Fate/Game Master   作:初手降参

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決戦の前夜

 

 

 

 

 

「……黎斗、さん……」

 

 

ついさっきまで、暴れまわるアモン・ラーの脱け殻に対処しながら、マシュはゲンムの活躍を目に焼き付けていた。

それは絶望的なまでの強さだった。オジマンディアスを相手に八面六臂の活躍を繰り広げ、宝具を突き破り、そして止めを刺す直前で寸止め出来るほどの余裕もあった。しかも、そうする傍らでアモン・ラーの脱け殻を粉砕する、なんてことまで成し遂げた。

驚異と恐怖が沸き上がる。あれには、どうしても勝てない……そう思えた。

 

でも。もう、止まれないのだ。

 

 

「……よいぞ、赦す。そしてこの聖杯もくれてやる。貴様はそれだけの力を持っていた」

 

『ガッシューン』

 

「神の才能があるのだからな、当たり前だ」

 

 

負けを認めたオジマンディアスは、いつの間にか再び玉座に座っていた。そして聖杯を取り出し、階段の下にいる黎斗に投げ渡す。

マシュ達は立ち尽くしたまま。黎斗はどや顔で聖杯を掴まんと手を上げて……

 

 

「抜かったな、太陽王」

 

「何だとっ!?」

 

 

……何処からか飛んできた黒い鎖に掴まって、いや、サーヴァントを害するはずの鎖を体に巻き付けて侵入してきたアグラヴェインに、見事に聖杯を横取りされた。

 

 

「この聖杯は我が王のものだ」

 

「円卓の騎士……何処から余の神殿に侵入した!! 言え!!」

 

「空だ、上を見てみるがいい、太陽王よ」

 

 

鎖を命綱がわりにして壁を駆け登るアグラヴェイン。その鎖の根本を見てみれば、小さな穴が開けられていて。

 

 

「余の神殿に穴を開けたか……!!」

 

「追いましょう皆さん、早く!!」

 

「うむ!! 先に外に出て待ち伏せするぞ!!」

 

 

外に駆け出すマシュとネロ。そしてそれを追うように、オジマンディアス以外の全員が外に出ていった。

 

───

 

包囲作戦は成功した。アグラヴェインが撤退する前に、サーヴァントで彼を取り囲んだのだ。

 

 

「投降するのじゃアグラヴェイン。貴様は既に包囲されておる!!」

 

「ええ、聖杯はカルデアが回収します」

 

「……ふん。揃いも揃って、我が王に歯向かうか……いや、分かっていたことだったな」

 

 

銃や槍を遠巻きに振りかざして、少しでも動いたら霊核を撃ち抜くと言って脅してみる。

 

……しかし霊核がどうこう以前に、アグラヴェインはもう消えかけていた。先程までのベディヴィエールとの死闘、強引な神殿への突入、サーヴァントを害する鎖での自主的な拘束……それらはアグラヴェインの耐久の限界を大きく越えたダメージを与えていて。

 

……それでも。アグラヴェインは聖杯に血を吐き出しながらそれを天に掲げ、そして唱えた。

 

 

「素に銀と鉄、礎に石と契約の大公、我が主は獅子王アーサー・ペンドラゴン。降り立つ風には城壁を、四方の門は閉じ、王冠より出で、聖都に至る三叉路は循環せよ。閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)、繰り返すつどに五度。ただ満たされる刻を破却する」

 

「……!!」

 

 

それはサーヴァント召喚の呪文。慌てて食い止めようとする面々は、アグラヴェインを中心に巻き起こった衝撃波に吹き飛ばされて。

 

 

   ブワッ

 

「っ!?」

 

「きゃあっ!?」

 

「……告げる。汝の身は我が王の下に、円卓の使命を汝の剣に。聖杯の寄るべに従い、この意この理に従うならば応えよ。誓いを此処に。我が王はこの世全ての悪を敷く者。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。汝、狂乱の檻に囚われし者。我はその鎖を手繰る者──汝三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ──!!」

 

 

神殿の側面に魔方陣が書き上げられる。それは白から黒に染まり、煌々と紫の光を溢れさせて。そして……

 

 

「「「「「「円卓の騎士……参上しました」」」」」」

 

「増え、た……!?」

 

「いや、しかし……」

 

「……それが、最後の策か。アグラヴェイン」

 

 

かつて、獅子王の元に呼び出され、そして獅子王に従うことを拒み倒された円卓の騎士六人が、狂化を施されてこの場に戻ってきていた。

 

 

「ケイ、パーシヴァル、ガヘリス、パロミデス、ペリノア王、ボールス……皆狂化こそ施したが、円卓の騎士に代わりはあるまい」

 

 

所謂バーサーク・サーヴァントという者だった。本来の在り方なら獅子王を否定するとしても、在り方を歪めれば獅子王に従う。反抗は出来ない。

そう考えての事だった。

 

そしてアグラヴェインは、かなり透けている体でサーヴァントを引き連れ、強引に神殿から逃亡する。

 

 

「くっ……逃げられて、しまいましたか」

 

 

マシュは顔をしかめた。起き上がった頃には、アグラヴェインはもう遠くにいっている。

 

マシュは立ち上がり駆け出そうとし……ランスロットに止められた。

 

 

「どうしましたかランスロット、今は……」

 

「いいから来てくれ……!!」グイッ

 

 

ランスロットが半ば強引にマシュを神殿の影に連れ込む。

マシュは怪訝そうに下を見て……一人の男に気づいた。

 

 

「コフッ……ギャラハッド……卿……」

 

「ベディヴィエール卿……!?」

 

 

……倒れていたのはベディヴィエールだった。アグラヴェインとの勝負に敗れ、右腕を根本から切り落とされて、胴体に風穴を開けて倒れている。溢れ出す血が砂の大地を濡らしていた。

 

 

「……私は、聖剣を返せなかった。三度目ですら出来なかった。我が王よ、我が主よ……今度こそ、この剣をお返ししようと、思いましたが……」

 

 

ベディヴィエールは遠くを見ているように見えた。その視線の先には、会いたいと望んでいた王がいるのだろうか。

そこから目線を離すことなく、彼は残っている左腕で銀の右腕を掴み持ち上げた。そしてそれを、隣にいたマシュに渡す。……それと共に、銀の腕は歪み、元の形に戻っていき……

 

 

「……やっぱり、駄目でした。……ギャラハッド卿、いや……マシュ。この剣を、貴女に託します」

 

「これは……もしかして……?」

 

「……貴女になら託せる、そう思いました。例え何が立ち塞がろうと、貴女はきっと止まらない。だから……」

 

「……」

 

「この剣を返せなかったのは我が身の未熟、貴女に私の罪を背負わせるつもりはありません。その剣は、貴女の手に委ねましょう。でも……もし、もしもよければ──」

 

 

そこまで言って、ベディヴィエールは土塊に還った。マシュの懐のガシャットに吸い込まれることも無かった。……つまり彼はサーヴァントでは無かったのだ、それは理解が出来た。

 

 

「……分かりました。使わせていただきます、ベディヴィエール卿」

 

 

マシュは土塊に頭を下げ、渡された銀の腕……いや、それの元の姿、エクスカリバーを背中に背負い立ち上がった。

 

見てみれば、オジマンディアスとは既に黎斗が同盟を結んでいた。明日には聖都を襲撃すると意気込んでいるらしい。

つまり、もうここには用は無い。マシュは一人、オーニソプターに戻った。

 

───

 

その日の昼は、山の民との合流に費やした。

晴人が荒野や聖都で助けた難民たちが、カルデアに恩を感じて軍に参加してくれたこともあり、連合軍は想定の二倍程に膨れ上がった。

 

そしてその晴人はと言えば……ガシャットに戻って、黎斗に修理されていた。

 

 

「……」カタカタカタカタ

 

 

黎斗にも予定は詰まっている。

アヴェンジャーやセイバーは既にカルデアに戻ってきたため、確認が終わり次第こちらにやって来るだろう。

連合軍の動きは黎斗が設定する。相手に未知の敵が増えた以上、適当な動きは許されない。

しかも……現在、隣にはネロが立っていた。

 

 

「さて、黎斗」

 

「どうしたんだ? 君から話しかけられるのは好きではないが。マシュ・キリエライトの所に行けば良いじゃないか」カタカタ

 

「……お主に言うべき事がある」

 

「後にしてくれないか?」カタカタ

 

 

よりによって今来ることも無いだろう……黎斗は内心で嘆息している。しかしネロは退くことはない。

 

 

「いや、今話すぞ、余は。何しろこのあとは、このオーニソプターにも沢山のサーヴァントが入ってくる。二人きりなのは今しかない」

 

「……はぁ。仕方無いな」

 

 

黎斗は諦めてパソコンを叩く手を止めた。そして椅子の背もたれに体を預け、頭を後ろに投げ出すようにしてネロを見上げる。

 

 

「で、何だ?」

 

「……お主は知っておろうが。余のマスターはこの特異点で死ぬつもりだ。ここで己の全てを使い潰すつもりだ」

 

「それを、止めてほしいという訳か」

 

「……逆だ。彼女の選択とその結末を、手出しせずに見てやってはくれまいか。彼女が決意を抱いた上で導きだした結論が故な」

 

「……ほう?」

 

 

ネロの言葉に、黎斗は少しだけ意外そうに眉を動かした。しかしすぐにニヤリと笑い、椅子に座り直す。

 

 

「当然だ。私もそうさせてもらうつもりだったさ。この後彼女が何を選ぶかが面白くて仕方がない。ああ、彼女には全てが許されている……!!」カタカタ

 

───

 

その日は、日が沈むのも早かった。連合軍に武器の扱いを教えたり、斥候を送ってみたり、ルートを調べたり……そんなことをしていたら、いつの間にか夜になっていた。

 

誰もいない荒野の一角で、マシュは空を見上げていた。黒と白、そして少しの青とオレンジ……それだけで構成されたそこには、色彩は無く。それでもマシュは微笑んだ。

 

 

『……いいかい、マシュ?』

 

「ああ、ドクター……どうしましたか?」

 

『大事な事を伝える。いいかい? ……君は死ななくていい。死ななくていいんだ』

 

「……?」

 

 

そこに、ロマンが通信を入れた。目の下に隈を作っている。どうやら何かを血眼になって調べていたらしい。

 

 

『エクスカリバーには不老の加護がある。決して老いず、生き続ける事が出来る。……解析してみた所、ベディヴィエールは千五百年間生き続けた生身の人間だった。そこまで生きなくてもいい……何時でも死ねる、何時まででも生きられる、君はそういう存在になった。戦わなければ』

 

「……戦わなければ……」

 

『うん。戦わなければ、君は生きていられる。その後一週間ももたない命を、好きなだけ引き伸ばせる。君は、死ななくていいんだ』

 

 

それはロマンが突き止めた真実。マシュの背負う星の聖剣があれば、もうマシュは死に怯える必要は無い。

それはとても魅力的だっただろう。生への甘い望みも、人間にはあって当然だ。

 

しかし、マシュにはもう生への未練なんて何も無かった。

 

 

「……駄目です。私は、戦います」

 

『その必要は無いんだ!!』

 

「私が必要としているんです!!」

 

 

きっぱりとそう言う。

戦闘の意思。己が戦う、という決意。

 

 

「……私は、人理を私の手で修復します。私が戦い、私が救う。それが私の望みなんです」

 

『ならボクの望みを言おう、ボクは君に生きていてほしい!! 死んでほしくない、まだいてほしい!!』

 

「……ドクター。安心してください」

 

 

ロマンは泣いていた。年甲斐も無く泣いていた。……誰も咎める者はいない。

マシュはロマンの頬に手を伸ばした。当然触れることは叶わない。でも、互いに少しだけ満たされた。

 

そしてマシュは切り出す。自分の歩む道には、希望が確かにあるのだ、と。

 

 

『……』

 

「私は死ぬけれど、()()()()()()。ドクターが私を覚えていれば」

 

『違うんだ、そういった話をしているんじゃないんだ』

 

「いえ違いません……私は、ドクターが私を覚えていれば死にません」

 

『ボクには訳が分からないよ、マシュ……!!』

 

「そのままの事です。そのままなんですドクター」

 

『分からない分からない、君はまだ死ななくていいのに……!!』

 

 

……遠くから歓声が聞こえてきた。張り切ったオジマンディアスが、連合軍全員に食事を用意していたらしかった。この場にエジプトの民はいないが、それでも用意したあたり彼も聖都を何としてでも倒したいのだろう。

マシュもその場から立ち去ろうとする。

 

 

「……そろそろ行かないと」

 

『待ってくれ、待つんだマシュ!!』

 

「……最後に。私のロッカーの番号を教えておきます。……1990、です」

 

『……カルデアスの出来た年、か……ってそれより、待つんだマシュ!! だから待ってくれって……!!』

 

「ありがとうございました、ドクター。Dr.ロマン。今まで、本当に……」

 

 

マシュは笑顔のままだった。

そして笑顔を最後に、通信は断ち切られる。

 

 

「ありがとう。さようなら。また、会いましょう」

 




*マシュ・キリエライトは決意を抱いた。

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