Fate/EXTRA-Lilith-   作:キクイチ

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穏やかな朝:八月十日

 

 ―――目が覚めた。

 

 穏やかな陽が窓から漏れている。

 部屋を暖かく彩る太陽はほんの少し顔を上げただけ。しかし、私のいる部屋は日当たりがいいらしく、目覚めを催促する。

 もっとも、起きた理由とすれば体に染みついた感覚が大きく影響をしているともいえるのだが。

 外は明るく、時計は五時前を指していた。

 ライダーは……すやすやと気持ちよさそうに眠っていたので、起こさずそっとベッドを出る。

 

 廊下を出て、風呂場前の洗面所に赴き顔を洗う。

 

 顔を洗った後は着替えて、台所に行って食事の用意にいそしむ。

 

「……ライダーのマスターか? お主の雇い主とは違って随分と早起きだな」

「ランサーさん」

「スカサハでよい」

 

 そんな言葉を背にかけてきたのは、ランサーことスカサハだった。

 彼女は無感情に等しい赤い目をこちらに向けているが、その口端は優しげに弧をえがいている、ような気がする。

 

 ……なんだかそう見つめられると叱られているみたいで身を固くしてしまう。別になにかやましいことをしたとか、そんなことはないのだが。

 何となく、この人の前では背を正さねばならない。そう思ってしまうのだ。

 

「そう身を固くするな。……これから少々出てくる故、マスターに言伝をな。」

「外出ですか?」

「鍛錬に向きそうな場所を見つけてな」

 

 鍛錬、向きそうな場所、と聞いて頭にある施設が思い浮かぶ。一年は昔にみた施設。

 確か、昔の道場がどうとか、離れがどうとかという話を主人――火々乃晃平から聞いた覚えがある。曰く、幼少の頃によく友人と剣を打ち合った場所で、結構思い出深い場所だとか。

 

「ひょっとして、すぐそこの?」

「む? 知っておるのか。なら話は早い。では、頼んだぞ」

「はい。いってらっしゃいませ」

 

 道場へ歩き去って行くランサーをお辞儀とともに見送る。

 

 彼女が自分に伝えた言伝はきっと無駄になると思うけど。

 

 ……食事の支度を勧めよう。

 

 自分の出来ることはこれくらいだ。

 魔術の腕は当主には大きく及ばない。運良く召喚したサーヴァントは破格の能力を持っているはずなのに十全には動けない。

 それは、自分の力のなさが大きく関係している。今も魔術回路のスイッチを入れて魔力生産し続けているのに、一滴も残さず吸い上げられる。それどころか――――。行き先は当然ライダーだ。

 ……自分にはそこそこの魔力がある、と当主が言ってはいたが、結果はこのザマ。

 

 魚を切っていく度に、頭にバチンと、まるで拳銃の、撃鉄が跳ね上がる音がする。

 

 昨日から、あるいは、ライダーを召喚してからずっと、妙なことを頭が考えてしまう。

 

 ―――■せ、■せ、■せ

 

 それをはじき返す度に脳の端にそんな妙な声が響く。

 

 

 頭を振って、声を退ける。

 

 今は、目の前の食材に向き合うべきだ。そう理解し、押しとどめ、余計な雑音を耳から排除した。

 

 

***

 

 

 時計は7時を指し、居間には多くの顔ぶれがあった。

 

 セイバーのマスターこと立夏君と、セイバー、ライダーとランサーの面々が食卓を囲んでいた。

 

「……む? まさか、まだ起きてこないようだな」

 

 軽く集まった面々を見渡し、ランサーはそう呟く。

 

「ああ、あの人は昼まで眠るらしいので朝食はいらないと言っていました」

「慣れてるなマスター。さてはいつものことか?」

「ええ。中途半端に起こすと返って不機嫌になる面倒な人なので。起きてくるまでは基本放置しています」

「情けない男だ。これではわざわざ言伝を預ける意味がない」

 

 ふぅとため息交じりに言うランサーに申し訳なさを感じる。だいたいいつもこうなので。気にするだけ無駄である。というか自分から起きてくることなど、それこそ大地がひっくり返るような出来事の前兆になりかねない。真夏なのに雪が降ってしまう。

 

「ほう。あの男は朝に弱いのか。―――では、起こしてくる」

「―――は?」

 

 そんなこたぁ関係ねぇ! とばかりに立ち上がり歩き出すライダー。あのちょっとライダーさん? 聞いていましたか? 私の話?

 

「聞いておったが……せっかく余のマスターが用意した飯を、たった一人に台無しにされるのは気が引ける。というか、飯は上手いときに食うモノだ!」

 

 襖を勢いよくあけ、ドタドタとライダーは慌ただしく廊下を駆けていく。

 しかし、頭によぎる一つの懸念。

 

「ちょ、ちょっと待ってくださいライダーさん!?」

 

 廊下に出て呼び止めるも既にその姿はない。

 

 そも魔術師のドアというか部屋、あるいは工房には簡単には立ち入れないよう即死系トラップをよく仕込んでいる。自分など最初仕えたころに引っかかって死にかけたりした。冗談抜きで。

 

 いくらサーヴァントでも危険かもしれない。

 ランサーですら警戒していた彼だ。簡単には部屋に入れないように―――、

 

「む? 何だ、この重圧! そんなに起きたくないのか! しかし、起こす! 全力で! レーヴァ―――」

 

 ちょっと待って欲しい。今聞こえたのは。ひょっとしてひょっとする―――宝具の真名なのでは?

 まさか、わざわざ宝具でこじ開け、

 

 そう思ったとき、廊下の奥、というか火々乃晃平の部屋のある方角から盛大な爆発音がした。それはもう、ドォンと。

 惨状を予感し目をつむってしまうくらいに。

 

 そしてドタドタと廊下を駆けてきて、居間に押し入って曰く!

 

「アヤツ、おらんぞ!? 何処へ行ったのだ?」

 

 なんて言った。

 貴方の攻撃で消し飛んだのでは? というか、何故扉をぶっとばすのか。ノックしてもしもーしどころか。起きないなら死ね、起きていても死ね、というレベルである。むしろ寝てしまう永遠に。

 

「……残念だが、死んだわけではなさそうだ。私に魔力経路(パス)がまだ通じているからな」

 

 とランサーが言う。どうやらまだ死んでいないらしい。チ。

 

 すると、勢いよく駆けてくる足音。目の前にいるライダーはとかく。ここに彼を除く全員がいるのだから、足音の正体は―――。

 

 ばん、と高速で開く襖。

 

 ドスドスと歩き、ライダーへと歩き寄っていく。

 

 そして目の前で立ち止まり、思いっきり手を振り下ろした。

 

 すぱぁんっといい音がする。柔らかいスリッパでいい角度で叩けばこんな音がするのではないだろうか。

 

「い、いったぁぁ――――!」

「何、しやがるっ、テメェッ!? 殺す気か!?」

「余の頭をはたくなど、何という不敬! というか余は女だぞ! 酷いとは思わんのか!?」

「男女平等! つーか、寝起きドッキリで殺されかかったんだけど!? そっちのほうが酷いだろ!?」

「起きぬ貴様が悪い! 飯が冷えるだろうが!?」

「俺が物理的に死んで冷えそうになってんだろうが!?」

「炎を使ったからホットになるはずだぞ!?」

「そりゃほっとするね……じゃねぇだろ! ていうか炎!? ひょっとして俺の部屋燃えてんの?」

 

 ていうか無事だったんですか? 地味に心配していたんですが。あと、起きたならサッサと席についてご飯食べてください。片付け面倒なので。

 

「つーかたいしたトラップは仕掛けて無かったはずだぞ!? 精々体が動かなくなるくらい代物だった筈だ!? 何だって爆破!?」

「あ、あははっはははっははははは!! ホットにほっと……あはははは!」

「……………………」

 

 クソ寒い親父ギャグに腹を抱えて笑うライダー。その様子に流石に退いたのか、言葉を失う当主。

 しかし、自分の部屋が燃えてるかもしれない、と思い出したのであろう当主はふらふらと部屋に歩いて行った。

 

 いまだ爆笑しているライダーはさておき。取り敢えず固まった様子の面々に提案する。

 

「取り敢えず、お先にご飯頂きましょう」

 

 

***

 

 

 程なくして、当主は帰ってきて自分達と一緒に食事を取り始めた。

 朝食は、最高六人であることを考慮し多めに作ってある。何故か材料は六人分あったので材料を用意するのに時間は掛からなかった。むしろ作りすぎたまである。

 

 意外と健啖家だったらしく、ライダーはもぐもぐと次々に食事を口に入れては頬をほころばせていく。そんな笑顔で食べてくれればこちらも嬉しいというもの。

 

 テレビはがやがやとニュースをおかしく伝えている。

 一見すれば和やかな食事風景だ。

 

 しかし。

 現状、というか食卓を囲む雰囲気はさほど良い物ではない。

 とくに自分達の正面はぴりぴりと常軌を逸した雰囲気、まるで心の壁(なんとかフィールド)でも発生させているかのようである。

 

 食卓となっているのは大きめの四角い机。軽く長方形になっているものだ。

 

 私達、つまりは私とライダー、立夏君とセイバー、そして当主こと火々乃晃平とランサーことスカサハが。

 

 なぜ、こうなってしまったのか。むしろ、何故そっちに座ったのか火々乃当主。あなたのことがわからない。

 

 彼らは一言も会話を交わすことなく、箸を進めている。

 

 いや、それには語弊がある。

 雰囲気をなんとかしようと立夏君が話を振ってくるので、それに答える形で会話はしている。

 彼ら、つまりは当主とランサーの間での会話が一回もない。お互いがお互いを嫌っていることが丸わかりである。というか察せとばかりにオーラを発しているのだ。

 視界にすら収めようとしていない。

 

 あとライダー、人の卵焼き取らないでくれます?

 

「あはは……、その、火々乃さんってどんな魔術を使うんですか?」

「基本、なんでも使う。例外はあるが。……どうせ聞かれそうだが言っておくが俺の得意な魔術系統は“混沌魔術”だ。もっとも、その大半が呪術系に寄っているが……まあ、並の魔術師よりは使える」

「確か、“黒”の称号を持っているってお聞きしました」

「へぇ……、君。マスター適性もってるだけの一般人じゃなかったのか。そんなことを知っているのは“時計塔の連中”だけ……まさか、アイツの子飼いの一人か?」

「えっと子飼いってのはよく分かりませんけど……カルデアには時計塔から出向している魔術師もいて、その人達から聞きました」

「……そうか。なんか真っ当な噂じゃなさそうだな」

「い、いえ。どっちかって言うと好印象感じでしたけど……!」

「あー、そりゃ民主派の連中だろ? 俺、何度か貴族派に喧嘩売ってたからなぁ……ソレ関係だろうよ。」

 

 立夏君は見事に当主との会話を成立させている。これが噂のコミュニケーションお化け…!

 自分と会話するときとか、めんどくせぇ、えぇ、そっちでやれ、とか投げやりな回答ばかりなのに。

 少しずつ打ち解けて、和やかな空気に変わりつつ、

 

「そういや……オルガマリーは元気か? ダ・ヴィンチが所長代行を名乗ったってことは今は留守にしてるんだろ? ひょっとしてお偉い方々に絞られてるのかい? まあ、仲がよかったわけじゃないが、目が合えば会釈する程度には親交はあった……ほら前所長経由で、って。……どした? 顔色悪いぞ?」

 

 当主がそう話を切り出した途端、空気が大きく沈んだ。

 あんなに朗らかに喋っていた彼が、顔をうつむかせ、言いにくそうにしている。

 

 その表情が、当主の言う誰かがどうなったかを、如実に表していた。

 

「それは――――」

「……ふははははっ! あの女め。とっくに欲しいモノは手に入れていたとみた」

「……え…?」

「ふん。気にするな、こっちの話だ」

 

 愉快げに笑いながら、茶を一杯飲んで“ごちそうさま”と言って部屋を出て、

 

「あ、あのっ!」

 

 ――行こうとする当主を、立夏君は呼び止めた。

 

「変なこと、聞くかも、知れないんですが……、所長―――オルガマリー所長を、どう思っていましたか?」

 

 振り返る振りかえった当主は、彼のいう言葉の真意が見いだせないのか、探るような、それでして責めるような冷たさがあった。

 

「なんんていうか、その……俺、あの人のこと、全然、知らなくて。それで、お世話になった、恩人だったから、聞いて、おきたくてっ……!」

「……なるほど。恩人か。―――確かに、恩人を素知らぬままでいるのは不敬な人間することだな。しかし、俺なんぞに聞かずとも知っている人間は山といよう」

「でも、聞いておきたいんです」

「……良い評価とは限らんぞ?」

「それでも、聞いて置きたいんです」

 

 その言葉にどれだけの思いがこもっていたのか。他人の想いなど思う気も無い男の足を止めた、その自分には計り知り得ない熱に。少し腹立たしく思った。

 立夏君のまっすぐな目に逆らえなかったのか、ため息一つ着いて、当主は話し出した。

 

「……彼女を見たのは、今や五年前か。始めて見た時に、直感したよ。アレは、酷くよわっちい生き物だとな。他人(酸素)なしには生きれない脆弱さでありながら、他人には残酷なほど紳士だった。いくらそんな真摯さをもって向き合ったところで、自分の真摯さに焼かれて壊れるだけの……破綻者だ。だから、惜しい。」

「…惜しい?」

「アイツは、最後まで―――自分の強さを自分で認められなかったのだろう、と思うとな。アイツは俺より才能がある。ああ、君主(ロード)に相応しい才覚を彼女は持っていた」

 

 ……すごく珍しい光景を見た気がする。真っ当に人に言葉を返している姿を見ている気がした。さらに、人を褒める姿なんてなおさらだ。

 

「これは、もしの話だが……。人理修正の旅、そこに彼女がいたのなら。ああ、俺ではかなわぬ女になっていたことだろう。 昔、俺に向って“あなたなんて今に敵じゃなくなるわ”なんて言ってた。 アイツ馬鹿じゃなかったから、将来有望だったんだがね。

 ……以上が、彼女への総評だ。」

 

 もう語る言葉はないと背を向け、今度こそ出て行った。

 

 

***

 

 

【記録:四、五年前】

 

 

 男は眼下に都を見納めた。

 

 飯はびっくりするほどまずく、酒は大して上質なものが置いているわけでもない。この町で良いことは何一つ起きなかった。心躍るほど面白い物があったわけでもない。

 

 レンガ敷きの屋根の上で、一人月を見上げながらちゅーちゅーとパック入り牛乳を飲んでいる。後、七時間後には元の国に帰るのだ。

 

 機械めいた、あるいは無機質な目が。もうここには用はないと語っていた。

 

「あら、こんなところで哀愁でも感じているの(ノスタルジー)? 随分と殺風景な場所選んだのね……陰湿なあなたらしい」

 

 結局は、ロンドン郊外。中心に比べれば活気は落ち、暗闇の濃い場所ではある。

 そんな所から輝ける都を見ている男に、若い女の声が掛けられる。

 

 その声の主を男は知っていた。自分より二歳は年下の少女の声だ。

 

「――――、オルガマリーか。よくここまで来たな。時計塔、出れたのかお前」

「ひょっとしなくても、馬鹿にしてるでしょうあなた。」

「当然だ。というか、君が時計塔出る姿見たことなかったものでね。いつもは父親と一緒か、あの飼い犬と一緒か。そのどちらかだろう? そのどちらもいないのに、俺に会いに来るなど自殺物だろうに」

「……たった三秒で、来て損したと思ったのはこれが始めてよ……」

 

 げんなりした様子の少女に男は問いを投げかける。年下にもかかわらず、男に全く敬意を表す気が無い。だが、男はそれをとがめるでもなく。成すままにさせていた。

 それは歯牙にもかけていないとも言えるが。

 

「で、何の用だ? まさか、“行かないで!”とか言う気か?」

「……言わないわよ、そんなこと。ほら、コレ」

 

 男の元に、ひょいと投げられる一つの石。

 妙に強い神秘性を内包したそれ。

 男は瞬間的に、それがなんであるかを理解した。

 

「ルーン石…? しかも、かなり強力なタイプ……原初のルーンの『レプリカ』か? いや、それに近いが、全くの別物――?」

 

 そんな男の疑問に、少女は答えることはなく。

 まるで上流階級の娘であるかのように、姿勢を正し声色を変えて言った。

 

「ご卒業、おめでとうございます。色位(ブランド)だけでも、世の魔術師の垂涎ものなのに、その上色の称号まで。アニムスフィアの一人としてお祝い申し上げます」

「……………」

 

 男はあっけにとらて、というか、普通に動揺した。小生意気な彼女から、そんな綺麗な言葉使いを聞いたのは初めてだったのだ。

 

「その間抜けな顔を今すぐやめて頂戴。私からの祝いの品。いいから、ありがたく受け取っておきなさい。ルーン魔術が苦手なあなたじゃ一生たどり着けない良品よ。もっとも“黒”のあなたには必要ないだろうけど」

「……ああ。そりゃありがたい」

「………じゃ、私はこれで」

 

 言って、帰るかと思えばそうではなく。

 

 少女は、立ち止まって振り返らず男に問いかけた。

 

「―――お父様は貴方のこと余りよく思ってなかったけど。私は、あまり嫌いじゃなかったわ」

 

 タタタと駆けていく足音を聞きながら。男は白く輝く月にルーン石をかざした。石から紫色と文字

 

 ……光に漏れて読み取れるものは、ケーナズ、トゥール、ウルズ、ラグズ、ソウェル。

 

「『蘇生のルーン』、ね。こりゃ心臓ぶっ壊れても、半身灰になっても復活できそうだが……やっぱいらねぇ。俺からすりゃぁゴミみてぇなもん―――」

 

 そう言いながら、男は自分の懐に入れる。

 

「―――ま。貰えるもんは貰っとくか」

 

 

【終了】

 

 




カルデアから依頼を受けることはあっても詳細な情報を得ていなかったヒビノ君。おかげで陰鬱フラグを踏む羽目に...カルデアのマスターの腹も抉っていくスタイル。

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