ぐだ男「だから見ていてくれ。俺の、変身!」 作:おはようグッドモーニング朝田
1 召喚
カルデア内の廊下を一人歩く。
「えっと、オケアノスを修復して帰ってきたのが昨日の明け方だったから……丸一日以上寝ちゃったのかな」
特異点攻略からそれほど経ってはいないからか、所内は比較的穏やかだ。寝起きで重い身体に鞭打って、ロマニがいるであろう管制室を目指す。寝すぎたなぁとは思うけれど、死と隣り合わせ且つ一寸先は闇の特異点を回っているのだ。体力回復のために一日中眠ることくらい許されるだろう。許されてくれ。現に今までのレイシフト後もぐっすりだった。
なんて考え事擬きをしていたら、前方から人影が。
「や、マシュ」
「先輩おはようございます。体調の方はどうですか?」
「ばっちりだよ。たくさん寝たからね。マシュは?」
「問題ありません。すこぶる元気です。欲を言えばこれから先輩の部屋に行きレムレムしてる顔を拝見し、さらに元気を貰おうと画策していたわけですが、どうやら少し遅かったようです」
「そんなつまらないものだったらこれからたくさん見る機会あると思うよ」
「つまらなくはないのですが……いえ、その言葉を信じチャンスを待つことにします。ありがとうございます」
何に対しての感謝なんだかよくわからないが、まぁ本人が良しとするならこちらは気にしないことにしよう。
「ところでマシュはこれから予定ある?ドクターのところに行こうかと思ってるんだけど」
「はい、お供します……と言いたいところなんですが、先輩、お腹空いてませんか?」
……む。そういえば
「昨日から食べてないわけだし、よく考えなくても腹ペコだ……」
「だと思いました。先に食堂に行ってご飯にしましょう」
「ありがとうマシュ。こりゃ、マシュがいないと俺はダメダメな人間になってしまうかもわからんね」
「そ、それはもちろん将来的にはアイコンタクトのみで意思疎通をすることを目標にしていますので、これぐらいどうってことないです。ですが干物のような先輩も、その、たいへんグッドといえます……」
照れ顔もたいへんグッドな後輩であった。
食堂はそこそこの賑わいを見せている。職員の皆さんがゆったりと朝食を取れるのは常の事ではないので、出来る時にやっておきたいと思うのは人の性だろう。
「おはようマスター。起きたんだ。昨日はぐっすりだったねぇ」
「おはようブ―ディカ。いつも朝食、ありがとね」
「いいのいいの。ここの人たち忙しそうだからねー。サーヴァントだろうがやれるやつがやる。適材適所でいいじゃないか。負担が減るし」
このカルデアでは召喚されたサーヴァントたちも家事や仕事などを分担してくれている。じゃないと職員が忙殺されてしまいそうだ……とのことだ。本音を言うと、少々暇らしい。
「そう言ってくれる方々が多いので、とても助かってます」
「マシュまで……いいんだって。こっちも楽しんでやってるんだから。それに私は朝食だけだし。凝ったもの作らなくていいから楽なもんよ。道具が発達して調理も簡単だし。エミヤくんって凄いよねー毎晩あんなメニュー作ってさ」
「でもなんか……妙に手慣れてるよね」
「生前、毎晩多量にご飯を作っていたのでしょうか……。段取りなどが的確で、無駄がありません。家族がたくさんいらっしゃったのか、健啖家な方に作っていたのか……」
気になる……
「まぁいいじゃないの。気になったら聞いてみれば?渋々教えてくれるかもね」
「なんだろう。その光景が想像に難くない……」
「やれやれと溜め息をつくのが目に浮かびます」
「……っと、できたよー。早く食べちゃいなー」
「ありがとう」
「いただきます!」
雑談の間にも、手早く作っていたらしい。ブ―ディカも慣れたものである。
ご飯を食べながら、マシュと会話に花を咲かせる。
「そういえば、どのような用件でドクターを訪ねるのですか?」
「んー、そんなに大層なものでもないんだけどね。特異点終わった直後だから、一応バイタルの確認とか、何か問題が起こってないか……とか?まぁ、ぶっちゃけお話をしにいくだけかな」
「いえ、先輩のお体に何かあったら大変です。これは何が何でも付いていかなければならなくなりました。私は先輩の全てを把握しなければならないので」
うーむむむ……心配してくれているのはわかるのだが、そこはかとない恐怖を言葉選びの端々から感じる。
「あ、あとあれかな。オケアノス終わって新しい縁も生まれただろうし、恒例の次特異点に向けての戦力補強」
「なるほど召喚ですか。新たな出会いというのはいつもワクワクします。私もぜひ挨拶をしなければなりませんね」
「新たな召喚……となれば、私も
椅子に座っていた膝の間から小柄な少女が現れる。
「清姫さん!?」
「清姫、普通に話しかけてくれっていつも言っているだろう?」
「あらますたぁ、驚かないんですか?」
この娘は清姫。小柄で可愛らしい見た目だが、バーサーカーである。バーサーカー、なのである。
神出鬼没とはよくいったもので、自分の周囲に影もなく現れることがよくあるのだ。その都度その都度驚かされていたので
「もう慣れちゃったよ」
「それは残念です……会うたびにドキドキしていただこうと思ってましたのに」
いつもこんな調子である。まだ幼い感じで可愛いものであるが、たまに口の端から垣間見える炎にはなんだかとてつもなく恐ろしいものを感じる。
「とりあえず清姫さん、椅子があるのだからそれに座りましょう。ここは食堂ですよ」
清姫は登場から動いていないので、まだ俺の脚の間にいるのである。
「あらマシュさん。いらしたのですね」
「最初からいました!」
「ほら、ここは食堂なんだから。二人とも行儀悪いよ?」
清姫を横に退かし、たしなめる。ここには自分たち以外もいるのだから、言い争っていたら他の方たちに迷惑になってしまう。いや、実際のところその他の方(職員の人々)はこちらを面白いものを見るような目で見物しているが。要するに恥ずかしいのだ。
「ご飯も食べ終わったし、行くよマシュ。清姫も一緒に行くってことでいいんだよね」
「はいますたぁ。どのような方が召喚されるのか……ふふっ、私、気になります……」
「先輩待ってください!自分の食器は自分で片付けますから!ちょ、先輩!?」
にこにこ、というよりニヨニヨとこちらを窺っている視線から早く外れたい一心で、素早く食堂から退出するのであった。
「あ、ブ―ディカにごちそうさまって言うの忘れちゃった……」
「おっ藤丸くんおはよう!第3特異点お疲れさま。その後特に問題はないよ」
管制室にいなかったのでもしかしたらと思って医務室に来てみたら、ぐでっと一休みしているロマンがいた。彼にとっては束の間の休息なのだ。いかにぐーたらしているように見えようが、今は放っておいてあげるのが良いだろう。どうせ数日後には新特異点に向けて激務がやってくるのだ。
「ドクター、先輩のお体に異変などは」
「おぉマシュくん。そんな食い気味に聞いてこなくてもこれから言おうと思ってたってば。いやホントだよ?けっして雰囲気に押されたとか、『宿題やったの?』『今やろうと思ってたのに!』っていうのに類するsomethingじゃないからね!」
この人はいったい何に弁解しているのだろうか。
「そういうのはいりません」
「みんな僕に当たりが強いんだから……。まぁ、この場では良しとしておこう。藤丸くんのバイタルだけれどね、まぁいつも通りで問題ないよ。極めて健康さ」
「マシュが心配し過ぎなんだよ。でもありがとうね。いつも俺のこと考えてくれて」
「そ、それは当然です!なぜなら私は先輩の第一号サーヴァントですので!」
「あら。私だってますたぁのことを日々考えてますよ?」
「むっ」
そういってまた静かに火花を散らす二人。今度は仲裁する大義名分がないため、なんとも踏み込みにくい。
さてどうしたもんかと考えていたら、ロマンが恐る恐るといったふうに話しかけてきた。
「藤丸くん……どうして清姫ちゃんがここに?」
どうやらこの男は入室直後から俺の少し後ろの陣取り微動だにしない彼女を苦手としているらしい。
「これから召喚室に行こうかと思ってるんですけど、どうやら召喚される人たちに興味があるみたいです……あ、召喚」
どうにかキャットファイトを妨害する言い訳を思いついたところで、彼女たちに近づく。
「あ、そっかいつもの戦力補強か。ていうか召喚されるサーヴァントに興味って……ヘタなサーヴァントが召喚されたら即焼かれちゃうんじゃ……ていうかもとよりそのつもりなんじゃ……」
ロマンがなにやら呟いているが、聞こえなかったことにしようと思う。
「ほら二人とも。召喚の準備するよ」
前途多難である。嵐の航海みたいだ。
「さて諸々の準備が整ったし、早速始めようか」
ロマンがそう言い、召喚サークルに聖晶石をセットする。ちなみに諸々の準備で最も大変だったのは清姫の無力化だった。ていうか準備が必要なのはそれだけだった。最終的に耳元で「おイタしちゃだめだよ」と囁くことによって無力化できた。現在は部屋の隅の方で溶けている。彼女は内面的にはまだまだ子供だということだ。
「っとと、きたよ!」
そうこうしているうちに、大きな光の柱が上がり、収束する。この瞬間はいつになっても慣れない。ワクワクして、子供心を思い出すかのようだ。
「ビックリした?僕達は二人でサーヴァントなんだ」
「彼女はメアリー・リード、私はアン・ボニー。宜しくお願い致しますね」
光の中から現れたのは、かの海で見た二人組の海賊だった。
「あー、良かった。今度はあのキモいのじゃなくて君に召喚されて」
「貴方とは一目見たときから共に闘ってみたいと思ってましたわ。力になりますね」
「二人ともありがとう。これからよろしくね」
(清姫ちゃんを無力化しておいて本当に良かったよ……危なかったね藤丸くん)
ロマンは一人胸を撫で下ろしていたという。
「このままもう一回召喚してしまおう」
共に闘う仲間が増えるのは嬉しいことだ。個々人の負担が減るのもあるし、単純に戦力の増加が見込める。しかしそうなるといよいよ本格的に俺は後ろで皆に守られ、見てるだけになってしまう。例えようのない重苦しさが胸を圧迫するが、あまり考えないようにして召喚サークルを見やる。大丈夫。前からそうだったし、それが俺に出来る仕事じゃないか。
「ドレイク船長が来てくれるととても心強いんだけどねぇ……」
にへら、と笑うロマンに「そうだね」と相槌を返し、光を見つめる。
聖晶石をセットし、召喚開始。石が高速回転し光の渦を形成。太い三本の輪が生まれ、中心に大きな光の柱が立ち上る。金の騎乗兵が描かれたカードが弾け、光が部屋を包む。光が収束した先に居たのは……
「あれ?」
「誰もいませんね」
人影がない。いやまさか
「召喚失敗ですか?」
「そんなはずはないぞ。現に機器は正常値を示しているし……」
確かに召喚したはずだ。今まで起こらなかったことを目前にして、全員戸惑っているのがわかる。かくいう俺も焦っているのだろう。インナーが湿り気を帯びてきている。
と、ここで
「あ!見て!サークルの真ん中!」
メアリーが何かに気付いたようだ。その声に全員が目線を下げる。
そこにあったのは……
「……ベルト?」
新たな英雄、新たな伝説が、今産声を上げた。
ありがとうございました。
次回もよろしくお願いします。