ぐだ男「だから見ていてくれ。俺の、変身!」 作:おはようグッドモーニング朝田
超絶お久しぶりです。本当に申し訳ないです。
今回は、スッカスカのイマジネーションを振り絞ったギャグ回です。
なにとぞ広い心でご覧ください。
あと、三周年おめでとうございます。
よろしくお願いします。
10 笑顔
「マシュが部屋から出てこないだぁ?」
モードレッドが頬杖をつき、眉間にしわを寄せながらそう返す。ランチタイムのピークを過ぎた食堂はお昼時の喧騒が鳴りを潜め、穏やかな時間の流れを感じさせる。
「そうなんだよ。何かわからない?」
日課のデイリー任務消化のためについ先ほどまでレイシフトをしていた俺は、任務を手伝ってくれていたサーヴァントと共に少し遅めのお昼休みである。今ご飯を食べているのは俺たちくらいのもので、食堂勤務の人やその手伝いをしているサーヴァントの皆に少し申し訳ない。
「わっかんねぇなー。つっても特別やらなきゃならねぇ仕事があるわけでもねぇんだろ?じゃあ別に良いんじゃね?アイツにだって一人で何かしたい時ぐらいあるだろ」
「んー……まぁ、そうだけど」
まったくもってその通りなんだが、なんとなくそんな単純なことじゃない気がする。
度重なる特異点修復の疲労が一気に爆発したからか、俺が何日も寝込み、目を覚ましたのが三日前。その次の日までは自室で安静にしていたので、日常生活に復帰したのは結局昨日なのだ。もちろんマシュが最初にお見舞いに来てくれたのだが、それ以来会っていない。ご飯時に食堂で見かけるが、急いで食べてすぐ自室に戻ってしまう。それ以外で部屋の外に出てこないらしい。おかしい。絶対。寂しいだけだろと言われたら言葉に詰まるが、やっぱりおかしいと思う。なんていうか、らしくないような気がする。
「良くないです。ご飯だけ食べにきて、それ以外ずっと部屋の中なんて、不健康極まりないじゃないですか」
「マルタ……」
一緒にランチタイムサーヴァントその二。マルタ姐さんが口を開いた。
そういう心配じゃないんだけど……。いやそういう心配もあるのか。
「健全な魂は健全な肉体に宿るのです。彼女はまだ若いのですから、食事をしたら日の光を浴びて運動しないと……」
「外猛吹雪だから日の光は無理じゃないかと」
「オメーその喋り方疲れねぇの?」
バァン!と大きな音がマルタの手元から鳴り響き、俺とモードレッドの肩が跳ねる。
どうやらマルタが机を叩いたらしい。彼女の目の前の机に手の形をした穴が開いている。思わず三度見した。
時が止まっているかのような錯覚に吐き気すら催す。
「いちいち細かいわねぇ。わかるでしょ言葉のニュアンスぐらい。そのまんま受け取ってんじゃないわよ」
「すいません」
「すいません」
圧倒的な力を持つ者の前では頭を垂れることしかできない。俺とモードレッドは無限に引き延ばされた数秒の間、視線を落とし冷や汗を額に浮かべ、互いを肘で突き合っていた。
マルタの言葉遣いはデリケートなんだって!
「私、喉渇いてきたんだけど」
お茶取ってきます……。
「それではマシュ更生計画の作戦会議を始めようか」
手を組んで肘を着く俺。如何にも作戦会議って感じだ。これは否が応にもノらざるを得まい。
「食事中ですよ。行儀が悪い。どちらかにしなさい」
「別にマシュが堕落したわけではねぇだろ」
「……」
箸を置き、もう一度手を組みなおす。
「それではマシュを外に連れ出そう会議を始めます」
「早く食べちゃいなさい。食堂の方に迷惑でしょう」
「そっち優先するのな」
食べながらでいいんで聞いてください……!
「引きこもりを引っ張り出す方法として、古来より日本にはある手法が伝わっている」
「おい、なんか語り始めたぞ」
「ほっときましょう」
もちろん現代の引きこもり相手にこんなことしてしまった日には逆効果も甚だしいばかりかカウンセラーの先生に特大の雷を落とされてしまうだろうが。しかし今回の相手はデミとはいえサーヴァント。神すら引きずり出すこの方法はうってつけだろう。
その方法とは皆さんご存知……
「天岩戸作戦!!」
「モードレッド、それマスターの唐揚げじゃない。勝手に食べたら怒られますよ」
「いいって。どうせ気付かないだろ」
天岩戸とは、我が日本に伝わる神話の一つだ。簡単に説明すると、須佐之男くんがやんちゃしまくったのでお姉ちゃんである天照さんが猛省して天岩戸というところに閉じこもってしまったのだ。須佐之男くんまじサイテー。それはそうと国関係なく神話っていきなり下ネタ入ってきてビックリするよね。陰部とかしょっちゅう出てくるし。男神だいたいプレイボーイだし。男女関係の拗れとかで滅びるし。なんだよ死因が陰部に尖ったものが刺さったからって。なんでわざわざ陰部に刺さるんですか。腹とか首、顔の方がありがちじゃんよ。陰部である意味ってなにさ?須佐之男くんホント最低!
話が変な方向に向かってしまった。天照さんが引きこもってしまったが、どうにか外に出したい他の神様はこんな行動に出たのだ。それは……
「外でどんちゃん騒ぎして誘い出す!!」
「おかーさん何してるの?」
「不思議だわ!」
「さぁ、なんなのでしょうね?啓示でも頂いているのかしら」
「おうチビども。唐揚げ食うか?」
「わーい!ありがとー!」
「おいしいわおいしいわおいしいわ!」
「キャベツも食べなさい」
なんで自分が引きこもってジメジメしているのに周りの神連中はそんなに楽しそうなんだと訝しんだ天照さん。天岩戸からひょっこりしたところをフィッシングされてしまう。そうして天照さんの籠り生活は終わりを迎えたのだった。
これが天岩戸の大まかな内容。ここから思いついた俺の画期的作戦が「天岩戸作戦」ということだ。その具体的内容とは……!
「マシュの部屋の前で騒ぎまくる」
「そのまんまね」
「まるパクリもいいとこじゃねぇか」
「泣きたい」
「からあげおいしー」
「レモン搾っておいたわ!」
いやだってそれしかなくない?アレンジの加えようがないでしょ。素人はレシピ通りにやりなさいってエミヤが言ってたし。
「料理の話でしょ」
「画期的とか言うからどんなモンかと思ったけど、あまりにそのまんまで拍子抜けだぜ」
「……うっ」
「どんなことするのかまで決めときなさいよ」
「やべ、辛辣すぎて吐きそう……オェッ」
「ごちそうさまでした」
「無くなっちゃったー」
なんと言われようが、この作戦で決定なのだ。しかしマルタの言うことも一理ある。このままマシュの部屋に向かってしまったらグダってしまい失敗するかもしれない。やることの方向性も決めないといけないし、もっと仲間も集めなければならなそうだ。
よし。まずは
「エミヤ……唐揚げ追加で……」
白米しか主張してこないこのお盆をどうにかしないと。
「というわけで、天岩戸スペシャルアドバイザーの玉藻さんを連れてきました」
「それを私に聞くんですか……いや、別に良いんですけどね?」
「お前度胸あんな」
「まぁ、これ以上の適任はいないでしょうが……」
これで作戦成功率は五千兆%だ!
「第一回天岩戸作戦ミーティングを開始します。玉藻、どう?」
「投げたぞコイツ」
モードレット、静かに。
「んー、やはり最初は無難に楽しそう、と思わせる方向でいいんじゃないでしょうかね」
「まずはテンプレ……よし、それでいこう」
「テンプレってマスター……皮肉ですか?ワタクシに対する?ん?」
「作戦開始だ!奴らを呼んでこぉい!」
早く始めないと良妻系(ホントかよ)キャスターのプレッシャーに圧し潰されてしまう。
これが中立・悪……!
チビってない。これは汗だ。
カルデアの廊下に爆音の笑い声と叫び声が響き渡る。
「オラァ!ガキ!ジジィ!早く続き書きやがれ!サイコロ振るぞ!」
「アンデルセン!シェイクスピア!早く早く!モーさんがバチバチいってる!ブラッドアーサーでカルデアが崩壊する前に!」
「ハレルヤ―!絶対次は六出して追いついてやるんだから!」
これが天岩戸作戦その一、皆で楽しく双六編だ。これだけ楽し気にワイワイやっていればマシュも我慢できずに「私も混ぜてくださぁい!」となるに違いない。
しかもこれはただの双六ではない。かの有名な作家であるアンデルセンとシェイクスピアにリアルタイムで書かせながら行っているアドリブ双六だ。徹夜明けでカルデア内をうろついていた二人を捕まえたところ、異常なテンションで承諾してくれたのだ。ありえないほど上機嫌な二人に悪い予感がしないでもなかったが、まぁ今のところ特に問題はない。ただ、二人は徹夜明けの脳内麻薬ドバドバの状態で書いているので、さっきからコマの内容がハチャメチャだ。終わるころには綺麗なシックスパックができているのではないかと思うくらい腹がよじれている。
「ハハハハハ!少し待つこともできないのか赤いの!今に見ていろ最高のエンターテインメントを喰らわせてやる!」
「やる気が萎えるような悲劇禁止とされますと、私のモチベーション的に辛いモノがありますが、まぁいいでしょう!これはこれで楽しいものです!」
「とか言いつつプレイヤーの精神殺すようなコマを作るな!マルタ!」
「星のようにタラスク!」
「ライダーの宝具は勘弁してほしいのですぞ!」
「待て止めろ全体宝具じゃないかギャァァァァァァァ!」
十人十色の笑い声が廊下に響き渡る。作戦の都合上、マシュの部屋の前の廊下に直接書きながらやっているので、他の部屋の住人には申し訳なく思っている。でも楽しいから仕方ないんだ。
「おい!プレイヤーのキャラが死んだけど世代交代したぞ!いつになったら終わるんだ!」
「そんなもの知るか!こうなったらとことんやるぞ!世界最長双六を作ってやる!」
「カルデアをコマで埋めましょう!」
「いいぞもっとやれー!」
「アンタもやりなさいタラスク!」
「……!?」
俺たちが止めない限り双六は続く……!とか思っていたところに、プシュッ……と気の抜けるような音が耳に届く。どうやらすぐそこの部屋のドアが開いたらしい。
「あっ、マシュ!マシュも一緒に……」
しかし、この言葉を最後まで言うことはできなかった。
「誰がそれ、掃除するんですか」
黙り込んで互いを突き合う俺とモードレッド。
いつの間にか消えた主人に身代わりにされたタラスク。
気絶したように眠る作家二人。
俺は、部屋の奥に消えていく後輩に声を掛けることができなかった。
「第二回天岩戸作戦ミーティングを開始します。引き続きスペシャルアドバイザーの玉藻さんをゲストにお迎えしております」
「あれで懲りないんですね」
「メンタルが強いのね」
「あれ今日は口きいてくれない目ェしてたぞ」
一回の失敗ぐらいで止めてたら人理修復なんてできませんよ。そう言うととっても微妙な表情をされた。リアクションに困ったら笑ってほしい。
食堂の一角に暗い雰囲気が立ち込める。それはそうだ。あのマシュの表情を見てしまったら楽観的になどなれないだろう。
食堂全体に奇妙な雰囲気が立ち込める。それはそうだ。マスターとサーヴァントがこんな奇天烈なことをしていたら周りの職員さんたちは訝しむだろう。
イカン。想定より早くドクターとダ・ヴィンチちゃんによるストップがかかるかもしれない。これはプランを速やかに遂行しなければ。
「コイツ何真剣に悩んでんだ?」
「マシュさんを想っての行動なのでしょうが……」
「空回ってるわよね」
それに夕飯時になると食堂で作戦会議ができなくなってしまう。タイムリミットまであと少し。早く次の手を……!
「やはり音楽か……!」
「厄介なのに気付いたぞコイツ」
「それは……オチが見えるというかなんというか」
「しゃーないから満足するまで付き合ってやりましょ」
音楽の力は偉大であると、昔から偉い人が言ってる気がする。それにかの有名なミュージシャン、ジョン・レノンが言っていた。「僕が音楽を始めたきっかけは、クラスメイトの女の子を振り向かせたいからだった」って。(言ってない)
俺もマシュのために歌ったるぞ!
「奴を呼んでこぉい!!」
ちなみに作戦会議はマイルームでもできる。しかしマイルームだと、詳しくはマイルームで女性または女性サーヴァントと一緒に居ると、ニョローン・三昧・令呪―ッ!ってなもんで令呪を一画使ってしまい、勿体ないので候補から外しているのだ。わかれ。
ところ変わってまたも例のカルデアの廊下。今度は壮絶なギターソロと黄色い声援が響き渡る。
「みんなありがとう!ギター&ボーカルの立香です!」
(すごいギターソロ)←五歳だから描写できない
「きゃーー!ますたぁぁぁぁ!」
最前列中央に陣取って興奮気味に炎を吐き、「ダイブして♡」とプリントされているうちわを持ったファンの子が声援を送ってくれる。ウィンクをしたら鼻血を噴き出して倒れてしまい、担架で運ばれていった。
「ベースのモードレッド様だぜ!」
(カッコいいスラッピング)←五歳だから描写(ry
「Morrrrrrrrrdred!?」
近くを通りかかった黒い鎧のお兄さん(?)が気絶して倒れ、担架で運ばれてしまった。これはドクターを遅らせることができてラッキーかもしれない。
「オラぁシャバ憎ども!私のドラムを聴きなさい!」
(エグいドラムソロ)←五歳だから(ry
「マルタ殿ぉぉぉぉ!」
「手合わせして♡」と書かれた扇を振っていたサムライが突如飛来したドラムスティックに貫かれ、光の粒となっていた。いやあの人TSUBAMEとか斬れるはずなんだけど。
「そして最後は天才である、そう、僕さ!現代のクラヴィーアというのもそれはそれで良いものだねぇ!」
(超絶技巧の鍵盤さばき)←五歳
「アマデウスー!頑張ってー!」
マリー王妃可愛すぎひん?そしてオーディエンスから彼女を守っているつもりなのであろう、サンソンが絶妙にキモい。デオンは「スター出して♡」と書かれたうちわを振っている。こちらの視線に気づいてウィンクしてきた。アッ!マ”ッ!マジで、もう、「ヴィヴ・ラ・フランス!」って感じだ。(語彙力消失)
もう皆さんおわかりであろう。これこそが天岩戸作戦その二、コンサートライブ編である。廊下を埋め尽くす人、人、人。皆俺たちの歌を聴きに来てくれている。こんなものを目の前で演られたら、「私も聴きたい!」となることはもはや決まった未来も同然。しかもこのバンド、曲の全てに神童と謳われたアマデウスが関わっている。彼が作曲、編曲、アレンジしたのだ。このバンド作戦が成功することなど、歴史が保証してくれているようなものだ。
いつマシュが外に出てきてもいいように、ドアの前にオーディエンスはいない。むしろ部屋から出てすぐの場所が最最前列になるようにステージが出来上がっている。準備万端だ。こんな作戦が思いつく自分の頭が怖い。
「カルデアの皆さん!盛り上がっていきましょう!1,2,3,4」
歓声が上がる。俺は今メンバーと、観客と、楽器と、音楽と!一つに……一つになっている!何でもできる!それくらいの全能感が俺の中を駆け巡っている!夢のスターダムまで駆け上っちゃう!
さぁいよいよサビだというまさにその時!プシュッとドアの開く音!スッと姿を見せる者!ついにこの時が来たっ……!
「うるさいです」
ギターとベースでつばぜり合いをする俺とモードレッド。
案の定消えているマルタ。
良い顔で演奏し続けるモーツァルト。
はい、撤収しましょう。
「第三回天岩戸作戦ミーティングを始めます。引き続きスぺゲス玉藻っちでーす」
「まだやるんですか」
「でもちょっと堪えてるみたいね」
「ワリィこと言わねぇから。な?やめとけって」
食堂の机に突っ伏しつつも会議を進行する。モードレッドが珍しく優しい。それだけのものをマシュの瞳の奥に見たのだろうか。
だがここまできて退くわけにはいかない。ここでやめたら完全にバッドコミュニケーションだ。ワケわからんことした変な人になってしまう。せめてお話だけでも……!
きっと次がラストチャンスだ。時間的にも、精神的にも。それ以上はドクターストップがかかってしまう。文字通り。二つの意味で。
食堂にちらほらと人が集まってくる。これ以上作戦会議に時間を費やすことは不可能のようだ。それ以前に協力者(?)の三人の憐みの視線がさっきから痛くてしょうがない。くっ……殺せ!
だが心配いらない。最後にして最強の作戦があるのだ!あまりに卑怯な作戦なので使いたくなかったが、ここまで追い込まれたらそんなこと言っていられない。なりふり構わず、やるしかない。タイミング的にも、これ以上はないというほどの好時間帯。人類史が何人の中毒者を出したかわからないこの作戦。だが俺はやる。後輩のために。だがそれで後輩を壊すことになるかもしれない。許せとは言わない。存分に恨んでくれて構わない。これはマシュを、君を想ってのことなんだ。
「最後のミッションだ!いくぞ!」
「見守るだけ、見守りましょう」
「そうね」
「行動力だけはあんだよなぁ」
三人も「ここまできたら」と、渋々後を追った。何をやるにしても、結果は見えているようだ。
ジュゥゥゥゥゥゥ、という何かが焼けるような音と、お腹を刺激する良い香りが辺りに広がる。そう。それはまぎれもなく……
「焼肉だ。天岩戸作戦最終フェイズ。焼肉大作戦」
お供の三人は笑いを堪えている。
ヒトが他の動物と違う点として、火を利用することが挙げられる。ヒトは、それを神に許された数少ない生命なのだ。
(うん……この匂い……たまらないな)
遥か昔、言葉も宗教も無かった時代。ヒトが狩りをして生きていた頃から、焼肉はあったのだ。故に人間は本能的に肉が焼ける音や匂いに弱い。それはまさに、人類史が始まる以前からのことであり、人類史とともに確固たるものとして刻まれた魂の記憶なのだ。それを象徴するかのように、暗殺・革命のような歴史の転換点には必ずといっていいほど、焼肉の存在があった。(藤丸調べ)
(まずいな……俺という人間火力発電所が、早く燃料をくれと唸っている)
そして今日も、食欲という原初の欲求に耐えられなくなった、俺、独り。おっと、焦ってはいけない。進化した人類が学んだこと。それは、肉はそれぞれ適切な火入れ時間があるということだ。ここらで一回、サワーを一口。
(これこれ。ビールも良いけど、焼肉にレモンサワー。新常識に、花丸だ)
匂いだけでご飯○○杯イケちゃうという冗談がよくあるが、あながちギャグとも言えないのが、怖い。
傍から見たら、滑稽に映るだろう。俺は一人、マシュの部屋の前で七輪をつついている。モーさん、マルタ、玉藻は通路の陰からこちらを見ている。よだれ垂らすくらいなら来ればいいのに。
煙が充満することを避けるために、七輪の上には焼肉屋によくある煙が吸い込まれて外に排気される筒がセットしてある。まぁ今回は外部への通気口ではなくマシュの部屋の通気口へと繋がっているが。これで焼肉の匂いを逃がすことなくマシュに嗅がせることができる。しかもちょうどいいことに今は夕飯時。これに耐えられるわけがない。(ピー)教徒も諸手を上げて肉にかぶりつくぞ。
「先輩、臭いです」
リツカは めのまえが まっくらになった!!
「臭いって言われた……クサ、クサいて。俺が臭いって。マシュに……ヴッ!」
「マスターのことじゃなくてお部屋の……詳しく言うならば焼き肉のことだと思いますケド……」
「いやー、やっぱ炭火で焼いた肉はウメェなぁ」
「ビールが欲しくなるわね」
全ての作戦が失敗に終わり、今僕らの目の前には四人前の焼肉定食が置いてあった。食堂はもうじきディナーのピークタイム。つまり、タイムリミット来たれり。これ以上の作戦実行は不可能だ。
この食堂は、今の自分には少し眩しい。人理修復のさなかでありながらも、ここは笑顔に溢れている。業務を忘れて面白おかしげに同僚と談笑するもの、静かに休憩を味わうもの……。彼ら、彼女らは未来に向かって今を生きている。生命力を感じさせる。
「俺とマシュの仲は修復不可能になったかもなんですけど、ね」
「やめろアホ」
「シヴァさんも二人の未来は観測できないって……」
「言ってませんからね」
「ひとーりにーなるーと聞―こえーるのー」
「ウルッサイわねぇ!」
「アッ!」
もう無理だ。心が折れる音が聞こえる。机に突っ伏してオイオイと泣く。思春期で人間関係に悩む年頃の俺にマルタの言葉の刃は深々と刺さった。「あっやべ。ごめんねマスター」(意訳)という彼女の謝罪が聞こえるが、いや、アナタ、本心がついポロっとみたいな声色してましたよ。
我ながらめんどくさいことはわかっている。だが、この感情は理屈ではどうしようもないってこともわかる。
マシュが部屋に籠っていることに、何か理由があることもわかっている。決して悪いことではないだろうこともわかる。
それがわかるからモードレッドたちのノリが軽いこともわかっている。彼女らが実はそれほど心配していないのもわかってる。
今回の騒動が特に問題じゃないってことも、なんとなくわかる。そんなことで揺らぐような関係じゃないこともわかっている。
わかっている。わかっているんだ。俺は空回っている。必要のないことでバタバタと、格好悪い。わかっている。わかっているよ、そんなこと。でもこの謎の焦燥感は、どんなに理屈を並べようと、消えはしない。消えないから、焦る。焦っても変わらないのに。
青い。青いなぁ、俺。何に焦っているんだろう。誰に焦っているんだろう。
あぁ、俺だ。俺は俺に慌てているんだ。マシュが、彼女が少し俺の前に姿を見せないだけで、俺に内緒で動いていることで、こんなにも不安になる自分自身に焦っているんだ。不安になって、怖くなって、暴れてみたりしたんだ。
「落ち着いたかね?」
ふと、俺に話しかける声が聞こえた。
「……お母さん」
「残念ながら私は君の母親ではないよ」
エミヤだった。
「今日は、随分忙しかったそうじゃないか。で、戦果はどうだったかね?」
「うぐ……!」
どうやら今日のことは随所に知れ渡っているらしい。
「そりゃ、あれだけ騒げばなぁ」
モードレッドたちも呆れている。
他愛ないことで済ますには、少々周りを巻き込み過ぎたのかもしれない。
やれやれ、と肩をすくめるエミヤ。アメリカ人みたいなリアクションしやがって純日本人が。
「しょうがない。言うなと言われていたが、少々助言をしてやろう」
「え、誰に」
「それは聞かぬがなんとやら、だ。今晩彼女の部屋に行ってみるがいい。拒まれはしないはずだ。しっかり話をするんだな」
「彼女って……え、
周囲を見回すとモードレッドも、マルタも、玉藻も思わずといったふうに笑っている。
なんか、途端に恥ずかしくなってきた。
「ちょっと、エミ」
「これ以上は何も。俺は調理場に戻る。今夜も忙しくなりそうだ」
「……」
急に全身の毛が逆立つような感覚、しかし温かく心地いいソレに襲われ、目の前の焼肉定食を掻っ込む。
「おいおい急にどうしたマスター。喉に詰まらすぞ」
よく噛んで、飲み込み、口を開く。
「とにかくまずは、エネルギー補給。腹が減ってはなんとやら、でしょう?」
エミヤは薄く笑い、
「おかわりは用意してある。たっぷり食べるといい」
背中越しに手を一回振ってキッチンに帰っていった。
花の香りがする。
なんていう花だっけ?思い出せない。嗅いだことのある匂いだ。
現在俺は、マシュの部屋の中にいる。昼間の出来事があったにも関わらず、彼女は自分を招き入れてくれた。少しだけ安心するも、ここまで来たら引き返せないということでもある。
花の香りがする。
知っている匂いだ。でも思い出せない。余裕がない。ふと、学生時代の職員室を思い出した。動悸が早まる。額に汗が滲む。でも、もう進むことしかできない。彼女と、しっかり話さないと。
花の香りがする。
……花?違う。これは彼女の匂いだ。どんな時も隣に在った、彼女の匂い。俺を安心させてくれる、あの香り。
動悸が平常に戻る。世界に音が戻る。彼女の声が、聞こえる。
「先輩?どうしたんですか?あの、話があるって」
「あ、ごめんね。ボーっとしちゃって」
そうだ。何のために来たんだ。まずは謝って、俺の気持ちを伝えないと。君が心配なんだって。近くにいてほしいって。こんなセリフ、柄じゃないかもしれないけど、言葉にしないと伝わらないんだ。君はいつだって俺の考えを読み取ってくれた。「いずれはアイコンタクトだけで」なんておどけて言っていたけど、それに俺は随分助けられた。知らぬうちに、君にばっかり任せてこちらから伝えようと努力しなくなっていたかもしれない。それが今日の失態だ。格好つけていたって何にも意味がない。
「先輩」
よし。まずは一歩踏み出せ。
「先輩!」
「あぇっ!はい!なんでしょう!」
「これ!」
目の前に差し出される、後輩の手。細く、白く、華奢な手だ。
……違う。何か握っている。これは……
「……お守り?」
シールダーとしての彼女が持つ盾のような刺繍が施されている、小さなお守り。
「これ、もしかして」
「あ……その!私の手作りで、あの、私!裁縫とかしたことなくて……エミヤさんやブ―ディカさんに教わって、でも、上手くできなくて。あっ!そんなことどうでもよくて!あの、先輩、無理していたようでしたし、この前だって寝込んでしまって……」
彼女らしくない、ちぐはぐな言葉。何を話すべきか、まとまってないらしい。
「マシュ」
「だから、その……お守りを!作ろうと」
こちらの呼びかけにも反応しない、先ほどとは逆の立場のやりとり。
「マシュ!」
「っはい!敵襲ですか!」
盾を取り出し、武装する彼女。笑いを堪え、そっと優しく、その手を包む。
「お守り、ありがとう。それと、慌てすぎだよ」
真っ赤になった彼女が再起動するまで、このお守りを眺めることにしようか。
「俺、謝りたかったんだ。昼間のこと」
「あぁ、あの、他のサーヴァントの皆さんと遊んでた」
落ち着いた彼女と一緒に、ベッドに腰かける。近すぎず、しかし確かな繋がりを感じる距離。俺が笑えば、君も笑う。揺れる髪が互いの香りを届ける。
それにしても、遊んでた、ね。マシュにはそう見えていたのか。
「ごめんね、騒がしくして。これでも、心配してたんだ。いつも一緒だったから、近くにいないのが、なんか不安で」
君は俺のために、お守りを作ってくれていたっていうのに。
結局、俺は自分のことしか考えていなかったのか。
「これだって、部屋に入ってすぐにでも言うつもりだったのに、尻込みしてさ。やっぱりマシュにきっかけ作ってもらっちゃった」
全て伝える。君に頼ってコミュニケーションを疎かにしていたかもしれないこと。俺からも伝えなきゃと思ったこと。でも、君に見栄を張りたい俺がいて、そいつがブレーキをかけること。君にはありのままでいたいのに。
「結局、俺は俺のことばっかりだった。気付いたよ、マシュの指の怪我。俺のために、そこまでしてくれて」
慣れない裁縫で、針が刺さってしまったんだろうか。指には、絆創膏がいくつか巻いてあった。今は隠しているが、さっき手を握った時にわかった。
あぁ、恥ずかしい。もっとスマートで頼れる先輩でありたいのに。さっきから何を話しているんだろう。自分の汚い部分に、どんどん気付いていく。
「……ふ、ふふっ」
ふいに、マシュが笑った。
「どうしたの?」
笑顔でいてくれるのは嬉しいが、何が彼女の琴線に触れたのかわからない。
「また、先輩の新たな一面を知ることができました。それが、嬉しくて」
「いや、でも」
こんな汚いところは、見せたくない。
「先輩は、自分のこと格好悪いと思っているかもしれません。でも、私は嬉しいです。今、先輩は初めての表情を私に見せてくれています。今まで、見たことなかった顔です。ありのままって、そういうことだと思います」
彼女は、にこやかに話し続ける。
「今日の昼間もですけど、私、他のサーヴァントの皆さんに少し、嫉妬していました。特に、モードレッドさんや、マルタさんに。友達、と言いますか、気兼ねなくお話できる関係のように見えて。そういう意味では、『ありのままで』接しているように、感じていました」
「だって、モードレッドたちは」
「いいんです」
悪友みたいなものだし、という言葉は、目の前の後輩に遮られてしまった。
「今、思いました。私は私らしく、先輩と一緒にいようって」
そう言った彼女は、嫉妬とか、さっきの言葉が冗談に聞こえるくらい軽やかに笑っていた。だからこそ、雨上がりの陽射しのように、俺の心にかかった雲を切り裂いたのだろう。
「たくさんお喋りしましょう先輩。好きなもの、嫌いなもの。今まで見てきたもの、これから見たいもの。先輩のことなら、なんでも知りたいです。モードレッドさんたちみたいに、一緒にふざけられなくてもいいんです。ヒトとの関わりは、マニュアルにまとめられていません。何通りあってもいいんですね。これは、レイシフトするまでは知らないことでした」
あ、でも……たまには一緒におふざけしてみたいです。
そう言って、恥ずかしそうにはにかんだ。
「……なんだ。簡単なことだったんだ」
笑ってしまう。そうだ。俺は色々考え過ぎていた。
近づきたくて、近づいたようで、少しだけ、距離を取っていたんだ。怖がっていたんだ。
もう、やめにしよう。格好つけるのを、やめようじゃないか。
笑ったり、愚痴ったり、泣いたり、強がったり。ありのままってそういうことなんだ。汚いところも、格好悪いところも、全部俺なんだ。マシュには、そういうところも見てほしいんだ。見せてほしいんだ。
まるで迷路だった。迷って、行き止まって、右往左往して君を探した。考え過ぎて、分かれ道につまずいて、動けなくなっていた。
気付いてみれば、簡単だった。君は最初から、隣にいたんだね。
それからは、ベッドの上で色んなことを話した。俺の故郷のこととか、お互いの好きな食べ物とか、おススメの本とか、本当に他愛のないことを。これまでにも、しょっちゅう話していたことだ。もしかしたら、俺と彼女の関係は特に変わっていないのかもしれない。
でも、会話の途中で触れ合う互いの手の小指が、なんだかこそばゆかった。
他のサーヴァントの皆にも手作りのお守りを渡そう、というのはどちらが言い出したことだったろうか。そんな話の流れで、俺は何気なく聞いた。
「そういえば、このお守りの中って何が入ってるの?」
そんな軽い疑問に、君は
「内緒、です。開けちゃダメですよ先輩?」
俺が今まで見たどんな綺麗な花より美しく、微笑んだんだ。
あぁ、時よ戻れ。そして止まれ。そう思わずにはいられなかった。時間にして、二秒もなかっただろう。呼吸も忘れ、君以外が見えなくなる錯覚。魔法にかけられたように、動けなくなっていた。君の声で魔法が解ける。「そろそろレムレムの時間のようですね」と困り顔で唸る君。
ライラックだ。唐突に思い出した。この部屋に広がる、君の香り。
君のように無邪気で、純粋。そして君の髪によく似た美しい紫色の花。
でも、君の笑顔には敵わないだろう。
あぁ、あぁ。マシュ、俺は気付いてしまった。このお守りに込められたモノに。
それは、君の笑顔だ。俺の目の前で咲いた、美しい花。
君の願いだ。この答え合わせはしないでおこう。
心に秘めて、お守りを、笑顔を、そっとポケットにしまった。
分割したくないので、長くなっちゃいましたね。
活動報告の方に、ついっとぁ~とかのことが書いてあります。
一緒にゲームとかの話が出来たら嬉しいです。よろしくです。
次回もよろしくお願いします。