Fate/EXTRA-Lilith-   作:キクイチ

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八月九日:火々乃晃平

 旧ヒビノ邸の居間でお茶を飲んでいると、襖障子がすらっと開いた。

 

「おかえり、ランサー」

「……フン」

 

 戦闘から帰ってきたランサーにそう声を掛けたが素っ気なく返された。

 わざわざ声を掛けたって言うのに。

 

 艶やかな長髪を揺らし、俺に机を挟み向き合う形で座る。

 

「先ほどの撃退劇は見せて貰った。いやぁ、流石はケルト名高きクー・フーリンの師。本気ではなかったようだが、だからこそ神技の冴え渡りぶりが察せようというもの」

「……妙な世辞を飛ばすな。あの程度で私の力を測ったつもりか?」

「君が、他の誰かに、アッサリ負けないって事実だけが欲しかったのさ」

 

 あのサーヴァントに全く遅れを取らなかったのは喜ばしい。これで俺は自分のことに集中できる。

 こちらはこちらでやらなければいけないことがあるのだ。

 

 いつぞやはどうだったかは知らないが、今回は余裕がない。胸に疼く焦燥感を解決しないことには先には進めないだろう。

 

「……今は、目が痛まないのか?」

 

 じっと、何げなしにランサーを視界に収めていたからだろう。別にランサーを観察していたわけではないが、そんなことをランサーが聞いてきた。

 

 思考に沈むと、微動すらしなくなる俺の悪い性、というものである。彼女を見たまま思考の深くに落ちてしまったのだ。

 

 しかし、どう答えたものか。

 

 真実を口にすれば、痛まない。だが、それはおかしいと彼女には分かってしまう。アレは先天性に近いソレが原因だろうから、それこそ魔眼殺しの眼鏡でも掛けるくらいしか対処法がない。

 彼女がそれを見抜けないはずもなく。

 それの確認を込めた問いだったのだろう。

 

 

 そう答えあぐねていると。

 

「答える気はないか―――――シッ―――!」

 

 ランサーから、赤い線が伸びてきて―――俺の頭蓋を砕いた。

 

 

 ぱぁっんと弾ける頭。

 

 首から上が跡形もなく、たった一突きで粉砕された。突き刺されたではなく粉砕である。

 どうせ魔力を込めて放ったとか、そんなんだろう。

 

「……やはり、そういう絡繰りか」

 

 槍を放つ前からある種の確信があったのだろう。

 いや、だがしかし。普通本人に確認するもんじゃ―――ああ、俺が答えなかったからか。いや、答えようしてたし。

 

 砕かれた頭蓋から、飛び散った破片から、いくつもの折り鶴が羽ばたき部屋を舞う。

 

「紙に自分の魂を転写したか―――それぞれに役割、細胞に近い役割を持たせているのか……面妖な魔術よ。……いつから人形だった?」

「お前が戦闘に行った瞬間にちょちょいっと。しかし、一発でここまでバレるとは。触れられればまだしも、一見して見抜くヤツなんてどこぞの人形師ぐらいだ」

「……魔眼が痛む、といったクセに今ではなんのそぶりも見せない上に、精密すぎる動きだ。最初にお前本人をみた以上違和感を持つのは当然だ」

「だからって、槍ぶっさしますかねぇ?」

「私を騙す気があったということだろう? 死んだところで、私の槍で死ねるのだ。これほど上等な死もあるまい」

 

 死に上等も下等もあるもんかい。

 

 体を全て分解し、もう一度再構成し、ランサーと向き合う。

 

「……騙すつもりはなかった。結果的に騙すことになっただけで」

「―――ハッ」

 

 その嘲笑は俺に効く。

 下手な言い訳をしている場合ではない。

 真っ当な理由がこちらにないわけではないのだ。第一、確かめるために殺す選択肢をとるヤツと背中合わせで戦えるか。

 まっぴらごめんである。

 刺すなら刺されてもいい人形のほうで。

 

「生憎。俺はやっぱりオマエを信用出来なくてね。背中から刺されそうだし」

「では、私の前ではずっとその人形で話し続ける気か?」

「当然だろう? むしろ、本人で向き合う必要はないはずだ」

「そうか」

 

 ちょっとした、沈黙。

 何をするわけでもなく。ただ二人―――いや、此処にいるのはランサー一人とも言える―――だけ。

 本人でここにいれば、それはそれは気まずさを感じただろう。

 

 そうだ。そろそろ本題に入らなくては。

 

「聖杯戦争において、君はある程度自由に過ごして構わない。もちろん、神秘が過剰に漏れ出さない範囲でだが」

「………」

 

 よく分からない仏頂面な顔だが、一応聞く気はあるらしい。

 

「君に事前に説明した通り。こちらの目的は、この聖杯戦争の主催者を見つけ出し対処すること。逆に言えば、それ以外の―――それこそ聖杯の獲得権などには興味ない。君が最終的な勝利者になったならそのまま君に聖杯をあげよう」

「……自由といった以上は、過度な干渉はしない、ということか」

「そうだ。しかし、呼びかけには答えてくれよ。最悪令呪で呼び出すけど、そのつもりで。これで話は終りだ。あとは自由に過ごしてくれ」

「………………………」

「部屋は自由に使って構わない―――あとこれ」

 

 ふむ、忘れていたが―――赤い紐の付いた鈴を渡す。

 

「ここに来るための礼装だ。紐をつまんで下に垂らすと――こちらの場所がどこか分かる……ってどうした、ランサー?」

 

 さっきから思案顔のまま黙りっぱなしである。何か不満な点でもあったろうか?

 

「……………………」

 

 ランサー―――スカサハは、見れば見るほど美人なのだが、そう黙られると恐怖しか沸いてこない。

 ……ひょっとして、自由にしろ、と言われて戸惑っているとか?

 ちょっと、ほのめかしてみるか。

 

「……………………」

「……下町でも見てきたらどうだ。ほら、地形とか戦闘ではかなり大切なことだろう? ついでに金もやるから好きな服でも見着くろって――――」

 

 そういうと、ぽん、と手を叩いて思案顔が元の無表情になる。

 

「そうだな。地形の確認―――は、あまりする必要は無いが、一応はしておくべきか」

 

 やっと何か目的が決まったらしく、鈴と金を受け取って―――おそらくは下町に向っていった。

 

「まさかとは、思うけど………アイツ、休暇ナニやったらいいのか分からない勢なのか…?」

 

 つーか、アイツ戦闘装束のまま下町一旦じゃが。

 

 あの、なんというか。彼女が言った通りなら―――4桁でさばを読んでいるわけで。4桁ババアがあの格好って、恥ずかしくないんだろうか?

 

 

***

 

 

「やっとランサーは行ったか……」

 

 

 暗い部屋の中央。青白く長方形、板のようなものの前で男―――火々乃晃平その人は呟いた。

 もちろん本物の方である。肉体、精神、魂のどれにも偽りはない。

 

 さて、とヒビノは言って青白く発光した板の中を見やる。

 

 

 これこそは仮想霊基板。青白い光が放たれているが―――白い粒が板の上を飛び回りながら、起伏のある町並みを再現している。

 

 赤海(アカウミ)町は火々乃家の支配下である――というのはただの土地のオーナーということを指しているわけではない。

 魔術師というのは基本的に根源を目指すため日夜研究をしている。この赤海町はいわば巨大な研究場。いる人間は真っ当な世界のそれだが、ここで生きる以上は実験台な、という街である。一般人からすれば嫌な街だが魔術師が相手の時点で諦めて欲しい。

 何が言いたいかといえば、この街の隅々までを火々乃家当主の彼が管理しているという事実だ。

 もっとも、彼が当主になってからこの町を儀式場として使ったことは一度も無いが。

 

 で、その仮想霊基板とはかつての集積されたデータを元に町をエーテルで再現したもの。観測は今もなお持続的、連続的に行われているためきっかり一秒ごとに更新されている。

 

 観測は地脈を基準として観測しているため、そこに影響あるもの―――例えば、強大な神秘の放出、あるいは魔力の干渉を受けやすい。

 逆に言えば、その板が揺らぐところには何かある、というわけだ。それこそ―――サーヴァントとか。

 

 だからこそ、この聖杯戦争において大きなアドバンテージが彼にはある。

 

 彼がランサーを召喚した日時は八月九日の日が昇る前、早朝である。ランサーが彼らの拠点を襲撃したサーヴァントと戦闘したのがそのちょうど45分後だ。ちなみに、そのころには霊基板には大きな反応が三つあった。故に召喚されたサーヴァントは三騎ほどだと考えていたのだ。

 

 現在7:00において、その大きな反応は五になっている。

 順調に聖杯戦争の手駒は揃いつつある。

 

「……つーか、やべえのが召喚されてんな」

 

 その板の端―――ちょうど古びた、というか荒廃した教会があったところにかなり強大な反応が出ていた。それは、緩やかに町の方へ向っている反応―――ランサーにすら匹敵

している。

 トップサーヴァントらしいやつが確認された。

 

「アーサー王でも召喚されたか? ふむ、スカサハに伝えるべきか否か」

 

 所詮は観測装置でしかないため、クラスすらも判別できない仕様。

 いつものように思考を巡らしたところで答えは出ない。

 

 ランサーがアッサリと負けるとは思わないが――目的を果たすためには、ランサーには生存して貰わなくてはならない。

 

 一計を労しておく。といっても教会のサーヴァントを観測するための使い魔を飛ばしただけだが。

 

 

 

 

 彼は、スカサハには伝えなかった。

 彼女もまた疑問には思わなかった。

 

 なぜ、火々乃晃平が主催者にそこまでこだわるのか、と。

 

 火々乃家の名を騙ったからとは、表向きの理由である。ならば、裏は―――。

 

 

 彼には、そこにこだわるだけの理由があった。何でも叶う願望機を捨ててでも果たさなくてはならない―――ある種の呪い染みた目的があったのだ。

 

 二日前、ある男の痕跡が発見された。それも、ここ一週間の間に付けられたと分かる物だ。

 

 それは、聖杯戦争の真の首謀者を見つけ出す調査中に分かった事だった。

 

 その男の名は――――火々乃胴雷。

 

 祖父にして、彼が最も嫌う魔術師の名であり、同時に処分した男であった。

 

 その男をとうの昔に殺したが、その痕跡が、この町にあった。

 それは、殺した男がまだ生きているという奇怪な状況を示唆することになるのだが―――相手が魔術師なら、おかしくはない。

 

 やけにアッサリ死んだとは、彼も思っていたのだ。

 ちゃんと死体も調べたが―――魔術師が、己が肉体にこだわることは余りない。大切なのは研究を続け、根源に至ることである。

 

 なんにせよ。

 

 生きていると分かったなら、殺すまで。

 

 

 それこそが、火々乃晃平がこの聖杯戦争に参加した理由である。

 

 

 




じつは、ヒビノ君も結構ランサーに対して塩対応。これにはランサーも機嫌を悪くしていたり。
 お互いがお互いを否定し合う関係なので、いずれ大きな軋轢生むことに...

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