「……ブーディカさんが……いない……?」
翌朝。どこか寝不足のまま目を覚ましその知らせを聞いたマシュは、呆然と立ち尽くしていた。
ブーディカが失踪した……彼女自身に消える理由は無い筈だ。きっと、昨日ロマンが妨害を受けている間に襲っていたに違いない……何で助けにいけなかったのか。
「恐らく、敵兵の襲撃を受けたのだろう。聞けば魔術師殿の方も遠見の魔術を阻まれていたのだろう? その間に拐われたのであろう」
とはネロ帝の談。彼女は、ブーディカは誘拐されたと考え、今すぐにでも助けようと軍の出立を早めている。
マシュはその言葉を信じようとし、しかし信じきる事が出来ず、ロマンと通信を繋げた。
「……ドクター。ブーディカさんは本当に誘拐されたと思いますか?」
『いや……消滅させられたと思う。ボクはね。でも、彼女の論理も最もだし、今の軍隊の盛り上がりを阻むのは得策ではない。ここは彼女に乗るべきだ』
「……分かりました。じゃあ、私はネロ陛下を信じようと思います」
『ああ、それがいい』
───
そして、それから数時間後。
「ハハハハハ!! 素晴らしい、ここには全てがある!! 圧政者の魔手と化した敵兵は幾百、幾千、幾万か」
ガリア遠征軍、連合帝国軍に突撃中。
こちらに迎撃に向かってくる兵達を回避し、受け流して後方の兵に任せながら、黎斗とマシュ、そしてネロは本陣へと突っ切っていく。
「正しく勝利の凱歌の時だ、この後の我が叫びは勝鬨の前触れと知れ。反逆の女王が失せども、我が魂は不滅なり!!」
そう叫ぶスパルタクスの声が、遥か後方から聞こえてきた。彼一人に強力な相手の露払いを任せてしまったが、なんとかなっているようだ。
「このまま本陣に飛び込む!! よいな、黎斗、マシュ!!」
「はい!!」
「私に命令するなぁっ!!」
そして。ネロ、マシュ、そして黎斗は、敵の本陣の中に転がり込んだ。
「……来たか、待ちくたびれたぞ。しかし……まあ。退屈するだけの価値はあったか」
「……!!」
……そこに立っていたのは、剣を手に取った、赤と金の衣装を纏った恰幅の良い男だった。クラスはセイバーだろう。彼は剣を引き抜き、吟味するようにネロを見つめる。
「美しい。その美しさはローマの宝だ」
そう言いながらもその敵は剣を構え、ネロも合わせて切っ先を向けた。張りつめた空気が辺りを静まりかえらせている。
「っ……」
「我らの愛しきローマを継ぐものよ、名は?」
「……ネロ。余は、ローマ帝国第五代皇帝、ネロ・クラウディウス」
「……良い名乗りだ」
その姿には威厳があった。誇りがあった。気高さがあった。恰幅こそ良かったが決して愚鈍そうではなく、それの放つオーラはむしろ鋭かった。
「そうでなくては面白くない。そこの客将よ、遠い国からよく参った。貴様たちも名乗るがいい」
「貴様に名乗る理由など無い」
だが、その男の言葉は、当然誇りだけ人一倍あって威厳と気高さが抜け落ちているような
『バグル アァップ』
『デンジャラス ゾンビィ……!!』
『ガシャコン スパロー!!』
直ぐ様変身して飛び掛かるゲンム。呼び出したガシャコンスパローを鎌に変形させ、セイバーの脳天に振り落とす。
「はああっ!!」
カキン
「……まあ戦場にはこのような奴も一定数いるがゆえ、不意打ちの類いには割りとなれている」
そう言いながらゲンムの鎌を易々といなすセイバー。汗一つも垂らしはしない。
「ここまで来られた褒美だ。我が黄金剣、
「ほう……?」
カキン カキン
ゲンムとセイバーの間で火花が飛び散る。ネロとマシュは入るタイミングを見失い、そして二人の激しい戦いを前にして飛び込む隙を失っていた。
カキン カキンカキン ガンッ
「ぐうっ……!!」
「どうした客将よ、顔は涼しくとも、得物の捌きに焦りが見られるが。まさか不意討ちだけで勝てるとでも踏んでいたか?」
体格に似合わず、セイバーはなかなか素早かった。遠くから近くから背後から、その黄金の剣を振るってゲンムを襲う。ゲンムの方も大体は対処したが、それでも何か違和感を持っているように見えた。
「さあ、行くぞ。既に賽は投げられている──!!」
切り結ぶ。切り結ぶ。
金属音を掻き鳴らしながら二人はその得物を振るい続ける。
しかも、何故かセイバーは弱らない。今まではそんなことは無かったのに。その事実が、ゲンムを苛立たせた。
カキン カキン
「くっ……」
「さて、止めと行こうか。
「っ、させるか!!」
ゲンムがよろけるタイミングを見計らって、セイバーがその剣を掲げ光らせる。宝具の発動が迫っていた。
「あまりやりたくは無かったがっ!!」
ゲンムは咄嗟に四つの、四つものモノクロのガシャットを取り出す。
『ゲキトツロボッツ!!』
『ドレミファビート!!』
『ギリギリチャンバラ!!』
『ドラゴナイト ハンター Z!!』
「何だとっ!?」
召喚された四体のゲーマが、セイバーに突撃する。その勢いに押され宝具の使用をキャンセルさせられたセイバーは数歩よろめき、ゲーマ達の下敷きにされた。
そして。
『シャカリキ クリティカル フィニッシュ!!』
「終わりだっ……!!」
弓に組み換えたガシャコンスパローにプロトシャカリキスポーツをセットしたゲンムが、そのトリガーを引いていた。
ギャンッ
ギャリギャリギャリギャリギャリギャリ
「ぐ、があっ……!!」
車輪が射出され、セイバーを押さえつけていたゲーマごと破壊にかかる。車輪に引き潰されるセイバー。
衝撃波はあたりを揺らし、金属片を飛び散らせて、そして。
ズガンッ
「……やられたな。そんな隠し玉があるなんてな」
轢き潰され、その場に膝をつくセイバー。その所々には傷が残り、肩で息をしている。
「だが、まあ、私の負けには代わり無い。お前の強さを讃えて──いや、お前にはどうでも良いことなのだろうが」
「当然だあっ!!」
満身創痍の状態で一人ごちるセイバー。ゲンムは彼に止めを刺そうとするも、マシュに抑えられる。
「一旦落ち着いて下さい先輩!!」
「離せ!!」
「離しません!! 聞かなくちゃいけないことがあるから……!!」
「……やれやれ」
セイバーは二人から目を離し、ネロに目を向けた。
そして、彼自身の名を名乗る。ネロにとってはあまりにも聞き慣れたそれを。
「……我が名はカエサル。ガイウス・ユリウス・カエサル。本物だ」
「そんな……?」
「貴様らの強さ、美しさ。私は感嘆した、故に教えてやろう。……聖杯は我が連合帝国首都の城に在る。正確には、宮廷魔術師が所有している」
マシュは黙って聞いていた。ネロも黙って聞いていた。ゲンムは盾で押さえつけられ黙らされていた。
沈黙の中でセイバー……カエサルは立ち上がる。マシュは一瞬身構えたが……すぐに、それが最後の行動であると察した。
「うむ、うむ。気持ちのいい負けでは無かったが……出来れば美しい女に負けたかったが、まあ我慢するとしよう。そも、俺が一兵卒の真似をするのは無理がある……全くあの御方の奇矯には困ったものだ」
「あの御方……?」
首を傾げるネロ。あの、皇帝の始祖であるカエサルがあの御方、と呼ぶなんて、余程の存在だろうとは思うが……
そう思考するネロに、カエサルは両手を広げ声を張る。
「そうだ、当代の皇帝よ。連合首都であの御方は貴様を待っている。その名を、姿を目にした時、貴様はどんな顔をするか……楽しみだ」
「……あの、一つ聞いていいですか?」
「ん、何だ?」
今度はマシュが質問の声をかけた。
「……私達の仲間のブーディカが、恐らくそちらに捕らえられています。どこにいるか、分かりませんか?」
「……ふむ」
顎に手をやり、少しの間考え込んだカエサルは、何かを言おうかと考えたかのように見えたが、しかし首を振った。
「……知らんな。だが、ここにきていない以上首都にいるのだろうよ」
「……分かりました」
カエサルは一つため息をついてから空を見上げ、そして静かに空にとけた。
───
「……カエサルが倒されたな」
宮廷魔術師(仮)、レフ・ライノールは舌を打った。
せっかく自分が、カエサルにかかったデバフを一々解除してやったというのに、結局負けてしまうとは。
まあ、あれは相手にとっても捨て身の戦法だっただろうが。
彼の繰る
「……また、サーヴァントを呼び出すのか?」
「いや、これではどれだけ数を増やしても無意味と言うもの。むしろ一点に魔力を注いだ方がまだいくらか有用と言うものだ」
とあるサーヴァントから投げ掛けられた問いに、レフはそう返す。
どれだけ凡百のサーヴァントをけしかけても、ゲンムを相手にしてしまえば結局、最終的には負けるという未来は簡単に見えた。それを学ばないほど愚かではない。
「だからこそ……」
聖杯が鈍く輝き、そして──
───
「……では、次の目的地は連合首都だな。ブーディカがいるとすれば、きっとあそこなのだろう」
暫くして、ネロが言った。一刻も早く向かわなければならない。
だが、それがどこにあるのか分からない以上、彼らには打つ手が無かった。
「今すぐにでも助けたいが、場所を知るには斥候を送るしかない。取り合えずローマに──」
「もう分かっている」
「……ん?」
黎斗はそう言う。もう、連合首都の場所が分かっている……そう言っている。
「もう既に、敵の正確な位置はつかんである」
「え……?」
刹那、黎斗の頭上に、
「斥候を飛ばせておいたのだよ。だから、ほら」
黎斗がコンバットゲーマに信号を入力すると、ゲーマは機械的な音声で目的地の座標を告げた。
つまり、場所が分かった訳だ。
「……ならば、態々ローマに戻る必要もあるまい。この勢いのまま進む!!」
そんな令が下った。兵達が生き生きと動き始める。軍はあっという間に纏まり、次の移動の準備を整える。
「マシュ・キリエライト」
「……?」
黎斗が、マシュの後ろから声をかけた。
「ブーディカは、君の大切な友なのだろう? ならば、助けなければならない」
「黎斗さん……」
「全力を尽くそう。きっと上手くいくさ」
マシュが振り返らなかったから分からなかったが、彼は……
いい話だ、感動的だな、だが無意味だ(手遅れ的な意味で)