『Game over』
……その音声と共に、ゲンムの姿は霧散した。迫る大剣にストレスを感じていたのかは他の面々に知るよしはなかったが、何にせよ彼は、首を斬られる前にゲーム病で消滅したのだった。
それと同時に、黎斗が持ち込んでいた物達が消え失せる。ガシャットの類いも、バグヴァイザーの類いも、その他の器具も全て。
「なんて事を……してくれたぁ……!!」
そう言うのはアヴェンジャー。彼の体は……透け始めている。
マスターである黎斗が死んだ以上、彼のサーヴァント達は魔力を送られず消滅するしか道はない。一応、魂喰らいという抜け道もあるにはあるが、それを平気でやろうと言えるサーヴァントは今の彼の元にはいなかった。
「くっ……余の一生の不覚……!!」
「……ごめんなさい、ごめんなさい……」
ラーマとシータも悔いて恥じながら消滅していく。恩人を守れなかった、その後悔が二人の中を重く占めて。
……そして、彼らは消滅した。
「やだ、私、消えちゃう……!!」
当然、エリザベートの体もかなり透けていた。辺りを見てみれば、黎斗の持ってきていたパソコン等も既に消滅していて、エリザベートが己のコフィンに持ち込んでいたマジックザウィザードのみが残っていた。
「やだ、やだやだやだ!!」
『マジック ザ ウィザード!!』
エリザベートが飛び付くようにガシャットを起動し、晴人が再び呼び出される。相変わらず傷だらけで足はひしゃげたままだが、魔力だけは回復していた。
「えっ? これ……どういうことだ?」
「やだやだやだ消えたくない消えたくない!! 私こんな、魔力不足なんて終わりは絶対やだぁ!!」
「……仕方ない、あれをやるか。指出して」
……エリザベートを見て何となく状況を察した晴人は、何を思ったのかオレンジの指輪を取りだし、エリザベートにはめさせて……彼女に魔法を使う。
『プリーズ プリーズ!!』
「……え?」
……その魔法によって、エリザベートに晴人の魔力が移動した。
魔力不足が解消された彼女は、何とか特異点にとどまる事に成功する。
「俺の魔力を移した。少なくとも、魔力切れで消えることは無いはずだ」
「……そう。ありがとう、子ブタ……」
「……どういたしまして」
「うーむ、これは……」
「大丈夫ですか姉上?」
「んー……単独行動が生きているからここにいる時間が長引いてるだけじゃな、これ」
その隣で、信長は自分の体を見ながらそう分析していた。アーチャーのクラススキル単独行動によって、魔力のラインが無くても現在は耐えているが、数日後には倒れるだろう。
「え? じゃあ……」
「わしの体は、まあ、あれだ、下手に傷を受ければ、いや……宝具一発で強制退去レベルじゃな」
「そんな……」
「……大丈夫かマスター?」
「ええ……このガシャットは使えないけれど、ギリギリ存在は保てています」
そしてマシュは、今はもうギアが動かなくなったプロトガシャットギアデュアルBを握りしめて、消滅に耐えていた。
黎斗の消滅と同時にバグヴァイザーL・D・Vも消えてしまったため、彼女に変身する術はない。
「でも……黎斗さんでも、死ぬんですね」
「……そうだな。そういうものだ」
「……でも、少しだけ安心しました」
「何がだ?」
「いえ……私のこれから歩く道は、
そこに通信が入り、モニターに焦燥を浮かべたロマンの顔が映る。
一同がその顔を見て息を呑んだ。いったい、彼はどうなったのか……
『……落ち着いて聞いてくれ。檀黎斗はコフィン内で消滅、そのかわりにナーサリー・ライムがいつもの姿で存在していた。彼女自体はこちら側に戻ってきている状態だ。そっちは?』
「……信長さんとエリザベートさんと、あと私以外の黎斗さんのサーヴァントは消滅しました……」
『そうか……』
彼は歯軋りしているようにも見えた。残りの特異点はあと二つだったのに、と言いたげにも見える。しかしそうは言わない。その代わりにロマンは、現在できる最善を探す。
『君たちは、現界できているんだね? 突然消えたりしない?』
「……多分」
『そうか、分かった……こちらでも大急ぎで対処を考える。酷だと思うが、この特異点は君たちだけで攻略してもらうかもしれない』
……そこで通信は断ち切れた。
会話を終えたマシュは震える足で立ち上がり、死そのもののような髑髏の剣士に詰め寄る。いや、名前は最早分かっていた。
「……初代山の翁。聞いてもいいですか」
「……何だ」
彼は初代山の翁。原初のハサン。……そんな存在ならば、黎斗を殺すことが出来てもおかしくはない。
そしてマシュは彼に問った。
「どうして、今、黎斗さんを殺したんですか。よりによって、今」
「……神託が下ったからだ。晩鐘が指し示した者にのみ我は死を与える」
「それなら……人理が崩壊してもいいんですか!? この特異点は、あと一押しで救えたかもしれないのに!!」
「……時代を救わんとする意義を、我が剣は認めている。だが、晩鐘がなったならば我が剣は天命の元に命を剥奪する」
晩鐘……それがあれば、山の翁は指された者を殺す。その信念は誰にも曲げられない。当然マシュが詰め寄っても変わりはしない。
……しかし、山の翁はそれに続けてこう言った。
「……汝らには権利がある。汝らの一員に死を与えた我に代償を求める権利が。汝の名は何だ?」
「マシュ・キリエライト。まだ、ただの人間です」
「……よいだろう。汝に三回まで我に命令する権利を与える。好きに使うがよい……」
そして山の翁は、次の瞬間には消滅する。残されたマシュは握った拳を震わせながら、しかし何もすることはなく、残された仲間達の元に戻った。
───
そして彼らは、西の村のある山の麓に停めてあるオーニソプターの元に戻ろうと動き始めた。
幸い晴人の魔力だけは有り余っていたため、戦闘不能のサーヴァント達は安全地帯に動いている。
その安全地帯が、他の人物の襟やらポケットやらなのが多少問題だが。
「……すいません、こんな事になってしまって」
「うぅ……藤太……」
「……大丈夫、二人とも?」
静謐のハサンと三蔵を襟首に入れているのは晴人。彼は耳元で聞こえてくる嘆きに対して、なるべく刺激しないように答えながら歩く。
「私は大丈夫です、晴人様。ですが、彼女の方が……」
「うう……ひっぐ……」
「……このように、ずっと泣いていますので……」
「……困ったなぁ……でも、藤太さん自体は満足して三蔵ちゃんを送り出した訳だし……」
今の彼に、答えは出せない。取りあえず今は、安全地帯に辿り着こう、そう思っていた。正直、彼自身も故障の影響か考えが纏まっていないのだ。
「申し訳ない、マシュ殿。黎斗どのを守るべきかとも思いましたが、我らは山の翁、初代様には逆らえぬ……」
「……いえ、それは仕方のない事です」
マシュも、ネロと呪腕のハサンを伴い、疲労の為小さくなって仮眠をとっているベディヴィエールを頭の上に乗せて歩いていた。
その表情は、暗い、というよりかはいつも通りに近い。それでも、彼女の中でも考えがいろいろと渦巻いていた。
これまでのこと。これからのこと。自分の命のこと。どう死ぬかということ。本当に自分の行く道が正しいのかどうか──
「……止まってもらおう」
「……邪魔がいましたか」
「……ランスロット……!!」
そんな考えを断ちきるように、ランスロットが一人静かに立っていた。マシュ達を待ち伏せしていた、という事だろう。
「最早君たちに勝ち目は無い、大人しく縄につけ……例え、君が誰であろうと……これ以上抵抗するなら斬りつける」
「……本気のようですね。下がってくださいマシュ。貴女の体は、まだ……」
体力をある程度回復させて仮眠から飛び起きたベディヴィエールが、大きくなりながらマシュを庇って前に出ようとし、しかし後ろからマシュにすり抜けられる。
「いいえ、私がやります。例え
パァンッ
マシュは先手必勝と言わんばかりにガンド銃を引き抜いて、ランスロットにそれを構えトリガーを引く。湖の騎士は突然だったので躱すことも出来ず、その体を停止させた。
……マシュの中でも、それなりに激情は渦巻いていた。だから取りあえず、ランスロットを八つ当たりもこめて攻撃しよう、そう思っていた。
「っ……やはり、君は……!!」
マシュの盾と顔を交互に見ながら呟くランスロット。その体にマシュが急接近し、盾ごと体当たりして突き飛ばす。
ガンッ
「ぐあっ、この、肉体より骨格に響く重撃は、やはり……!!」
「もう一発!!」
パァンッ
「っ……!!」
仰け反るランスロットにさらにガンド銃を撃ち込むマシュ。本来なら身動きが上手く効かずとも二度も同じ攻撃を喰らうことは無いはずなのだが、彼の素早さはかなり落ちていて。
「そらあっ!!」
ズガンッ
「があああっ……!!」
横腹を盾の側面で打ち付けられてランスロットは思い切り転がる。そしてマシュは更に数回殴り付けた後、背後に立っていたネロに声をかけた。
「さあ、そろそろ終わりにしましょう……ネロさん!!」
「任せよ!!
カッ
……そうして、焼き払われた大地にランスロットが一人転がっている、という状況が出来上がった。
ランスロットは最強のセイバーの一角である。その技術はセイバーのアーサー王にも引けを取らないレベルだ。しかし彼は……動揺に非常に弱かった。
「ぐ、う……」ガクッ
「マスター!?」
そして、それと同時にマシュも膝をつく。彼女の場合は単純に疲労が原因だったが、その疲労は死にかけの彼女には大きすぎるもので。
そうしてマシュの意識は、また闇に呑まれていく……
───
「……にしても、困った。まさか檀黎斗が殺されるなんて……」
「死なないこと前提で考えるようになっていたこちらの敗北、だね」
「そうだね。……ああ、人は簡単に死ぬのに、ね」
管制室にて、ロマンとダ・ヴィンチが塞ぎこんでいた。
基本的に、マスターがいなければ人理修復は成功しない。既にサーヴァントを送り込んだ状態で黎斗が消滅した今回ならともかく、次の特異点にはどのサーヴァントも連れ込めない。
マシュ自体は元々レイシフト適正のある少女だったので頑張ればいけないことも無いかもしれないが、それでもまず不可能だろう。
「どうする? 今から私みたいに人形のマスターでも産み出すかい?」
「それは名案……と言いたいけれど、それに納得するサーヴァントがいるかどうか。アヴェンジャーやカップルなんかは、黎斗がマスターならまた呼び出せるが、人形のマスターならほぼ確実に拒否しそうだ」
「……それ以前に、人形を特異点に送り込む必要があることを思い出したよ。ここから特異点への遠隔操作は流石に非現実的、令呪による制御が無いとサーヴァントの暴走もありえる」
「……だよね。でも、ボクにはもうろくな案が思い付かないや。もうだめ……ショックで寝込みそう」
ロマンは顔を赤くしていた。酔っても照れてもいない……単純に、悔しくてだった。
「結局……人類は、救えないのかな」
「……、君はもう寝ろ、ロマニ。もう疲れただろう? このまま起きていても悲しいだけだ、それなら、一度寝てすっきりしてきた方がいい。安心したまえ、解決策なら私がいくつか考案してプランを纏めておこう」
「……そうだね。お言葉に甘えさせてもらうよ」
そしてロマンは立ち上がる。
……そして、コフィンの中で眠っていたはずのナーサリーが消えていることに気がついた。
───
『パスワードを入力するがいいさぁっ!!』
「ええと、パスワードの入力? うーん……9610、かしら?」
『アハァ……正解だァ……』
ガチャン
『残念だったな!! もう一つパスワードが必要だぁ!! ハーハハハ!! ハーハハハ!!』
「もう!! マスターったら意地悪なんだから……9610」
『正解だァ……!! 君は神の才能を持っているゥ!!』
ガチャン
……そしてそのナーサリーは、黎斗のマイルームで金庫を弄っていた。
やけにうるさい金庫のパスワードを全て淀みなく開けていく。
……というのも、彼女には記憶があった。檀黎斗の記憶が。
辿ってみれば、グランドオーダー開始時からの記憶を見ることが出来た。どうやら、自分が黎斗に感染したバグスターだった事が影響しているらしい。
そして、その記憶の中に、この金庫があったのだ。
ナーサリーの中の黎斗の記憶が正しければ……
ガチャン
「……わあ、新しいガシャット……!!」
黒地に金のラインがいくつも入ったガシャットが、丁寧に保管されていた。
サイズは普通と変わらないが所々によく分からないギアの見え隠れするそのガシャットの電源を、ナーサリーは恐る恐る入れてみる。
「ええと……ポチッ!!」
『マイティ アクション
「きゃあっ!?」
それと同時に、ナーサリーはガシャットから呼び出されたゲーム画面に飲み込まれた。
因みに、ナーサリー・ライム・バグスターの本来のクリア条件はハッピーエンドを体験させること。
つまり、第五特異点でのラーマシータの再会にナーサリーが居合わせていれば、それだけでゲームクリアだった……という没設定がある