幕間の物語 ブリテン英霊八番勝負①
「……そうか……そこまで行きおったのかー……」
「……」
「いえ、気にしないで下さい。これは私が出した結論です」
マシュの部屋にやって来た信長と信勝が、マシュの話を聞いて微妙そうな顔をしていた。
もう彼女はかつてのマシュとは同じではない。それは現実味はなく、しかし確かに現実に思えて。それが尚更物悲しくて信長は酒を煽る。そして信勝は、ずっと黙っていた。
「……うーむ……何だ、暗い話してると酒も旨くないな。そうだ、お主一人で獅子王を下したそうじゃが、どうやったんじゃ?」
「よく覚えていません。あの盾で壊れた幻想を発動して獅子王の脳天を全力でかち割って、で、何かよくわからないのが……」
「ああやっぱやめやめ!! 信勝が泣きそうじゃ!! ……突然押し掛けてすまなかったな。そろそろ帰る」
「……すいません」
「いえ、良いんですよ……では」
そうして二人は帰っていった。マシュは一人残され、することもないのでベッドに寝転がり天井を見上げる。
「……」
そして、ガシャットを手に取った。
第六特異点でガウェインによって故障させられ、その後に複数の騎士を回収したせいで全く動かなくなってしまったプロトガシャットギアデュアルB。
……そしてそれは唐突に光り始めた。
マシュは抵抗も出来ず、その光に包まれて。
───
「……久しぶりだね、マシュ」
「ブーディカさん……」
そこはガシャットの内部だった。
第五特異点でそれぞれの形態に変身する前に一度だけ入ったこの世界。相変わらず0と1の見え隠れする白い世界に、ブーディカだけが立っていた。彼女は立ち尽くすマシュを優しく抱き締め、頭を撫でる。
「……君の頑張りは、よーく見てたよ。……よく、頑張ったね」
「……」
「でも……お姉さんちょっと悲しいな」
「……貴女が悲しむ必要は無いんです。私は絶対私の決断を後悔しません。だって……この方法以外なら、黎斗さんに抵抗できない」
マシュはそう言って、優しくブーディカを引き剥がした。ブーディカの方も抵抗せずにマシュから離れる。
マシュは空間を見回して、その静かさに気がついた。……他の人々は、どこにいるのか。
「……あれ、他の皆さんは?」
「……気づくよね。うん」
マシュが疑問をもってブーディカに向き直る。
「……実は、今から私達は、貴女に試練を与える事にしたの。ただでは終われないって嘆く円卓の皆や、君の決断に納得がいかないっていう皆がいるからね。だから……」
「……彼らを、下してほしい、と」
「うん。貴女の前に立ち塞がる英霊は八騎。貴女の持つその剣で、私達を、力付くで納得させてね?」
マシュに相対したブーディカはそう言って、思いきりマシュから飛び退き、剣を抜いた。
……どうやら彼女が、最初の相手らしい。
「……分かりました。ええ……では」
マシュも答えるように剣を抜く。その手のエクスカリバーはまだ手に馴染まず、かつての盾と同じか、それ以上に重く感じた。
それを構える。それだけで霊核が震える。逸る気持ちを押し止めて、マシュはブーディカの剣を見つめた。
「行きますよ、ブーディカさん」
「うん、ドンと来い!! 私の全部、ぶつけてあげる!!」
<ブリテン英霊八番勝負
一試合目、ライダー・勝利の女王>
「「──勝負!!」」
……駆け出したのは全く同時だった。
ガキンッ
「っぐ……その剣、やっぱり」
「ええ……これは、アーサー王のエクスカリバー。今は私の宝具となった、私の得物です」
剣と剣が交差する。ブーディカはマシュの剣が聖なるものだと確信して、少しだけ顔を強張らせた。彼女はマシュの危うい覚悟を剣の向こうに見たのだ。
だからこそ、彼女は聞かずにはいられない。
「マシュ!! 貴女の戦う理由は何だ!! その剣は誰が為に振るうものだ!!」
ブーディカは言った。マシュに試練を与えるのは、マシュに従う意思を持てないサーヴァントと、マシュの決断に納得が出来ないサーヴァントだと。
ブーディカ自身は、当然といえば当然だが納得の出来ないサーヴァントの方だった。彼女は、マシュに一つの問いを投げ掛けたかった。
「私は私が人理を救う為に戦う!! 犠牲を減らし涙を掬い血を止める為に戦う!! この剣は人間全ての為に振るうものだ!!」
「──私は、祖国を守るために戦った!! 犯された大地を、汚された我が子を、勝利を取り戻す為に戦った!! ……でも敵わなかった!! この剣は愛するものを守るために振るったもの、愛するものを守れなかった己の未熟さの具現!!」
彼女はブリタニアの女王。ローマに歯向かい、そして負け、あらゆるものを奪われた女王。
国の尊厳を奪われた。己や娘たちの貞操を奪われた。反乱を起こしても敵わず、果てに命を奪われた。
「マシュ!! ──もし、何かを守れなかったら、その時はどうする!! 嘆いて悲しみに暮れ泣き落ちるか!! 復讐に駆られ走るか!! ……失敗したとき、貴女はどうする!!」
「私はっ、絶対に失敗しない!!」
「それはあり得ない!!」
ブーディカの剣から魔力の弾丸が飛び出す。マシュはそれらを切り伏せながら突貫し、ブーディカと再び唾競り合った。
「私もそう思っていた!! 絶対に失敗しないと!! 私は思っていた、それに私だけじゃない、あの国の皆が思っていた!! 誰も、負けるために戦いに行きはしないから!!」
「っ……」
「答えて!! 貴女は絶望の先に何を見る!!」
それが、ブーディカの問い。
完璧はあり得ない。完勝はあり得ない。例え勝利したとしても、その中には確実に敗北が存在している。マシュは、その事実に耐えられるのか、その問い。
「っ……」
「これが私の剣だ、これが私の懺悔だ!! 貴女は……貴女は私の絶望をどう切り抜ける!!
ブーディカが剣の真名を解放した。それと同時に、マシュを中心に無数の光弾が呼び出される。それが、
光の壁がマシュに迫る。全方位からマシュに近づく。彼女にはもう己を庇う盾はない。
「……私は人理を救って人間を救って、その向こうにある世界を救います。……態々絶望を前に立ち止まっている暇なんて無いんです」
マシュは剣を、白いに突き立てた。データの世界には入らないはずのヒビが入り、その割れ目から緑とも黄色ともつかない光が溢れてくる。
「誰かを失ったなら、その誰かの望んだもの全てを救いましょう。誰も救えなかったなら、せめて記録を残しましょう。何かが残っていれば、人間は先に進めるんです」
マシュは剣を握る手に力を込めて、さらに強く突き立てた。
光の壁は進まない。元々ブーディカがそうあるようにイメージしたのもあるが、それと共に、エクスカリバーが外に向けてエネルギーを発していた。
「私は知っています。人間には明日があると。明日がある人間は、その明日を歩む事が出来ると。明日がある人間は、罪をやり直す事が出来ると。明日がある人間は、過ちを繰り返さない選択が出来ると」
「……」
「私にはもう明日がありませんでした。だからこうして、強引に永遠の明日を手に入れました。私は人理を、そして世界を救います。絶望したら──明日への希望でそれを塗り替える!!」
カッ
エクスカリバーが、深い緑色に変色した。それと共に大地は砕け、跳ね上がった数多の白い大地が光弾を弾き飛ばす。
そして再び、彼女はそれを引き抜いた。
「……いいよ、じゃあ……覚悟を私に見せて。貴女の意思をここに示して。貴女は私のかわいい妹のような存在だけど、今だけ私は鬼になります」
「……ええ、全力でブーディカさん、貴女を──」
「うん。私を殺して──私の屍を越えていけ!! マシュ・キリエライト!!」
ブーディカが剣を振り上げると共に、彼女の戦車が召喚された。マシュに向かって突進するそれの運転席に乗り込んだブーディカが、全速力で戦車を駆る。
「
そしてまた真名を解放した。今度は、マシュの周囲にブーディカの物と同じチャリオットがいくつも現れる。
マシュは剣を手に取った。彼女は緑に輝きを放つそれを握りしめ一回転、全方位を横凪ぎに凪ぎ払う。
「はあああああっ!!」
ズシャッ
それと共に戦車達は崩れ落ち、残りはブーディカの物だけに戻る。
その剣はエクスカリバー。星の聖剣を止めるには、ブーディカは力不足だった……だが、彼女は笑いながらマシュに突撃する。
「じゃあ決めるよマシュ!! 私の全力、刻み付けるね!!」
「ええ!! 私の全て、この剣に託します!!」
そして二人は、二筋の光になって。
「
「擬似解放・
スパァンッ
……倒れていたのは、ブーディカだった。
エクスカリバーは戦車ごとブーディカを両断していた。……勝負はついた。上半身と下半身に別たれたブーディカが、マシュに笑う。
「……ブーディカさん……」
……まあ、次の瞬間にはブーディカは元に戻っていたが。
「……!?」
「驚いた? いやー、ここってさ、死んでもすぐ元に戻るんだよね!! さっき貴女が砕いた大地も元通りだし」
「……本当だ……」
既に剣は収められた。ブーディカはまた最初のようにマシュを抱き締める。
「……貴女の決意は聞き届けました。私は貴女の決断に賛同します。どうか、いつまでもその意思を失わないでいてね……貴女がその意思を忘れないでいる限り、貴女は貴女だよ」
「……はい」
「……先に進むんだ、マシュ。私たちが、真に貴女を認める為に」
ブーディカはそう言って、白い空間に溶けていこうとした。透けていくブーディカを見送るマシュ。彼女は、あの頃の笑顔を少しだけ取り戻していた。
……何かを忘れていたように、ブーディカがマシュに振り向く。
「ああ、でも、その前に……出れるときに出た方がいいよ、
「うむ!!」
その言葉に答えるように、マシュの体内から、獅子王に突撃して消え失せた筈のネロが現れた。どや顔で。
「あれは誰だ!? 美女か!? ローマか!? もちろん、余だよ♪ 正直ものすごくアウェーな感じがするがそれはそれ、ネロ・クラウディウスここに参上だ!! 待たせたな!!」
「……ネロさん」
「また会ったな、マスター」
ブーディカは既に消滅した。この空間にいるのはマシュとネロだけだった。
マシュは疑問が拭えない。……獅子王討伐作戦だと、ネロは獅子王のロンゴミニアドを押さえ込んで、壊れた幻想で獅子王と自分自身と共に仲良く消滅するつもりで、ネロ自身も乗り気だったと思うのだが。
「でも、どうして? ネロさんは私が獅子王を倒したとき、ロンゴミニアドの力で消滅したはず……」
「フッフッフ、その時に破片が飛び散っていただろう? それにマスターが一瞬でも触れたことで、再感染した訳だ」
「そんな……事が……出来るん、ですか?」
「そのようだな。まあ、余りにもウイルスの数が微量な上、この状態で守護者になったせいか培養もうまくいかないから、こうして少しだけ霊基に影響を与えるだけだが。マスターの羽織ってる外套は、余が纏う予定だったものを貸したのだぞ? 風邪引きそうだったからな!!」
はっきり言ってあっても無くても変わらない……という言葉はマシュは飲み込むことにした。
彼女は非常に薄着だ。鎧も半分にすり減っている為、腹やら腿やら胸やらの露出も多い。だが彼女は同時に真のサーヴァントとなった為、寒さなど感じないのだ。
「むしろネロさんの方が……」
「余? 余はこれでいいのだ、至高の美であろう? そうであろう? ん?」
「……フフっ、そうですね」
何かが可笑しくて、マシュは笑った。
……刹那。
「──!! 伏せろマスター!!」
「っ!!」
スパッ
「……矢?」
白い大地に矢が突き刺さっていた。見覚えのある矢。具体的には第五特異点で見た矢。
「この矢は……まさか……!!」
「貴様が二人目なのか、ロビンフッド!!」
「……俺も聞きたいことがあるからな。最も新しい
マテリアル2
既に盾は持っていないが、マシュ・オルタのクラスはシールダーしか当てはまらない。
生前に彼女が剣を振るった事があっても、銃を手に取った事実があっても、何かに乗った経験があっても、暗殺を行った実績があっても、狂気に身を委ねた記憶があっても、それら全ては人理を守るため、それだけのもの。
……故に、彼女にはシールダーしかありえない。それが、彼女がマシュ・キリエライトだと言える確かな証拠。