「まあ……その条件なら、契約してあげないこともないけれど」
「……!!」
翌日。マシュはイシュタルのいるエビフ山に赴き、ギルガメッシュから託されたラピスラズリの山と引き換えに彼女を仲間に引き入れることに成功していた。
思ったよりかはスムーズに事が進んで肩を撫で下ろすマシュ。イシュタルは彼女の顔を静かに見つめる。……何か、言いたいことがあるのだろう。
「どうしました?」
「……一つ質問いいかしら」
「ええ、まあ」
「貴女……守護者?」
……何となく、そんな質問が来るような気はしていた。証拠はないが、微妙な確信があった。
マシュは一度このまま帰れないかと辺りを見るが、再びイシュタルの方に顔を向けた時には彼女はすぐ前まで迫っていた。
「答えて」
「っ……ええ、そうですね。守護者です」
「……止めた方が良いわよ、それ。使い潰されて打ち捨てられるのがオチだから」
「……私は自分の意思で
その言葉に嘘はなく。迷いもなく。恐れもなく。
それでもイシュタルは、本来の
そしてそれは、その引っ掛かりは見逃すことは出来なかった。
「なら……それはそれで、望んだなら……いいえ、ダメね。私は擬似サーヴァント、依代が存在しているのだけど、多分、その、
……マシュはエクスカリバーに手をかけた。漂っている空気が、あの、決して忘れられないガシャット内での出来事とどこか同じ臭いがした。
イシュタルも戦闘体勢をとる。守護者のようなものになってしまう人間がただの説得で絆される訳がないということを、既に
「……そうですか。なら……手加減は出来ませんが、良いですか?」
「そうね……勿論よ」
───
「……おい、エリザベート」
「何かしら?」
昨日小太郎と共にティアマトに致命傷を負わされたエリザベートは、ギルガメッシュからの財宝によるサポートもあってある程度回復し、ジグラット内を歩いていた。
そしてある一つの部屋の前に立っていたギルガメッシュに呼び止められる。
「あれを見てみろ」
「……?」
そこは黎斗の部屋だった。確かマシュから、黎斗がギルガメッシュに軟禁されたとか何とか聞いていたことを思いだし、彼女は一人納得する。今はギルガメッシュ用ガシャットとドライバーの開発、マシュのガシャットの修理、さらによく分からない何かの開発に追われているとか。
そしてエリザベートは部屋の中を覗き込み……絶句した。
「……」ブンブンブンブン
「……黎斗は何故船を漕いでおる。あんなに頭をガクガクさせおって」
「というかあらヘッドバンキングよね? ロックでヘビーなメタルよ……」
黎斗、いやゲンム……それもデンジャラスゾンビ使用済みのレベルⅩのゲンムが、机に向かって超高速で首を振っていた。
「……」ブンブンブンブン
「全く、仕事をさせるために軟禁したと言うのに……なんだあれは、
「あんなに首振ってたら誰にも邪魔できないわよね……でも……」
何かがスパークしたのか、ロックなアクションを継続するゲンム。熟考を放棄しているようにも見えるその姿はただただ理解不明で。
しかしエリザベートは、未だある種の品性を疑う高速ヘッドバンキングに興じるゲンムを見て、ある恐ろしい仮説を思い付く。
「……」ブンブンブンブンブンブン
「あー……あれはね、多分ね。頭を振り下ろす時に過労死してて、で、即座に復活して頭を振り上げて、でそれによってまたすぐに過労死してて……のループなのよ」
「なん──だと──!?」
……その仮説は、残念ながら正しいものだった。実際にゲンムは不死身だが、その不死身は外からのダメージに対するもの。中身が限界を悠に越えて過労死寸前状態なら、復活しても頭を振り上げる動作でまた過労死する。
無限ループだった。エリザベートは自分の言葉が余りにも馬鹿馬鹿しいことには既に気づいていて、少し遠慮がちに笑う。
「笑っちゃうわよね、あんな──」
「何と羨ましい……!! 死んでも冥界に降りることなくすぐに復活……我の財宝の中にもそんなものは無いぞ!?」
しかしギルガメッシュは非常に輝いていた。何しろ彼自身過労死寸前の身、そんな素敵な能力があるなんて知れば欲しくもなる。そもそも彼は不老不死の霊草を探索したこともある男だ。
「あちゃー……」
エリザベートは塞ぎ込んだ。
取り合えず、ゲンムの変身を解かなければ。
───
パァンッ パァンッ
「ふっ、私に撃ち合いで勝とうなんて千年早いわ!!」
スパァンッ
ガンド銃の弾丸とマアンナから放たれる矢が衝突する。互いに譲れない二人は、最早相手を倒さないようにしようという手心まで剥がされて。
イシュタルの目には、彼女自身には見覚えがない筈の男が映っていた。
「あのね、守護者ってのには終わりはないの。醒めない悪夢なの。続けていたら、どれだけの人間でも壊れ果てるの」
「それが何でしょう、私は人理を救えるなら……!!」
マシュにはもう聞く耳は残っていない。それはとうの昔に切り捨てた。寛容さを残していては、きっと黎斗に、多くが不幸にされてしまうから。
「……やっぱりこうなるかー。……もう歯止めは効かないわ、全身全霊で抗いなさい!! 飛ぶわよ、マアンナ!!」
イシュタルが何かを決意したのだろう、彼女の宝具を発動する。
金星まで突き飛ばされるマシュ。しかし彼女は空中で姿勢を整え、イシュタルにエクスカリバーを構えて。
「
「望むところ!!
───
「ノッブ!!」
「ノッブノッブ!!」
「ノノ、ノーッブ!!」
その暫く後、ウルク市街にて。信勝は数多のちびノブと共に、昨日ティアマトに荒らされたウルクの復旧に励んでいた。
ギルガメッシュから渡された杖の力のお陰ででかノブもメカノッブも出し放題のため、作業はかなり捗っていた。
「ノッブノッブ……」
「よーし、大体この辺りも元通りになってきたようですね、良いことです」
「ノブカツお兄ちゃーん!!」
「ありがとー!!」
ちびノブ達を指揮する信勝は、昨日ウルク民を守りきったこともあり好感度もうなぎ登り、作業の傍らに子供たちの相手まですることになって忙しさに追われている。だがそれはとても楽しいことだった。
「ハハハ、もう少しでここも仕上がりますからね、終わったら鬼ごっこでもしましょうか」
「「「はーい!!」」」
「何じゃ信勝め、わしを放り出して……」
「……嫉妬は醜いですよ信長さん」
「む、アナか……こう、もう少し手心を加えようとは思わぬのか? ズバズバと痛いところを抉られるのは辛いのじゃが」
「無理ですね」
それを遠巻きに見つめ茶を啜っていた信長がため息をつく。
この日のウルクは平和だった。
「……ん? ああ、マシュが帰ってきたようじゃな!! おーいマシュー!!」
「……」
「……」
……そこに、全く平和には見えない二人が戻ってきた。互いに泥やらキズやらでボロボロの二人、マシュとイシュタル。……最終的に宝具の撃ち合いになった二人の勝負には結局決着は着かず、仕方なく戻ってきたのだ。
「何じゃお主ら、互いにボロ切れじゃないか……殴りあったか?」
「まあ、そんなものね。私に譲れない部分があったから、肉体言語で」
「ええ。流石にあんなところで相討ちというのも何なので決着は先伸ばしにしましたが」
そう語るマシュには、それでも後悔はなく。
───
「……なるほど、南の女神はケツァル・コアトルか……むう、南米の情報は読めぬか」
翌日。ギルガメッシュはイシュタルからある情報を聞き出した。
他でもない、マシュと信長とマーリンを撃退したウルの女神、通称南の女神だ。イシュタルによって、かつて信長を潰したその真名がケツァル・コアトルだと明かされる。
ケツァル・コアトル。マヤの征服王にしてトルテカの太陽神。かつて空より飛来し、南米の地に定着し、人から人へと乗り移る『神を産み出す微生物』と化したモノによって産み出された善神。
「相手するには強すぎはしないかい……? マシュの神性特効だけではあまり期待は出来ないし、昨日また残機が減ったんだろう?」
「そうだな、黎斗めが過労死したから減ったな」
ギルガメッシュは納得したように頷いた。なるほどそれほどの神ならば容易く英霊も屠れよう。今のままの対決には不安が残る。
ガンッ
「……今の音は」
……その刹那、遠くの方で何かが壊れる音が聞こえた。
そしてそれと共に、伝令の兵士が飛び込んでくる。
「報告、報告っ!! 王よ、失礼します!! ウルク南門より火急の報あり!! 南門、消滅!!」
「っ!?」
───
「今度という今度は負けぬ!!
突如ウルクの南門を破壊し、市に侵入してきたのは金髪の女。それは容易く人々を吹き飛ばし、ジグラットへと迫っていく。信長は一人それに立ち塞がり、痛む体でその女を食い止めていた。
歯を食いしばって宝具を発動してみても女は飛び上がってそれを躱し、大の字になって飛び込んでくる。
「んっんー!! ナイスなタフネスね!! でも残念デース、やっぱりアナタには高さが足りまセーン!!」
「ぐっ、またそれか……!! だが……」
信長は迎え撃とうとしたその瞬間に、左足の部分に痛みを覚えた。先日つけられた傷による物だろう。
そしてそれに怯んだ瞬間には、彼女のすぐそばに女が近づいていて。
「トペ・プランチャー!!」
「っ……!?」
「危ないです姉上!!
ブワッ
市民の避難を済ませた信勝が咄嗟に宝具を発動し、女の軌道を横に逸らした。予想外の出来事に少しだけ姿勢が崩れるも事も無げに着地する女。彼女は信勝に目を向け、朗らかに笑う。
「オウ、パワフルね!! でも人の対戦相手を奪うのはマナー違反よ?」
「マナーが何ですか、卑怯もらっきょうも上等です……!! ノッブUFO!! キャトれ!!」
「「「「「ノノノ、ブブブ!!」」」」」
しかし信勝に余裕はなく。信勝の周囲にいたノッブUFOが女を囲み、全方位から引き付けることで動きを一時的に拘束して。
そして信勝は手を振り上げた。
「……準備完了、
それと共に、信勝がウルクを駆けずり回って呼び込んだサーヴァント達が一斉に宝具を発動する。
「
「
「「
女に剣が迫る。炎が迫る。そして剣が飛んでくる。
それでも女は笑っていた。
「うんうん、なかなか頭脳派じゃない!! でも、残念ネ!!」
ペシッ カキンッ
女はブラフマーストラを左手で容易く叩き落とし、さらにそれをバルムンクにぶつけることで二つの宝具を軽々と無効化する。そしてアヴェンジャーの炎からはバク転しながら回避し、ピンピンした状態のままだった。
「叩き落とされた……!?」
「くっ、何故余たちの攻撃が通らぬ……!!」
「俺の剣もいなされた……!!」
……しかし、それは当然の事だった。
彼女の真名こそケツァル・コアトル。南の女神。
善神、善の頂点の存在である彼女は、
「それじゃあ、ペナルティの時間ネ……アナタ達には、場外に退場願いましょう」
「っ……」
余裕綽々といった様子で宣言するケツァル・コアトル。ラーマは無意識にシータを庇い、ジークフリートも身構えて。
「させません!!
ザシュッ
背後から現れたマシュが、ケツァル・コアトルの背中を斬りつけた。咄嗟に反応したケツァル・コアトルは素早く回し蹴りを叩き込もうとするが、既にマシュは距離を取っていて。
「くっ、倒しきれない……皆さん相手は南の女神、善神ケツァル・コアトルです。彼女に攻撃が効かなかった人は一歩引いてください。ここは私が……!!」
「オウ、スピーディーね!! でも残念……流石に今の一撃はちょっと効いたわ」
ケツァル・コアトルの背中の傷は治らない。いや、治りが非常に遅い。マシュの神殺しの逸話が強化された結果だった。
……それがケツァル・コアトルを本気にさせてしまった。
「それじゃあ、もう……ちょっと本気で行くわよ?
「クエー!!」
ウルクの空に、雷雲と共に超古代の翼竜が現れる。
狂 っ た