トリコの世界にいた美食屋兼料理人が遠月学園に入学する話   作:YUETU
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美作 対 タクミ、決着です。
ちゃんとフォローはしますので、男キャラを蔑ろにはしません。

彼はどれだけ強い相手でも向かっていける、強い人間ですから……!


本戦第四試合・後編



 美作 昴のやり方に、手口に、恐怖を感じない者はいなかった。普段マイペースだと思われている幸平 創真も内心で驚いていた。
 知っていた者には更なる絶望を覚えさせ、何時か勝ってくれる人間が現れる事を切望していた。自分が挑もうとしないのは、賭ける物がない以前に挑もうという気概が失われている事を自覚している人間は少ない。
 誰もが真実から目を背け、楽な方へ楽な方へと流れていく。一番利口な生き方であると共に、言われるがままやらされるがままの意思のない生き方を、ある者は家畜のようだと嘲笑った。
 知らなかった者は昴に恐怖し、畏怖し、関わりたくないと思う者が大多数だった。ほぼ確実に負ける勝負を、誰がしたがるというのか。しかし、それでも、例外という存在はいるものである。

「何か、勿体ないな。アイツ……」

「ふぇ? どうしたの、創真くん!」

「あー、いや……何でもねぇよ。田所」

 そんなやり取りが行われている事も露知らず、昴のセミフレッドは完成した。見る者を誘惑し、食べたいと感じる魅力を放っていた――事実を何も知らなければ、という話ではあるが。
 総帥である薙切 仙左衛門を始めに、スプーンでセミフレッドを崩して掬うと、更にアーモンドの匂いが食べる者の鼻を擽った。完成したデザートは正しく一流の品であり、それだけにこの料理が他者の積み上げてきた努力を盗み取って作成した一品であると認めたくなかった大泉 柿之進が、昴に対して喝を入れた。

「これほど素晴らしい品を作れる腕を持ちながら、貴様に料理人としての信念はないのかァ!?」

 そんな滑稽極まる言葉を聞きながら、嘲るように昴は柿之進に自らの掲げる信条を発した。

「仰っている意味が、俺には全く分かりませんな。『微に入り細を穿つ』、それが俺の信念だ……! 相手を分析し、勝つための努力を惜しまなかった。 それの何処がイケない事なんですぅ~?」

 その悪びれもしない言葉に、遂に怒りが爆発しようとして――

「あの十傑である『将 兵司』だって、同じことをしていたじゃないですか? 俺だけを批難するのは、あまりにも理不尽ではないのですかァ?」

 "前例"を見てきたが故に、怒りは抑え付けられてしまう。"男"という十席に属する人間が、エリートである存在が同じことをしてしまっているために、昴を否定すれば"男"を否定する事になってしまう。
 言って聞くようなタイプではない上、100人以上の元生徒たちとの連隊食戟(レジマン・ド・キュイジーヌ)を単独で一掃するという特級の怪物。学園始まって以来の、野生で生き抜いてきた最強生物。首輪もない凶暴な獣を抑えるには、怒りや不快にさせてはいけないという不文律が、食通たちや大人たちの間では刻み込まれていた。"男"は一種の大量殺戮が可能な、人間の形をした兵器になり得るのだから。
 それでも、学園に来た時よりは人間性が増している。来た当時は抜き身の刃のようであり、人間の形をした化物でしかなかった。料理という、遠月で最も重要な分野で才能があるからこそ、その存在を容認してきたのだ。
 今も尚、"男"によって殺された被害者遺族たちは"男"に人殺しと叫んでおり、司法機関に"男"への被害届を出して逮捕させようと躍起になっている。しかし、如何いう訳か警察組織は"男"の存在を知るや否や、決まってこういう回答を提示していた。

『そのような人物は、日本という国家に存在(・・)しません(・・・・)』――事実上の、放任宣言と同義だった。

 そのため、一部の者達は裏で非合法な手段で"男"を排除しようと意気込んでいるのだが、そういった集団や組織は少し経つと完全に行方を晦ましてしまい、移動した形跡もないのにいなくなってしまうのだ。
 やがて"男"に関わろうという人間は皆無となり、陰で『あの男は人殺しだ!』と広めるだけの存在へと成り下がってしまうのだが、それは後の話である。

 閑話休題、昴の審査に戻ろう。

 昴の"正論"に、流石の柿之進も言葉に窮してしまう。やがて目線はセミフレッドに移り、スプーンで表面を分け掬って口に入れた。濃厚なレモンとアーモンドのコクが口の中で溶けあい、これ程に美味なデザートは他にないだろうという結論に達してしまいそうになる。
 タクミ・アルディーニの作るであろう物とは、比べようもない差が感じ取れた。これでは料理に真剣に取り組んだ、研鑽を重ね料理という一つの芸術を創り上げようと努力する、『料理人としての信念』が無意味なものに貶められてしまう。胸の内に広がる幸福感と絶望が混じり合った感傷に、柿之進は浸ってしまっていた。

 やがてタクミも自分のセミフレッドを完成させた。しかし、昴が予測した答えとは違う品に変貌していた。

「タクミっちの、あれ三層じゃない! 金色の、薄っすらと……!」

「第四の層!? アレだけで、本当に勝てるのか……!?」

 メレンゲと生クリームで出来たアイスクリームの層の内側、丁度セミフレッドの中心部分に、よく見なければ分からない金色の薄い層が見て取れた。アレンジとして付け加えるには、少なすぎると誰もが思った。
 昴のアレンジは調理しながらも続いていき、スポンジ生地を焼くための小麦粉をアーモンドパウダーに置き換えるビスキュイ・ジョコンド――より香ばしく、濃厚なスポンジに仕上がる技法だ。他にも二つ(・・)ほどアレンジがあるのだが、表向きそれを見破れているのは現状、総帥である仙左衛門だけだった。

 タクミに残された最後の希望、それが第四の層。自分で決めた調理手順(レール)に縛られ、中々アレンジが出来なかったのも、菓子作りという調理の難しさが関係していた。
 デザート作りとは、少しでも分量の計算が狂うと、途端に味が台無しになってしまう程に繊細な物なのだ。初めは厳つい巨体な昴を侮っていた生徒たちは、細かな仕事など出来るワケがないと高を括っていたが、丁寧で一切の手を抜いていない姿を見てその認識は甘いという現実を突き付けられた。
 内心で成功した事を祈りながら、審査員の口に入っていく自分のセミフレッドに希望を託していた。


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 審査員の一人である早乙女 星周が、タクミのセミフレッドを食べて浮かんだのは、爽やかな風が吹く地中海と優しげに微笑むタクミの姿だった。今まで幾度となく食べてきたどのセミフレッドとは違う味の秘密を探り、真っ先に正体に思い至ったのは金色の薄い層だった。
 ジャムのような塗り物、そしてレモン。星周は思わず叫んでいた。

「これは『レモンカード』か!? イギリス王室御用達の物も存在する、柑橘類の果物から作られるスプレッド(塗り物)……!」

「その通りです、材料となるのはレモン・砂糖・卵・そしてバターです……バターは僅かしか残っていませんでしたが、自家製のオリーブオイルで代用しました」

 バターがない時にマーガリンやオリーブオイルなどを代用して使う手法は良く知られているが、どちらもバターの風味を楽しむ場合――例えば焼き菓子などがそうであるが、物足りなくなってしまう。しかし今回の場合、バターはセミフレッドそのものに既に使われているため、風味が足りなくなるという欠点は解消されている。
 加えて、今回タクミが使ったのは弟であるイサミと共に、父から手渡されたオリーブオイルだった。アルディーニ特製のオリーブオイルによって、自分なりのアレンジにも成功し、イタリアらしさも取り入れていた。

「即ちこれは、『イタリアーノ・レモンカード』と呼ぶべき、新しい調味料である!」

 仙左衛門が認め、観客たちも感心していた。これなら勝てるかもしれないという、僅かな希望も生まれた。
 しかし侮るなかれ、昴は模倣(トレース)を完璧な物にしているのだ。そんな工夫など、タクミに成り切った昴には予測出来ている。それに加えて、今回使った食材や材料も、ただの物ではない。
 誰よりもタクミの事を褒め称えていた柿之進の動きが、歓喜が、勝利へと傾きかけていた顔色が変わる。否応にも、認めざるを得ない結果が出てきたのだ。まさか、という驚愕と共に、再び両者の皿を食べ比べる。
 そして確信した、昴のセミフレッドに入っていた隠し味の正体を。昴は会場を、審査員を、何よりタクミを嘲笑いながら、自分の使った隠し味を明かす。

「今食べ比べてくれて確信してだろう、俺のセミフレッドに使われた隠し味――『塩レモン』を!」

 塩レモンとはモロッコなどで使われる調味料で、レモンを塩漬けにして発酵させた物。酸味・塩味・苦味に爽やかさ・まろやかさなど、すべてを強化できる調理の手軽さとは裏腹に万能な調味料だった。
 更に昴のセミフレッドには、簡単には勝てない秘密が隠されている。それに気づいていたのは、仙左衛門だけだった。彼は何故昴が、という疑惑で頭を埋め尽くされていた。

「塩レモンの刻んだ果実と漬け汁をスポンジ生地、プラリネ、ソースにも加えた。仄かな苦味が、セミフレッドの甘みを強調している筈だ……!」

 昴は、タクミがイタリア風レモンカードを使ってくる事を予期して試行錯誤を加えた結果でもあった。後手後手と表面的なアイデアを足して、味がまとめられる筈もない。昴のセミフレッドを口に入れる前に文句を言っていた柿之進の言う通りだった。
 昴とて、何の努力もせずただアイデアを足して上回ったのではない。相手の出す品を作り出し、どうやって乗り越えるかを考え、実行し、そうして積み上げて漸く完成させたのだ。昴のしていない努力とは、失敗する経験であり、料理を台無しにしてしまう恐怖に打ち勝つ事である。勿論、賛否両論はあるだろうが。
 昴は信用していたと、タクミに確信を突いた笑みを浮かべながら、更にアレンジを足せるに至った物を口外した。

「更に、だ! 俺のセミフレッドには、お前にはないとっておきの秘密があるんだ……なァ、総帥? アンタが『将 兵司』を学園に入学させるために、当時の十傑たちに食戟をさせたよなァ? その時に、現第八席である久我 照紀との戦いでも使ってたよなァ? アンタが名付けたアーモンドの香りがするレモン、レーモンドを!」

 それに加えて、マスカルポーネチーズには微量ながら金粉のような旨みの塊である、"星屑"と呼ばれる調味料が使われていた。あまりの旨みに食材の本来持つ旨味を乗っ取ってしまうほどの中毒性すらあるソレを活かせたのは"星屑"が本当に極僅かしか入っていなかった事や、パルミジャーノ・レッジャーノを製造する際に、過程で出た質の良い高級な乳脂肪を使ったからこそ、本来の旨味を消さずに上乗せできたのだ。
 "星屑"の事は口外禁止と言われたために、昴は話さない。ただ、"男"の使っていた食材を前面に押し出せば、それだけではないという疑念を払拭させられると考え、大体的に口外したまでの事。これで観客たちは皆思うだろう、一つの過程を事実の物として。

『美作 昴は、将 兵司から認められて、魔法の食材を使わせてもらっている』――と。

 もしかしたら、傘下に入ったら使わせてもらえるかもという期待が"男"に向かうかもしれないが、昴には関係のない話である。ただ、"男"の力で勝った、と見做されるのは屈辱ではある。『指示』の範囲内とはいえ、昴は気に食わなかったのだ。

「レーモンドを少量摩り下ろして塩レモンと一緒にプラリネに加えた。レモンそのものはセミフレッドに使うレモンと一緒にしてアイスにも加えた。全体のバランスが崩れないよう、アーモンドのまろやかな味を全体に加える事で調和させた。

 俺はお前を"信用"してたんだ……! お前が追い詰められて打って来る手は『イタリア風レモンカード』ただ一択! 『将 兵司』と戦う時のために作っていた秘策兵器――マイヤーレモンで作ったレモネードはレモンのパンチ力には及ばない……消去法で導き出せる答えだ!」

「全部読まれた気分は如何だ? お前の意識を占めている三つの物――一つは弟イサミとの絆、もう一つは幸平 創真との再戦、最後の一つは……将 兵司への挑戦。そのすべてを一気に奪われた気分はどんなだァ? クッククククク、ハーッハハハハハハハハ!!」

悪魔(Diavolo)……!」

 戦慄と共に、観客席で見ていたイサミが呟く。そのあまりの執着と、恐ろしさ故に。
 そうして結果は決まった、満場一致で。審査員の手元にある用紙には、墨汁で名前が書きこまれていた。


 『美作 昴』、と。その決定に異議を唱える者も、ブーイングをする者もいなかった。今、この場においては昴への恐怖心が勝っていた。





大方の予想通りと言いますか……、はい。美作の勝利です。
流石に準備もせず、グルメ食材を持ってこられたら余程の事がない限り勝てませんわ。

それ位チートですもの、グルメ細胞とグルメ食材。
次は十傑達がグルメ食材を使う戦いですね、果たして使えるか否か……。