Deep inside
「さて、諸君。とうとうこの日がやって来た!!」
ダ・ヴィンチがカルデアスの前でそう宣言した。マシュが黎斗とタイマンで張り合ったあの日から一週間程経っていた。
「今回のレイシフト先は、チグリス川とユーフラテス川の恵みによって出来上がった肥沃な三日月地帯に生まれた最古の文明……早い話がメソポタミアだ。人と神が共にあった最後の時代、神代の終わりとも言える」
そう説明を続けるダ・ヴィンチ。ロマンは何も語らず、黙々と管制室の機器を弄っている。
黎斗は既にコフィンの中に入っていた。誰もそれを指摘する人間はいなかった。
「──と言うわけで。これより、第七特異点の攻略を開始する!!」
「……はい!!」
その声で、サーヴァント達も特異点への移動の準備を開始する。
その中でロマンは、自分のコフィンへと入って行こうとするマシュを呼び止めた。
「……マシュ」
「何ですかドクター?」
そして。彼はマシュの目を見てやはり目を潤ませ、小さな声で呟いた。
「絶対に、自殺紛いの行動はしないでくれ。捨て身の攻撃も同じだ。すぐに蘇るとしても……カルデアの魔力には限界があるし、それに……僕が悲しい」
「……分かってますよ。心掛けます」
「そう言って……結局、必要だと感じたら迷わず死んでいくんだね」
「……当然です」
マシュはゆっくりとロマンを引き剥がした。そして一人、コフィンの中へと入っていく。
それを見送ったロマンは、画面へと向き直った。
「……レイシフトを開始する」
「分かってるよロマニ……何にせよ、これで特異点は最後なんだ、気合い入れていこう。さあ、スタートだ」
そんな会話をぼんやりと聞きながら、マシュの意識は、闇の中へと落ちていく。
───
「ここが……メソポタミア……ですか……」
「……メソポタミアとは、地面が無いのが普通なのか?」
「……あ、何で私たち飛んでるの?」
「いや、飛んではいないぞ……!!」
「つまり……」
特異点にやって来て早々、一同は顔を見合わせた。そこは何処までも広がる青い空。
しかも上だけにあるわけではない。前にも後ろにも、言い方によっては下にもある。
つまり。
ここは上空で。
やばい。
落ちてる。
スッゴい落ちてる。
「「「きゃああああああああ!?」」」
ナーサリーとエリザベート、そしてシータが絶叫した。
何しろ落ちてる。十メートル程度の話ではない、五百メートルは悠に越えている。やばい。
「変身……!!」
『マーイティーアクショーン!! NEXT!!』
『N=Ⅲ!!』
『ジェットコーンバッート!!』
一番落ち着いていた黎斗はゲンムに変身し、コンバットゲーマを身に纏うことで落下死を回避した。こんなところでライフを使っていたら洒落にならない。
ついでにパニックになっていたナーサリーをキャッチしておく。
『ハリケーン ドラゴン!! ビュー!! ビュー!! ビュービュービュビュー!!』
『スペシャル プリーズ!!』
その反対側で、晴人はウィザードのハリケーンドラゴンスタイルに変身しスペシャルの魔法を発動、己に竜の翼を生やすことで落下を免れた。ついでに、いきなり空に投げ出されて翼を出すことも忘れていたエリザベートの首元も掴んでやる。
「……よっと」ガシッ
「きゃう!? ちょ、痛いわよ子ブタぁっ!?」
「ああゴメンエリちゃんっ!!」
「ノッブUFO!!」
「ノブッ!!」
「ノッブゥ!!」
「ノブァッ!?」
そして信勝はノッブUFOを数体呼び出し、自分と姉、あと手近にいたラーマとシータの落下スピードを出来る限り緩めた。……他の面子の飛びかたと比べれば格段にカッコ悪いが、そこは目を閉じることにした。
そして、空を飛べなかった面子はと言えば。
「こうなれば仕方ありません……宝具展開、
「
「
「「「はああああああああ!!」」」
ガガガガガガ
せめて少しでも落下ダメージを減らそうと、特異点の大地を削ってその反動で落下の衝撃を緩めようと試みていた。
ズドォォンッ
「……着地、成功っ!!」
……そしてその試みは成功した。自分達が衝撃で潰れていないことに安堵するマシュの元に、ダ・ヴィンチから報告が入る。
『……無事かい!? ……無事そうだね。ああ、良かった……たった今分析が終了した。何があったかと言うとだね。妨害が入ったんだ……レイシフト成功直後に、君たちはそこまで飛ばされたんだ!!』
「……まさか、魔術王の仕業か?」
「いや……この都市自体の力だろう。恐らく結界による強制退去だ」
「弾かれた訳ね? でも、誰がそんな結界を……?」
一同は疑念を抱えていた。スカイダイビングでスタートした特異点攻略なのだ、何が起こっても可笑しくない。しかも
『何にせよ、今までの特異点同様にウルクにも危険が迫っていると見て間違いない。……実を言うと、魔力の節約の為に、緊急事態以外通信が出来なくなる。皆、まずは慌てず状況を確認するんだ、いいね?』
そう言われ、彼らは辺りを見回す。
……誰もいなかった。空から謎の集団が大地を破壊しながら降ってきたなら、野次馬の三人か四人は来そうなのに、一人もいなかった。
「でも、廃墟よ? 何もない……本当に何もない!!」
「うむ、確認しようにも人がいなければどうにもならぬのじゃ」
「ええ、獣の類いすらいない……」
ドドドドドド
「いや……待った。何もない、ということは無さそうだな」
ゲンムがそう呟いて、廃墟を突き抜ける街道の向こうに、音を立てて蠢くいくらかの影を見やった。
人ではない。そして、少なくとも自分達に協力するつもりはない。そう確信したマシュが前に出て、剣を構える。
「敵です。敵性反応!!」
『ガッチョーン』
『Britain warriors!!』
「……変身!!」
『ブリテンウォーリアーズ!!』
変身を終えたシールダーがガシャコンカリバーのトリガーを引くときには、魔獣はすぐそこまで迫っていて。
「「「Kisyaaaaaaaa!!」」」
『Noble phantasm』
「
衝突直前で宝具発動。シールダーはガシャコンカリバーを天に投げ上げ、慣性に従い落ちてきたそれをキャッチして辺りを凪ぎ払う。
斥候のような役割だったのであろうそれは、哀れにもシールダーの攻撃に吹き飛ばされた。
さらにそこに、飛び上がったゲンムがマシンガンの雨を降らせる。……結果、敵はもう一溜まりもなく消え失せた。
「Kisyaa……a……」
「……戦闘終了。ですが……初めて見るタイプでしたね」
「そうだな。まるで、全く違う生態系の産物……獣人やらドラゴンやらは、自然淘汰されたもの、カイギュウやドードーの同類だが、彼らは違う。始めからいない存在だ」
「殺意も感じたしな。憎悪が目に宿っていた」
消し炭の痕を見ながらそう分析する一行。
……彼らは、特にマシュは既に、これまでの旅で強くなっていた。盾を持ったままでは得られなかった強さで、神代の怪物を一捻りで潰せる程度には。
……それが良いことなのかどうかは、分からないが。
「……どうやらこの辺りはこの獣が占拠しているらしい。早めに退避するぞ」
「……でも、待って。誰か落ちてきてる」
「……え?」
空を見上げる。
少女が落ちてきていた。よく分からない造形の船に乗った少女が、きりもみ回転しながら落ちてきていた。
「どーいーてぇーっ!?」
「っ、不味い!!」
『エキサイト プリーズ!!』
慌ててウィザードが少女の落下するであろう地点に割って入り、魔法で筋力を増加させて受け止める体勢に入る。衝突まであと一秒。
ズドォォンッ
「あいたたたた……酷い目にあったわ。まさか、地上から狙撃されるなんて……でも思ったよりダメージは少なかったわね。ラッキー!!」
そう言いながら元気に起き上がったのはまだ若そうな少女。彼女は立ち上がり……自分の下にいる男の存在に気づく。
「……ん?」
「良かった無事だった……怪我は無かった?」
「──キャー!? 変態!? マッチョの変態がいるわぁっ!? でもその頭羨ましい!! エメラルドよねぇっ!?」
エキサイトしたままのウィザードだった。彼の名誉の為に言っておくが、エキサイトしているのはあくまで筋肉である。更に言えば、この魔法は時間経過で解除されるため、こうして少女を驚かせてしまったのは故意ではないのだ。
『どうしたんだい!? こ、この反応はちょっとどころかかなりヤバいんだけど!?』
慌てて通信を入れてくるダ・ヴィンチ。さっきの発言は即取り消しになった。いや、緊急事態だから仕方が無いのだが。
そしてそのヤバい張本人はと言えば、ウィザードを踏みつけてから距離を取り、少し震えながら身構えている。
「……ふぅ。落ち着きなさい私。優雅、優雅……そこのアナタ。私の肢体に断りもなく触れた全身筋肉の宝石頭。取り合えず、アナタの処罰について考えましょうか。アナタ、どこの市の人間?」
「ええと、落ち着いて、よ。話をしないかい?」
「話? 私と? 巫女でもない全身筋肉のアナタが?」
「うんうん。ほら、俺君の名前知らないし」
ウィザードが立ち上がりながらそう言った。筋肉は元に戻り始めていた。少女は彼の言葉に絶句する。
「──は? アナタ、私を知らないって本気で言ってるの?」
「まあ、さっきこの時代にきたばかりだし……」
……彼は変身を解き、自分達がカルデアという機関から来て、特異点を修復するのが目的だと簡潔に伝えた。ウィザードが変身を解いた際に少女が露骨に残念そうな顔をしたことも明記しておく。
「信じがたい話だけど……まあ、そういうコトもあるってことにしておきましょうか。ええ、その言葉は信じます……つまり、アナタたちは私も、この世界の状況も知らないのね? ……じゃあ、不敬、破廉恥、無礼、見せ筋は仕方ないか。遠い世界の野蛮人なんですものね」
「……で、その遠い世界の野蛮人に、この世界について教えてくれたりしない? 俺達、何も知らないのだけれど」
「この時代の事が知りたい? だったら、自分の足で確かめなさい。私は何も教えないし、むしろアナタたちが教えなさい。……この辺に、何か凄いものが落ちてた、とか!!」
「……凄いもの?」
少女はそう言った。明らかに一行を軽視している様子だった彼女だが、その質問は至って真面目に思えた。余程凄いものを落としたのだろう。
「凄いものよ。一目見れば分かるタイプだから説明は敢えてしないわ。で、覚えはある?」
「全く」
「……」
しかし説明されなければ心当たりなどある筈もない。首を振る一行に少女をあからさまにため息をつく。
「会話は結構だが……魔獣が増え始めたぞ?」
……アヴェンジャーがそう忠告した時には、いつの間にか、先程の魔獣より二回り程大きな魔獣の大群に一行は包囲されていた。少女は晴人から離れてよく分からないしくみの船に跨がり、空へと飛んでいく。
「先に言うけど、私は助けないわよ?」
「分かってるさ」
残された一行は、迫る魔獣の大群に得物を向けて。
───
「脱出成功、ですね」
かなり疲れはしたが、魔獣の群れを殲滅した。血塗れの剣を拭って、シールダーは変身を解く。
「にしても、数種類を倒しましたが全て初めて見る個体でした。やはり生態系が違うと見て間違いないかと」
「流石は神代、と言うわけだ」
「……お見事。お見事です、カルデアの一行」
「誰だ!?」
新しい存在が、突然に現れた。今度は言語を解する魔獣でも現れたかと剣を向けるサーヴァント達に彼は笑う。
「僕の名前はエルキドゥ。ここで貴方たち人間の到来を待ち続けたもの。地と、新しい人を繋ぎ止める役割を担ったものです」
イシュタルは絶対ウィザードを欲しがる(宝石的な意味で)