例え深夜に気まずい雰囲気にしてしまったとしても、それでも太陽は平気で昇ってくる。
朝になると共に目を覚ましたマシュは、取り合えず呪腕のハサン……この東の村のハサンに、何かやることがあるかと聞きに行っていた。
「うーん……食料が不足しているので、そこを何とかしてもらいたいですな」
「分かりました。……この山の麓の獣は食べられますか?」
「どうですかな……あまり、食べたい代物ではありませんな。いや、気づかなければ別にいいのですが」
そんなたわいもない……と言うには互いに主に顔が怖い二人の会話は、見張り台に立っていたアーラシュの報告で中断させられる。
「大変だ……西の村から狼煙が上がっているぞ!!」
「何ですとっ!? 色は、色はなんと出ているのだ!?」
慌てて見張り台に飛んでいくハサン。アーラシュは遠くに見えているだろう狼煙を睨み付け……舌打ちした。
「……黒い……チッ、敵襲だ!! 西の村が敵に見つかっちまったらしい!!」
「っぐ……!? なら旗は、敵の旗は何と出ていますかアーラシュ殿!?」
「あれは……赤い竜と、その首を断つ赤い稲妻。見覚えはあるか?」
「あ、あああ……不味い、皆殺しにされてしまう!! 王の首を狙うと公言する旗は唯一つ……円卓の遊撃騎士、モードレッドだ……!! アーラシュ殿、敵軍と村の距離は!?」
「峠一つ分……接触間近だ」
「助けに行きましょう、今すぐに!!」
二人の会話を聞いていてもたってもいられなくなったのだろう、マシュがハサンに飛び付く。……しかし、彼らはすぐにそれに頷くことは出来なかった。
「くっ……いや、しかし……」
「どうしたんですかハサンさん、早くしないとっ……」
「……落ち着け、マシュ・キリエライト。そもそも、この村の備蓄は既に底をついた事を忘れたか? 何処かの誰かのせいで五百人も村人が増えたから!!」
「黎斗さんっ……その言い方は許せません……!!」
突然現れた黎斗の言い分が許せず、マシュはガンド銃を彼に向けた。そこにマシュから離れていたネロが慌てて飛び込み、彼女の腕を下げさせる。
「落ち着けマスター!! ……この頃焦りが見えるぞ。生き急ぐのは分かるが、今急いでも仕方無いだろう。……ここから西の村まで行けば、何日かかるのだ?」
「……二日ですな。今から行っても、到底……」
ハサンは俯いて震えていた。今出来ることは、騎士に襲われ悲鳴を上げているであろう仲間たちの無事を祈るばかり……そこに黎斗が口を挟む。
「間に合いたければ、空でも飛ぶしかないだろうよ。しかし、神の才能を持つ私でもコンバットゲーマに人間サイズを乗せるのは無理がある……空を飛びたければ、非常に不愉快だが……」
「俺の出番、って訳だ」
「晴人さん……」
次に現れたのは操真晴人。黎斗は非常に嫌そうな顔をしながらも、今は彼に何も言わなかった。
「でも、どうするんですか? もしかして、小さくなる魔法が?」
「正解」
『スモール プリーズ』
彼は右手にオレンジの指輪をはめ使用して、豆粒サイズになった。すぐに元のサイズにもどったが……これは使える。
「おー、すげえな!! ……これなら一発芸の出番は無いかなぁ……」
「一発芸?」
「土台に人乗せて、土台に繋いだ矢を射って、射つ。簡単な大陸間弾道移動」
「ひぇっ……」
感心して拍手するアーラシュ。その横をすり抜けて、マシュが黎斗に掴みかかる。
「なら早く行きましょう!! 今すぐに行きましょう!!」
「分かっている……当然だが、乗れる数には限りがある。私と操真晴人は確定として、残りは……二体だ」
黎斗はマシュを引き剥がしそう言った。
実際は最小にすれば五体は乗れるのだが、そこまで小さくすると風で飛ばされてしまう。だから残り二体が限度だった。
そして三分後、黎斗の前にネロを取り込んだマシュと、彼女から少し距離を取っているベディヴィエールがやって来た。
「私と彼でお願いします」
「なるほど、マシュ・キリエライトとルキウス……いや、ベディヴィエールか。分かった……残りは食料でも用意しておけ。私と離れるから弱体化はすれど、消滅まではするまい。……何、どんなものを食ってもお前達は腹は下さないさ」
『ジェットコンバット!!』
プロトジェットコンバットが起動する。黒い飛行機が呼び出される。そして四人は魔法によって縮小し、隣村まで飛び出した。
───
「オラオラ、さっさと死にやがれ!! 次から次へとうざったいンだよ、テメェ!!」
「おのれ……どうやって、この村の位置を……!! 我らの隠蔽に、落ち度は無かったはずなのに……!!」
「あ? ンなもん勘だよ、勘。陰気でせせこましい負け犬のいそうな所に聖剣ぶちこんだらビンゴってだけさ。まあ本命じゃあなかったけどな!!」
……西の村の上空にコンバットゲーマが到着した時には、既に村中に火の手と粛正騎士が広がっていた。この村のハサンとモードレッドは交戦中で、人々の救助はほぼ行われていない。
「ったく、ランスロットが撤退した例の反逆者……特に最後の希望、とやらを横取りしたかったのに、とんだハズレ掴まされた。こんなシケた村を皆殺しにしたって、誉められも、それどころか叱られもしねえんだ!! どうしてくれる……オレが処刑されるまであと数日もねえのに!!」
そう怒鳴るモードレッド。怒りのせいか、赤い雷を撒き散らしている。
その隣に、晴人は元の大きさに戻りながら舞い降りた。
スタッ
「まあまあそう怒るなよ、大当たりがきてやったんだからさ?」
『バインド プリーズ!!』
炎の鎖がモードレッドを拘束する。モードレッドとハサンは共に、その鎖の出所である魔方陣に見覚えがあった。
「っ、この、鎖は……!!」
「まさか、指輪の魔法使い!?」
驚く二人をおいておいて、指輪の魔法使いはモードレッドに問う。……上空で聞こえた言葉が、彼の中で引っ掛かっていた。
「なあ、さっき処刑されるって言ってたよな。どういうことだ?」
「うるせえな……聖抜が終われば聖都以外全部焼き払われるンだよ。オレもお前も皆仲良く焼け死ぬんだ。だからその前に……お前は念入りに殺してやるよ!! この程度の鎖なら……おらぁっ!!」
そう怒鳴って鎖を引きちぎるモードレッド。しかし剣を構えようとした瞬間に弾丸が撃ち込まれ、彼女は眉をひくつかせながら静止する。
モードレッドが目だけで銃声の方向を見てみれば、小さな黒い飛行機を従えて歩いてくる集団が見えた。一人の構えている銃が自分に命中したことぐらいは容易に推測できる。
「私たちもいるぞ……全く。お前はこれで二人目か」
「……これ以上誰も殺させません」
「うむ。……赤いセイバーは余で十分である!!」
「……モードレッド卿……」
「ん? 追加のサーヴァントか? ええと、ひい、ふう、みい、よぉ……たった四騎か!! 遊びにしてもつまらねぇ……ん?」
……ガンドの効果は切れていたが、モードレッドは動かなかった。それこそ、先ほどまで相手していたハサンが戦線から離脱するのを止めることすら出来ないほどに。……目の前にいる二人の円卓の騎士は、それだけ彼女の意表を突く存在だった。
「……ハッ!! 三流騎士、テメェが……テメェが反逆者にいるのか!! 最悪の冗談だな!! 隣のギャラハッドならともかく、テメェが!!」
「……貴方に語りかける言葉はありません。恨み言があるのは私も同じです……獅子王に辿り着くのが私の目的でしたが、今だけはそれを忘れましょう。反逆の騎士モードレッド、アーサー王の理想を踏みにじった不忠者」
「でかい口を叩くようになったなチキン野郎!!」
聖剣を握り直し、ベディヴィエールに振りかぶるモードレッド。ベディヴィエールの方はそれを銀の腕で弾き返し、姿勢を低くして身構えた。
「行くぜ、なに一つオレに勝てなかった現実を思い知らせてやるぜ!! 纏めて来いよ、全部全部ぶっ飛ばす!!」
駆け出す赤い騎士。粛正騎士達も、空から現れた敵を潰さんと、黎斗達に走り寄る。
『ガッチョーン』
『デンジャラス ゾンビィ……』
「変身……!!」
『デンジャラスゾンビィ……!!』
『ガッチョーン』
「変身!!」
『Transform shielder』
『シャバドゥビタッチヘンシーン!! シャバドゥビタッチヘンシーン!!』
「変身!!」
『ウォーター プリーズ!! スィースィースィースィー!!』
それを迎え撃つように、黎斗、マシュ・晴人がそれぞれ変身する。ネロは少しだけ羨ましそうにそれを見たが、すぐに剣を持ち直した。
「さあ、ショータイムだ!!」
───
「
「
ガギンッ
剣と腕が交差する。火花が散り空気が唸る。
戦闘開始から十五分、ベディヴィエールはかなり疲れを見せていたが、対するモードレッドはまだ余裕があるといった様子で辺りを見回していた。
「ふーん、粛正騎士もかなり減ったな……へっ!! なかなかのやり手ばかりだな。大口叩ける自信はそれかよ!! それにチキン野郎、その義手は何処で手にいれた!!
「さあ? 貴方の鳥頭では思い出せないだけ、かもしれませんよ?」
「思い上がるな……アーサー王の覚えが良かっただけの、余り物の軟弱騎士が!!
展開されるクラレント。その切っ先に赤雷が纏わりつき──
『Buster brave chain』
「……貰ったッ!!」
「甘いンだよぉっ!!」
ガンッ
その剣は、後ろから盾を振り上げていたシールダーの攻撃を防いでいた。奇襲に失敗したシールダーは数歩分飛び退き、ガンド銃を放つ。
しかしそれらも切り捨てられ、シールダーは舌打ちした。
「何だよギャラハッド、奇襲のつもりか? お前らしくもねえ……そもそもお前に自分があったのかすらオレはよくわからねえが」
「私はギャラハッドではありません。マシュ・キリエライト。マシュ・キリエライトです」
「……ああ、そうかよ。とうとう呑み込まれたか、ステレオタイプの無個性な
怒鳴りながら、赤雷を纏ったままの聖剣をシールダーに向けるモードレッド。シールダーは放たれる宝具を突き立てた盾で一瞬防ぎ、そして盾を放置したままルールブレイカーを構えて突撃する。
「へっ!! 特攻か? 随分雑な攻撃だな!!」
「貴女に言われたくはありませんね。ブレーキの効かないのはお互い様でしょう? まあ、貴女はただ破壊のために走り、私は人を守るために走っていますが。……ルールっ、」
「させねえよっ!!
聖剣での攻撃を中止し、対抗するようにモードレッドは兜を再び被りその真名を解放、鎧兜を頑丈にして切っ先を防いだ。ルールブレイカーの発動条件は相手に刃が突き立てられること、故に今は使えない。
「何だ、自分で理解していたのか」
「うむ。その上でマスターは決意を抱いておる。どうせ自分はこの特異点でダメになるから、とな」
「……面白い。ここまで来たら純粋に面白いぞ、マシュ・キリエライト。君の可能性は無限だ……!!」
それを遠目から見るのはゲンム。彼の瞳に映るものは、彼にとっては愉快で仕方がなくて、それがいっそう不気味だった。
シールダーとモードレッド、そしてベディヴィエールは至近距離で切り結ぶ。しかし現在のシールダーの得物はルールブレイカーのみ、当然彼女が一番押し負けていた。
『Quick chain』
「はあっ!!」
「温い温い!!」
カンッ カンッ
「
「うぜえンだよぉっ!!」
ガギンッ
吹き飛ばされるベディヴィエール。ここまでの戦いの影響だろう、持っていた剣はかなり歯零れが激しい。
「くっ……」
己の弱さに歯噛みする彼のその隣に、ウォータースタイルで消火等を行っていたウィザードが立った。
「下がって。俺と交代だ」
『キャモナシューティング シェイクハンズ!! ウォーター シューティングストライク!! スィースィースィー!!』
ズドンッ
不意討ちぎみに放たれる水の弾丸。モードレッドはそれを振り向き様に斬りつけるが、水の勢いは止められず顔面に痛いのを喰らう。
「がはあっ……テメェ!!
『リキッド プリーズ!!』
カッ
怒りに任せてウィザードがいた範囲一体を焼き払うモードレッド。一瞬辺りは煙に包まれ、視界が晴れた時にはその範囲には……何も残っていなかった。
「……ハッ!! 存外に雑魚だった──」
「……誰が雑魚だって?」
ウィザードを焼き払ったと勘違いして唾を吐き、シールダーに向き直ろうとしていたモードレッドは……いつの間にかウィザードに首を固められていた。
「っが、貴様!?」
「油断大敵、ってね!!」
ゴキッ
「あだだだだだだ!?」
もがくモードレッド。しっかりと固められているため、暴れてもなかなかウィザードは振り払えない。そして……暴れた結果、少しだけ鎧の下の地肌が見えていた。
「今度こそ貰いました、ルールブレイカー!!」
ルールブレイカーを握り振りかぶるシールダー。仮面の下の彼女の顔は、とても鬼気迫るもので。
しかし、それはモードレッドには刺さらなかった。
ポロン
スパッ
「っ!?」
「ああ、私は悲しい……『ここでモードレッド卿に死なれては困るから回収しろ』、なんて伝言を伝えなければならないことが実に悲しい……」
「トリスタン卿っ!!」
現れたのは先日煙酔のハサンを死に追いやった赤い髪の男、円卓の騎士トリスタン。彼はその手で妖弦を弾き、シールダーとモードレッドの間を切り裂いていた。
『ギリギリ チャンバラ!!』
スパンスパンスパン
粛正騎士を全滅させていたゲンムがガシャコンスパローを呼び出し、トリスタンに矢を放つ。それらは全て撃ち落とされ……彼に注目が集まっている隙に、モードレッドは戦線から離脱していた。
「……チッ。今回はここまでだ、見逃してやるよ、獲物はテメェらだったんだしな。そこのチキン野郎が獅子王に謁見するんなら、どうあってもオレたちは聖都でご対面だ」
「待て!!」
『バインド プリーズ!!』
「うぜえンだよ最後までぇっ!!
去り際にモードレッドの聖剣から溢れ出た赤雷は、持ち主の怒りに同調するように周囲を焼き焦がし……攻撃が収まった時には、モードレッドとトリスタンは共に消え失せていた。
そして……ベディヴィエールは、人知れず気絶して倒れていた。
───
「ベディヴィエールは……気絶しているな。体が限界に近い」
「……」
その夜、西の村にて黎斗がベディヴィエールを診察していた。いや、正確には画面越しにロマンが診察しているが、動いているのは黎斗だった。
「……で? そこのハサンは何か言うことは無いのか?」
「くっ……」
そして黎斗の後ろでは、正座をしているハサンが……ざっと四十人。他にも村人の救護に当たっている者もいるからもっと多いだろう。
「本当なら断りたいが……ぐぅ……だが……いや、絶対に共闘しないぞ、私は!! 今すぐに殺してやる!!」
「……このままなら、皆死ぬのに?」
意固地になる西の村のハサン軍団の代表にそう言うのはマシュ。彼女は何もしていない。今彼女に出来ることはない……そんな暇してるマシュからの言葉に、西の村のハサン軍団は何も言えなかった。
「っ……」
「ふむ……助かりましたな、晴人どの、黎斗どの、マシュどの」
「っ、呪腕の!?」
そこに現れたのは、コンバットゲーマに乗ってやって来た呪腕のハサン。西の村のハサン軍団は彼の登場に全員口をあんぐりと開ける。
「呪腕の、まさか彼らの味方なのかっ!?」
「ふーむ……百貌の、彼らはこれ以上無い戦力ですぞ? 彼らのお陰で東の村の安全は確保されているというのに」
「だが、しかしっ……」
食い下がる西の村のハサン軍団改め、百貌のハサン軍団。というか、呪腕のハサン登場に合わせて一人に戻っているが。
呪腕のハサンはやれやれ、といった感じで肩を竦め、彼女に別の話題を振った。
「そういえば、例の件はどうなっている?」
「……進展は無いな。ああ……困った。あやつに限り口を割りはしないだろうが、円卓には拷問の達人もいると聞く。それにこのままなら死ぬばかりだ……」
「それは困りましたな……あーあ、何処かに魔法やら未知の機械やらが使えてサーヴァントも従えている物凄い集団でもいれば良いのですが」
「そんなのいるわけが無いだろう!! ……あ」
百貌のハサンが黎斗を見る。晴人を見る。
……そして頭を抱えた。
「神の才能を求めるか? 否定はしないぞ? ん?」
「……やっぱり嫌だ!! 私はあれには協力しないぞ!!」
この後めちゃくちゃ説得した