次回からはコナンに戻り、暫くは他作品の話はない予定です。そしてまさかの初の二万字を超え……
活動報告に「つぶやき4」を投稿しました。今後の予定や龍斗のイメージ画像の分かるHPのリンクを載せています。よかったらどうぞ。
4/7に「第??話 -彼のいないところで-」の一番最後に、入れ忘れていた一文を加筆しました。
「一!確かこの絵って…」
「ああ!庭の滝も描かれていたはずだ!行ってみよう!!」
俺達四人は庭に作られた滝に急いだ。そこにはあの絵のように全裸で滝壺に浮かぶ、心臓の鼓動を止めた海津さんの遺体があった。
「海津さん……」
「なんてこった…!盗まれた絵そっくりに殺されていやがる!」
……死臭と水に浸かっていることを加味して死後30分って所か。
「金田一君!……そんな…海津さん、どうして……」
「さくら…」
さくらさんが来て、屋敷の人が続々と現場に現れた。さくらさんは海津さんが亡くなっていることにショックを受けたようで、七瀬さんに慰められている。
海津さんの遺体は大河内警部たち青森県警の手で引き揚げられた。
「……怪盗紳士め!とうとう殺しまでやりおったか!」
「どうなってんのよ、これ…!!」
「「「………」」」
皆言葉もなく、沈黙が場を支配していたが……だが何故だ?さくらさんは髪を切られるだけですんで海津さんは殺された。樹を燃やしたりしているのだから、滝を爆破でもすれば「モチーフ」を盗むという事になるんじゃないか…?
一は剣持警部に渡された、怪盗紳士が海津さんの傍に浮かべたカードを読んでいた。そのカードには「滝の水は落ち続けようともそのしぶきに身を任す裸婦はもういない 絵とともにモチーフも確かに頂いた 怪盗紳士」と書かれていた。
「金田一?どうした、そのカードを見つめて」
「なあ、オッサン。どうして怪盗紳士は海津さんを殺したのだろう?」
「何?」
「さくらの時は髪を切るだけで命まではとらなかった怪盗紳士だぜ?他にもどうとでもできたはずだ」
「そ、それはもみ合ううちについ。とか?」
「海津さんをターゲットにするんじゃなくて滝を爆破するとかでも良かったんじゃないですか?剣持警部」
「龍斗の言う通り。絵のモチーフは海津さんだけでなくて滝も一緒だった。人を殺すなんかよりよっぽどリスクは少ないはずだ。それにまだほかにも不審な点はある。海津さんの絵が無くなったことに気付いた時、床が濡れていた」
「??床が濡れていたことがなんだってんだ?」
「わかんねえのか?オッサン。床が濡れてたってことは怪盗紳士は滝に海津さんを沈めた
「多分そうだろうな。だがそれがどうしたってんだ」
「ああ、そういうことか」
「何がそういう事なんだい?緋勇君」
「警官がいる中、どっちの目的を優先するかって事ですよ。怪盗紳士は絵画泥棒。優先すべきは絵の方のはずだ。例えばモチーフも盗むって言うのはあくまでおまけ。それに後日でもいいはずだ。それなのに……」
「今回は順序が逆だった。それが意味する事は海津さんを殺すことが目的で絵を盗んだと考えられないか?」
「なんだって!?そりゃどういうことだ!?」
「それはまだわからない。だが現時点で考えられる可能性は2つ。怪盗紳士が海津さんを殺す理由があった。もう一つはさくらも殺すつもりだったがポリシーに反してさくらは
「ポリシーに反しても殺したくない理由、か」
「とにかく、一度屋敷に戻るか?ここにいても進展は無さそうだし」
「そうだな」
青森県警の現場検証が行われているのを尻目に俺達は一度屋敷に戻ることにした。っと。
「あ、小宮山さん」
「どうしましたか、緋勇様」
「これ、さくらさんが狙われてるって言われた時の表情が気になって夜中に俺が作ったラベンダー荘のラベンダーを使ったハーブティーです。入れ方は――で、――してください。海津さんが亡くなってさくらさんもショックを受けていると思うので入れてあげてください」
「これは…わざわざありがとうございます。お嬢様もきっとお喜びになるでしょう」
「そうだといいのですが。小宮山さんも飲んで感想下さいね」
「是非」
――
「おーい、金田一!七瀬君に緋勇君も一緒か。色々分かったぞ!」
「お疲れ様です、剣持警部」
俺と一、七瀬さんが待機していた部屋に現場検証に残っていた剣持警部が戻ってきた。
「海津里美の死因は頸部圧迫による窒息死。つまり、首を絞められて殺されたって事らしい。詳しい事は検死待ちだが殺されてから滝に放り投げられた可能性が高いな。そうそう、それから金田一に頼まれていたこの屋敷に集まった連中の事を調べてみたんだが色々と面白いことが分かったぞ」
「面白い事?」
剣持警部曰く、蒲生剛三氏の甥の和久田春彦は東京都内の大学で天文学の研究をしているが女癖が悪く、手を付けた女子大生から手切れ金を要求されて困っているそうだ。だからあんなにさくらさんを敵視してたのか。自分だって伯父の財産目当ての癖に。
画家の吉良善次郎さんは昔は売れていたが最近は酒浸りで絵も久しく描いておらず、借金がかさんでいるらしい。
画商の羽沢星次は銀座に店を構える「仙画堂」の二代目だが実は養子で、養父母は病死しているのだが彼が関与しているのではないかという噂があるらしい。絵画の買い付けもかなり強引な手を使うそうだ。なるほど、昨日小宮山さんが言っていたことは事実ってわけね。
新聞記者の醍醐真紀さん。彼女の経歴には特に不審な点は見られなかったそうだが、高校生の時に両親と死別して以来一人で暮らしてきたそうなので生活は楽ではないだろうとの事。
そして最後に岸さん。彼は芸術には疎いなんて言っていたが、美大出身のフリーデザイナーらしい。ただここ数年の足取りは不明らしく五年前にふらっと行方不明になって最近ひょっこり帰ってきたらしい。彼の両親も事故で亡くなっており、他の家族とはなされて親戚の家に厄介になっていたそうだ。
「これだけ全員の事情がはっきりしているのならこの中に怪盗紳士がいるっていうのはちょっと考えにくいんじゃないかしら?」
「いや、そんなことないぜ。今のおっさんのくれた情報からオレはますます確信を持ったよ。怪盗紳士がこの屋敷にいる誰かだってことがな」
「なんだと!?本当か金田一」
「ああ。それと、オッサン?その分厚い資料は?」
「ああ、これは緋勇君の分なんだが……」
「あー、俺がいると言いづらいですか?」
「いや、君がいいならいいんだが」
剣持警部が語ったのは俺が今までどういう生き方をしていたのかの略歴だった。両親が健在、現在は一人暮らしで家には他に三人同居している。後は俺は仕事に回った国に、とった賞に、交友関係に近所の評判…って。
「なんだか俺のだけ随分と詳しいですね?」
「いや、な。警視庁に頼んだら夜勤で出てきた目暮の耳に入ったらしくてな。君の潔白を証明するために動いてくれたらしい。そうそう、どうやら君の家にも電話したらしく伝言を頼まれたぞ」
「伝言?」
「ええっと…「どこへ行ってもそないな目に遭う星の元に生まれたんはあのお人やと思てましたけど龍斗も負けず劣らずやんな?心配してへんけどあんまり無茶な目に
無茶な目にあわせるなってことは犯人にって事かな?確かにこれ以上続くなら予定の滞在期間を超えちゃうし動き出した方がいいのかな。
「早く帰ってきて、か……」
「なんだか、よく分からない伝言ね。普通知り合いが犯罪に巻き込まれたかもしれないってなったら心配になりそうだけど」
「紅葉には信頼されているってことですよ。俺は殺されても死なないってね。むしろ犯人に過剰防衛しないように釘を刺されちゃいました」
「か、過剰防衛って…なんでそうなるんだよ?」
「んん?ああ、資料にあったな。確か大阪で巻き込まれた事件で連続殺人犯が包丁でその現場にいた君の幼馴染みに襲い掛かり、それを……うわ!?なんじゃこりゃ!!?」
「どーした?オッサン…って、両手の手首、肘、肩の関節部分の骨が粉砕に肋骨も粉々じゃねえか!?しかもその時の警官の証言じゃ「風が吹いたと思ったら沼淵が吹き飛ばされていた」って……」
「あの時は物凄く怒られたよ。相手が包丁を持っていて君が素手だからと言って過剰防衛になりかねないって。まあ、俺に手を出すならこんなことにはならないよ。あの時は幼馴染みが刺されそうになって、そしてその切っ先はその娘をかばおうとした小学生の男の子の心臓に向かっていたから。でも……」
「でも?」
「彼が生きているという事は最低限のブレーキは踏んでいたってことだよ。俺は素手で容易く人を殺められる。
「「「………」」」
おや?なんだか変な空気になっちゃったな。でもこれは主張しておかないと付き合いの長い人がこの場にいるならともかく、ここにはまだ短い間しか交流した人しかいない。こういう主張は、俺の考え方ははっきり口にしておけば彼らの推理もしやすくなるだろう。
「さて、と。変なこと言っちゃったけど。剣持警部。俺だけそんなに詳しいのはもしや…?」
「あ、ああ。うぉっほん!……その、君の家に目暮が事情を伝えたらしばらくして伊織という男性が警視庁に来てな。その人の持ってきた資料が今手元にあるってわけだ。それに……」
「それに?」
「鈴木財閥のお偉いさんがな、まあ警視庁に怒鳴り込んできたらしくてな。顔見知りの目暮が応対に出て大人しくなってくれたそうだが、その時に「彼に後ろ暗いことが何一つない事は三歳の頃から見てきたワシがよーく知っておる!その証拠はこれじゃ!」と言って渡された資料もここに…」
……ああ。だからここにある俺の資料だけ分厚い事になってるのか。保育園の入園式でのおめでとう会で面識を持ってから、何かとつながりがあった目暮警部だったからこそ落ち着いたんだろうが目暮警部が居なかったらどうなったことやら。
それと、伊織さんが持っていたのは多分紅葉に俺はふさわしいかを調べた時の物だろうな。ってか以前に調べますって面と向かって言われたし。次郎吉さんに連絡が行ったのは紅葉が連絡を入れたのかな?確かに
「あ」
「ど、どうした龍斗?」
「やばい……」
「やばいってどうしたの?緋勇君」
剣持警部が警視庁に身辺調査を頼んだ後にとった大河内警部の行動はヤバい!
「次郎吉さんと紅葉に俺が事件に巻き込まれたことがリアルタイムに知られたのは……まあぎりセーフだとして。その後に起きたことがまずいです…」
「その後に起きたこと?」
「大河内警部が俺の手に手錠をかけたことです……」
「…確かに彼の先走りがひどかったが……あ、緋勇君!あの時は手錠が壊れるなんて異常事態で流してしまったが君のしたことは器物損壊罪にあたるぞ!」
「……ええ。今冷静に考えてみたら確かにそうですね。ちょっと大河内警部の数々の行動でいらっとしていたのも事実なので軽率でした。なのでちょっと告げ口になりそうな行為も今は自重しておこうと思い直しましたし。もし器物損壊罪に問われたのなら、弁護士を立ててしっかり応対します…が」
「が?」
「そこより問題なのは誤認逮捕になりかけた点です…俺のお世話になっている人は罪には罰を。俺に非があれば法律に則って清算することをすすめます。が、今回の大河内警部の行動はあまりに軽率が過ぎます。特に俺は、逃走する姿勢もなかったのに手錠をかけられた。警視庁に乗り込んでいった次郎吉さんがこの事を知れば大河内警部は……」
「ああ……まずい、な」
「まずいですね…」
「な、なあオッサン?龍斗?その次郎吉って人の事は良く知らねえがそんなにやべえやつなのか?」
次郎吉さんの事を知らない一が俺と剣持警部に聞く。
「ああ、まあなんというか。悪い人じゃないんだ。破天荒ではあるけど」
「そうだな。鈴木財閥って言えば世界的にも有名な大財閥だ。鈴木次郎吉っていやあ元会長の現相談役で現役の時に築いた人脈は世界規模で警察関係者の上の方にも相当顔が利く。まあ本人はさっきの緋勇君が言った通り、ああいった大企業のトップにいた割には曲がったことが大嫌いで、犯罪に触れる裏取引を持ちかけた会社の社長の首根っこを掴んでそのまま警察署まで行ったって逸話もある」
「それでいて業績を右肩上がりにし続けたんだから。清濁併せ持つって言う人もいるけど、彼は「清」だけで走った人なんだ」
「ほへえ。なんか想像つかねえな」
「もう、はじめちゃんも少しは社会の事に関心を持って!日本に住んでたら鈴木財閥に関わらないで生きる事は出来ないってくらいすごいのよ?えんぴつから美術館に至るまで色んな事業を手掛けているんだから!」
「それと、紅葉……彼女は大岡家のご令嬢です。こと日本での影響力で言えば何百年も続いている彼女の家の方が鈴木財閥より上です」
「なあ、その紅葉ってのは誰なんだ?」
「彼女はまあ…俺の恋人兼婚約者、かな?」
「「「こ、婚約者ぁ――――!?」」」
「まあまだ色々クリアしないといけない課題はあるんだけどね。ともかく、彼女らに
「へ?いやいや、まさかそんな…」
「それくらいはできちゃうんだよ。どういう力が働くのはさっぱりなんだけどね……ともかく、最初から陣頭指揮を執ってきた
「ん?」
「怪盗紳士が誰かの中に俺は入っているのかい?」
「っは!あの晩餐会の料理を怪盗紳士が真似できるってなら候補に入るかもしれねえけどな。まあ身辺調査からも、お前がここに来たイレギュラーさも考えたらねえな!」
「そっか。それなら安心だ。友人に疑われるのが心苦しいからね。それと剣持警部」
「ん?」
「俺の調べてほしいと言ったこと。どうでしたか?」
「ああ。
「そうですか…」
もしかしたら、やむを得ず使っているのかとも思ったけど剣持警部の調査で出てこなかったのなら
「それじゃあ俺は電話してきますね」
「ああ」
俺は電話をかけるために部屋を出た。
――
ふー。とりあえず、事件解決までは行動とらない様にしてくれるように交渉した。やっぱりというかなんというか、俺に手錠がかけられたこともどこからか聞きつけていてそこから行動を取ろうとしていたみたいだ。いやあ、焦った。
そういえば、ハーブティーは呑んでくれたかな?お水も貰いたいし、小宮山さんはまだ起きているかな?
俺はあてがわられた自分の部屋を出て、小宮山さんを探しに出た。と、言っても解放されている部屋を回って見当たらなければ部屋に戻って寝るつもりだけどね。いらぬ疑いをかけられたくはない…ってあれ?
「一に小宮山さんさくらさん、それに吉良さん?」
「龍斗…?」「緋勇君?」「緋勇様?」
絵画が多く飾られている一室を通りかかった時、部屋の扉があいていたので中をちらりと見ると四人がいる事に気づいた。しかし、吉良さんの様子がおかしいな?
「…話の腰が折れちまったな。とにかくあの蒲生剛三は人のモチーフを盗んで華々しくデビューしたはいいが、元々大した才能もない。だから、すぐに行き詰った。だがな、五年前から作風をガラッと変えて出す作品出す作品高い評価を得て今じゃあ大先生だ!」
そこで一度きり、憎しみを込めた表情になった吉良さん。
「だがな!俺は信じねえ!!あの性根の腐ったクズ野郎にあんな素晴らしい絵が描けるなんてな!絶対あの絵は他の「誰か」の…!!」
そこで言葉を切った吉良さん。一度息をつき落ち着いたのか扉…俺の方へと歩いてきた。
「やめだやめ。どうやら変な酔い方をしていたらしいな。すっかり酔いがさちまった……あんた」
「俺ですか?」
「あんたの料理は
そう俺に言った彼は自分の部屋に戻って行った。
「どういうこと?一」
「あー。まあつまりお前は実力も運もあったって事だろうよ」
どうやら俺が来るまでに吉良さんは絵画の業界の話を一たちにしていたらしい。どうにもコネがあるかないかで売れるかどうかは決まっており、才能はそこそこあればまかり通るものらしい。あとは人付き合いのうまさ。
それと、吉良さんは蒲生氏にモチーフを盗まれ、その作品で蒲生氏は日の目を見たそうだ。そのことを恨んでいたようだと一は語った。あとはさくらさんの養父(蒲生氏が実の父なら育ての父のこと)についていくつか教えてもらっていたそうだ…お?ティーセット?
「そう言う龍斗は何しに動いてんだ?」
「あ?俺は小宮山さんに水を貰おうかなって。それとハーブティーの感想をね」
「ハーブティ?」
「ああ。先ほどお嬢様と一緒に頂きました。大変おいしゅうございましたよ」
「ありがとうね、緋勇君。とても気分が落ち着いたわ。晩餐会のお料理といい、本当に多彩なのね」
「お褒めに頂き恐悦至極、なんてね」
「ふふふっ」
「それでは緋勇様」
「ああ、小宮山さん。それじゃあ二人ともおやすみなさい」
「おう」
「おやすみなさい、緋勇君」
俺は小宮山さんに厨房を開けてもらい、水を貰って部屋に戻って寝た。
――
「緋勇さん、緋勇龍斗さん!いらっしゃいますか!!」
朝、俺は扉のノックの音で叩き起こされた。時間は5時10分…昨日に続きまたあんまり寝れてないな。
「はいはい、どうしました?」
扉を開けると制服警官の男性が立っていた。
「いえ。館内の人間を確認するようにお達しがあったので」
「…何かあった、ってことですか。すみません、すぐ着替えますので中にどうぞ」
俺はやけに時計を見ている警官を部屋に招き入れて手早く着替えた。それと同時に感覚を広げて…なんてこった。一たちの言葉を聞くに蒲生画伯が亡くなったようだ。
「お待たせしました…それでどうすればいいんでしょうか」
「そうですね、確認を取れとしか言われていないので部屋で待機して貰えれば」
「分かりました。それではその椅子をどうぞ」
「いえ、本官は外で…」
「中で結構ですよ。見られて困るものもありませんし。ああ、扉は開けておいてください。何かあったら聞こえるように」
「はあ…」
――
さて、部屋で待機してしばらく。朝食も持ってきてもらい、料理本を読んで時間を潰していると何やら騒ぎが起きたようだ。俺は警官に許可を貰い、部屋を出てそちらに歩いて行った。
「いいだろう、お前の言う通りにしよう」
ん?羽沢さんと一と七瀬さん?
「何があったんだ?」
「あれ?龍斗。どうしたんだ?」
「どうしたもなにも。剛三氏が殺されてから部屋でずっとおとなしくしてたんだよ。警察に疑われてまた何かやらかすわけにもいかないからね。それでそっちは?ずいぶん騒がしかったけど」
「実はな……」
どうやら懲りもせず和久田さんがまたやらかしよったらしい。複製画と本物を入れ替えて盗み出そうとした。そして和久田さんに複製画を渡したのは羽沢さん。強引な手口って犯罪行為かよ。
それと剛三氏が殺害された件で、アリバイのなかった人物は0だったそうだ。全員が剛三氏が殺された時間帯には警官か3人以上と一緒にいたという…ああ、だから俺の部屋に来た警官は時計を見ていたのか。本館と剛三氏が殺されたラベンダー荘との間には深い谷、崖があるので道を歩くより早く行き来する事は出来ない。つまりは不可能犯罪という行き詰まりに陥っていると一は言っていた…あんな崖、往復は1分もかからずできるけど、余計なことは言わないでおこう……
「それで?羽沢さんと話していたのは?」
「ああ。まずはあんな小悪党より怪盗紳士を捕まえることが先さ。怪盗紳士をおびき寄せるために罠を仕掛けるんだ」
「罠?」
「ああ。まあ、龍斗には言っておこうかな…」
その罠とは、夕食中に羽沢さんがさくらさんに蒲生邸にある複製画―売ってしまった絵の複製画を蒲生氏は屋敷に飾っているらしい―を譲ってほしいと持ちかける。その複製画とは怪盗紳士が「我が愛する娘の肖像」を隠した複製画で、その様な行動を取れば怪盗紳士は回収に動くはずだと。そこを抑えるつもりらしい。
「なるほどね。ということはまだ正体は分かってないんだね」
「まあ、な。怪盗紳士の思惑は読めてはいるんだが特定はまだできてねえ。だから罠にかけるんだ。それと万が一の仕込みも今からしてくるよ」
「…そっか。じゃあ俺はその仕込が怪盗紳士にばれないように奴の気を引いておくよ」
「!?怪盗紳士が誰か分かってるのか?!」
「まあね。でも俺のは証拠もないから、なんとでも言い逃れできてしまうから一の案が一番いいと思うよ」
「あ、ああ。後で、どういう根拠なのか教えてもらうからな!」
「ああ、いいよ。それじゃあ俺は時間稼ぎしてくるからそっちもしくじらないようにな」
「任せろ」
さて、と。じゃあ俺は一がスムーズに動けるように時間を稼ぎますかね。彼女の居場所は、と…あそこか。おれはその場所へと歩いて行った。
――
「おい、金田一。本当に怪盗紳士はココに現れるのか」
「ああ。奴は必ず来る!」
「しかしだな…」
「しっ!」
夕食後、俺と金田一、七瀬さんと剣持警部は「我が愛する娘の肖像」が飾ってあった部屋の物陰に隠れていた。一の作戦通りならそろそろ怪盗紳士がやってくる…来たか。
「来た!」
「!!」
部屋の扉が開き、人が入ってきた。剣持警部には暗がりでその姿までは見えていないようだが、
怪盗紳士がその複製画を
「すばらしい、まさに天に与えたもうた芸術のきらめきだ!早く明るい私のギャラリーでゆっくりと眺めたいものだ!」
「!?」
一が驚いている?ああ、そっか。怪盗「紳士」だもんな…って、動揺して物音出してどうするんだ……
「そこまでだ、名探偵のボーヤ!残念だったね、もう少しで私を逮捕出来たというのに」
俺達が隠れていることに気づいた怪盗紳士がこちらに振り向き、拳銃を突きつけた。一は剣持警部が懐から拳銃を出そうとしたところを手で制していた。
「金田一!?」
「その様子じゃあオレ達がここでお前を待ち構えていたことを勘付いてたみてえだな?…あんたが怪盗紳士か!!」
「ククク、そうとも。絵の隠し場所を見抜いたことといい、羽沢を使って私をここにおびき寄せる手腕といい、流石は名探偵の孫だな!」
「成程!上からココの客を明日開放しろというお達しが来たから、羽沢が買い取りを今日言い出したのも違和感ないし、あくどい画商である羽沢なら黄昏の複製画に「我が愛する娘の肖像」が隠されていることに気づいてもおかしくない。しかもそれをネコババすることも想像できる。だから…」
「だから、明日羽沢にかっさらわれる前に回収に来るだろうと踏んだのさ。今夜中にな」
…ははは。その上からの解放命令は次郎吉さんたちが圧力をかけた結果、なんだよなあ。まあ俺は早く帰れるからいいんだけど。
「でもはじめちゃん。お昼にも聞いたけどよく分かったわね。隠し場所」
「分かったのは複製画がこの館に沢山あることを聞いたからさ。絵をこよなく愛する怪盗紳士が水や土に絵を沈めるとは考えずらい。なら、どこに隠すか?って考えたらすぐに思いついたよ。縦向きの絵が横向きの絵に化けるなんて誰も思わねえしな。全く、人の心理を突いた実に大胆不敵な隠し場所だったよ、怪盗紳士。いや――」
真っ暗だった部屋に月明かりが差し込む。
「醍醐真紀!!」
「醍醐さんが!?」
「怪盗紳士だとぉ!?」
「もっとも、本当の「醍醐真紀」はただの新聞記者。私はその顔と名前を借りた別人だけどね」
「じゃあ本物の醍醐さんは?まさか…!?」
「失礼な娘ね。本物は今頃地球の裏側でバカンスよ。ちゃんと生きているわ」
「しかし、実在の人物に成りすまして侵入しているとはいくら裏をとっても分からんはずだ」
「オッサンの資料だと、龍斗以外は皆天涯孤独だったり養子だったりしたろ?そんな境遇な人なら警察が調査しても足がつく確率はぐっと下がるだろ?」
「あっきれた!まさかそこまで私の思惑を呼んでいたとはねえ。今回の仕事に君と緋勇君がいたのは私にとっての最大の不幸ね」
「…ん?金田一と緋勇君?」
「ええ。付き合いの長いくせに私の事をちっとも捕まえられないどっかの警部さんと違ってそこの2人は私の事に気づいていたわよ」
「なにぃ!?本当なのか?」
「ええ、まあ」
「どこで気づいたんだ!?」
「それはオレも聞きたい」
「私も今後の参考に聞いておきたいわ」
「まあ、参考になるかどうかは知らないけど。醍醐さんの顔から傷とかを隠すために使う医療用の人工皮膚と似た特殊な素材の匂いがしたんだよ」
「じ、人工皮膚の匂い?」
「正確には人工皮膚のようなものだけど。怪盗キッドも変装に使うときによくそれを使っていてね。まあそれだけだと、単純に顔を怪我してその傷跡を隠しているのかもしれないから剣持警部に裏を取って貰ったってわけ」
「ああ、「顔に大きなけがをしたことがあるか?」なんて調べてほしいと言われた時は何のことかと思ったぞ。そう言う事だったのか」
「まあ、その調査を依頼した後に醍醐さんに
「心音?」
「ま、まあ動揺していたからその時点で貴女が怪盗紳士だってのは分かってたよ」
「はー、そんな匂いがするのか。鋭敏な五感を持つ龍斗ならではだな」
「……ずっとつけているけど私にはそんな匂い感じないんだけど」
「ま、まあそこはそこで…さて、怪盗紳士!この人殺しの絵画フェチめ、観念するといい!!」
「まあ、ひっどーい!とんだ濡れ衣よ!!私殺しなんて無粋な真似、絶対しないわ!」
「何だと、そんな言い訳が通るはずが!」
「オッサンオッサン!」
「何だ金田一」
「怪盗紳士の言ったことは本当かも知れないぜ」
「何?」
「さくらが言ってた怪盗紳士の特徴をよーく思い出してみろよ」
「えーっと、確か大柄なおと、こ。そうだ、男って言っていた!」
「この人は確かに女性にしてみれば背の高い方だけど大柄な男と見間違うほどじゃねえ!体格も声も完全に女性だ!」
「…おい、お前本当に女なんだろうな?」
「しっつれいねえ!顔は変えているけど体はナチュラルに私の物よ!」
「じゃあさくらさんを襲った怪盗紳士って…」
「ああ。怪盗紳士の名をかたった「もう一人の怪盗紳士」なんだ!」
そうなると、また別の犯人捜しをしなくてはならなくなるな…こうなると、明日に開放されると言うのは、逆にタイムリミットになってしまって一気に不利になってしまうな……
「しかしだな…!」
「彼の言う通りよ…!私がココでしたことといえば、窓を割って侵入した形跡を残したこと、「我が愛する娘の肖像」を隠したこと、和久田が埋めた絵を元に戻したことくらいよ。他は何もやっていていないわ。それに「我が愛する娘の肖像」が日の目を見た、あのコンクールにだってこの絵を送ってなんかいない!」
「え!?」
「私がココに来たのは私の偽物が蒲生邸に予告状を出したことを数週間前に知ったことがきっかけよ。その偽物が何をしでかすかを見届けるためにね…まあ、この絵を盗むこともおまけであったけど。やっぱりこの絵は素晴らしいしね……でも、そのしでかしたことが殺人でしかも私のポリシーを
「しかし、いきなりそんなことを言われても信じられるわけが…」
「じゃあ、「怪盗紳士」が出したカードをよーく見比べてみてごらんなさい。あれにはちょっとしたひと手間がかかっていてね。ただプリントアウトしただけの偽物と私の出す本物には微妙な差異があるのよ。いずれ私の偽物が出た時に分かるようにね。今回の本物のカードは和久田さんの絵を返したときとこの絵を盗んだ時に出した二枚だけ。後は偽物よ」
「!!本当かそれは!」
「ええ、よく見てもらえれば分かるはずよ」
…ん?今醍醐さん、後ろ手に隠した何かを押したな……うーん?外の池から何か出てきた?派手な水音と慌てる警官の声が聞こえる。
「さてと。私の話はこれで終わり。後は貴方に任せるわ。頑張って私の無実を証明してね、名探偵さん!」
「!?逃げようとしたって無駄だぞ。この屋敷の周りには警官が!」
「あー、剣持警部?」
「フフフ!」
――ボフッ!
醍醐さんは煙幕を巻いた。ふむふむ、催涙系の成分もなし、唯の目くらましだな。俺は
「うわ!?」
「く、煙幕か。にがさん、警官隊突入!!」
その言葉に部屋の周りに待機していた警官が部屋に突入してきたが煙幕が晴れた頃には醍醐さんの姿はなくなっていた。
「くっそ、奴はどこに!?」
「剣持警部、空空」
「空?な、黒いアドバルーン!?くっそー、いつの間にあんなものを用意しやがったんだ!?」
「ひとまず今回は私の勝ちね!金田一君。この絵は私の大切なコレクションとして大事にするわ!…でも、貴方とはまたどこかで会うことになりそうね……?」
「……」
「もっともその時の私は違う名前で顔も全然別人になっているはずだけどね!」
「くそ、直ちに怪盗紳士追跡を行う!全員俺に続けー!」
そう言って、大河内警部は部屋から出て行った…いや、どうやって空を浮いているアドバルーンを道のない山の中から追っていくんだろうな。バルーンが黒いのも夜の闇に紛れ込みやすくするためだろうし。あ、剣持警部が崩れ落ちた。
「オッサン!」
「こ、ここまで追い詰めたのに絵をまんまと盗まれてしまったとは…」
「おっさん、おっさん!」
「今度こそ、もう俺はおしまいだ!」
おー、これが一の万が一の仕込みか…ってこれがあるってことは羽沢さんもまあかなりの悪党だねえ。
「剣持警部、目を開けてください」
「ん?なんだい、緋勇君…?金田一、その手にあるのは!?」
「どーよ?怪盗紳士が盗んだのは羽沢さんが持ってきた複製画で本物はこっちさ!実は昼の間に取り換えておいたのさ」
「金田一―!おまえってやつはあ!!」
「だああ!オッサン抱きつくな、暑苦しい!」
「でも、はじめちゃん。怪盗紳士の言っていたこと。あれって本当なのかしら」
「…おそらく本当だ。そう考えればすべての筋が通る」
「じゃあ、殺人犯探しは振りだしに戻ってしまったってことだね…」
「ああ、その殺人鬼はこの屋敷にいる誰かだ。必ずオレが犯人を突き止めてやる!ジッチャンの名にかけて!」
――
結局、怪盗紳士扮する醍醐さんは捕まらず絵画窃盗未遂及び蒲生氏海津氏両名の殺人容疑で指名手配された。そして、怪盗紳士逃亡という新たな事件が起きたため俺達の拘束はもう1日伸びた。
俺は今日は一たちとは行動をともにせず、絵画の飾ってあるギャラリーを巡ったり庭園を見たり、軽い仮眠を取ったり、厨房を借りて料理を作ったりしていた。夜になり、俺は今日1日会っていなかった一の部屋に遊びに行った。
「どう、一。謎は解けそう?」
「おお、龍斗……全然だ。アリバイもトリックも犯人もさーっぱりだ。オッサンも捜査会議で言ってくれてるらしいがあの大河内警部が怪盗紳士を殺人犯として断定してるからなあ。早く謎を解かねえと真犯人に逃げられてしまうぜ…」
「ありゃまあ……一が剛三氏の電話を受け取った時に俺が近くにいればなあ」
「ははは!いくら龍斗がすごい感覚の持ち主だからって
「あ、はは。まあそうだよね!…それにしても明日には一気に人がいなくなるけどさくらさんはこんな広い屋敷で心細いだろうね…」
「ああ、そうだな…よし、ちょっくら様子見に行くか!」
「え?様子見に行くって俺も?」
「ああ?何言ってんだ?当たり前だろ?」
「…いや、一だけで行ってきなよ」
「へ?」
「俺は別に鈍感でもないし、馬に蹴られたくもないしね」
「馬?ここには馬なんていねえぞ?」
「…一。もう少し勉強は真面目にしておいて損はないぞ?ともかく行って来い!」
「え、あ、ああ」
俺の言葉に一は首を傾げながら一は部屋を出て行った…うん?一の作業していた机の上には怪盗紳士のカードと一のメモがあった…なるほどね、本物の怪盗紳士のカードの「怪」の立心偏の縦棒がはねているのか。偽物は普通の「怪」になっている。
他にもトリック案が色々書いてあるが…空を飛んだ、って。これは七瀬さんの案か。あの時は結構明るかったし無理と断定したんだな。ん?剛三氏は目を潰されていた?ふむふむ、ラベンダーの香りで自分がラベンダー荘にいることを知ったと一は推理したのか。へえ。剛三氏が殺された時の個々の居た場所や時間、行動も詳しく書いてあるな。
部屋にいて彼らの捜査考察を見ているとさくらさんの様子を見に行った一が飛んで帰ってきてどこかに電話していた…おいおい、朝一に波照間島って。結構な無茶を言うなあ。しかも相手は了承してくれたみたいだし…って、相手はいつきさんかい。
「一?電話の相手はいつきさんみたいだけどいきなり波照間島ってこの事件と関係あるのかい?」
「あ、ああ。龍斗。俺の推理通りなら
「なるほど……あと、この捜査考察。分かりやすかったよ」
「ん?ああ、それは美雪がオレの言ったこととかをメモしてくれたんだよ」
「へえ」
それにしても波照間島か。行ったこと無いな。行ったことがあれば俺がこっそり
「全ては明日か…」
――
次の日。つまり俺達が警察から解放されて帰路に立つ日。俺達は持ってきていた荷物をまとめ、玄関へと集まっていた。
「一…いつきさんは?」
「ああ、電話を貰ったよ。それに岸さんが謎を解くキーを教えてくれた」
「!じゃあ」
「二人を殺した犯人は分かった。動機もな。だが、蒲生画伯殺しのアリバイ。これだけがどうしても解けねえ…くそ!」
犯人は分かってもそのトリックが解けない…ものすごく歯がゆい思いをしているだろうな……
「金田一君…」
「さくら…」
おっと、二人の邪魔は出来ないな。
「小宮山さん。これをお願いします」
「はい、緋勇様」
俺は小宮山さんに俺の持ってきた鞄を渡した。小宮山さんはそのかばんを受け取り、リムジンのトランクに入れた…!!この匂いは?
トランクから香ってきた花の香りに違和感を感じた俺は感覚を広げた…これは……この
「それでは皆様、車にお乗りください」
小宮山さんの言葉に招待客の皆が車に乗る。その最後にいた一の手を掴む。
「一!」
「な、なんだよ。龍斗」
「リムジンの中から――」
「へ?……そっか、そう言う事だったのか!!」
男の匂いについては一には伝えなかった。詳しく調べれば俺の嗅いだ血液は発見されることだろう。しかし、この事から導き出されるのは…ラベンダー荘に一たちが行ったとき、一人車に残った
「一、この事が示すのは……」
「ああ…龍斗はあの捜査資料見てたんだったな。だけど、何も言わないでくれ……謎はすべて解けた………」
「一……」
その時の一の顔は形容しがたい苦々しさを帯びていた。
――
あの後、リムジンに乗っていた招待客の全員に真犯人が分かったことを告げもう一度蒲生邸に戻っていた。
そして関係者を集めた一は彼の推理を語った。偽物の怪盗紳士の目的は蒲生剛三と海津里美の殺害。本物の怪盗紳士が行ったことと偽物の行ったこと。偽物の行ったコンクールへ絵を送ったことすらすべてが二人の殺害のための布石だったこと。さくらさんの絵が本物に盗まれると言うイレギュラーが起きたが
そして、「我が愛する娘の肖像」の謎。それは背景にある南十字星。これは日本では波照間島でしか見る事が出来ず、絵のモチーフにするために庭を作ってしまう蒲生画伯なら写真から模写したとは考えられない。つまり、これは乗り物嫌いの蒲生画伯が…ここ数年は青森の山奥のこの屋敷でしか絵をかいていないはずの蒲生画伯が波照間島に行って書いたことになる。だが、そんなことよりしっくりくる説がある。それは波照間島にいる、蒲生画伯以外の人間がこの「我が愛する娘の肖像」を書いたという事。
いつきさんが波照間島で得た情報によると、1年前に岸和田病院という所に正体不明のある男が入院したそうだ。その男は廃人同然で言葉の1つもしゃべれない状態だったそうだがその年の5月に1枚の絵をかきあげた。それがあの「我が愛する娘の肖像」で病院の職員に絵を見せて確認を取ったそうだ。つまり、その男がここ5年間の蒲生画伯の
その男が犯人かという話になったが彼は去年の5月に絵をかきあげて以降意識不明の重体で、今もなお病院のベッドの上らしい。なら誰が?という皆に対し、一が見せたのは岸さんが5年前にこの屋敷から盗んだというスケッチブック。そこにはさくらさんの12歳の頃の絵が載っていて、その絵には鎖骨のあざがなかった。つまり、さくらさんの絵は12歳以降成長して突然現れたものである事、そしてそれが肖像画に描かれていることからその男は成長したさくらさんを
「蒲生―いや、和泉さくら!お前がこの事件の真犯人、「もう一人の怪盗紳士」だよ!!」
――
一は、その後蒲生画伯の殺害トリックを暴いた。彼はラベンダー荘で殺害されたのではなく、ラベンダーもポプリ一杯のリムジンのトランクで殺されたということを。目を潰された蒲生画伯は匂いでラベンダー荘だと判断し、電話で一たちに自分の居場所を伝えた。それを電話口で行ったことを確認した彼女が彼を殺害。ラベンダー荘に同行して気分が悪くなった風を装って車に残り、遺体を崖下へと落とした。
さらに、いつきさんの調べで彼女が波照間島にいたという足跡も分かっているそうだ。一は推理の最後には、証拠を突きつけるのではなく自ら罪を明かしてくれるように懇願するような口調になっていた。
「ま、待ってくれ。待ってください。金田一様。私には信じられません。お嬢様が人殺しなどと!」
「いいの!いいの、小宮山さん」
「お嬢様…」
「全ては金田一君の言う通り。海津里美と蒲生剛三。あの二人のおぞましい金の亡者を殺したのは私。私がこの手で葬ってやったのよ!!」
「どうして…?どうしてお嬢様がご自分のお父様を殺さなければならないんですか?」
「蒲生は私の父さんなんかじゃないわ…!」
「何…?」
「私のお父さんの名前は和泉宣彦!蒲生達に利用されて未来を奪われた無名の画家こそがあたしの本当の父さんよ!」
「何だって!?」
「さくらさんのお父さんが蒲生画伯の
「そうよ、ココにある絵は全て私のお父さんが描いた作品なのよ!!」
そして、さくらさんは語った。親子3人で楽しく、仲良く北海道で暮らしていたこと。父親の絵での収入はほとんどなかったが、夏になると父親は好きだったラベンダー畑でいつもスケッチをしていてそれを見ている、そんな日常が幸せだったと。そんな中5年半前程から父親は出かけるようになって、暫くして行方をくらましたそうだ。それから4年経ち、母親が亡くなったため東京の親戚の家に引き取られてからも父親の連絡を待っていたある日、父によく似た人を見たという知り合いからの情報からその島に向かってみるとそこで廃人となった父親と再会したそうだ。言葉も話せず、こちらの言葉も理解できない。それでも絵を描き続けている父親と。その書いていた絵とは家族3人でよく行っていたラベンダー畑だそうだ。
それから、父親の記憶を取り戻そうと島に通い詰めて服装やおさげから幼いころの髪型に戻したりと色々と努力したそうだ。だが、一向に戻らず先行き不安になったある日に外に連れ出していた父親をそのままにベンチでうたた寝をしてしまい、起きた時に父は必死にカンバスに絵を描いていたそうだ。それが「我が愛する娘の肖像」。それが描き終わると父親―和泉さんはさくらさんの名前を読んで涙を流し微笑み、そのまま意識を失ったそうだ。
そうして、岸和田病院に運ばれた和泉さんは未だに意識が戻っていない。病院の施設では現状維持が精いっぱいで、もっと設備の整った本土の病院でも意識が戻ることも、廃人状態が回復することももうないだろうと言われたそうだ。
その後、島から東京に戻って抜け殻のようになっていたさくらさんは偶然蒲生氏の絵の展覧会をやっていたギャラリーの前を通り、その作品が和泉さんの書いたものだという事に気づいたそうだ。そして、蒲生氏も知らない、和泉さんの新作「我が愛する娘の肖像」の存在を知らしめ、蒲生氏の元に潜り込んで真相を調べたそうだ。そしてそんなある日、彼女は二人が和泉さんを利用していた事。そして廃人にしたことを話しているのを聞いてしまったそうだ。さらには…
「あの二人は!1年前から意識不明で生命維持装置でかろうじて生きているお父さんを殺そうとしていたのよ!」
「な、なんだって!?」
どうやら廃人同然でも絵を描いていた状態の時ならともかく、2度と目を覚まさないような回復の見込みのない
「私はその話を聞いた時誓ったのよ!私達の家族をバラバラにして、お父さんの全てを奪い今度は命までも奪おうとしているあの悪魔どもからお父さんの命を守って、そして制裁を加えてやるって!!」
「「「「………」」」」
綺麗な顔に憎しみと悲しみを湛えた彼女の表情に皆飲まれて二の次を継げなくなっている……ん?あの表情って…まさか。
「…この胸のあざ。金田一君の言う通り、1年前突然出てきたものなの。こんな小さなこと気にも留めていなかったのに…」
「「「!!?」」」
背に右手を回していたさくらさんの右手にあったもの。それは小柄な彼女にはに使わない大柄なナイフ。やっぱり…!
「よせ、何を!?」
「さよなら、金田一君…」
「さくらーーーー!!」
彼女はそのナイフの切っ先を自身に向け、思い切り突き立てた。
――
「……え?」
「…ふぅ。思い切りが良すぎだ。この勢いで刺していたら致命傷だったよ、さくらさん」
「…どうして?」
ナイフの切っ先は何かを貫くことなくその場にあった。さくらさんはさらに力を入れてナイフを刺そうとしているみたいだが俺がおさえているのでびくともしない。
「さくら!」
一が近づいてきたので俺は彼女の手からナイフをするりと抜いた。
「な、なんで?緋勇君」
「さくらさん。貴女はまた
「え?で、でも今私は自分の命を…」
俺は蹲ってしまったさくらさんに目線を合わせた。
「さくらさん。命に自分も他人もないんだ。それはただ一つの尊いもので決して奪ってはいけない大事なものなんだ…ほら、見てみなよ。一の顔。ひっでえ顔してるだろ?」
「ひっでえ顔ってなんだよ、龍斗。でも、サンキューな」
「金田一君…でも私、私の両手はアイツらの血で汚れているのよ……」
「さくら…」
彼女は言う。ずっと親子3人で幸せに過ごした、あのラベンダー畑に帰りたかったと。父親が失踪して母親は無理がたたって少しずつ体を壊して行っても、ずっと彼女に言い続けていたそうだ。お父さんが帰ってきたらまた3人であのラベンダー畑に行こう、と。母親は亡くなったがそれでも父親が帰ってきたらまたあの頃に戻れると信じていた。でも父親はあの二人には廃人にされ、そして。
「私、あの二人を殺したとき心臓がはじけそうなほどドキドキしたのに心はどこか氷のように冷え切っていていたの。その時にわかったのよ。私はもう2度とあのラベンダー畑に戻れないって……私は、もう一人っきりで、お父さんに会えないんだって」
「さくら…お前は確かに罪を犯した。今お前が言った通り、
「さくらさん。一人きりって言ったけどそれは違うよ。さっきの一の顔、見たろ?君が死のうとした時のあの必死な表情、そしてナイフが刺さっていないことに安堵したあの顔を。君は一人じゃない」
「金田一君、緋勇君……」
「さくら、罪を償おう。そんでさオレや美雪、龍斗を連れて行ってくれよ、その思い出のラベンダー畑にさ!」
「……うん」
和泉さくらは、蒲生剛三氏と海津里美氏殺害の容疑で青森県警によって逮捕された。
――
俺達は「我が愛する娘の肖像」の前にいた。
「なんだかボクには信じられないな。この絵の少女が殺人を犯すなんて」
「あたしもまだなにがなんだか…」
「そうだな。それにしても、よく龍斗は止められたな!助かったけど」
「ああ、さくらさんの表情が以前遭遇した自殺しようとした人と同じ顔をしてたんだよ」
まさか、日向幸さんの自殺未遂の現場にいたことが役に立つとはね。
「な、中々な場面に遭遇したんだな」
「まあ、ね。あ、そうだ。一に一言言っておこうかな」
「お?なんだなんだ」
「俺の幼馴染みの探偵の言葉さ「推理で犯人を追いつめて、みすみす自殺させる奴は殺人者と変わらない」だそうだ」
「!!」
「まあ、言い過ぎの気もするだけど計画殺人なんてする人は憎悪と切羽詰った人間ばっかりで、探偵が推理を披露するってことはそう言う人を相手にするんだ。やけになった人間が何をするかはわからないんだから身構えておくのは大事だと思うぜ?犯人が逆上して一を殺しに来ることだってありうるしな」
「……ああ、その言葉肝に銘じさせてもらうぜ」
今回のさくらさんは自殺しようとしていたが、さっきも言った通り一に向かってくるかもしれなかったし爆弾の起爆装置をかかげるかもしれない。いざというときに動けるようにしておくことは心構えとして間違っていないはずだ…一の運動神経がどうなのかは、まあ置いておいて。
「こら!何をしてんだあんたは!?また警察に説教されたいのか!?」
「なんだなんだ」
「あれは和久田さんか?」
「これは僕の物だ!伯父さんが死んだ今、ココにあるものは全てたった一人の血縁者である僕の物になるはずだろう!?」
「バカを言うな!これは蒲生が和泉宣彦から奪ったものだ。相続のへったくれもない!重要な証拠品として警察が押収するに決まっているだろう!」
「そ、そんなあ…」
まだ諦めていなかったのか、彼は。
「あっきれた、まだあんなこと言っているわ。あの人」
「和泉宣彦か…ボクも会ってみたかったなあその人に」
「岸さん?」
「今、ボクは絵描きとして独り立ちするのを目指して頑張っているけど5年前はどん底でね。もう絵なんてやめてしまおうなんて考えてた。でもそんな時に和泉氏の絵に出会って暗闇の中に一条の光を見た思いがしたんだ。そこから考え直して今のボクがある。彼の絵には人に生きる力を与える「何か」があるんだ」
「……」
「ねえはじめちゃん。もしさくらさんのお父さんが蒲生に利用されずにいたらどうなっていたのかしら?」
「さあなあ。吉良さんが言っていたが
「全く、お前は何もわかっちゃあいないな!」
「吉良さん!?」
俺達の会話に入ってきたのは初めて会った時からずっと赤ら顔だった吉良さんだった。今は酒を飲んでいないようでしっかりとした足取りだった。
「誰が何と言おうと、いいものはいい!確かにこの業界は汚い事や実力の伴わない矛盾したことばかり起きているがな。時代に名を残す『名画』って言うのはそんな小賢しいもんを吹っ飛ばす、人を圧倒するパワーってもんがある。この和泉宣彦の絵にはその『パワー』が宿っている!」
人を圧倒するパワーか。吉良さんは最初から絵だけは評価していた。あんなに憎悪を抱いていた蒲生氏の作品にもかかわらず、だ。絵に関して、この人はずっと真摯だった。だからこの言葉にも嘘はないだろう。
「人を圧倒する「パワー」か……」
じゃあそのパワーとやらの力、しっかりと利用させてもらいますかね。
――
あの事件から数か月後。俺は一と七瀬さんを連れてさくらさんの面会に来ていた。
「なんだよ、龍斗。いつかはオレから誘おうと思ってたのに。それになんだぁ?そのでっかい荷物は」
「まあまあ」
「それにしてもまさかキンダニの友人にこんな有名人がいたとはなー」
俺達の案内をしてくれているのは一が言っていた俵田警部だ。
「そう言えば、緋勇君にはうちの大河内がだいぶ迷惑をかけたみたいだね。上からも大目玉喰らって、彼は今針のむしろだよ。手錠をぶっ壊した件と大河内警部のやらかしたことを相殺にしたらしいから処分はなかったらしいけど、うわさが広がるのは一瞬でな」
「俵田のおっさん、それって裏取引じゃねーの?」
「あー、あれだ。それ俺が言ったんだよ。大事にしないでくれって。そしたらどう解釈したのかそう言う事に……俺の器物損壊罪と誤認逮捕はなかったことになったって事らしい。ああ、でも新しい手錠の代金は払ったよ」
「手錠をかけられたのはあの警部の大ポカで、それがなければなかったことなのにな…」
「まあ青森県警も有名人をかなり強引な手で誤認逮捕をしたことがおおっぴらになってほしくないし、そもそも手錠が簡単に壊れるなんて事表に出せるわけもなくてな。つーかなんで壊れたんだよ……素手で壊しましたなんて公表したらそれこそ「警察は捏造している!」なんて騒がれかねないってことになってね…っと、ここだ。入りな」
俵田警部と雑談しながら歩いていると、目的の部屋についた。
「さくら」
「こんにちは、さくらさん」
「ども、さくらさん」
「みんな、久しぶり。今日はどうしたの?」
数か月ぶりに会った彼女は前の時より幾分か痩せていた。まあ当たり前か。
「いやー、今日は龍斗の招集でね」
「緋勇君の?」
「ああ、まあ…俺のポリシーというかなんというか。自殺を止めて生かした人へのアフタフォローというか、
「「「???」」」
俺の言葉に?を浮かべる3人。まあそうだろうね、上手く伝えられてないし。明美さんしかり、日向幸さんしかり、助けた命にはしっかり生きてもらいたい。
「これさ」
「「「!!!!!」」」
俺が持っていた包みをほどくと中から現れたのは一面のラベンダー畑に佇む二人の男女が描かれた油絵だった。
「こ、これって…!お、お父さんの!?」
「そうだよ、和泉宣彦さんに頼んで書いてもらったんだ。北海道の思い出のラベンダー畑にいる父娘の絵をね」
「そ、そんなどうして……だってお父さんは…」
「まー、そこは表の人には治療不可でも裏の人だとちょちょちょーいってね。まあ出来たのは彼の意識を取り戻すまでで、リハビリには相当時間がかかるって。それから、伝言」
「!!な、なんて…?」
父親が殺人者になってしまった娘へ伝言があると聞いておびえた表情になったさくらさん。ああ、怯えさせるつもりはなかったのに……
「『さくら、悪かった……お父さんも体をしっかり治して、今度はお父さんがさくらをあのラベンダー畑で待っている。ずっと待っている』だってさ」
「お父さんの声…!!お父さん!!」
「「………」」
面会時間が終わるまで、さくらさんはずっと泣き続けていた。時間が終わったことが告げられ、去り際に見た彼女の顔はしっかりと前を向いていた。
――
「どういう事だ、龍斗!!」
「そうよ、緋勇君説明して!!」
面会が終わり、東京へ帰る道中に俺は二人に詰め寄られていた。まあ俺がしたのは単純で、現代医学で回復できなくても
俺は事のあらましを伝え、体の状態が思わしくなかったので連れてくることは出来ないので「ラベンダー畑にいる父娘」を想像で描いてもらったというわけだ。それが完成したので今日持って来たというわけだ。
「ま、こういう時に使うもんなのさ人脈って言うのは」
「はへー、こうして実際に起こってみるとすげえんだな人脈って」
「ほんとねえ」
「まあ、しっかり絵が描けるようになったら今度は鈴木財閥がパトロンになってくれるように交渉したから」
「そんなことまでしてたのか!?」
「まあね。でも意外とすんなりいったんだよ。次郎吉さんに話したらとんとん拍子でね。彼も気にいっていたらしいから」
まあ、親子が一緒に暮らすことになるのは何年も後になるだろうが一の言った通り、未来への一助になったならいいな。
捏造設定
・さくらの父が絵を描き終わった後に死亡→昏睡状態で目覚めていない状態に。
・さくらの殺人動機が父親を廃人にして殺した→父親が殺されるのを防ぐために変更。
・さくら生存ルート。
・次郎吉のオリジナルエピソード
・小宮山さんの懺悔がカット
・裏のチャンネルの瞬間移動の設定(一度訪れなければその場にワープできない)
最後の設定は「二元ミステリー」で使います。
手錠破壊に関しては、諸々の思惑が合わさってなかったことになりました。それってどうなのよ?と思われると思いますが、それが罪に問われるとかなり複雑かつ面倒なことになるのでそこまですることか?と警察内で協議した結果訴えることはしないことになりました。壊された側が親告しなければなかったことになりますしね。
実は投稿直前にさくらの動機を変更しました。詳しくは活動報告の「つぶやく4」にて。