スマホの残りライフ98……私の貴重な時間をよくも!! 携帯会社絶対に許さねえ!!
「ねえ、見て欲しいヤツがいるんだけど」
「私はまだ作業が残っているんだが」
「いいからいいから……」
「……」
マシュにネロを撃ち込んだ後に廊下に出た黎斗は、エリザベートに呼び止められて彼女の部屋に強引に連れ込まれた。舌打ちをしながら、黎斗はその見て欲しいヤツを探し、すぐに見つける。
「来たわよ子ブタ」
「ああ、お帰りエリちゃん……そっちは?」
「ああ……もう目覚めていたのか。思ったより早い起動だったな、操真晴人」
操真晴人。黎斗は彼を知っている様子だった。晴人の方も見覚えを感じたのか少しだけ首を捻る。
「……何よ。知り合い?」
「いや、俺は別に……どっかで見たような見てないような……」
「……私は彼の全てを知っているがな」
「……どういうことだ」
「文字通りさ。君が何者か、過去に何があったか、使える魔法は何か、好きな食べ物、得意なスポーツ、靴を履くときはどちらからか、バイクにはどちらから乗るか、その指の指輪は誰に託された物か……全て知っている」
黎斗はそこまで一息に言って、少し間を開けた。晴人の方は困惑と共に恐怖を覚えたのだろう、左の手に赤い指輪を少し動かす。
「……まさか、ファントムか?」
「私は神だ」
「……説明しろ、お前は誰だ」
「君の……マジックザウィザードのゲーマである君の創造主、神の才能を持つ男……檀黎斗」
───
その頃。
マシュはベッドに呆然と腰掛けながら、天井を静かに見つめていた。その姿は、眠っていない事以外は、全く先程までと変わらないように見えた。
ロマンは安堵で緊張の糸が切れたのだろう、床に倒れ付して眠っている。ナーサリーは彼を運搬しようと、オーニソプターを探しに出ていた。
「マシュよ、久しぶりだな!! 余は再び会えて嬉しいぞ!!」
「……ああ。覚えていたんですね」
沈黙に耐えられなくなったのか、ネロが声色も朗らかにマシュに話しかける。かつてならマシュも同じくらいハイテンションで応じていたのだろうが、そうはならず……彼女の声は重かった。それでいて空っぽだった。
ネロは一瞬打ちのめされたような顔をしたが、気を取り直して彼女の肩に手を置く。……非常に軽かった。上から触るだけで軽いと理解できた。
「……どうかしましたか」
「何だ、思ったより冷めた反応ではないか。もしや黎斗に毒されたか?」
「……いえ、そうでは」
「何があった……余に申してみよ」
そう言ってみれば、マシュは口を少しだけもごもごと動かして煮え切らない反応をする。
ネロはマシュの白くなってしまった髪を撫でた。一時期は黒くなったり青くなったりと不安定だったが、どうやらもう変化は無いらしかった。
「……黎斗さんは、私の目標でした」
「……」
ぽつりぽつりと、マシュが話し始める。
「最初の最初に出会ったときには、凄い人だと思いました。怖かったけど、強くて、頼もしくて。でも……底知れない何かを感じていました」
「……」
「私は、デミ・サーヴァントになったのに。私より彼はずっと強かった。そして……酷かった。彼は私の知らない所でブーディカさんを、そして、目の前でドレイクさんを殺したんです。そしてフォウさんも……」
それはマシュ・キリエライトの軌跡。
汚れの無かったただの少女が、檀黎斗という人間によって悪性を知る旅。純粋な欲を知った少女の、葛藤と決断の物語。
「私の前で、沢山の人が苦しみの中で死にました。意味無く死んでいきました。例えその結果が正しくとも……私は受け入れられない」
「……そうか、そうだったのか」
「だから、決めたんです。私が、人理を救うって。黎斗さんに任せていたら、きっと、みんな不幸になってしまうから。だから……戦いました」
少女はそう決意した。例え誰から止められようと、その意思だけは曲げられなかった。悪の中で練り上げられた何者にも変えがたい少女の希望。
それが、破滅への片道切符だとしても。
それが、ただの少女には不可能な選択だとしても。
「人理の為に、最小限の敵を殺そうと思えました」
それは、マシュ本来の在り方から反れていく道程。
「全てを投げ出してでもやり抜こうと思いました」
安全装置のロックを一つずつ外すように。彼女は一つずつ壊れていく。
「……本当の事を言うと。自分でも、よく、分からなくなって来たんです。自分は何で戦っているのか」
「……人理を救うためではないのか?」
「いや、そうなんです。その筈なのに……私の中には、もう死にたい、楽になりたい、という言葉が響いている……疲れですかね」
既に彼女は、死にかけだ。死の足音は耳元で自己主張を続け、死神の鎌は彼女の首筋をくすぐり、檀黎斗の活躍はマシュの心に杭を打ち。
それでも決意だけは歪みなく。それこそが、最も歪な事象だった。
彼女は、人理を救う機械になろうとしていた。
「決して、人理を救いたくないなんて思っていません。人理は救います。でも、それと同時に……もう、人間を、私が命をかける者達の醜い部分を、私は、もう、見たくない……!!」
「……そうか」
当然の感情だった。檀黎斗によってもたらされたそれは、その感情は自己矛盾を伴う物であったが、精根枯れ果てて尚立ち続ける彼女はそれを認めていた。
守るべき大切な物=人理
その方程式を背負うには、ただの少女のままのマシュには力が無さすぎる。それでも彼女には、最早その道しか見えなかった。
……ネロは何も言わなかった。そして、マシュを背中からひしと抱いた。
「余は人間を愛する。その人生を愛する……
「ネロ、さん……」
枯れ果てようとしていた花から、一筋の滴が絞り出された。
───
「ええと、整理するわね? 子ブタは黎斗の作ったあの、ええと……」
「マジックザウィザード」
「そう、それのゲーマで、黎斗がオリジナルの子ブタをストーカーして開発した本人と全く同じコピー……なのよね?」
「正確には、自分がオリジナルでないと知っても大して驚かないようには調整したがな。それだけだ。それ以外は全て同じだ」
一通り、マジックザウィザードのゲーマとして操真晴人を作るまでの経緯を説明した黎斗は、腕を組んでどや顔をしていた。エリザベートはなんだかそれが気に食わなくて、
「ねえ大丈夫なの子ブタ?」
「ああ……案外ショックじゃなかった。それが調整の賜物なのかは知らないけどね。……で? 俺は何をすればいいんだ? わざわざ呼び出したんだから、何かあるんだろ?」
「当然、世界を救ってもらう。この焼き払われた世界を人理修復という過程を経て救うことが、ゲームクリアの条件だからな。単純明快だ」
事も無げにそう言う黎斗。実際、仮面ライダーウィザードはかつて世界を救った戦士。その強さは本物であり、その本物をコピーしたゲーマに対して、黎斗は絶対の自信を持っていた。
「当然だが、変身は可能だ。各種ドラゴンからインフィニティーまで使える。……だがゲーマである以上限界はある。ドラゴンなら5分、インフィニティースタイルの場合は3分も持たずにダメージ過多で機能停止するから気を付けるといい」
「……仕方無いな。付き合ってやるよ、人理修復。俺が、最後の希望だ」
晴人がそう宣言するのを聞いているのかいないのか、黎斗は責任は果たしたと言わんばかりにさっさと部屋を出ようとする。エリザベートがそのあっさりさに思わず呼び止めた。
「ちょっと何処行くの!?」
「まだ作るべきものが残っている」
「何よそれ!?」
「……君が知る必要はない」
黎斗はそうとだけ言って部屋を出た。
───
そして。
「……いつまで座っておるつもりじゃ? 信勝」
「……姉上……」
黎斗に信勝を押し付けられた信長は、出てきてからずっと部屋の隅で体操座りしている信勝に声をかけていた。
「全く。折角ここに来れたのじゃからもうちょっと何か言ってもいいじゃろうに」
「……でも……」
「……まだ納得が行っていない様子じゃな。聞き分けの悪いヤツめ、このこの」
いじける信勝を肘でつつく信長。その顔は別に嫌そうではなく、むしろ楽しげで。信勝はその顔を横目に見て、少しだけ口角を上げた。
「……やっぱり、姉上は甘い。僕は何も変わっていないのに、やっぱり、姉上に傷ついてほしくも、傷つけてほしくもないままなのに……心変わりはしてくれないんでしょう?」
「その通りじゃな……むぅ。そなたはあれじゃな。諦めが悪い上に物事を俯瞰出来ないというかなんというか……」
寂しげに呟く信勝に対して唸る信長。当然、信勝の意志は黎斗に倒された位では変わりはせず。そんなことは信長には十分分かっていた。
「仕方無い奴よ。ま、是非もないか……あれじゃ。精神に抜本的な改革が必要じゃな。ああ、そなたはわしに着いてこい……わしの生きざま、とくと見せてやる」
「……」
「顔を上げんか、信勝。お主のそのひん曲がった精神をわしが叩き直してやるから覚悟することじゃな」
信長は項垂れる信勝の顎を軽く持ち上げて信長自身の目を見させた上でそう言った。言葉とは裏腹に、信長は笑顔だった。
その姿がかつての平和な日常を思い起こさせて、信勝も少しだけ笑う。
「……分かりました」
「……うむ、それで良いのじゃ……と、言うわけで。わしのCD100枚、なんとかして全部売ってほしいのじゃ!! あ、一つ千円な!!」
信勝が了承の言葉を漏らすや否や、信長は何処からか山になったCDを取り出す。
……セール品、とシールが貼ってあった。どうやら、ダ・ヴィンチの店に置かせて貰ったがほぼ売れなかったらしかった。
「……フフッ。了解しました姉上」
「ノブッ!!」
「ノブッ!!」
ちびノブを呼び出し、CDを抱える信勝。その足取りは、少しだけ軽くて。
───
「……ん。寝てたのか……ええと……もう十時!?」
そしてロマンは目を覚ました。時計を見れば、もう午前十時……半日は寝ていた事になる。
彼は慌てて飛び起きようとして、全身の痛みに顔をしかめた。
「っく……」
「おはようロマニ。随分早かったじゃないか」
「ダ・ヴィンチ……早く、仕事に戻らないと」
「馬鹿を言うな、今折角ダ・ヴィンチちゃんが君の代理で働いてるんだから、ありがたく君は眠っていたまえ……なんてね」
そう言いながら彼は、ロマンにコーヒーを差し出す。今度はロマンはゆっくりと、痛みが無いように上半身を上げ、ベッドに腰かける形でダ・ヴィンチと向かい合った。
「マシュはどうなった?」
「……今は覗きに行かない方がいい。ネロと重なりあって眠ってるからね」
「……体調に変化は?」
「遠距離からの簡易バイタルチェックに限定すれば、以上は無かった。うん」
「……そうか。なら、良かった」
コーヒーを啜りながら、ロマンはそう呟く。彼は、かつてのマシュを少しだけ思い返した。
『こんにちは、はじめまして、召喚例第二号……あ、いやそれはないな。今日ぐらいはちゃんと名前で呼ばないと』
『こんにちは、マシュ・キリエライト君。ボクはロマニ・アーキマン。これからは君の主治医となる』
『君にも遠慮無く、思ったこと、感じたこと、とにかく色々なことを話してほしい。相互理解にはコミュニケーションが最適だ。手に入る情報量が段違いだし、何より温かいだろう?』
そんな言葉に、ぼんやりと頷いていた彼女は、もういない。コーヒーの水面にうっすらと見えたかつての彼女は、すぐに掻き消える鏡像で。
今、いるのは。
───
「フフフ……ハハ……」
黎斗がキーボードを叩く。
マイルームにカタカタと音が響き渡り、画面には白い文字が踊る。目の前の
「ハーハハハハ!! ハーハハハハ!! ハーハハハハ!!」
ガシャットに文字が浮かび上がる。
マイティと名付けられたキャラクターの回りには金の光が煌めいていて。
「私こそが……私こそが!! 神だあぁぁああああ!!」
さあ、ショータイムだ
……あ、ネタバレは厳禁だからね
気づいても黙っててね