「さて、おまえたちが異邦からの旅人か。我が名はオジマンディアス。神であり太陽であり、地上を支配するファラオである」
スフィンクスに乗ってオジマンディアスの神殿までやってきた一行は、VIP待遇で玉座まで案内され、そこに座る褐色の男性……オジマンディアスの前に立っていた。
あの騎士は、スフィンクスに乗る段階でニトクリスに詫びて何処かに行ってしまっている。
「……そして、今、余は眠い。老人が死の淵から目覚めたばかりのように、だ。よって言葉は最小限にとどめる。我が玉音、心底に刻むが如く拝聴せよ」
「ほう?」
「おまえたちがカルデアからの使者であること、これまで五つの特異点を修復した者であること。そしてついにこの第六の楔……砂の聖地に現れた事。全て承知している」
オジマンディアスはそう言いながら……黙って立つ一行に見せつけるように、ゆっくりと胸元から聖杯を取り出す。
「何故ならおまえたちが探す聖杯は、この通り、余が手にしているからだ」
「っ……!?」
「つまり、魔神柱……なのか……?」
突然の出来事に半ば呆然としながら武器を構える一行。そしてオジマンディアスは弓を向けられても怯むことはなく、それがいっそう不気味だった。
……しかし、戦闘には発展しなかった。玉座に座るファラオは再び胸元に聖杯を戻し、鼻を鳴らす。
「フン、誰が魔術王なぞに与するか。これは余が十字軍から……」
スパッ
「……十字軍から没収したものだ。真の王たる余に相応しいものとして、な」
……一瞬首がずれた。
本人は何でもないように振る舞っているが、一瞬首がずれた。全員それをしっかりと見ていた。
スパッて音と共にずれた首はすぐに戻っていたが、やっぱり一瞬ずれていた。全員は顔を見合せ、少しだけざわめく。
「……首が、その……スルッて、しなかったかしら?」
「……えぇ……」
「ヒィ……」ガタガタ
困惑を隠せない一行。首が落ちたのも当然驚きだが、何よりすぐに戻ったのが驚きだ。
こいつ、もしや
「あり得ぬ。旅の疲れであろう。不敬だが、一度のみ許す。余の首は何とも……」
スパッ
首を振り話を再開するオジマンディアスの首が再びずれた。
……微動だにせずに黙るしか無かった。下手に刺激してゾンビを正面から相手するはめになるのはごめんだ。
「……」
「……」
「……」
「……余は調子が出ぬ。そろそろ面会は終わりにするぞ。故に要点のみ伝える」
オジマンディアスは首のずれを無かった事にした。逆ギレによる理不尽な攻撃はされなかったから、まあ幸運だったと言える。
「聖杯は余の持ち物。であれば、おまえたちが聖杯を求めるならいずれ殺し合うは道理。余の敵だ」
「なっ……では、私はファラオの前に敵を招き入れてしまったと!?」
「無論。だが……ニトクリス。そなたには聖杯と、この特異点に関する知識は伝えておらぬ。それは余の落ち度だ。そなたの罪ではない。それというのも……」
オジマンディアスの言葉に後悔するニトクリスを静止して、オジマンディアスは一度言葉を止め一行の顔を見渡し……小さくため息を吐いた。
「ふん。第四辺りで潰れたと思ったが、余の憶測も笑えぬな。お前達は確かに早かったが……それでも、少し遅かった。カルデアよ、この時代の人理は、既に崩壊したぞ」
「なっ……」
「まさか……そんな……!?」
予想だにしていなかった言葉に、思わず驚愕と焦燥を露にするマシュ。他のサーヴァント達もどう反応していいか分からないようで、互いの顔を見合わせている。
人理崩壊。それを告げたオジマンディアスは、一行を見ながらさらに続けた。
「この時代……本来であれば聖地を奪い合う戦いがあった。だがそうはならなかった。余は十字軍めに召喚され、聖杯を奪ったからな」
「じゃあ……オジマンディアス。貴方が、人理を崩壊させたのですか? ここに砂漠を呼び起こして?」
「いや!! 太陽王たる万能の余が聖杯などという毒の杯を使うとでも思ったか!! 余は聖杯の持ち主であり守護者!! 聖地になど全く興味はない!! 故に……心して聞け」
その場の空気が凍りついた。この暑い砂漠の中で、この空間のみ、全てが静まり返っていて。
「この時代を破壊したのは、貴様らの目指したエルサレムの残骸、絶望の聖都に座している!! 通り名を獅子王、純白の獅子王、と謳ってなぁ!!」
「獅子王……王、ですか」
「王……一体、誰だ……?」
「その通りだ……言うべき事は以上だ」
オジマンディアスは席を立った。玉座から降りた彼は、別の部屋へと向かっていく。そして急に、思い出したように立ち止まり、彼の背を見送る一行に振り向くことも無く告げた。
「ああ、食事は用意しておいた、食べていけばよい」
「ほう? ……敵に食を与えるのか。随分余裕なんだな、オジマンディアス」
「我らはファラオ、客は当然もてなす。砂漠を行く辛さは理解している故か。……だがそう容易く協定を結べると思うな。加えて、お前達は全体的に危険すぎる。覚悟と矜持があったとしても、その時点でどうともしがたい……」
「どういうことだ」
晴人が再び歩き始めるオジマンディアスに質問を投げ掛ける。
しかしそれは答えられる事は無く。
「……だが余はお前達は嫌いではない。故に、この世界の真実、この世界の残酷さを見聞せよ。その後お前達がどう変わるか……さらに悪化するのか、寧ろ振り切れるのか。それは知りたいゆえ、お前達が世界を見た後に、もう一度だけ機会を与えよう。その時は余に刃向かう獣として扱うが……それはそれとして、余は再び来訪するのを待つぞ」
……そしてファラオは、廊下の向こうに消えた。
───
「……ふぅ。まあ、得るべき情報は得られたな」
「一応ご飯は食べれたけれど、割りとあっさりだったわね」
「水と果物だけはやけに多かったがな!! ……もう少しバリエーション増やしてもよいじゃろうに」
「うむ。余は悲しい!!」
「……大方首の調子の問題だろうよ。……あれはどう見ても誰かの差し金だろうが」
食事を終えた一行は神殿を叩き出され、街の果てまでやって来ていた。後ろには見送りとしてやってきたニトクリスが立っている。
「そこ、不敬ですよ!! ファラオ・オジマンディアスは貴方がたの為に水と食料も用意してくれたと言うのに」
「ああ、『貴様が野垂れ死にしては余の楽しみが減る』と言って山のように渡してくれたな」
渡された荷物を抱えながら黎斗がそう言った。……山のように、というか、抱えられた荷物は傍目から見れば正しく山だった。
この砂漠ではバイクゲーマも使えない、仕方無いからロボットゲーマでも用意しようか、と考えている黎斗。ニトクリスはそんな黎斗には一歩も近づくこと無く、一行を見回す。
「……では、さようなら。次にファラオ・オジマンディアスに出会うときが貴方がたの死の運命……それを忘れぬように」
そして彼女はそう別れを告げ立ち去ろうとし……半ば自動的にマシュに目を向けた。
「……どうかしましたか」
「いえ……貴女は、既に覚悟をなさっているのだな、と」
指摘されたニトクリスは目をそらしながらそう呟く。ネロが何か感じたのか、マシュの前に立った。
「ん? 余のマスターはやらんぞ?」
「いえ、別にそういう訳では。ただ……」
「……ただ?」
「……いえ、何でもありません。貴女は例え一人でも、命を削って奮い立つお方です。……羨ましくはありませんが、尊敬出来ます。では」
『いいなー、いいなー!! 私もエジプト行きたかったなー!! いいなー!!』
『ちょっ、落ち着いてダ・ヴィンチ!!』
通信の画面いっぱいに興奮に顔を輝かせたダ・ヴィンチの顔が映っていた。後ろではロマンの声も聞こえる。
「一体何のようだ、レオナルド・ダ・ヴィンチ。まさか言いたいことは怨み言だけじゃあ無いだろう?」
『当然さ!! ……いつものオーニソプターを、エジプトへのロマンを込めて魔改造したんだよね!! ちょうど良いことにそこは霊脈だ、早速転送するよっ!!』
そして、キーワードを叩く音が響き始めた。それと同時に、オーニソプターが現れる。
……いや、それは到底オーニソプターとは言えないような代物だった。
「これは……オーニソプター、なのか?」
「……キノコ?」
『名付けて!! オーニソプター・ピラミッディアス!!』
「何時ものベビーカーの上に超巨大ピラミッド……じゃと!?」
そう、オーニソプター……改め、オーニソプター・ピラミッディアスは、ベビーカーの上にピラミッドをそのまま乗せ、その正方形の底面の四隅から伸びた脚とベビーカーの車輪で走行する、アンバランスの極みのような代物に成り果てていたのだ。
「……ダ・ヴィンチ、あなた馬鹿じゃないの?」
「天才と呼びたまえ!!」
「馬鹿だろ」
「天才だ!!」
───
「……見た目に依らず快適だな」
「砂嵐地帯も抜けたようね……何だか日も落ちてきたわ、ロマンチックね!!」
オーニソプター・ピラミッディアス内部、ピラミッド部分にある巨大な空間……それこそこの場のサーヴァント全員が狭苦しく無い程度に広い空間の運転席に腰掛ける黎斗と、その膝に座るナーサリーがそう話していた。
赤い太陽が砂漠に沈む。そろそろその獅子王の本拠地についても良さそうに思えたが、そんな事は全く無かった。
「まだつかないのか、マスター」
「焦るな。少なくとも食料はあのファラオのお陰で足りている」
黎斗はアヴェンジャーの言葉に簡潔に返し、そして画面を見つめ……オーニソプターを停車させた。
「……止まるぞ。サーヴァント反応だ」
一斉にオーニソプターから滑り出た一行。既に砂漠とは言っても岩の目立つエリアにやって来ていた。
岩影に隠れて耳をそばだて、サーヴァントに気づかれないように様子を探る。
「──情けない我が首だが、その代償としてなら釣り合おう」
「な……なんという。いや、それでは、あなたは……」
「承諾と受け取った。しからば、御免!!」
ズシャッ
「走れ、同胞たちよ……!! 東の呪腕であれば、そなたらを受け入れよう!!」
……ちょうど、色黒のサーヴァント……ハサンの一人であろうそれが、赤い髪の弓を持った男に向き合い、そして自ら首を斬って倒れていた。その向こうで、何人もの人々が感謝を唱えながら走っている。
どうやら生け贄か、それに近い役割を果たしたらしい。
「まさか……!?」
絶句する晴人。隣の黎斗は平然としていたが、彼は怒りに震えていた。
自殺。なんと痛ましい……
「自ら首を斬るとは……お見事。これでは私も約定を守る……即ち、民を見逃さねばなりません。しかし……」
「っ……不味い!!」
しかし次の瞬間には、晴人は右手に指輪を装着していた。彼の視線の先では、赤い髪の男が弓の弦に指をかけていて。
「ああ、私は悲しい……それではいけない、と言ったのに」
ポロン
『ディフェンド プリーズ!!』
空を斬る音の刃、それは燃え盛る炎の壁に阻まれた。
「なんという慢心なの……ん?」
赤い髪の男も異変に気づく。
おかしい。攻撃が防がれている。そして……
『バインド プリーズ!!』
鎖で縛り上げられた。男の前に晴人が飛び出し、そして槍を構えたエリザベートが続く。本当はやり過ごしたかった黎斗は舌打ちをして、他のサーヴァントと共に男を包囲した。
「……どなたでしょうか」
既にあのハサンが庇った人々は、砂漠のずっと向こうへと行っていた。それを察した赤い髪の男は、己を邪魔し拘束する晴人に、そして己を取り囲むサーヴァント達にただ問う。
「俺は……最後の希望だ」
「……最後の希望……ああ、そうですか。流石に、この数では私は分が悪い。一度、退却しましょうか」
ポロンポロンポロン
スパッ
最後の希望。それを聞いた男は、縛られた手で弓を弾き、己を縛っていた鎖を切断する。
「ふむ。こうも容易く拘束を解かれるとはな」
「油断は出来ないようだな」
「我が妖弦フェイルノートに矢は合いません。これはつま弾く事で敵を切断する音の刃……一歩も動けずとも、この程度の鎖なら」
自由になった男は迷わず晴人に弓を向け……そして標的を地面に変えて得物を掻き鳴らし、その反動で空を飛んだ。
「……では、さようなら」
ポロンポポロンポポロン
「飛んだ!?」
「嘘じゃろ!?」
「っ、待て!!」
『クラーケン プリーズ!!』
慌てて晴人がクラーケンを放ってみるがもう遅い、男は既に空の彼方。予想外の逃げ方をされてしまった。
……結局悪目立ちしてしまった、と言わんばかりに黎斗は大きく舌打ちをし、誰もいなくなった大地に腰かけた。
クラーケンを収納した晴人は頭を掻きながら小さく笑う。
「全く……無駄なことを」
「いやいや、あの人達を救えたから……何が無駄なもんか」
「チッ……」
開発者とゲーマの間には、既に致命的な思想の違いが存在していて。
オーニソプター・ピラミッディアス
ベビーカー型オーニソプターでは乗せられる数に限界があると見たダ・ヴィンチが、オーニソプターの上に超巨大ピラミッドを乗せた。あまりにもアンバランスなので四隅に支え用の脚がある。
こんななりでも機能は優秀、サーヴァントや資材の探索も可能、近くのピラミッドに擬態も出来る優れものだったりする。