《ブリテン英霊八番勝負
第四試合 セイバー・湖の騎士》
「……んっ……」
「……起きたか、マシュ」
マシュはやはり、白い空間の中で目を覚ました。枕元にはランスロットが傍らに剣を突き立てて静かに座っている。
マシュは起き上がり、しかし無防備なランスロットに斬りかかるのも何か気が引けて、ランスロットの前に座り直した。
「……私は戦うつもりはない。いや、君が望むのならそれはそれだが」
「いえ、別に……でも、どうして?」
「一つ質問があるだけだからな、態々剣を取るなど」
ランスロットはそう言う。剣に手をかける素振りは微塵もない。
どうやら騙し討ちではないのだろう。マシュは耳を少しだけ傾ける。まあ、いつでも斬りかかれるようにはしているが。
「……君に何があったかは何も問うまい……先程言った通り、私が聞きたいことはただ一つ。魔術王を倒して人理を救ったあと、君は、何がしたい?」
「っ……!?」
「君の理想は尊いものだ。……私はその美しさを知っている。そしてその美しさの果てにある悲しみを。だからこそ、君の未来が見たい」
ランスロットの口から出たのは、予想外の言葉だった。
人理修復の、その後。マシュは考えていなかったこと。
マシュの中にあったのは、人理を救うという命題だけだった。自分はもう、その為のプログラムになったのだ。それは後悔などするわけがないし、自分にはそれだけでいい。そう思っていた。
だが……ああ、人理修復を終えた後。
マシュにはそれが遠すぎて、全く現実味が沸かない。
「……魔術王を倒せたなら。私は、次の人理の敵を討ちに行きましょう。次の敵を討てたなら、その次を。そしてまた、その次を」
だからそう言った。それだけが彼女の価値だから。彼女自身が人理を救う、マシュ・キリエライトはそれしか望まない。
ランスロットは唇を噛んでいた。そして下を見つめ……再びマシュの目を見る。
「……これは、私の記憶だが」
「……」
「……ある少女がいた。少女は王になった。その王は、国よりも人を愛した……そして人を守るために、己の人間性を封印した。……君と同じだ」
「それは……その、少女は……」
「王の心は人々には伝わらなかった。誰も王を理解してやれなかった。……そして、一人の騎士がこう言って出奔した……『王は、人の心が分からない』と」
彼が語るものは過去。彼が抱えるものは悔恨。
ランスロットは裏切りの騎士だ。苦悩に溺れ、王を裏切り、彼女の死の遠因となったものだ。
「王はそれでも、城の中で孤立しても人を愛した。……自分は誰にも、愛されないまま。誰かが彼女を救わなければならなかったのに」
「その王と……私が、同じ?」
「ええ……かつての私は彼女を救わなければならないと思っていた。なのに、己の苦悩に溺れて狂ってしまった。……私は過ちを悔いている。裁かれたいと思っている。そして……もう同じ過ちをしたくない。だから、私は君を、何としてでも救いたい」
そして彼は、己の生前を悔いていた。そして、過ちを繰り返したくない、とも考えていた。
だからこそ彼は語る。
「……私は……私は……」
「……私が察するに、君は人理修復後にもすぐに戻る必要はない。少なくとも君が限界していられる限り、君は守護者として働く必要はないはずなんだ。だから……だから聞きたい」
……マシュには、彼の言葉に答えられるだけの、未来がなかった。
「何で、何でそんなことを……」
「……教えてくれ。君は……」
ランスロットはそう聞いて……
……そこで突然剣を抜き、背後に振り抜こうとした。
「
ズシャッ
「が、あがぁっ……!?」
しかし間に合わなかった。ランスロットは突然現れたモードレッドに肩から背中にかけて深く深く傷を入れられ、たまらずその場に膝をつく。
「ぬかったなランスロット。鉄の戒め!!」
ジャラジャラジャラジャラ ググググ
「がああああっ!!」
その上で、黒い鎖で頭蓋を締め上げられ、砕け散るようにその場に消えた。
しかも、彼は戻ってこない。ブーディカやナイチンゲールはすぐに再生したのに。
「……ランスロッ、ト……」
「……彼は暫くは戻るまい。そうあるように鎖を調整している」
「と、言うわけで……さあ、次はテメェの番だ!! オレはテメェは心底気に食わねぇ……円卓の騎士すら捨てた……盾ヤロウを切り捨てた……父上の誇りを蔑ろにした、テメェが死ぬほど気に食わねぇ!!」
ランスロットのいた場所を踏みつけて、モードレッドがマシュに迫る。マシュは素早くそこから飛び退き、戦闘体制をとった。
「っ……」
「……我々は対話など不用だ。ひたすらに貴様を潰そう。潰そう。我々は相容れるつもりはない、力が欲しければ……力付くで捻り潰せ!!」
《ブリテン英霊八番勝負
五・六試合目
セイバー・暴走する剣
バーサーカー・鉄の戒め》
「……はあっ!!」
「甘イんだよ!!」
ガキンッ
エクスカリバーを抜いたマシュが、モードレッドに斬りかかる。
……しかし彼女は、ランスロットの死で否応なしに動揺していた。力の入りきっていないエクスカリバーはクラレントに受け止められ、地面に押し付けられた上で、アグラヴェインに奪われる。
「……これは回収する。貴様が我が王の剣を使うなど反吐が出るほどおぞましい」
「当然だな!! 父上の剣使うなんておこがましいにも程があるぜ!!」
「っ……!! それならっ!!」
ガンド銃を構え、数発を放つマシュ。しかしそれらは易々とクラレントに砕かれ霧散する。
「なら……これを!!」
「ほう、あのルールブレイカーか。だが……その程度の短剣で何が出来る?」
次にマシュが取り出したのはルールブレイカー。しかしそのリーチは、モードレッドにら遠く及ばない。
彼女は飛んでいた鉄の戒めを斬り伏せながらモードレッドに近づこうとするが、その前に相手は充填を終えていて。
「さあ、砕け散れ!!
「っ……!!」
カッ
赤雷がマシュの視界を多い尽くした。マシュは咄嗟に眼前で腕を組み、防御の体制をとる。……しかし吹き飛ばされた。当然だ、力で敵う訳がない。
「きゃあっ……!!」
「ハッ!! ざまあねぇな!! ……アグラヴェイン!!」
「分かっている」
そしてマシュは、鉄の戒めに縛り上げられた。アグラヴェインが彼女に近づいていき、奪い取ったエクスカリバーを振り上げる。
「今度こそ終わりだ。死ね」
「っ……」
「それはさせないぞ、アグラヴェイン」
ガンッ
それを防いだのは、蘇ったランスロットだった。彼はアグラヴェインを蹴り飛ばし、エクスカリバーを奪い取り、マシュの鎖を叩き斬る。
「ランスロット!! テメェ、出てくるのが早すぎるぞ!! おいアグラヴェインどういうことだ!!」
「チッ……思った以上に抵抗されたらしいな。だが、まあ。また倒せばそれだけだろう?」
怒鳴るモードレッド、舌打ちするアグラヴェイン。ランスロットは彼らを警戒しながら、マシュにエクスカリバーを返還する。
「……さあ、終わらせるぞマシュ。ここで君が終わるのは、私が悲しい」
「……ええ、行きましょう」
そして二人は、同時に剣を振り抜く。マシュのエクスカリバーは、青緑から深い青に変色していた。
「
「擬似展開・
……青の二本の光が、モードレッドとアグラヴェインを消し飛ばした。彼らは直ぐ様元に戻るが、それでも体の自由が効かない状態で。
「まだだ……まだ、私たちは立ち上がる……」
「ナメんなよ……?」
「何度でも相手をしよう……!! いけるな、マシュ?」
「ええ……!! 徹底的にっ!!」
両者再び睨み合う。全員がその剣を敵に向けて、再び一斉に走り出そうとし……
「止めてください、皆さん」
「っ!?」
「その声……父上!!」
……制止がかけられた。声のした方を見てみれば、セイバーのアルトリア・ペンドラゴンと、その傍らに立つ盾を持った騎士。
「もうその試合は終わりました。次は私たちの番です……行けますね、
「……はい、何時でも」
「ちぇっ……じゃあ、負けを認めてやるよ。帰るぞアグラヴェイン。ランスロットもだ、父上を煩わせていいなんてことは無いだろ?」
「……了解した」
「……マシュ。私は一先ず消えるが、君の未来については、一度しっかりと考えてほしい」
円卓の騎士三人はそうして空間から消え失せた。
マシュの前に立つのはアルトリアと、己が切り捨てたギャラハッドの残りカス。
マシュはエクスカリバーを握り直した。彼女の聖剣の深い青の光が輝きを増し、段々と明るい色に変化していく。
「……もう回復は十分ですよね、ネロさん?」
「うむ!! ……では、行くぞマスター?」
「……ええ!!」
そして彼女は、再び体内から呼び出したネロと共に並び立ち、眼前に存在する最後の試練に立ち向かう。
《ブリテン英霊八番勝負
七・八試合目
セイバー・騎士達の王
シールダー・棄てられた者》
マテリアル4
守りたい先輩のなかった彼女は、小さな目的にも人理修復を当てはめる他なかった。それはつまり、ごく個人的な感情で世界を救うということ。……人間の身に余る行い。
彼女はその小さな体で、全人類を守る盾になろうとした。そして、どうしようもなく歪んでしまった。