ぐだ男「だから見ていてくれ。俺の、変身!」   作:おはようグッドモーニング朝田

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よろしくお願いします。


7 導者Ⅲ

 

7 導者Ⅲ

 

 

 

 

「この薄暗い道にも飽きたな」

「何をゴチャゴチャ言っている。遅れるなよ」

 

 このじめっとした廊下を歩くのも、もう三度目。初めこそこの弱っちい松明に、先の見えない暗闇に多少なりとも怖れを抱いたものだが、それももう三度目ともなると慣れたものであった。

 

無言の時間が続く。アヴェンジャーはこちらを見ることも無く二、三歩先を進む。俺はそれについていくのみだ。

 

 目の前の白髪頭で枝毛探しをするのにも飽きたころ、ここでアヴェンジャーが静寂を破り口を開く。

 

「歩みに迷いが無くなった。いつでも諦めて良いとは言ったが……どうやら覚悟は決まったようだな。そうだ。それでいい」

 

俺からのレスポンスを待つことなく、こちらを振り返ることもせず歩き続ける。コミュニケーション能力皆無かよと一瞬思ったが、しかし意外なものが視界の端に映るのがわかった。アヴェンジャーの仏頂面の口角が少し持ち上がっていたのだ。どうやら彼はこの状況を望んでいたようだ。

 

「アヴェンジャー。君は刺々した口調の割にはなんていうか、こう……面倒見が良い……よね?」

 

恐る恐る尋ねる。返ってきたのはいつも通り、皮肉たっぷりの忠告だった。

 

「……ほう?クハハハハ、貴様はこのオレが面倒見が良いと?そう感じるのか?……フン。そう思いたければそう思っているがいい。だが、そんな甘っちょろいことを考えていて脚をすくわれるなよ?忘れたか?ここは監獄塔。周りのモノどもは基本お前を殺そうとしているのだぞ?」

 

 

でも、君は俺を殺そうとしないじゃないか。

 

 

そう言おうとしたが、少々歩みが速くなったアヴェンジャーに置いていかれないように、その言葉は飲み込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんで俺は話跨がないんですかねぇ!」

「え、なに?」

 

 

部屋に入ると緑色の人が何か言っていた。

 

 

「今回はロビンかぁ。ありがとうね、助けに来てくれて」

「おぉ、マスターじゃないの。こっちじゃ元気そうで何より何より。オタク、向こうじゃずっと寝てるのよ?」

「うん。ごめんね心配かけて」

 

緑色のアーチャー、ロビンフッドが今回の試練を手助けしてくれるようだ。ロビンはノリが軽いので、サーヴァントというか、つい友達みたいな接し方になってしまう。

 

 

「ロビン、大丈夫なの?ここ敵がわんさか出てくるよ?」

「いやぁ、俺としても面倒なことはしたくないんですけどねぇ」

 

軽口を言い合いながら歩いて距離を詰める。なんだか駅前とかで偶然友達に会ったみたいなノリだ。

 

「普段ならこんなことパスするんだけど、そこの復讐者のあんちゃんが」

「無駄口を叩くな。グズグズしてないでさっさと始めるぞ」

「やーいロビン怒られたー」

「オタク悪乗りが酷くない?俺だって英霊ですよ?」

 

何故かロビンと話してるとぐだっとしてしまう。いかんいかん。

 

それにしても……

 

 

「それにしても、なんか今回の部屋、落ち葉多くない?」

「オレは知らん」

「ストップだマスター」

「ロビンまさか」

 

うわっこの野郎やりやがったな。

 

「仕掛けた?」

「当然でしょうが。そこから反時計回りに迂回してなるべく葉っぱ避けてこっち来てくんない?」

「なるべくじゃなくて完全にでしょ?俺が引っかかってどうするんだよ」

「わかってるじゃないのマスター」

 

ロビンは“戦う前に勝負は決まっている”をモットーにする工作兵、悪く言うなら外道だ。「試合会場に相手が来なかったから勝った、ってのが一番楽で良いだろ?」とは本人の談。いっつもこんなことを言っている。

 

「ま、俺はひ弱な弓兵なんで?タイマン張って戦うとか勘弁ですし?いつも通り下準備させてもらいましたよ。ここに出てくる奴さんは毒効きづらそうだしねぇ」

「言ってるそばから来たよ。敵が」

 

しかし罠に嵌まってぶっ飛んだりしている。

 

「うへ……あーヤダヤダ。戦いたくねーでござるー」

「何それ。黒髭の真似?」

「これは俺のホントの気持ちってやつさ。でもまぁ、罠が機能してる分には大丈夫でしょう。浮いてるやつとか飛び道具使ってきそうなやつをここからチクチクやるのさ」

「相変わらずだなぁ。外道というかなんというか」

 

なんか前までの試練と比べて危機感のようなものがない。楽してる……わけではないんだけども。

 

「外道だって道は道。こういうこと出来る奴がいた方がいいでしょ?ほら、アレだ。戦術の幅が広がる」

「そうかもしれなけど」

 

実際助かってる場面は多い。今この場所でも、こうやって話をしているロビンの眼は戦士のソレだ。周囲を素早く見渡し、射撃。近づく敵の迎撃や、わざと罠を起爆させて敵を巻き込む等、尋常じゃない。

 

「普通に戦わない分、準備に手間暇かけてんのよこっちは。そう簡単に近づかせないっつーの」

 

間違いなく、ロビンは優れた英霊なんだろう。そう思った。

 

 

 

 

あ、こら。見直したそばからあくびをするんじゃない。

 

 

 

 

 

 ロビンの計画通りに、つつがなく戦闘は終了した。

 

「あぁぁぁ、つっかれたぁ」

 

しかし、そう。かなり疲れたのである。

 

「お疲れさん。わかっただろ?俺がいつも準備したら後はボヘーっとしてるわけじゃないってことがよ。ただ適当に撃ってるワケじゃないんだぜ。目に映る情報を片っ端から頭に叩き込んで、考えるのを止めない。脳をフルで回転させてんだ。疲れないわけがねぇってことですよ」

 

“周りを見る”ってことも突き詰めればこんなにも大変なことなんだと今更になって思い知った気分だ。

 

ロビンはそれを飄々とやってのける。付け焼刃ではこうもいかない。あくびをするなんて余裕は一切ない。どれほどの場数を踏んだらそれほど熟練できるのだろうか。

 

「今はそれがわかっただけで十分だ。気付いたろ?情報量が増えれば増えるほど脳は悲鳴をあげる。体力だって消耗する。感覚を研ぎ澄ませればするほど疲れるんだよ。でもまぁ、マスターにゃ必要なこったろうし、スキル向上にも直結する。覚えといて損はねぇぜ」

「うん。頭に叩き込んどく。目が覚めて覚えてるかわかんないけど」

「大丈夫だろう。なんせここは魂が囚われている場所なんだろう?ここで覚えたことは、そのまま魂が覚えてるってこった。頭で忘れようが、ソコが覚えてりゃ問題ねぇ」

「……そうだね」

 

照れもせずにそんなことをぬかす緑色。なんなんだ。ここに手助けに来てくれるサーヴァントは皆こうなのか?不意に胸を刺されてばっかりだ。

 

「さてと。俺の仕事はここまでかなー。あぁ良かった良かった無事に終わってよぉ。帰って寝るかぁ」

 

ノリが軽いな相変わらず……。照れ隠しなのかもしれないけど。

ググッと伸びをするロビンに習って俺も背中を伸ばす。戦闘中はじっとしていたから骨と筋肉が解れてゴキゴキする感覚が気持ちいい。

 

「マスターも早く終わらせて、メシでも食いに行こうぜ。待ってるからよ」

「うん。そうだね。あと一個らしいから、頑張るよ。それじゃあ」

 

 

 

 

 

「あぁ、ちょっと待った。忘れてたぜ」

 

 

 

 

ちょっと歩いたタイミングで声をかけられる。忘れてたなんてたぶんウソだ。俺が少し遠ざかるタイミングを見計らっていたに違いない。

 

 

「知ること。俺からのアドバイスだ。自分の能力を知る。敵を知る。ほら、よく言うだろ?敵を知り己を知れば百戦危うからずってさ」

 

これはまたロビンらしいアドバイスだ。ありがたく頂戴するとしよう。

 

「ありがとう。魂が覚えたよ」

 

振り向いて礼を伝える。彼はニッと笑ってこう言った。

 

「おう。そんで遠くから敵をバーン!ってことよ。ま、そんだけだ。難しいことじゃねぇ。そんじゃ、またな」

 

そう残し、消えていく。俺もニッと笑い、部屋を出た。

 

 

 

 

 

 

「弓兵ってフツーそうだから!前に出て近接仕掛けるなんてありえないからぁ!」

 

 

扉が閉まる直前、そんな叫びが聞こえた気がしたが、幻聴だろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 男は、救われたのです。最後には。

 

 血塗られた復讐劇の果てに、男は、自らを構成していた悪を脱ぎ捨てました。

 

 男は、再び得たのでしょう。

 

 失われてしまったはずの尊きものを。

 

 想いを。愛を。……ヒトの善性を。

 

 男の名前は……モンテ・クリストであることを捨てた、彼の名は……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 先輩は未だに目を覚まさない。普段通りに「おやすみなさい」と言い、別れたあの晩から、先輩に朝がやってこない。身体に何か問題があるわけではないらしい。考えてみれば、今までが異常だったのだ。ついこの間まで先輩は本当にただの一般人だった。魔術の心得も無ければ、人類史の危機なんて考えたことも無かったはず。それはいつだって創作の産物で、現実に在ると知らないまま事故に巻き込まれ、言うなればなし崩し的にこのグランドオーダーに参加することになったようなものだ。それも最後のマスターというとてもとても大きな荷物を背負って。

 

「先輩……」

 

そんな大いなる旅路も半ばを過ぎた。しかしここでガタが来てしまったのだろうか。今まで弱音を吐かずに、いつでも笑って私を導いてくれた。無理をしていた……のだろうか。先輩は眠っている。うなされるようなこともなく、表情をまったく変えずに。安らかとも言えるだろうが、それはまるで、空っぽのような。魂が抜けてしまっているような。そう、それはまるで……

 

(死んでしまった、ような……)

 

いけない。こんなことを考えては。それにドクターたちは命に別状はないと言っている。そう、先輩は眠っているだけ。眠っているだけ。

 

そういえば初めて出会った時も先輩は眠っていた。廊下に倒れ伏し、ぐったりと。あの時もまさか、と焦ったものだ。先輩と会ってから、私は変わった。それだけじゃない。私を取り巻く、世界も変わった。そしてまだまだその変化は止まらない。

 

思い出すのは今までの思い出。人との繋がり。外の世界。そして

 

 

『いつか……君に本物の空を見せてあげるよ。だから……』

 

 

そして、交わした約束。

 

自然と笑みがこぼれる。口角が上がる。心臓が、ちょっとだけ、うるさい。

 

 

「フォーウ、フォウ……キュウ」

 

「はい。大丈夫ですよねフォウさん。先輩は明日にでも、目を覚ましてくれます」

 

フォウさんが励ましてくれるかのように脚にすり寄ってくる。そうだ。私が弱気になってしまってはダメだ。先輩が目を覚ましたときに元気のない姿は見せられない。それに、第五特異点も待っている。困難は私たちの都合を聞いてはくれない。

 

「そうだ、先輩が戻ってきてくれた時用に……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「行くぞ。準備しろ。最後の試練が待っている」

 

 アヴェンジャーの合図と共に牢獄を出る。今回でこの部屋ともおさらばだろう。頬を撫でる相変わらずな気味の悪い冷気に身震いする。

 

「ねぇ」

 

今回が最後ならば、と前回のモヤモヤを払拭すべく三歩先を無言で歩くアヴェンジャーに声をかける。

 

「この試練は君が用意したのか?」

 

しばし沈黙が続いた。

 

「唐突に何を言うかと思えば。馬鹿なことをぬかすんじゃない」

 

アヴェンジャーはこちらを振り返ることなくそう言う。しかし俺には、どうにも彼がここにいることに意味があると思えて仕方ないのだ。

 

「ここにはお前を殺そうとするものばかりだと言ったはずだ。基本的にここには悪意しかない。オレがお前をここに呼んだだと?とうとう頭がおかしくなったわけでもあるまい。妄言はよせ」

 

「わからない。わからないけど、ここにあるのは悪意だけじゃなかった。試練の度に、俺は何かを貰った」

 

勇気を。闘志を。知恵を。

 

「君は言った。俺の中のモノのせいで魂を長い間拘束できないんだろうって。でもそれは違うんじゃないか?いや、違うというより、逆なんだ。あれのせいじゃなくて、あれのために四つなんじゃないのか?君は……」

 

 

 

俺に教えてくれているんじゃないのか?

 

これから起こる、変革に備えて。

 

 

 

「……想像力はたいしたものだな。オレの行動に他意なんて無い。此処は、監獄塔はそういう場所だというだけだ。此処に善意などは存在しない。あるのは狂気と悪意のみ。あらゆる救いを断たれたこの絶望のシャトー・ディフに於いて、しかして希望し、真に生還を望むものは導かれねばならない」

 

導かれねばならない……?

 

「それだけだ」

 

引っかかる物言いだったが、今のアヴェンジャーにはこの先どんな質問をも許さないかのような雰囲気が滲み出ていた。

 

監獄塔の通路は相変わらず薄暗く、周囲の苔がじめっとした空気で自分を覆う。何故だろうか。今はその鬱陶しさがやけに気になった。

 

 

 

 

 

「着いたぞ。最後の試練だ。覚悟……などという野暮なことはもう問うまい。行くぞ」

 

最後の扉が開かれる。迷いは無い。あるのは未来への渇望と皆の待つカルデアに帰るんだという意思。

 

 

 

最後の部屋で待っていたのは、鎧を身に纏った騎士だった。

 

 

Bound for Next Ordeals……

 

 

 




ありがとうございました。

次回もよろしくお願いします。

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