黎斗がぐだだったら間違いなくコヤンスカヤさんと殺し合い始めてそうだなぁ……
ゲンムコーポレーションから飛び出して暫くしてから。
「何とか、戻ってこれた、ね」
聖都大学附属病院
この瞬間、今までにない人数の存在がCRに入っていた。それこそ、息苦しさを覚えるほどに。
あまりの人口密度にほんの少し汗をかきながら、ポッピーは辺りを見回す。いるのは、これから真檀黎斗に共に対抗する仲間……になってくれる筈の、自分含めた八つの陣営。
「ここが現在の医療設備、ですか……非常に衛生的で何よりです」
「それは良かった」
まず、バーサーカー陣営、マスターの宝生永夢とサーヴァントのナイチンゲール。恐らくあの、クリミアの天使と名高いナイチンゲールだ、そうポッピーは考察する。しかしまさか本人だとは思えない。後で檀黎斗神を問いたださなければ。
そのナイチンゲールは興味深げにCRのベッド等を確認し、その毛布の清潔さに感心していた。
「狭くてすまないが我慢しろ。……何か食べるか?」
「ああいえ、お構い無く」
その隣はセイバー陣営、マスターの鏡飛彩とサーヴァントのジャンヌ・ダルク。
飛彩は一応彼女に気を使っているが、どうにもギクシャクしているように見える。
「……紅茶なら淹れられるが」
「結構だ」
それと対応するような格好なのがアーチャー陣営、マスターの花家大我とサーヴァントのエミヤ。……エミヤとは誰だったか。何処かで聞いたようなそうでないような……そう考え、ポッピーは首を傾げながら二人を観察する。
セイバー陣営とは逆に、こちらはサーヴァントのエミヤの方が何処からともなくティーカップを取り出していた。大我の塩対応のせいかすぐに消してしまったが。
「君は美しいね。しかし、いけない……私の美しさは、君の美しさと相まって悲劇の運命を呼び込んでしまう!!」
「何コイツ、すごくキモい……」
ランサー陣営、マスターの西馬ニコとサーヴァントのフィン・マックール。
相性はあまり良さそうには見えない。現時点で、ニコは青筋を立てていた。ポッピーは苦笑いだけして視線をそらす。
「なあ、アサシンって何してたんだ?」
「……とても声高には言えないことです。いや、そもそも本当に私の記憶だ、とも言えないのでしょうか」
アサシン陣営、マスターのパラドとサーヴァントのシャルル=アンリ・サンソン。
パラドに対して、サンソンはいかにも義理固そうな印象を受けた。パラドとは本当に気が合うのだろうか。
「うわぁ……よく分からないのが一杯です……」
「迂闊に触るな、キャスター。私の神の才能を傷つけるのは許さない」
キャスター陣営、マスターの檀黎斗神とサーヴァントのメディア・リリィ。リリィということは百合だろうか? 推測はするもののポッピーに状況は掴めない。
そのメディア・リリィは黎斗の入ったバグヴァイザーⅡを抱えながら右往左往していた。
「なるほど、ここが今回の……スペース、少し狭くはありませんか?」
「まあ、そりゃそうだろうなぁ」
その隣はライダー陣営、マスターの九条貴利矢とサーヴァントのマルタ。
何だかんだでこの二人が一番安定しているような気がするとも思うが、まだポッピーには何とも言えない。
「折角召喚されたんですし、遊びに行きません?」
「ええ?」
そしてムーンキャンサー陣営、マスターのポッピーピポパポ自身と、彼女にとってよく分からないサーヴァントであるBB。
そもそもBBなんて存在、ポッピーは錠剤の名前ぐらいでしか聞いたことはなかった。隣に立っている彼女が何か、ポッピーにはさっぱり分からない。
ついでに、突然遊びに誘ってくるのも驚きだ。そういう性格なのだろうか。ポッピーはそう考えるが、きりがないのでこれ以上の分析は諦めた。
何にせよ、以上の八陣営がCRに詰まっていた。
本来はもう一つ、アルターエゴ陣営……小星作と殺生院キアラもいるのだが、どうにも早々に帰ってしまったため、セイバー陣営とアーチャー陣営以外は顔もクラスも知らず、どうにか少しだけ見聞きして知っている二陣営も深くは理解できていない。当然誰も、真名は分かっていない。
そして、彼ら彼女らは少しの間もたついた後に二階の待機スペースに移動し、永夢が持ち出してきた簡易的な椅子に腰掛け、砂嵐の写っているテレビの方を見た。
『ああ、やっと繋がった』
「恭太郎先生!?」
その数秒後に、衛生省大臣の日向恭太郎の顔が写し出された。CRとは何かと縁が深く、協力的な男である。
ナイチンゲールはテレビに映った見覚えのない男に首を傾げ、永夢に問った。
「マスター、彼は?」
「ああ、日向恭太郎先生。僕の命の恩人の、凄いドクターなんだ」
「……そうですか、貴方も、彼も、ドクターですか」
ナイチンゲールはどこか感慨深げに頷き、画面を見つめる。
全員の視線が画面に向いたのを確認してから。恭太郎は話し始めた。
『さて、本題に入ろう。檀黎斗』
『檀黎斗神だぁ!!』
『……今回の事件は、檀黎斗のバックアップが暴走して起こしたという解釈で、構わないな?』
恭太郎が、メディア・リリィの持つバグヴァイザーⅡの中の檀黎斗神にそう呼び掛ける。非常に鬱陶しそうな顔はしていたが、今回ばかりは避けて通れない道だった。
黎斗神は画面の中で少しだけ沈黙し、答える。
『まあ、間違ってはいなァい……』
『なら、止めることは可能か?』
『……当然だ。何しろ私は神だからな』
口元には笑みが浮かんでいた。恭太郎はその瞳を見つめ、しかし図りきれないと諦めて目線を外し、そしてCRの一同を見直す。それから、重い口を開いた。
『……分かった。一時的に檀黎斗を解放する』
「ちょっ、日向審議官!?」
『この状況下では超法規的措置を使わざるを得ない。既に許可は降りている……今回ばかりは、彼の力に頼らざるを得ない』
……それほどまでに、深刻な事態だった。
恭太郎はあくまで冷静に振る舞いながら、CRにある地図を見せる。
ゲンムコーポレーションを中心に同心円上に三つの輪が描かれた地図、恭太郎はその一番外側を示す。
『真檀黎斗の支配領域は拡大しつつある。既に東京の面積の4分の1の領域にて電波障害が確認された。先程通信が繋がりにくかったのもそのせいだ』
「なっ……」
「4分の1……!?」
『非常に、憂慮すべき事態だ。解ってくれ』
そうして、恭太郎は頭を下げた。CRの面々も慌てて頭を下げる。サーヴァント達は下げなかったが。恭太郎は彼らに目を向け、そして檀黎斗神を見つめて溜め息を吐き……そのタイミングで、通信は途切れた。後には砂嵐が走るばかり。
『おい、私をここから出せ、キャスター』
「あの、これ、どうやってやるのでしょうか……」
『ほら、上の方にボタンがあるだろう? 違うそれじゃない、ああ、それだ。押すんだ、それを押せ』
「はあ、これですね……?」
ブァサササ
「フゥッ!! 私の才能が必要になったかぁ……!!」
そのタイミングを見計らって、黎斗神はバグヴァイザーⅡから飛び出した、大きく伸びをして、ドレミファビートの媒体に飛び込み、そしてパソコン一式を持って飛び出してくる。
「ほら、私に構うな!! 取りあえずはここに待機しろ、全員私がチェックする」
そしてそれらを机に広げた彼は、取り合えず自身のサーヴァントであるメディア・リリィにコードのついたヘルメットを投げ渡した。
───
「……」
ゲンムコーポレーションのある開発室にて。
ゲンムのシールダーとして呼び出されたマシュ・キリエライト・オルタは、沈んでいく太陽を眺めながら溜め息をついた。
既に彼女は、自分達が本当の存在ではないことを知っていた。あの時間神殿での黎斗の一言一句が脳裏に焼き付いていた。
そして、その事実を知っているのはマシュだけではない。あの場に集ったサーヴァントだけではない。
全てだ。
ゲンムのサーヴァントもCRのサーヴァントも、
「私は……私の救った、世界は……」
故にこそ憂鬱だった。マシュが己の全てをなげうって成し遂げた旅は無意味だ、そう知らされたからには、動揺せずにはいられなかった。そして、真黎斗へと怒りを覚えた。
その真黎斗は、マシュに与えられた部屋の二つ上の階、ゲンムコーポレーション社長室にて、もう一人のゲンムのキャスターとして召喚されたナーサリーと寝食を共にしながら作業に励んでいるのだろう。
「……そういえば」
まだガシャットを受け取っていなかった。
最初に真黎斗がCRの勢力を追撃させた時には、ジル・ド・レェとファントム、そしてカリギュラにしかガシャットを与えていなかった筈だ。
マシュは立ち上がり、真黎斗の元へと赴く。サーヴァントとしての身体能力は人理修復の旅をしていた頃と変わりなく、10段以上の階段も簡単に跳び上がることが可能だった。
「……黎斗さん? います?」
「何だ、マシュ・キリエライト……!!」カタカタカタカタ
「ふふふふふふふ」カタカタカタカタ
「……」
訪ねてみれば、お取り込み中だった。
二人とも目を剥き口から変な音を小さく漏らしながらひたすらにキーボードを叩いている。
「……あの、何を?」
「ふ、始める前の準備さ、マシュ・キリエライト」カタカタカタカタ
「……私達に、何をさせたいんですか?」
やはり黎斗は自分達に何かをさせるつもりらしい。分かりきっていた事実をマシュは再確認し問う。
呼び出されて、唐突に部屋を割り振られて、待機を命じられたが……彼女としては、これ以上何もせず、何も問わずに黙っているのは無理だった。
「言った筈だ。この世界を私の最高傑作で塗り替える、と。私はこのFate/Grand Orderを私の最高傑作にすると決めた。ならば──」
「──この世界を、私達のいた世界と、混ぜるんですか」
「その通りだ。ついでに言うが、今行っていることはその前段階……抑止力の停止だ」
真黎斗は手を止めて語る。彼はFate/Grand Orderに遺され、目覚め、意思を持ったセーブデータ。
「抑止力の、停止……」
「そうよ? これからマスターは世界を作り替える。それは確かに世界の異常。それを感知して、ゲーム内の抑止力が勝手に発動したら不便じゃない? だから、マスターが自分のリソースを少し割いて、抑止力に鍵を掛けるの!!」
「そうだ。ああ、だから君も抑止力のバックアップは無くなるから気を付けろ。コンティニューは私だけの特権だ」
ナーサリーは、黎斗と既に情報の共有を行っていた。いや、もう同じことを考える同じ存在なのかもしれない。
マシュは少しだけ俯き考えた。
何故、彼女は自分達の旅が偽物だと知っても平気でいられるのか、何故彼女は自分自身が偽物でも平気なのか。
マシュには理解できなかった。彼女は、それらの前に打ちのめされていたから。
「……どうして」
「?」
「どうして、ナーサリーさんは平気なんですか? こんな……私達の存在自体が、偽物だって、知っているのに」
「だったら、これから本物になれば良いじゃない?」
ナーサリーはそう言ってのけた。
本物になる。それはつまり、世界を書き換えれば、サーヴァント達もいていい存在になるということ。
それでも、その答えはマシュを安心させるのには至らない。マシュは過去を見ていたから。ナーサリーはマシュとは逆に、未来だけを見ていた。
「何も不安に思うことはないわ? これから、もっともっと、ずーっと楽しくなるのよ!! これからとっても楽しくなるの!!」
「その通りだ。これから私が新たな現実を作り出す、刺激と娯楽に溢れた新世界を!! ああ、世界が私の才能を待ち望んでいる!!」
二人は笑った。本当に楽しそうだった。二人ならんで社長の椅子に座り、目を血走らせながらも作業を進める、それが二人の幸せなのだろう。
マシュは同意できない。
彼女は、今までの旅を大切なものと捉えていた。自分が人理を修復した、己の全てがそこにあった。だから、それを捨てることも出来ず、忘れることも出来ず、否定を受け入れることも出来なかった。
かと言って、もう彼女には、どうすることも出来なかった。
「……今は休め。時間はたっぷりある」カタカタカタカタ
真黎斗は再びキーボードを打ち始めた。もう語ることはない、と言わんばかりに音を立てて。
マシュは二人に背を向けて社長室を出る。
ガシャットのことは、もう頭から抜け落ちていた。
───
「ムーンキャンサー、BBか……」カタカタカタカタ
「いやーん、私の全部覗こうとするとか変態ですかー?」
「……」カタカタカタカタ
黎斗神の方は、七体のサーヴァントの確認を終え、最後のサーヴァントの確認を行っていた。
ムーンキャンサー、BB。本来ならこの聖杯戦争にはあり得ない特殊クラスのサーヴァント。
「……しかし、まさかBBを
「どういうこと?」
黎斗の溢した言葉にポッピーが首を捻る。いや、彼女も結局はバグスターのようなので、作る、という言葉の意味自体は分かるのだが。
「私がFate/Grand Orderを産み出した段階では、BBという存在は企画段階だった。先程、エミヤは私のかつて書いたノベルゲーのキャラクターだという話はしただろう?」
「Fate/Stay night、だっけ?」
「そうだ。Fateシリーズは一応私が産み出したものではあるが、まだ数が少ない。BBは私の企画しているFate/EXTRA CCCのキャラクター……だった、はずなんだが」
「先に真黎斗が作り上げちゃった、と」
「そういうことだ」
黎斗はそう解説する。
元よりFate/Grand Orderは黎斗が別名義でシナリオを書き上げたノベルゲーだった物の設定に手を加えて産み出したものだ。それを真黎斗が弄った結果、どうにも黎斗がまだ産み出していないサーヴァントが加えられたらしい。
「さらに言えば、私はアルターエゴ、というクラスはまだ産み出していない。考えていない訳ではなかったがな。加えて、Fate/EXTRA CCCは構想が不完全で、そもそもラスボスすら考えていない」
「じゃあ……誰なのか、分からないの?」
「……そうだ」
「あのー? 早く終わらせてくれませんかねー?」
黎斗の考察を遮ってBBが言葉を挟んだ。彼女はいかにも鬱陶しいといった様子で頭のヘルメットを指さし気だるげに椅子にもたれる。
黎斗はそれに眉をひくつかせながらも再びキーボードを叩き、BBの分析を再開する。
それと同時に彼は顔を上げ、CRに残っていた面々を見回した。そして言う。
「これ以上ここに残ってもどうしようもない。分析は私が進める、帰っても大丈夫だ」
「皆、引き留めてごめんね!!」
───
それから十数分後。BBの分析を一先ず終えた黎斗神は、Fate/Grand Orderのシステムへの介入を試みていた。
やっていることは先程までと変わらない、ひたすらにキーボードを叩くのみ。
今CRには、バグスターしかいなかった。キャスター陣営、アサシン陣営、ライダー陣営、ムーンキャンサー陣営。このバグスター達は特に家といえる家を持っている訳でもなく、しかして何故かバグスターとしての粒子化能力にも制限がかけられているため、CRに留まる他なかった。
「……ヴァー……ァァ……」カタカタカタカタ
「あの、マスター? 本当に大丈夫ですか?」
「っ……ヴァー……駄目だ、真黎斗が全力で抵抗してくる……!!」カタカタカタカタ
黎斗神が呻く。目を血走らせ、唸りながらキーボードに指を走らせる。その姿は、真檀黎斗も檀黎斗神も変わりなく。
メディア・リリィはその姿を心配するも、何もすることが出来ない。
「……マスター? 彼は本当に大丈夫なのですか?」
「気にするなアサシン。何時もああだ」
遠巻きにそれを見ながら、パラドが小さな声で揶揄した。
次回、仮面ライダーゲンム!!
──サーヴァント達の思い
「余はあの時、救われたのだ」
「仮にそれが偽りの記憶でも」
「その感謝を忘れたら──余は、最早何者でもなくなってしまう」
──マスターとの関わり
「ナイチンゲールさんは、どうして看護師に?」
「病原菌は排除します」
「私は、それでも人々を救いたい」
──そして、神と神の衝突
「何者かが接近してきましたな」
「誰かに負けるのも十二分に屈辱だが──」
「──私自身にも、負けられない」
第四話 Stomy story
「いっそお主、真に神にでもなったらどうじゃ?」