ぐだ男「だから見ていてくれ。俺の、変身!」 作:おはようグッドモーニング朝田
ロンドンは特に変化ないです。
3 鼓動
俺は何もできない。後ろでただ見ているだけ。
敵の黒幕であるソロモンによって仲間が一人、また一人と打倒され、膝をついていく。そうして疲弊していった、金時、玉藻、シェイクスピアがついに吹き飛ばされ、消えていく。
俺を守って戦ってくれたみんなが、消えていく。助けてあげることは、できなかった。残っているのは、モードレッド、アンデルセン、マシュ。そして、俺だけだ。
「そら見たことか。ただの英霊が私と同じ地平に立てば、必然、このような結果になる」
敵は強い。比べ物にならない。
マシュがレイシフトし離脱することを求めるが、奴がそれを許すわけがない。本当に出鱈目な強さだった。
思考が加速する。どうする?どうすればこの窮地を?……このままだと、
(まずい……!このままだと本当に全滅だ……!)
俺を、除いて。
どくん!とまた一つ、心臓が燃え上がる。
位置上、そして嗜好上、奴は俺以外を先に全滅させるだろう。みんなが俺を守るように戦ってくれているために。無謀にも、無能にも、自分に立ち向かってきた俺という塵をより絶望させて屠るために。
俺だけ残される。弱いから。戦えないから。最後の、希望だから……!
右の拳を強く握りしめる。耐えるように。
必死に目の前を睨み付ける。その戦いから、逃げないように。
目を開けてても、瞑っても、目の前の景色は変わらない。
でも、見てなくちゃわからない。気付けない。
彼女らの頑張りが、苦痛が、俺に背中を預けるという信頼が!
アンデルセンが真実に辿り着く。
「ヤツはただ単に、俺たちより一段階上の器を持って顕現した英霊にすぎない。我らが個人に対する英霊なら、アレは世界に対する英霊。その属性の英霊たちの頂点に立つもの。即ち、
英霊たちの、頂点……?
「そうだ。よくぞその真実に辿り着いた!我こそは王の中の王!キャスターの中のキャスター!即ち……」
「グランドキャスター、魔術王ソロモン!」
グランド……キャスター……
アンデルセンも消されてしまった。なおもモードレッドが噛みつくが、ソロモンは興味が無くなったとばかりに帰ろうとする。
「なんだテメー!オレらに小便ぶっかけにきたっつうのか!?」
「その通り!実際貴様らは小便以下だがなァ!」
どうやら俺たちを排除しようとここに現れたのではなく、本当にただの用足し……暇つぶしにやってきただけのようだ。
「私はお前たちなどどうでもいい。ここで生かすも殺すも、興味がない」
そんな……。ここまで特異点を半分ほど乗り越え、ゴールが見えてきたというのに。そのゴールにいるはずのコイツが、ラスボスが、俺たちに興味がない……?鬱陶しい、と追い払うハエほどにも?
「そうだ。わかるか?私はお前たちを見逃すのではない。お前たちなど、はじめから見るに値しないのだ」
今までの旅路を否定され、目の前が暗くなるかのように思われた。しかし
「だが。だがもしも、七つの特異点を全て消去したなら。その時はお前たちを、“私が解決すべき案件”として考えてやろう」
この言葉が再び俺を燃え上がらせた。
燃え上がるのは、怒りの炎。
「“解決すべき案件”……だって?」
地面を握った拳で打つ。小さいが、地表が穿たれる。
「ふざけるな……!なぜこんなことをする!」
一歩踏み出す。踏み込んだ右足が地面に小さな亀裂を生む。
「世界を……人の歴史を!ぶち壊して、楽しいか!?」
もう一歩踏み出す。左足が小さく地面に沈む。
「先輩……!」
マシュの心配そうな声を聞き、少し冷静さを取り戻す。立ち止まり、ソロモンの返答を待つ。
「……ほう。意外な反応をしたな、人間。見ているだけかと思ったが、そのような口も利けたのだな」
「早く答えろ……」
「ふむ。楽しいか、と問うか?この私に、人類を滅ぼすのが楽しいかと?」
「そうだ」
これだけは聞かなければならない。答え次第で考えが変わるわけでもない。しかし、こいつには。一度は人類の繁栄を願ったはずなのに、まったく逆のことをしようとしているコイツには!
「……ククク、ギャハハハハ!無論!無論無論無論!最高に楽しいとも!でなければ貴様らを一人ひとり丁寧に殺すものか!私は楽しい!貴様たちの死に様が嬉しい!その断末魔がなによりも爽快だ!そして、それがお前たちにとっての救いであると知るがいい。なぜなら、私だけが人類を有効利用してやれるのだから!死を恐れ、克服できなかった無様なお前ら人類を!」
「下がってろ立香!コイツと話すのは無駄だ!心底から腐ってやがる!」
「いや、モードレッド、最後に一つ言わせてくれ」
俺の前に出て背中に隠してくれる彼女の横にずれ、ソロモンを睨み付ける。
「もういい。お前は俺が倒す。闇に葬ってやる」
それを受けたソロモンは、俺の言葉を一笑に付す。
「お前が?お前たちが……いやお前以外が、の間違いだろう?」
どくん!
また体の奥底が燃えた。
歯を食いしばり、必死で目線を逸らさないようにする。
虚勢であることは俺が一番知っていた。
「まぁ、いい。……灰すら残らぬまで燃え尽きよ。それが貴様らの未来である」
そう告げて、魔術王ソロモンは音もなく消えた。
残ったのは、敗北という事実と……俺の心を焼く、小さな燻りだけ。
曇天の空の下、少しのわだかまりを消せずにお別れの時を迎える。
「でもまぁ、ロンドンは救えたんだ。オレにしちゃ、上出来だ」
ニッとモードレッドが笑う。その笑顔で、ちょっと明るくなれた。しかしその顔もすぐに陰りを見せる。
「無念なのはここで終わりってことだな。本音を言えばお前たちに付いていきたいが……この通り限界だ。特異点がなくなって、オレの寄る辺もなくなったんだろう。もともと聖杯の霧で呼ばれたんだ。マスターがいない以上、消えるしかない」
「モードレッドさん……」
寂し気に笑うモードレッド。それが宿命だ、とでも言うような、諦めたような表情だった。
「悔しいがヤツの言う通りだよ。オレたちは喚ばれなければ……」
「喚ぶよ」
「……は?」
「俺が喚ぶよ。モードレッドを。だから、一緒に戦おう。リベンジしよう。アイツに小便ひっかけよう」
「せ、先輩!?」
「は……ははは!なんだそれ!最後ので台無しだ!出だしは良かったのに……!くだらねぇってあのガキに突っ返されるぞ!んなセリフ!」
しょうがないだろ。思ったことを言ったんだ。
「……だけど、気に入った!その気でいかなきゃな!」
「モードレッドさん!!」
「うるせぇうるせぇ!いいだろうが別によぉ!……でも、そうだな。うん。待ってる。早く召喚してくれよ?カルデアに帰ったらすぐにな?これやるから!」
そう言って彼女は髪の毛を数本毟る。いいのかそんな大雑把で。
「最高の触媒だろ?なんたって本人のDNAまるごと一〇〇%だからな!」
「まぁ、なんだ。さっきも言ったが、サーヴァントは召喚されなければ闘えない。それが英霊の限界だ。時代を築くのは、いつだってその時代に……最先端の未来に生きてる人間だからな」
「生きている、人間……」
「あぁ。だから。……だからお前が辿り着くんだ、立香。藤丸立香!」
その言葉にはチカラがあった。身体中に稲妻を走らせるような、そんな力が。
「オレたちでは辿り着けない場所へ。七つの苦難を乗り越えて、時代の果てに乗り込んで。魔術王を名乗るあのいけすかねぇクソ野郎を追い詰める。それはお前にしかできない仕事だ」
どくん、とまた一つ心臓が跳ねる。しかしこれは、身を焼くような疼きでも、心を焦がすような焦りでもなかった。背中を押してくれるような、身体を前に引っ張るような、彼女の言葉だ。笑顔だ。俺はまだまだ、先へ行ける。
「じゃあな立香、マシュ。こんな俺でもロンドンを救えたんだ。ならお前らはちょっとばかり張り切って、世界ぐらい救ってみせろ」
「モードレッド……ありがとう。またね!」
「モードレッドさん、ありがとうございました!」
「おう、じゃあな。また会おうぜ!」
「あ、小便ひっかける役はお前に譲ってやるよ立香!」
「……全サーヴァント消失を確認。先輩、この時代での作戦終了です」
モードレッド……最後に爆弾残していって……!
「……んん!そうだね。じゃ、帰ろうか」
「はい」
冷静を装っているが、頬が若干赤い。後輩の照れ顔が拝めたので彼女の爆弾残しは不問にしようと思った。
カルデアに戻り、チキっていたドクターの背中をぶっ叩き立ち直らせた後、休みたいと声を上げる体に鞭打って召喚室に赴いた。もちろん彼女との約束を守るためだ。
「セイバー、モードレッド推参だ!立香はいるか!」
やはり喚んだら応えてくれた。会えないわけないとは思っていたが、実際にこうして再会すると、こみ上げてくるものがある。俺たちが結んだ縁は、絆は、確かに目標へと辿り着くための力になってくれている。道標となっている。決して無駄なんかでは、ない。
「うん。ここにいる」
「おう、待ってたぜ。マシュは?」
「モードレッドさん!」
「おぉ!また会えたな嬉しいぜ!んで、アレからどんくらい経ったんだ?いっぺん戻ったらそこらへん曖昧でよ」
俺が約束を守らないやつだと思われているのだろうか。たまに、ごくごくまれに時間にルーズだが、約束を破ったことはない。
「俺たちの体感時間的に言うと、三〇分も経ってないよ」
「だぁっはっはっは!律儀だねぇお前も!最高だ!」
「君もね」
「ごめん、かなり疲れてるみたいだ。部屋に戻って眠るとするよ。モードレッドの案内は……」
「あーあー、無理すんな。お前が寝て、起きてからでいい。それまではオレも休むとするぜ」
「そう?ごめんね。じゃあマシュ、部屋の案内、頼める?」
「お任せください!ではおやすみなさい、先輩」
疲れてるのは同じの筈なのに、頼れる後輩だ。
「明日からよろしくな、立香……いや、マスター!」
彼女の笑顔を見て、こちらも自然と顔がほころぶ。周囲を元気づける、そんな向日葵のような笑顔だ。
「うん。一緒に頑張ろう。ソロモンに小便かけようね」
「あっ、お前実は根に持ってるだろ?みみっちぃやつだな」
「どうだろうね?」
笑いながら部屋へと脚を進める。これ以上は真面目な後輩が怒りそうなのでやめよう。「先輩最低です」って。
さぁ、役者は揃いつつある。魔術王、その玉座ぶっ壊してやる。
独りになると考えてしまう。俺がマスターとして戦場に立つ意味。
目を閉じると思い出してしまう。目の前で傷付き、倒れていく仲間たちの姿。
振り払っても振り払っても、襲い来る不安。
逃げないと決めた。目を背けないと決めた。
それだけか?
眠りが訪れるのは、もう少し先のこと。
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