪手だ。なら、当然逃げるよ―――こっからな」

 

 静かに音を立てずマンホールのふたを明ける。

 それは下水道という人工迷宮に繋がっている入り口だ。いつかのアサシンから逃走した時に気づいたことがある。今回はそれを利用するのだ。

 

「俺も最近気づいたんだが……下水道って結構広い通路なんだよね。あと人いないし」

 

 人の目がなく、なおかつ複雑で、広い道。

 

「余の馬に下水を走らせようとは……不敬もここまで来れば天晴れか……?」

「ンなこと気にしてる場合か? 早く憩うぜ?」

 

 

 はしごは使わず一気に落ちるように着地する。

 ライダーも殆ど同じタイミングで着地したが、当然ドンと、大きな音が発生して駐車場にも響きわたる。

 ならば、そこで獲物の音を、耳をそばだてて聞いているヤツにも聞こえている。

 

 ヤツが降りてくる頃には、俺達は馬に乗って遠く離れていた。そして、お土産に、

 

「―――っ―――!」

 

 獣としての勘が働きでもしたか。ソイツは突然上を見上げた。

 流石と讃辞させて貰おうか、正体不明。

 

 君の足止めのために、下水道天上に『折紙』を引っ付けさせてもらった。

 

 逃げだそうとしてももう遅い。

 

 『折紙』を一気に展開して即席の檻を形成する。黒い影は、尾をしならせ檻に叩きつけて切り裂いていく。だが、それは悪手だ。

 確かに、拘束を解くという時点ではその攻撃は優秀だ。だが、俺の目的はあくまで逃走。ならば、その檻はあくまで足止めのもの。

 

「キドウ―――爆散!!」

 

 一気に爆発させ―――天上を崩す。瓦礫が地下下水道をふさぎ、即席のバリケードを生成する。そこそこ広範囲に崩したから、ヤツが追うには相応の時間が掛かるだろう。

 

 この足止めが効いている間に逃げさせて貰うとしよう。

 

 

***

 

 

 ライダーと火々乃晃平が決死の逃避行を試みているころ。

 

 藤丸立夏とセイバーは、ランサーに誘われ地下へ階段で降っていた。

 

 目的はもちろん火々乃晃平が確保しているという人質探しである。ランサーからすればあまり意に沿ったものではないらしく、捜索の手助けをランサーが要請してきたことで立夏達も手伝うことになった。

 彼らは始め余り乗り気ではなかったが、黒幕に繋がる手がかりを得られるかもしれないと言うことと、昨夜の一件で火々乃晃平に対しある程度不信感があったことも一因だった。

 

「というか、大丈夫なのか? これ、気づかれないように潜入してるって話だよな。 魔術師の工房の中なんて入った時点であいつには気づかれると思うんだが……」

「ふ。それについてはもう手を打っている。三十に敷かれた結界は確かに強固で壊すのは難しいが、一部の機能を止めるだけなら、私とて出来る」

 

 完全に壊せば気づかれる可能性は大きく跳ね上がるが、保ったまま一部だけの干渉くらいなら気づくよしはない。

 工房の中は魔術師にとって絶対とも言える防り要。ならばこそ、彼にとって価値ある人質はそこにいるとランサーは考えていた。

 

「それにライダーに頼んで遠くに引き離している。よしんば気づかれたとしても、ここに帰ってくるには時間がかかろうよ。だが、利用できる時間は少ない」

 

 地下の階段を下った先には広めの一部屋があった。

 壁には本棚がいくつも敷き詰められ、まるで蔵書庫のようだと思わせる。

 

「……ランサー。ここに工房があるって根拠は? 俺には書庫にしか見えないけど?」

「ここがヤツの工房のはずだ。ルーンを使って尾行させたからな。どうやらこういった魔術には縁がないようだ………ふむ、ここか」

 

 いくつかの本棚を見て、ちょうど右隣の棚に目的のものが合ったらしい。

 スカサハが注視する本の背表紙には『クリオネの背骨』と書かれている。

 それを見て、ひょっとして、と立夏は感づき、他の本の背表紙を見ると『馬の背骨』だとか『人間の背骨』だとか、『魚の背骨』とか『肺魚の背骨』とかが書かれている。そして見渡す限り、クリオネ以外の無脊椎動物がタイトルに成っているものが一つもなかった。

 

「なかなか古典的な趣味をしているらしいな、あの男は」

「それを、押す……?」

「ふ。よくわかったな」

 

 立夏に笑いかけながらランサーは本の背を押して、壁に押しつけるようにすると、すかんと音を立てて壁の向こう側に消えていった。

 ずごご、と地面が僅かに震動し、彼らの後方の本棚が動き壁だったものが音を立てて、まるでシャッターでも開くように四角の穴が出来、何処かに通じる道が現れた。

 

「ゲームとかで見た事ある仕組みだ……」

「へぇ、アイツああ見えて遊び心たっぷりなんだな」

 

 関心したようにいうセイバー。

 ランサーは何も言わず歩みを進め、立夏達もその背についていく。

 暗い、青白い通路の奥にはエレベーターらしきものがあった。

 

 どこか中世チックな昇降機。

 それは真っ黒な鉄格子にも似た扉があき、ランサー達を招き入れる。

 

 ランサーが乗り込みのと同時に扉は閉まり、がこんと重金属質の音を響かせながら下降し始めた。

 昇降機はぎゅうぎゅうに詰め込めば十五人は入れそうな広さ。それでいて壁はなく、外側が透けて見える。

 結構長い時間降ったが、やがてその終りも見えてきた。

 

 やがて、ごん、と重い音とともに最下層へ続く扉が開いた。

 

 そこは薄暗く、血なまぐさい部屋だった。

 正面に見える血だまりが池のように広がり、その池から大小様々な岩が突き出ている。

 そして池の周りを囲むように神社で見るような縄が四方の岩の柱に結ばれるようにしてあった。

 

「……神殿、みたいな」

 

 肌に感じる生暖かい空気と鉄臭さと魚が腐ったようなニオイ。血の池には白いタンパク質が浮いているのも吐き気を誘う。

 常人が見れば、精神に異常をきたしかねない部屋である。

 

「おい、アレをみろ」

 

 セイバーが池の中心を指させば、そこには天井や岩から縄が伸びていて人型の手足に結ばれている。拘束された奇怪な人影―――背から腕が生え、足は醜く枝分かれし、目玉がない―――血の気を失った体。

 誰が見ても、化け物と断じるそれが死んでいた。

 

 いやその認識は半分あっていて半分正しく無い。

 

 人型を化け物たらしめてしる部分には自然に出来たと言うには不自然な接合や、まるで内側から突然生えてきたみたいな印象を受ける部分がある。冒涜的な人体改造をうけた、ということだ。

 

 命の尊厳を踏みにじる魔術師の工房(研究施設)に立夏は吐き気を催してしまう。

 ここで行われた残酷非道な行いが目に浮かぶからだ。

 

「……お前のマスター、趣味悪いな」

「あの男の趣味の悪さと私は関係はない……と言いたい所だが、これは少々予想外だ」

「予想外?」

「……アレはまだ死んでいない。仮死状態のまま縛り付けて肉体を固定している。魂は腐っているようだがな」

 

 ランサーはそう診断した。

 辛うじて生かされてはいるが、この状態では死んだ方が増し。セイバーはそう思うが、それを口にすることはない。

 セイバーからみた、あの男は、それこそ何処にでもいるような男だ。町中でほっつき歩いていても誰も存在を気にすることなく、奇妙に思うこともない。

 だが、魔術師としての貌は悪趣味に過ぎる。あまりにも乖離していて一種の豹変にすら感じ取れていた。

 

 ――この状況をみて、セイバーは火々乃晃平を悪と判断することはない。

 

 何故か、ここの神殿からは()()を感じなかったのだ。

 

 それどころか―――、とそこまで考えてやめた。

 結論を付けるのは早い、と思ったのと、立夏が奥の方を注視しているのに気がついたからだ。

 

「どうやら、奥に扉があるようだぞ」

 

 ランサーもまた奥にある扉を見たらしく、暗に行ってみるか、と問う声を出す。もっともセイバー達が答える前に歩いて行ってしまうのだが。

 

 

 

 地下の奥には古い木の扉があった。鉄の錠前が付けられていたが、何故か外れ宙ぶらりんだった。

 

 それを何の躊躇もなくランサーは扉を蹴破る。トラップがあろうが彼女ならたいした問題にもならない。それこそ、開けた途端に針が幾千本飛んでこようが、爆発しようが難なく対処出来てしまうだろう。

 

 大きな音を立てて扉が吹き飛ぶが、帰ってきたのは小さな反響だった。

 

 何十に掛けられた結界を抜けてくるヤツなどいないとでも高をくくっていでもいたか。それは考えにくい。あの臆病さの塊の様な男が何の仕掛けを施さないはずもない。

 

 しかし、一向にその気配はない。

 

 目の前に広がるのは、さらに奥まで進む通路とその側面にいくつも並ぶ鉄の檻だけである。

 檻の中からは気配を全く感じない。

 つまり、生物は存在していないということだ。

 

 通路奥まで進めば、不自然に広がった場所があり、中心には木の机がぽつんとある。

 

 その机の上には、今は見ることもないブラウン管のモニターのパソコンがある。

 

 ランサーらが、近づくとそれは独りでに起動して機械音を立てた。

 

「自動で動くなんて、気が利く機械だな。コレが最新のデジタルってやつかい? 結構未来的な―――」

「……セイバー、ひょっとして機械弱い?」

「………過去を生きた英霊が強いと思うかい? だいたいこういうのは殴れば情報がおちるものだ!」

「セイバー、落ち着いて!」

 

 セイバーはそう言って拳を振り上げるが、壊されたら善くないことが起きると直感した立夏が急いで止めに入る。

 あるいみ仲むつまじげな主従を尻目にランサーはそのパソコンのモニターを注視し、軽くキーボードを叩く。

 しかし、反応は無く。むしろ変な言語らしきものが点滅を繰り返すばかりである。

 

「……ふむ? 暗号の類いか?」

 

 ランサーの漏らした声に立夏とセイバーものぞき込む。

 

「ボボパザズセ? ガドパパンズンゼデビグブス? ガガガドビゲソ?」

 

 『ボボパザズセ ガドパパンズンゼデビグブス ガガガドビゲソ』と謎のカタカナがモニターの中で点滅していた。

 

「しかし、暗号にしては品のない。それにこの文字列配置は、この国の言語と似たような響きを残している。なら推測は―――」

「あれ、またかわった?」

 

 『ジドジヂパボボビバギ ザラガリソ』と今度は表示された。

 

 ランサーがモニターとにらめっこして暗号解読を試みるが、そんなことは知るかとばかりにドドドと迫る音が聞こえる。

 

 それは、彼らの真上から響いてきて天井を突き破って落ちてきた。

 

「ぎゃぁぁぁぁぁああああ―――!!!」

 

 彼らにも聞き覚えがある男の絶叫。

 振ってきた物体はあろう事かランサーが解析していたパソコンのモニターの上に落っこちた。モニターはもちろん粉砕される。

 

「ぐぼぁ―――っ」

「ふっっははははははは!! 何が『あ、ちょっと用事があるから週刊少年ジャンフ買ってくる』だ! 怪しく思って尾行すれば、見目麗しい小娘とお茶なんぞしよって!!」

「おっほっ、げほっ!! ふざけんな! そんな理由で俺の工房ごとやるヤツがあるか!」

 

 落っこちてきた物体―――というか、火々乃晃平にライダーはマウントをとって殴りつけていた。割と本気のぐーで。

 

「うちの十七層の結界どころか要石まで吹っ飛ばすとかマジ最悪――――ってアレ? お前ランサーか。ナニやってんのこんなところ―――ぐぼぁ!」

「ナニをヤっておったのはそなたのほうであろう!」

「あんで勘違いしたまんまなんだ! だから何度も言ってるだろうが! たまたまジャンフ読みに行ったら知り合いと会っただけ―――」

「なぜ! 余を! 呼ばぬのだ!」

「そっちが本心だろうがァァァ! この色情魔ァ!! つか、殴るのやめろ! 死んじゃうだろうが!」

「そなたが、謝るまで、殴るのを、やめない!!」

 

 周りはかなり冷めた目をしていたが、それを気にすることなくライダーと火々乃は痴話喧嘩を繰り返していた。

 

 

 

 

 




北海道で被災された方にお見舞い申し上げる。

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