『バーサーカーの相手を頼みたい。バーサーカーの真名にも心当たりがありそうだしな』
火々乃晃平はそう言ってセイバー陣営、つまりは藤丸立夏に協力を要請した。
この土地の実質的な支配者である火々乃には、この土地で起こっていることがだいたい判るらしい。立夏はバーサーカーの反応がある場所の座標だけ教えて貰って、実際に向っている、というわけである。
「バーサーカーが強いってのは判るよ。でもなんで――――こいつまでいるんだ?」
セイバーがこいつ、と指さしたのは馬に乗った女性――ライダーである。
彼がそう言うのも、ライダーは本来バーサーカー遠征に着いてくる手はずではなかった。本邸、拠点の防衛にいて貰おうというのが共通認識だったのだが、あろうことかライダーがついていきたいとごね始め、余りのめんどくささに火々乃が折れるという形でライダーは参戦を勝ち取った。
「俺達がバーサーカーなんぞに遅れを取るとでも思ったのか、ライダー?」
「まったく。セイバーの技量、ステータスを考えれば余が着いていく必要は満に一つも無い」
「えっと……、じゃあ、どうして?」
“決まっていよう”と彼女は胸を張って言った。立夏はなんとなく、ろくでもない理由なんだろうなぁ、と思っていた。
「余が暇になるからだ!」
「それ、偉そうに言うことかい?」
「余は偉い故致し方なし。たぶん」
しかし、暇と言う言葉は九割程の理由でしかなかったようで、ライダーは続けてこう言った。
「貴様らも確かにやり手よ。それは余とて認めるところである。しかし、問題はバーサーカーの居るであろう場所だ」
「場所?」
バーサーカーがいる場所、として火々乃に示された場所は“九條庭園”という場所らしい。そこはなかなか広い日本式庭園があり、周囲の住民にとっての憩いの場。しかし、奇妙なことに、最近は一切の人の流入がないらしい。
火々乃が解析して曰く、人払いの結界の上に認識阻害まで。これでバーサーカー陣営の拠点でなかったら何なのか、とのこと。
「九條庭園になにか、問題が?」
「立地。風水を取り入れた構造をしておるのは明白。むしろ、陣を敷くならこれほど敷きやすい場所もあるまい」
しかし、問題はそこではないとライダーは言う。先ほどの、と言うか火々乃邸では余り感じなかった英雄としての気迫がこの瞬間には発揮されていた。
「問題はその土地が魔術師、引いては他サーヴァントから本拠だと分かり易すぎる。罠の可能性もあるし、他のサーヴァントの介入も引き起こしやすい」
「へぇ……てことは、今回は誰かに介入されることを君は前提にしているんだな?」
「ヒビノコーヘイでも行動が不透明なサーヴァントが少なくとも二人いるからな。アーチャーとキャスターだ」
ライダーとセイバー VS バーサーカー。
この状況を考えれば、ライダーとセイバーに味方した方が確実に勝利を掴める。しかし、バーサーカーとの戦闘で疲弊したこちらを狙うということも考えられる。
「おそらく。余らに対して攻撃を仕掛けてくるだろう」
「それはどうして?」
「もし、こちらの味方をすれば、都合よく俺達の敵が減るだけ。むしろ、バーサーカーが落ちた時点で、次のターゲットにされるかもってことだな」
「それもあるが、それ以前に。こちらに攻撃したほうがあちらとしては都合がよかろうよ。余らが組んだことは既に知られていると見れば、こちらを害すことで借りを作って同盟を増やす」
「なるほど。なまじ、こちらはアサシンにも戦いを仕掛けた上に、バーサーカーに戦いを挑もうとしている。敵同士まとまりやすいってことだ」
そうこう言っている間に、九條庭園にたどり着いた。
夜だからかライトアップされた木々は青々としげり、岩にはこけがついている。四方にミミズのように奔る細い川に、中心の池には浮島のようなものがあちこちにあり、それぞれに橋が架かっている。
葉桜や松に多種多様の花々。一様の碧だけではなく、それぞれに集められた色取り取りの花が華やかさを演出している。しかし、自然の産物だけではなく石灯籠などもおかれ、新鮮なアクセントとなっている。
風流、趣高い庭園だった。
敷地内に踏み入ると、黒い軍服らしきものを纏った―――サーヴァントがいた。
バーサーカーの傍らにいる女性、というよりは少女は、そのマスターなのだろう。幼い顔立ちでありながら、凜とした気配を漂わせている。
「―――マスターの推測通りだな。着たぜ、奴さん」
「なら、名乗るべきかしらバーサーカー?」
「昨日の男とは違う男だ。……初対面なら名乗るべきだろう」
“では、改めて”と言って、肩下まで黒髪を流して優雅に礼を一つする。
「初めまして、カルデアのマスター。わたしの名は―――炎浄沙友理。ご覧の通り、バーサーカーのマスターよ」
にっこりと可憐に笑って言う姿に“ひょっとして、対話の余地があるのではないだろうか?”と立夏は思った。
立夏は、彼女に話しかけようとするが……セイバーが、立夏をかばうように、あるいは制すように前に出た。
セイバーには、目の前の少女が途轍もなくおぞましく見えた。
清廉楚々としていながら、その目が濃厚な殺意に歪んでいたからだ。
ライダーは無感情に、バーサーカー陣営を観察している。
バーサーカーのマスターの少女――炎浄沙友理は口を開いてセイバーに問いかけた。
「―――あなたがたは……火々乃晃平と同盟を組んだのよね?」
「……だったら?」
「悪い事は言わないわ。その男とは縁を切りなさい」
少女は強い言葉でそう言った。瞳は黒い憎悪で濁っている。
「あなたがたの事情は知っているわ。今回の件は炎浄としてとても見逃せるものではありません。特異点はこちらで解決するわ。だから今すぐ、セイバーを自害させて聖杯戦争を降りなさい。それがベストよ」
「……だそうだ。どうする、マスター。冗談で言っているようには見えない」
「俺は、セイバーを自害なんてさせない……!」
「へぇ……、そう。そこのライダーは?」
「断る。どうして余が貴様に従わねばならぬ?」
ライダーをまじまじと沙友理は見て、はっと何かに気づいた。
「……あなたのマスターって、まさか―――ナツキね。あのコでしょう!」
「ふむ? マスターの知り合いか? ……しかり、余は椎名ナツキのサーヴァントだが……」
「―――――アハハハハハハッッ!!! そう、やっぱりそうなんだ。聖杯戦争に参加したのね、あのコ!」
少女は邪悪さを隠さぬ笑い声をあげる。悪魔の様な哄笑だった。それにライダーは不快感を覚える。
険の入った声でライダーは問いかけた。
「……何がおかしい?」
「――だって、聖杯戦争がここであるって伝えたの、私だもの。でも、あなたがいるってことは、失敗しちゃったわ。まさか、あなたみたいな強力なサーヴァントを引きあてるなんて……なんで、おとなしく死んでくれないのかしら。
十中八九、彼に会おうとしてそのまま殺されると―――」
その先を沙友理は話すことが出来ない。
何故なら―――彼女の眼前には、朱く燃えたぎる剣閃が迫っていたからだ。
「――――――」
「っ――――!」
強烈な殺意を込められたライダーの目を会わせてしまった沙友理は、己の死を確信した。
「――させるか!」
しかし、横合いから
それどころか、ライダーの胴を蹴りつけ後退させた。
「―――余の
「ちょ、ライダーさん!?」
立夏の静止の声もむなしく、高ぶる怒りをバーサーカーにぶつけ始めた。
上段から振り下ろされた炎剣はバーサーカーの頭をかち割ろうと迫るが、難なく避けられる。
お返しに弧を描くように振われた刃がライダーののど元を狙う。
「チ―――」
「――――――――無粋な。その場しのぎの剣だな。死に晒せ」
嵐のような剣戟。
切っ先が交差する。
圧倒的な性能を持っているのはライダーのほうだろう。その自負も彼女にはあった。
しかし―――バーサーカーに押し負ける。たった三度切っ先を交わしただけで、そう彼女は直感した。
―――数十合を超える立ち会いを終えても、その認識をライダーは覆せなかった。
互いに距離をとり、桟橋の橋と橋に立ち向かい合う。
「フン。余のマスターをなじれたのは、そのサーヴァントを呼べた余裕か。……いいぞ、聞いてやろう。貴様、何処のサーヴァントだ?」
バーサーカーは静かに己がマスターを一瞥した後、こう返した。
「―――今宵はバーサーカーの霊基を持って参陣した。生憎、貴様に明かす名などない」
「であろうな。その恥知らずなマスターに召喚されたのだ。真っ当に語る口を持たないのは当然か」
「薩長ものどもに語る口を持つはずもない。そも恥知らずさは貴様のほうが上だぞ? ふざけた女だ。その剣、
「アリを潰すのに全力を出してどうする、たわけ。これは余なりの手加減と言うやつだ」
バーサーカーなのにベラベラと喋り、オマケに真っ当な返しまでしてきた。狂化というクラス別能力があるにも関わらず、その男は作用していないようだった。
これの何処がバーサーカーなのか。
もっとも、カルデアのマスターである藤丸立夏はこれと似たケースを非常にしっている。言いぐさも叉似ていて、奇妙な既視感をバーサーカーに感じていた。
薩長殺すべし、慈悲はなし。
そんな二文句で、口を開けば『新撰組だ―――ッ!!』と叫んで斬りかかるあのサーヴァントとか。
「ひょっとして、この人も新撰組関係?」
「あ゛?」
意図せず思ったことを口に出してしまい、めざとくバーサーカーに聞かれてしまった。
ぎろりと迫力ある目つきに、思わず口もとを手で押さえてしまう。もちろん悲鳴を抑えるために。
「おい、沙友理。アイツ、ここで殺したほうが良いんじゃないか?」
「……さっき、そう言ったでしょう。たかが、二体のサーヴァント。中途半端に召喚されたライダーとマイナーセイバーなど、さっさと殺しなさい」
「――っ、……そうしたいのは山々だが―――くるぞ」
「へ? ――――いきなり、なにを」
唐突にバーサーカーは炎浄沙友理を腰に抱え、その場を飛び退くようにさがる。
直後、何かに気づいたライダーも自らの背にしていた方へ振り返り、セイバーに向け叫んだ。
「セイバー、リッカを守れ!」
「―――わかった」
「うわっ!!」
瞬間、光弾の雨が九條庭園に降り注ぐ。爆撃音に木で出来た桟橋は形を僅かに残すように破壊され、川は吹き飛び、蒸発。
小島もえぐれ飛び、木々はひしゃげ燃え盛る。まるで雷が津波のように押し寄せた。
―――コレは、爆撃にして狙撃。
と、その場にいた誰もが思い至った。
当然、襲撃犯は―――アーチャー。
攻め込む前に、ライダーが危惧していたことが起こったのだった。
セイバーとライダーは、バーサーカーとアーチャーに挟まれる。
いや、ことは単純な話ではない。ライダーとセイバーに味方し、確実に勝利を掴む。バーサーカーとの戦闘で疲弊したライダーとセイバーを狙う。想定したどちらの状況にもそぐわないタイミングでの襲撃。
それどころか―――。
ライダーは、いち早くそれに気づきそれに目をやる。
天を仰ぎ見るように、あるいは睨め付けるように、それを見やった。
して、一言。
「なん、だ、アレは―――?」
それは、タダ巨大。そこらのデパート一つまるまる入ってしまうような巨大な建造物―――それも、まるで馬のような形をした―――。
巨大な木馬。
それが、庭園の上をまたがり、体が真っ二つになるように開き、朱い魔術紋が輝き満ちて。
―――夥しい数の肉の塊が降り注いできた。
「うっ―――」
まず、鼻につくような悪臭が。
次に、耳障りな唸り声。
最後に―――醜悪なその姿。
それは――死徒とよばれるもの。
吸血種の中で、吸血鬼と呼ばれるモノたちの大部分をしめる種。
それらはその場に立ち、狂気に満ちた笑い声をあげて。
たった二人の生き物に目を向ける。
つまりは―――バーサーカーのマスターと、セイバーのマスター。
「「食事ダ。食イ物ダ。飢エル、シヌ、イヤダ、コロセ、コロソウ。―――奪エ!!」」
一斉にそれらは駆け出し、押し寄せ波となった。
涎をたらし、さぞ美味しそうなものを見るかのように恍惚として。あるいは、数秒後の現実から目を背けるように陶酔し。押し寄せる。
そのさまを、ビルの上で弓を構えた緑鎧の男は冷たく言い放つ。
「丁寧に、調教された使徒だ。何でも数週間に渡って、蠱毒して精錬したものらしい。精々楽しめ、英雄共。ちゃんと意識は残しているんだから―――」
―――ちゃんと、殺してあげろよ? 嘆きを踏みにじる、英雄らしく。
アーチャーの真名は判りやすい。