ぐだ男「だから見ていてくれ。俺の、変身!」 作:おはようグッドモーニング朝田
0 邂逅
第3特異点オケアノスのとある島にて
海賊たちは連日連夜行っている、恒例の酒宴の真っ最中だ。この特異点に来て、彼らと行動をともにするようになってからそれなりに時間は経っているので、この喧騒にも慣れたものだ。だからといってそのノリに最後までついていけるかと問われれば、首を横に振らざるをえない。それぐらい彼らの騒ぎっぷりは半端なモノではないし、それ以前に自分は未成年なのだ。これでも。
喧騒から少し離れれば、潮風も相まって涼しい夜の空気が身体を包む。あの不気味な光輪がなければ、満点の星空が臨めただろう。散歩がてら近くを歩く。あまり遠くへは行かない。元々大きな島でもないし、この未知な特異点という場所であの宴会の灯りから離れるのは、なんというか、少し、心細かった。
ざく、ざく、という地面を踏む音に気付き振り返ると、大切な後輩が近づいてきていた。軽く手を挙げて笑いかけると、彼女もニコリと笑ってくれた。
「どうしたんですか先輩。お散歩ですか?」
「うん。ちょっと騒ぎ疲れちゃってね。暑いし、夜風にでもあたって涼もうかと思って。マシュもそんな感じ?」
「いえ、私は、その……先輩がどこかに行くのが見えたので……」
どうやら宴の席から抜けた自分を心配して追いかけてきてくれたらしい。感謝の意を伝え、この後一緒に散歩するか尋ねた。
「はい!是非、ご一緒させてください!」
どうにも、現代人である自分たちにあのような海賊式の激しい宴会は合わないようだ。
それから二人で歩きながら色々なことを話した。色々といっても、自分らの大いなる旅路とはあまり関係のない、どこにでもあるような雑談ばかりだったが。船の上と陸の上の感覚の違いとか、海の綺麗さ、時代によって食べ物も様々だ……とか。でも、そんな会話が心地よかった。緊張状態にあった筋肉をほぐすような、命がけの戦いの連続で張りつめていた心の糸を緩めるような。こういう時間がなかったら、俺は壊れていたかもしれない。隣を歩くこの少女は、戦闘面だけでなくこのように常日頃から自分の心を守ってくれている。きっと彼女は気付いていないんだろうけど。だって今は俺の好きな食べ物を聞き出すことに夢中なのだから。
そんな他愛のないことを喋っていたら、意外と時間が過ぎていたらしい。
「ははは、まだやってるよ」
「海賊さんたち、毎日こんなに楽しそうで、凄いですね。危険といつも隣り合わせなのに」
「だからこそ、じゃない?」
「そろそろ戻ろうか」と言って、抜けてきた時とは反対の方向から喧騒の灯りに近づく。宴会はその激しさを損なうことなく、未だ最高潮だと言わんばかりに夜にその音を響かせていた。
「みんなには悪いけど、先に休ませてもらおうか……あれ?」
「そうですね。それがいいと思います……どうしました先輩?」
視界の端に何かをとらえた。あれは……
「なんだろう。どこかで見つけたお宝……なんだろうけど」
「獲ってきたものを放置するなんて……管理がなっていませんね、先輩」
そういうことじゃない。いや、それもあるけど。
なんてことを話しつつ、気になるので近くに寄ってみる。
「これは……財宝というより、遺跡からの出土品……みたいな」
「そのようですね。石板が複数と、何か輪っかのようなものが確認できます。大昔の王族の装飾品でしょうか?腕輪やアンクレット……に見えなくもありません」
「……」
「先輩?どうしました?」
「あぁ、ごめん。なんだろう。何故か気になって、見入ってたみたいだ」
不思議な感覚だ。特別魅力を感じるわけでも、何か思い当たることがあるわけでもない。しかし何故だか目が離せない。なんなんだろう。
「カルデアに解析を頼みますか?少し通信を繋いでみましょう」
『どうしたんだい?』
「あっドクター。先輩がある遺物を発見しまして、とても気になっているようなんです」
カルデアで自分らのナビゲートをしてくれているドクターロマンの声が聞こえる。どうやらマシュが通信をしてくれたらしい。気配りができる良い後輩だ。本当に。
『遺物?』
「そう。リング状のものがいくつかと、あと複数の石板。モニタリングできる?」
『あー……オッケー。見えた見えた。あんまり見覚えのないモノだけど……』
「やっぱり?う――ん……なんだろうコレ」
「ドクター、石板になんと書いてあるか、わかりますか?」
色々物知りなロマンもこれのことはてんでわからないようだ。このモヤモヤを払拭する糸口を掴もうと、解析を要求するマシュ。
『カルデアの技術力にかかれば、そんなのチョロいもんさ!ちょっと待っててねー……って、あー……これは厳しいなぁ。文字自体はどうにかなるけど、劣化が酷くてね。ほとんどわからないや。時間をかければ復元できるかもだけど、そっちに人員と時間を割く余裕は無さそうだ』
「そうですか……確かに所々欠けていたり、擦れたりしていて読めなそうですね。すいません。ありがとうございました」
解読は難しいようだ。少し残念。
『一応読めたところを伝えよう。〈聖なる泉〉〈凄まじき戦士〉〈永劫の闇〉だ。全然わからないけど、これらから察するに、その輪っか状の遺物たちは古代王族の装飾品ではなく、なんか凄い戦士が身につけていたものじゃないかな』
「なるほど。戦士か……」
「なんか凄いって……適当すぎると思うのですが」
『しょうがないだろ情報が少ないんだから!』
「ソイツが気になるのかい?」
遺物を巡って少々ワイワイと話し込んでいたところ、第三者がその輪に加わった。
「ドレイク船長!」
それはこのオケアノスで自分たちに協力してくれている女海賊。ドレイク船長こと、フランシス・ドレイク。太陽を落とした女だ。
「宴もお開き。さてそろそろ休もうかと思ったら何か聞こえるから来てみたら、アンタらかい。どんちゃん騒ぎしてて、気付いたら二人揃っていなくなってるときたもんだ。仲良くお休み中かと思ってたよ」
「まぁ、似たようなものだよ」
『ちょっ、立香君!?』
「……?」
どうやらマシュはドレイクが言っているジョークの意味がわからないようだ。
「ハッハッハ!いいねぇアンタ!将来大物になるよ!ま、そいつは置いといて、だ。そのよくわからねぇ石ころどもが気になるって?」
「石ころって……」
謎の遺物だからといってそれはあんまりじゃないだろうか。
「アタシら海賊にとって宝なんざ持って帰ってきた時点でその輝きは薄れちまうモンなのさ。宝石も金貨も、遺跡から発掘された歴史的価値がある出土品だって、等しく石ころみたいなもんさ」
「その理屈はわからなくはないですけど……」
過程が大事で、それを楽しんでるってことなのだろうが……。
「いいんだよ。別にカネが欲しくって海賊やってるワケじゃあないんだ。世界にちっとばかし名が売れりゃ、それでいい。あとは……そうさね。獲った宝を何処かに残して死ぬ。それを目指して別の海賊が名乗りを上げる。獲ったら別の場所に隠す。そして別の海賊がソイツを探す……その繰り返しだ。そうやって海上の宝探しが続いていけばイイんじゃないかね。それがアタシら海賊の生き様ってやつよ」
「なんといえばいいのでしょう……なんというか、そうですね。思っていたより、ドライ?というかなんというか」
「カッコいいね。海賊って」
「先輩!?」
「ハハハッ!そうだろうそうだろう?まぁ結局のところ、自分らが死んだ後のことはどうでもいいってぇことだ!今を一生懸命生きれば、それで」
「刹那主義の塊みたいな考えですね……。しかしまぁ、海賊らしいと言われればその通りかもしれませんが」
「パッと咲いてサッと散るってやつだね」
「そういうことさ」
日本人にはあまりない考え方だ。今までもいくつかの特異点を回ってきたが、これは時代によって変わることのない、不変の特色だ。咲いた瞬間を大事にする。だから英雄(かれら)の人生は、儚くも美しく映るのだろう。
「話を戻すよ。ソイツについてなんだが……アタシも知らないモンでね。他の誰に聞いても見たこともないの一言さ。いつの時代の、どんなものかもわからんよ。石板の文字も読めないしね」
「文字ならちょっとだけ読めたよ」
「え」
「古代の戦士が身につけていたもののようです」
『どうだい!カルデアは凄いだろう!』
「いやー、凄いねアンタら!流石、未来から来てるだけあるねぇ!うんうん……じゃ、そいつらやるよ!持ってきな!」
「えぇぇぇぇ!」
「それは流石に!」
「ハッハッハ!いらねぇか!こちらとしては誰が欲しがるかわかんねぇから別にあげちまっても構わないんだけどねぇ……」
さっきも言ってた通り獲ってきた宝にはあまり執着しないらしい。だからといって貰うわけにもいかないんだが。持ち帰る手段もないし。
「そろそろ本当に休もうか。明日からも特異点修復に向けて東奔西走だし」
「そうですね先輩。おやすみなさいドクター」
『おやすみ。明日からもよろしくね』
「ドクターもちゃんと休んでね」
『ははは、善処するよ』
こうして第3特異点の夜は更けていく。ここでの出会いが俺たちの……いや、俺の運命を一変させてしまう要因になるとは、この時は露ほども思っていなかったのである。
ありがとうございました。
次回もよろしくお願いします。