悪夢は嵐と共に
その数日後。第六特異点発見のアナウンスは突然だった。
資料室で本を読んでいたマシュは、貸し出し履歴をつけてそれを持ち出し、栞を挟んだまま本を自分のロッカーに入れて、管制室へと走り出す。
「ん? 黎斗と決着はつけなくて良いのかマスター?」
「……今はまだその時ではありません。行きますよ、ネロさん」
「そうか……なら、まあよい。……始まるな、戦いが」
そうしてすぐにマシュは管制室に入り、自分のコフィンの場所を確認した。何の温もりも感じられないそこを一目だけ見て、そしてロマンの前に立つ。
少しだけ遅れて他のサーヴァント達もやって来た。ついでに言えば、エリザベートは晴人を伴っていた。負った傷は既に癒え、万全の状態だ。
そして、かなり遅れて黎斗が歩いてきた。
「……遅かったな」
「最新作の開発を終わらせてきたばかりだ」
そう言いながら黎斗は、何時ものガシャットの数を確かめる。そして何時もと同じだけのガシャットを抱えて、コフィンの中へと入っていった。
「……先に行っちゃったね。一応説明するけど、今回の特異点はエルサレムだ。年代で言えば、十字軍が動いていた頃だね……何にせよ、敵はますます強くなっているだろう。油断しないように」
「分かりました、ドクター。……行きますよネロさん」
「うむ」
マシュはネロを取り込んで、コフィンの中に横たわる。信長も同じようにしているらしかった。晴人は……エリザベートの持つマジックザウィザードに戻ったようだが。
そして、全てのサーヴァントがコフィンに横たわり。
レイシフトが決行される。
───
風が吹き荒ぶ。砂が舞い上がり水は消え失せる。そんな大地に、一行は降り立った。
「っぐ……とんでもない風だな。ここは砂漠か?」
「そのようだな。……下手をすれば飛ばされる、あの岩影ならなんとか凌げそうだ。急げ」
「こんな場所がエルサレムなんて思えないんですけどー」
「目に、目に砂が入った!!」
「痛むのだわ、痛むのだわ痛むのだわ!? 本に砂嵐とかデリカシーが無いわ!?」
そうぼやきながら慌てて移動する一行。黎斗はいち早く安全圏を陣取り、砂粒に気を遣いながらカルデアとの通信を試みる。
「カルデアとの通信は……安定しないな。いつものことか」
駄目だった。まあ、そんな気はしていた。
ため息を漏らす黎斗の後ろでは、エリザベートが晴人を揺さぶっている。
「ねえ、何か魔法無いの?」
「うーん、無茶ぶり振ってくるねエリちゃん。でも……あー、無いな、コレ。砂嵐が起こる前の時間軸に移動する手もあるにはあるけど……ここでやったらなんか不味そう」
「止めておけ操真晴人。……聖晶石を加工すれば新たな指輪も作れるだろうが、今は無理だ」
黎斗は晴人にそう言いながら立ち上がり、辺りを見回した。
「仕方がない、歩くぞ……こんな場所だ、バイクゲーマも働くまい。幸い向こう側に神殿らしき建物も見える」
「分かった」
そして、ちょうど良いタイミングで突風も止んだ。また吹き始める前に歩き出そう、と足を進めようとするサーヴァント達を、何かに気づいた晴人が手で制する。
「……待って。ここは駄目だ」
「どうしたの子ブタ?」
晴人の目は険しくなっていた。辺り一面は砂で覆われているというのに、彼は何を見たのか……そう首を傾げるエリザベートに、晴人は現状を見せつける。
「……見た方が早い。一瞬だけだから、目を凝らして」
『ライト プリーズ』
カッ
一瞬だけ光が溢れ、砂に遮られていた視界が晴れた。
歩き回る魔獣の大群が一行の目に飛び込む。光はすぐに消えたが、それでも一度視認した存在を確認するのは容易かった。
「……何じゃあれ!?」
「ひー、ふー、みー、よー……」
信勝が数を数えてみる。顔面蒼白になりながら指を折っていき……そして全て数え終えた。
「うわぁ、ざっと三十はいますねコレ!!」
「ふざけた数だ……だが、足取りに迷いが無い。元よりここに住んでいた存在だな。恐らく、あれは……スフィンクスだろう」
「放し飼いという訳だな。……自ずから神殿が誰のものかも分かったのは幸いか。何にせよ、下がるぞ」
幸いまだ気づかれてはいない。静かに退却すればバレはしないだろう、と後退りする一行。あれだけのスフィンクスに襲われればただでは済むまい。
しかし、その行動をマシュが遮る。
「……待ってください。神殿方向からこちらに向かう影が……」
「スフィンクスか?」
「いえ……髑髏の、面?」
「……髑髏の面、じゃと?」
いかにも怪しい集団と出くわした。器用にも足音一つ立てずにスフィンクスを回避し走る姿は怪しい奴そのもの。おまけに蠢く袋を背負っている。それらは一行の眼前に迫り……
「逃げないと、いや、近すぎる!!」
「暫く相手しろ!! ああ、ガシャットの端子に砂がつかないように気を遣え!!」
「了解した、変身!!」
『ガッチョーン』
『Transform Saber』
「はあっ!!」
真っ先に飛び出したのはジークフリート。彼はセイバーへと変身して突撃、集団を二分する。そしてそれぞれの集団に、サーヴァント達が一斉にとびかかった。
……瞬殺だった。いや、峰打ちで抑える程の余裕すらあった。
向こうは不意討ちこそ察したらしかったが、サーヴァントの大群に対応できるほど強くは無かったのだ。
そして集団の殆どは砂漠に尻餅をつき、袋をしっかりと握っていた髑髏の面の女も、セイバーの峰打ちで吹き飛ばされた。
ガンッ
「つぁっ……私の仮面が……!!」
「……アサシンのサーヴァント……ハサンか」
黎斗は心当たりがあるらしく、警戒を続けながら様子を見る。
面を落としたハサンは、部下の一人と共に立ち、袋を持ったまま脱出口を探している。
「く、こやつら全うな兵士ではありませぬ!! あの娘の紋様、恐らくは聖都の……」
「下がれ!! 敵はサーヴァント、貴様らでは容易く殺され……て、いないな。峰打ちか……余裕のつもりか? 嘲りか? 我ら山の民など殺すに値しないと? ……まあ、命があるならよしとするか。起きれるだろう?」
「う、ぅ……」
「ぐっ……」
「早く立て。今回の目的は女王の奪取。この女さえ無事に手には入ればスフィンクス共など……」
峰打ちにしていた集団……山の民達が立ち上がり、袋に手をかける。そして彼らは一行の前から逃亡しようとし……
『コネクト プリーズ』
「貰うよ」ヒョイ
「っ!?」
大事に抱えていた袋を魔方陣から出てきた手に奪われて驚愕の表情を浮かべた。辺りを見てみれば、袋は敵の中の一人の手に渡っている。
「貴様、何をした!?」
「悪いね。この袋、中に人いそうだから貰うよ」
「手品師めがっ……!!」
「指輪の魔法使い、と呼んでほしいね」
罵りを受けながら晴人は笑い、袋を丁寧に地面に置く。山の民の集団は苦々しげに舌打ちし、一行に疑問を投げ掛けた。
「貴様らは一体何者だ? オジマンディアスの手の者か?」
「……オジマンディアス……?」
「オジマンディアス……って、誰?」
……殆どのサーヴァントはオジマンディアス自体を知らなかった。ハサンはその反応に心なしかずっこける。
黎斗は肩を竦めながら軽く説明を開始し……
「つまりはラムセス二世だな、この名の方がまだ知れていよう。だが……詳しい話は後だ。スフィンクス共に勘づかれた!! ついでにメジェドもいる!! 逃げ……られるほど環境は良くないな。伏せて防御を固めろ!! 前を見るなよ!!」
……即座に踞った。周囲のサーヴァントは困惑しながらも黎斗に従う。
「メジェドって何なのかしら!?」
「とりあえずくねくねとかメリーさんみたいな者だ!! 目を会わせたらゲームオーバーだぞ!!」
足音が近づく。晴人は袋が奪われないように体で庇いながら丸まり、ナーサリーは一時的に本になり、信勝はちびノブを隠れ蓑にし……そんなこんなでスフィンクスを受け流した。獣達は山の民の元へと向かっていく。
「くっ!! 失敗か……仕方ない、撤退するぞ!! ……手品師、いや、指輪の魔法使い!! この恨みは忘れぬからな!!」
「待ってくれ、話を聞きたい……!!」
「ははは!! 待てと言われて待つハサンがいるか!! 砂嵐など日常茶飯事、風避けの魔除けの加護ぞある!!」
そう言いながら去っていくハサン達。その後ろを赤い鳥が風に吹かれながらついていくが……すぐにスフィンクスの一体におもちゃにされた。
「……逃げられたか。ガルーダを咄嗟に追尾させたけど……無理だね」
晴人はガルーダを回収しエリザベートの隣に立つ。黎斗は軽く人数を確認し、メンバーに問題ないことを確かめた。
そして全員が、置いていかれた袋に目をやる。
「それより、ガチャの開封の時間じゃな。この袋の中には何がいるのか……」
「あ、姉上そんな乱暴に開けたら……」
がさつに袋の紐を解く信長。わくわくしながら袋を開けた彼女の顎に……褐色の足が突き刺さった。
ゲシッ
「そげぶ!?」
「姉上!?」
三回ほど回転してからフラフラと立ち上がる信長。目を回しているらしく、信勝に支えられて漸く立てる位にはダメージを負っていた。
その隣で、袋の中から女性が……サーヴァントが這い出してくる。アヴェンジャーが彼女を縛る紐を解いてやれば、彼女は一つ深呼吸をした。そして立ち上がる。
「やっと解放されました……!! おのれ無礼者たち、何者です!! 私をファラオ、ニトクリスと知っての狼藉ですか!!」
「ニトクリス……とは、一体? ラーマ様知ってます?」
「知らないな。全く。信勝は?」
「さあ……姉上知ってます?」
「当然知らぬな」
……誰も知らなかった。オジマンディアスを知らない人々がニトクリスなんて存在知っている訳が無いのだ。
「古代エジプトの魔術女王だな。紀元前二千年前……最古に近い英霊と言える」
見かねた黎斗がそう注釈を入れる。
……ニトクリスは顔を赤くしていた。ファラオと知っての狼藉かと質問してみれば、そもそもファラオ自体知らない連中だったとは……自分が馬鹿みたいではないか、と。
「どうどうと私を虚仮にしてくるとは……!! 私を突然後ろ手に縛り上げ猿轡をして袋に押し込み連れ去るなど……!! ……あれ、顔、違う……?」
そして彼女は更に気づいた。
おかしい、自分を拐ったのはもっと全体的、こう、黒かった筈だ、と。
「ええ、違いますとも。私たちは誘拐中の貴女を助けたんです。戦ってることは何となく察せられたでしょう?」
「……それは……確かに……で、でも……我が恥辱は取り合えず返したいし……でも太陽王への帰順も問ってないし……そもそも私を助けた理由が分からないから……」
それでも今さら何も無かった事にするのは恥ずかしすぎる。取り敢えず何かしらの疑いはかけておかないと……等とニトクリスは考え始めていた。当然、顔は真っ赤である。
そして口を開こうとし……
「彼らは無実ですよ、寝起きのファラオ、ニトクリス。そもそも聖都の騎士が貴女を拐う理由がありましょうか」
「あふん」
……突然現れた別の存在に遮られて、恥ずかしさで地に伏した。
「あうう……う……そもそも……我が神殿に忍び込めるのは、山の民ぐらいのものでしたね……あ、貴方は……?」
「……私は、ルキウス。主のいないサーヴァントです」
銀色の騎士。見覚えは無かったが、言われたことは正論なのでニトクリスには最早どうしようもない。諦めて謝罪しよう、と彼女が一行の方を見ようとすれば。
超至近距離で黎斗がニトクリスを見下ろしていた。
「ハーハハハハ!! ハーハハハハ!!」
「ひっ!? 何なんです、突然大声を出して……」
「何なんです、だとぅ? 君を助けてあげた存在、それ以外にあるか?」
「……ぐぅ……感謝、しております、旅の方……」
すっごく屈辱的。しかしニトクリスは礼を言う立場、何も出来ない。
……高笑いを続ける黎斗を、彼の仲間達は冷や汗をかきながら眺めていた。
「ところで、私は水が飲みたいのだが……」
「み、水ですか……それなら、近場のオアシスにでも……」
「あー、果物とかも欲しいなぁ。ファラオなのだろう? 出来ないことなどあるまい? それとも命の恩人に対してそんな態度を取るのがファラオなのか?」
「うぐっ……そ、そんなことは、断じて……」
「流石にちょっと失礼じゃないかしら……」
「えーと、女王、なんだよな……? 相手は?」
「そうだと言っていたと思うのですが……」
「あーあ、連れてってほしい物だなぁ。 欲を言えば、スフィンクスの背中などに乗せて貰いたいな……丁度良いところにスフィンクスいるしなぁ?」
ファラオに対してこの横暴。神をも恐れぬ黎斗の神経の図太さには寧ろ感服すら覚える、サーヴァント達はそう評価していた。
そして先ほどニトクリスを注意した騎士は、悪いことをしたと心の中で謝っていた。
「乗せてほしい物だ、ああ、本当に!! もう私の足はくたくただなぁ……? んー?」
「くぅ……オジマンディアス様のスフィンクスを……でも……」
「 出来ないのかぁ……?その程度で神を名乗ると言うのかぁ……?」
「っ……分かりました……」
「聞こえないな、もっと大きな声で言いなさい」
「オジマンディアス様のスフィンクスは最高です!! 感謝の印に神殿までお招きいたしますっ!!」
涙目だった。
初めて特殊タグ使ってみた
面白いね